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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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 ハコモノとイベントを反省する
 
 そんなこんなで、「なぞがたりなばり委託事業募集要項」にもとづいて名張市乱歩関連事業ビジョンを検証してみたのだが、結論としては、もうどうしようもない、といったところであろう。どうしようもないぞまったく。いまのままではどうしようもない。ならば、どうすっぺや。
 
 とりあえず、反省する必要があるだろうな。しかし、お役所には、検証ということばもなければ、反省ということばもない。なぜか。検証とか、反省とか、そんなことに首をつっこんだら、どうしたって責任ということばにぶつかってしまうからである。それだけは避けたい。責任ということばとは生涯、完全に無縁でいたい。それが公務員の悲願である。したがって、お役所のみなさんにいくら反省を求めても、そんなことにはまったく意味がない。
 
 よーし。そういうことだったら、ひと肌ぬいでやることにするか。遠慮するな遠慮するな。お役所のみなさんになりかわり、真摯な検証を進めてきたおれである。このままの勢いで、ついでに反省も肩代わりしてやるよ。いいってことよいいってことよ。名張市長三選記念特別出血大サービスだいッ。
 
 まず反省すべきは、ハコモノ崇拝主義とイベント尊重思想であろうな。このふたつは全国の自治体に蔓延し、猖獗をきわめているわけなんだけど、さすがにそろそろおさらばしてもいいんじゃね? ハコモノやイベントにいくら税金つぎこんだって、とくにどうってことにもならない。むしろ税金の無駄づかいだと批判される。それが当節の風潮ってやつであって、そのあたりのことはお役所の中のみなさんにもご理解いただけていると思うのだが、どうなのであろうな。
 
 まず、ハコモノ。乱歩関係でいうと、乱歩記念館とか、乱歩文学館とか、そういうハコモノの構想は、これまでにもいくたびか浮上し、そのたびに沈没してきた。沈没フェチかよ。なんど沈没したら気が済むというのか。直近の例が、まちなか再生事業である。所有者から寄贈された桝田医院第二病棟という場所、国土交通省のまちづくり交付金という予算、乱歩文学館という方針、この三つの条件がそろっていたというのに、それでもあっけなく沈没してしまうのだからなあ。ばーか。
 
 だからもう、これに懲りて、乱歩文学館だの乱歩記念館だの、気のふれたような思いつきをわめき立てるのはおしまいにしような。いくらわめき立てたところで、結局それだけのことである。そこから先には一歩も進めぬ。うわっつらのことしか考えられない人間には、そこまでのことしかできない。骨身にしみてよくわかったであろう。
 
 乱歩のことも知らなければ、文学館のこともわからない。そんな連中が何十人、何百人と集まったところで、乱歩文学館なんてできるわけがない。そもそも、乱歩文学館なんてものが必要かどうかを考えることすらせず、うわっつらのことばかりわめき立ててんじゃねーよまったく。反省だ反省。ちっとは反省して、これからはもう少しものごとを考えてみることにしような。
 
 つづいて、イベント。ミステリ講演会は、検証の結果、要検討、ということになった。これは、あたうかぎり公平公正な立場に立っての結論であって、個人的な意見をいえば、そろそろやめてもいいコロナ、である。少なくとも、二十年も前に決められたことをそのまま、無批判に踏襲してるってのはまずかろうが。
 
 平成2・1990年に三代目市長に就任した前市長が、さーあ、観阿弥と乱歩を素材に名張市のグレードアップを進めるぞ、とお考えになった。で、翌年、ミステリ講演会と薪能がスタートした。しかし、グレードアップなんてのは、しょせん見栄である。ミステリ講演会も薪能も、見栄を張るためのブランド商品にしかすぎない。しかも、いくらブランド商品でおめかししてみても、ばかはばか、まぬけはまぬけ、とんちきはとんちき、むしろ見栄を張ることによって、かえって中味のすかすかぶりが際立ってしまう。
 
 とくに、先日のミステリ講演会はひどかった。名張市は今年度、というか、もう昨年度ということになってしまったのだが、講演会を民間委託したわけである。なあ、名張市役所のみなさんや。かりにも民間委託ってんだから、たとえうわっつらだけでも、民の視点、民の発想、民の手法を導入いたしました、みたいなことをやってもらわんと、どうにもかっこがつかんのではないか。しかしミステリ講演会、そんなことはなんにもなかったと思うぞ。
 
 しかも、入場券の予約はメール不可の往復はがきのみ、有料入場者は四十人に満たないという惨状だったんだからなあ。やっぱ反省しないとな。反省だ反省。ほんとにもう少し考えよう。頭をつかおう。見栄を張ることばかり考えてないで、ていうか、そもそも見栄を張ろうとして失敗し、笑いものになってるのが名張市なのであるけれど、とにかくもう少しまともになろうな。
 
 以上、反省してみた。しかし、反省したからといって、とくにどうということもない、というのがお役所のすごいところなのである。お役所の中の人をいくら叱り飛ばしたって、効果なんかゼロなのである。なぜか。お役所の中の人には、あ、自分はいま叱られているんだな、ということはわかる。それはよくわかる。しかし、自分はいま、どうして叱られているのか、ということはわからない。皆目わからない。理解できない。
 
 だから、いくら叱り飛ばされても、悔い改めるということがない。またおなじことをくり返してしまう。また叱られる。しかし、悔い改めない。またおなじことをする。そうするともう、叱り飛ばしてるほうが、いやになってくるのな。なんなんだこいつらは、と思ってしまう。こんなことなら、うちの犬っころのほうがまだ理解力があるではないか、と思ってしまう。叱り飛ばす気も失せてしまう。だからなんかもう、お役所の中の人って、はっきりいって無敵じゃね? 最強じゃね?
 
 したがって、結論としては、いくら市民がお役所の人になりかわって検証や反省に努めてみたところで、冒頭にも記したとおり、そんなことはまったく無益だ、ということになる。テロしかねーぞテロしか、ということになる。さーあ、どうすっぺや。
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 三本柱の三本目は顕彰である
 
 「なぞがたりなばり委託事業募集要項」に記された名張市乱歩関連事業ビジョン、三本柱の三本目は「江戸川乱歩の作品や人物を広く市民に顕彰する事業」であるが、こんなのはもう、心得ちがいもはなはだしい、というしかあるまい。どうして名張市民が、いくら名張に生まれた作家だからといって、乱歩の作品や人物についてお役所から顕彰されなければならんのか。このおせっかいな啓蒙精神はいったいなんなんだ、そんなことをいうのであれば、名張市役所のみなさんは市民に率先して乱歩作品に親しんでいらっしゃるのであろうな、職員がそうなんだから市長と来た日には、乱歩全集全巻読破ッ、みたいな勢いで親しんでいらっしゃるのであろうな、ということにならざるをえないのだが、実際のところはどうよ。そんなこと全然ありゃせんであろうが。
 
 なんどでもいうけど、乱歩に親しむかどうかは市民の自由、個人の勝手というやつである。お役所がくちばしをつっこむことではまったくない。なにを読むか、なにに親しむか、なにを好きになるか。そんな問題でお役所が、いちいち偉そうなことをほざくべきではない。どんな市民だって、好きなものくらい自分でみつける。そんなことでお役所の世話にはならん。人間、好きなものというのは、たいてい子供時代に、せいぜいが十代のうちに、なんとなく発見してしまうものなのである。乱歩ファンなんてのも、まずたいがいはそうであろう。お役所のお導きで乱歩ファンにならせていただきましたあ〜、とかいってたら笑いものだぞ実際。
 
 したがって、名張市が市民のためにやるべきなのは、市民が乱歩作品にいつでも接することができるよう、図書館に乱歩の著作をそろえておくことである。とくに子供時代からせいぜいが十代といった世代にある市民が、いつでも乱歩作品にふれられるようにしておくことである。べつに小説にはかぎらない。それくらいのとしごろで、自分が好きなもの、自分が一生好きでいられるものをみつけておくというのは、たぶんとてもだいじなことである。そういう環境を用意してやるのは、周囲のおとなの役目である。ただし、乱歩を読め、と強制する必要はない。とくにお役所がそんなことしてみろ。てめーこら名張市は北朝鮮かよ、みたいなことをいいだす市民が出てくるかもしれんぞ。なによりも市民からのクレームを恐れながら日々を過ごしているお役所のみなさんが、そんな危ない橋を渡ってどうする。
 
 もっとも、もしもここに、自分は乱歩が大好きだ、という市民がいて、まだ乱歩作品を読んだことのない市民に乱歩の面白さを伝えたい、とおせっかいなことを考えたとしたら、それはもちろんありである。否定はしない。そんな市民がいるわけはない、とは思われるのだが、ファンが同好の士を求め、増やそうとしたがるのは事実なのだから、なかにはそんな市民もあるかもしれない。もしもいたとしたら、お役所も可能な範囲内で支援してやればいいのである。それとはべつに、とくに乱歩が好きではないし、むろん乱歩のこともよく知らない、しかし、乱歩というビッグネームを自己顕示や自己満足の素材としてぜひ利用したい、という市民もあるかもしれない。その市民が、まだ乱歩作品を読んだことのない市民に乱歩の面白さを伝えたい、などとおためごかしで名張市民をだしにするというのであれば、そんなのはいうまでもなくペケである。
 
 それにしても、名張市役所のみなさんにおかれては、おれのいってることをなんとかご理解いただけているのであろうか。いささか不安な気もするけれど、よくわかんない、とおっしゃる向きがあるようなら、いずれあらためて稿を起こすことにして、本日はここまででとどめておく。まあ名張市役所のみなさんや、乱歩のことを好きになってしまう人間というのは、多くは子供のころか若いうち、なにかしらのきっかけで乱歩を発見してしまい、作品を読み、乱歩をよく知るところとなってしまうものなのだから、みなさんが心配すべきことはなにもない。お役所が市民に乱歩を顕彰する、なんておこがましい差し出口は無用である。みなさんにはもっとほかに、いろいろと考えなければならんことがあるんじゃねーの?
 
 というわけで、名張市がかかげる乱歩関連事業ビジョン三本柱の三本目、「江戸川乱歩の作品や人物を広く市民に顕彰する事業」にかんしては、まことに僭越ではあるけれど、却下、というはんこを押しておこう。ぺたっ。
 三本柱の二本目はPRである
 
 きのうにひきつづいて、「なぞがたりなばり委託事業募集要項」に記された名張市乱歩関連事業ビジョンをみてみる。三本柱の二本目は、「江戸川乱歩生誕地名張市をPRする事業」である。要するに、乱歩を利用して名張市をPRする、乱歩を利用して名張市を有名にする、そういうことである。正直でよろしい。終始一貫、十年一日、名張市が乱歩にかんして考えてきたのは、じつはこういうことなのである。だから、三本柱として併記されてはいるけれど、一本目の「ミステリと江戸川乱歩に関する講演を開催する事業」は、この二本目を実現するための具体策のひとつということになる。乱歩を利用して名張市を有名にしたい、だから、名張市で有名ミステリ作家の講演会を開く、という話である。ねらいはわかる。ただし、残念ながら、すべっておる、こけておる、失敗しておる、という話なのである。
 
 しかしまあ、すべる、こける、失敗する、そんなのは当然のことであろう。おもいつきッ、おもいつきッ、なばりしめーぶつおもいつきッ、と歌の文句にも歌われているかどうかは知らんけど、名張市名物の思いつきでなにをくりひろげてみたところで、なにがどうなるものでもない。かりに、ちゃんとした方針や戦略を考え抜いたうえでことにあたったとしても、地域ゆかりの著名人を利用して地域そのものを有名にする、なんてのは至難のことだと思い知るべきであろう。虫のよすぎる話である。それをまあ、乱歩作品をまともに読んだことがなく、乱歩がどういう作家だったのか、現在どのように受容されているのかを知ろうともしないような人間が、いくらたばになってかかってみたところで、ろくなことはできない。心ある地域住民から、こんなぐあいに叱り飛ばされるのが関の山であろう。
 
 ──ほんとにもう、お役所あたりのうすらばかがめいっぱいおよろしくないおつむで適当なこと勝手に決めてんじゃねーぞこのすっとこどっこい、いっぺん泣かしたろかこら、と思われてなりません。
 
 いやいや、こんなぐあいに叱り飛ばすのは、あまりにも酷というものか。そもそも無理な話なのである。PRなんてことを第一義としているかぎり、話は無理でありつづける。PR、PRといってみたところで、いったいなにをPRするのか。名張市の手にあるのは、乱歩は名張で生まれました、という事実だけなのである。そんなもの、いくらPRしたって意味がないではないか。情報発信の全国発信のと騒いでみたところで、いったいなにを発信するのか。名張市は乱歩の生誕地でございます、なんてことを発信しても、いったいどこのだれが受信してくれるというのか。だれも見向きもしてくれんぞ。発信するには中味が必要である。受信してもらえるだけの中味が不可欠である。人が見向きをしてくれるような中味があってはじめて、それを発信することができるのである。これっぽっちの中味もなく、ただPRだけを第一義としているようなあさましい心根では、たぶんなんにも実らない。有名になるとか、ほめられるとか、手柄を立てるとか、評価されるとか、そんなあさましいことを最優先に考えるのではなくて、ちゃんとしたことを地道にこつこつやってさえいれば、結果としてそれがなによりのPRになる、と思い知るべきであろう。下世話にも、結果はあとからついてくる、とかいってな、PRってのは結果にしかすぎない。乱歩のことにかぎらず、名張市がなにかしらちゃんとしたことをやったら、それが結果として名張市のPRになってくれるのである。それによって、名張市という自治体の信頼度も高まってくる。そういうことなのである。
 
 しかし、残念ながら、名張市の信頼度はけっして高くない。3月21日のミステリ講演会には、県内鳥羽市から来てくれた人もあったのだが、その人は名張市にたいして、ちょっと憤っておられた。どんな件かというと、おととしの秋、津、亀山、鳥羽、名張の県内四市で結成された乱歩都市交流会議の件である。あの会議、つくっただけでなんにもしないのはどういうわけ? と鳥羽の人が憤っておられたので、おれはすかさず立ちあがり、おもいつきッ、おもいつきッ、なばりしめーぶつおもいつきッ、と名張市名物思いつき音頭を歌いながら踊ってその場をやりすごそうと考えたのだが、じつは名張市名物思いつき音頭なんてよく知らない。いちど名張音頭保存会で講習を受けてこようとは思っているのだが、とにかく歌いも踊りもできないから、適当にいいわけしてごまかしておいた。
 
 ほんとに困ったものである。おれは名張市民だから、名張市名物思いつきにたいする免疫がある。しかし、名張市民でない人には、そんな免疫はまったくない。だから、みんな信用してしまう。乱歩都市交流会議がなにかをやるんだろうと期待してしまう。ところが、いつまで待っても、なにもしない、なにもはじまらない。なんなんだ? ということになる。去年の秋、東京でも、おれはおなじことを経験した。このブログでも報告したけれど、初対面の人から「乱歩に関係のある都市が集まってなにかやる、という話はどうなったんですか」と質問されて、おれはおおきに難儀した。まったく困ったものである。思いつきに免疫のない人は、思いつきを真に受けてしまう。しかし、思いつきなのだから、それっきりである。なにもしない、なにもはじまらない。おっかしーじゃねーか名張市、と人は思う。そんな人がたまたまおれに会ったら、その人の疑問や批判はおれに向けられる。知らんがなそんなこと。おれにはそういうしかないのだが、それでもおれは詰問され、なじられ、せめられ、さいなまれる。十字砲火を浴びながら、どーしておれがこんな矢面に立たされなきゃならねーんだよ、とおれは思う。もーおやだこんな生活、とも思う。
 
 というわけで、名張市がかかげる乱歩関連事業ビジョン三本柱の二本目、「江戸川乱歩生誕地名張市をPRする事業」にかんしては、PRという言葉を前面に押し出した正直さはおおいに多とするが、PRはあくまでも結果でしかない。第一義的なものとするべきではない。したがってこの二本目には、不可、というはんこを押しておこう。ぺたっ。
 三本柱の一本目は講演会である
 
 三重県のことは、とりあえず横においておこう。名張市の話題に戻る。さて、名張市は乱歩のことをどうすればいいのかな、ということを考えるうえで、手ごろなネタがあった。先日もごらんいただいたこれである。
 
名張市公式サイト:なぞがたりなばり委託事業募集要項(pdf)
 
 ここに、こんなことが書いてあった。
 
   
■対象事業
・ミステリと江戸川乱歩に関する講演を開催する事業
・江戸川乱歩生誕地名張市をPRする事業
・江戸川乱歩の作品や人物を広く市民に顕彰する事業
 
 要するに、名張市は乱歩にかんしてこんなことをやっていきたいと考えております、ということであろう。いうならば、名張市乱歩関連事業ビジョン、みたいな感じか。順にみてゆく。
 
 まず三本柱の一本目、講演会うんぬんの件。先日も記したとおり、名張市のミステリ講演会は二十年ほど前に決められた企画である。二十年前といえば、バブルこそはじけていたけれど、バブリーな余韻はいまだ漂っていたころである。名張市はその余韻のなかで、第一線で活躍するミステリ作家の講演会を毎年開催する、と決めたのである。高級ブランド商品をゲットして自治体としてのグレードアップを図ろう、と考えたのである。その判断の当否は問わない。しかし、なにしろ二十年前だからな。二十年前といまでは、世の中かなり変わっておろうが。この国がここまでがたがたになり、衰退し、気がつけば二等国、みたいなことになってるってことを、二十年前に予測していた日本人なんて、まーずおらんのではないか。
 
 名張市とてそうである。二十年前にはまだ人口増がつづいていて、市人口が七万人を突破しましたあッ、と浮かれ騒いだのがまさしく二十年前、平成2・1990年のことであった。隔世の感がある。うたた感慨を禁じえない。とにかく、二十年前には二十年前の価値判断基準があり、その基準にもとづいて判断したことを、二十年後にどうこうはいわない。しかし、二十年前の判断をそのまま無批判にひきずってるのは、あまりほめられたことではない。いまの価値判断基準に照らしてどうなのか、ミステリ講演会をそのまま継続していいものかどうか、そのあたりはいちどきちんと考えてみなければならんだろうな。
 
 そもそも、ミステリ講演会はだれのためのものなのか。ぶっちゃけていえば、名張市のためのものである。名張市という自治体がかっこつけるためのものである。スタートがそうであった。それはそれとして、ほんとにだれのためのものなのか、それをあらためて考えてみると、先日も記したとおり、名張市民のためのものではないな、という気がしてくる。これは単純に、名張市民のなかにミステリファンがどれくらい存在しているのか、という問題である。とにかくミステリが好きで、ミステリ作家の講演にはぜひ足を運びたい、と思っている市民は、ほぼゼロに等しいものと思われる。それとはやや異なるが、ミステリ作家のファン、というのもある。ミステリ作家の講演会ならだれが講師であっても参加する、ということはないけれど、好きなミステリ作家が来てくれたら喜んで駆けつける、という層である。さらに、知名度の高いミステリ作家が講師であれば、とくにその作家のファンではなくても、盛名につられて講演を聴きにいく、という市民もあるだろう。しかしいずれにしても、数としては微々たるものだと推測される。
 
 では、名張市外のミステリファンはどうか。これまでのミステリ講演会でも、講師を務める作家のファンが遠方から来てくれることはあった。ありがたいことである。かりにおれが、たとえば東京に住んでいて、だれかミステリ作家のファンだったとしても、その講演を聴くために名張みたいな片田舎に足を運ぼうとは、とても思わない。しかし、わざわざ名張に行ってやろうと考える奇特なファンは、確実に存在するのである。とはいえ、数は見込めないし、一回かぎりのことでもある。リピーターにはなってくれない。もっとも、3月21日の講演会では、これまでにも遠方から来てくれていたリピーターは三人あった。東京、大阪、愛媛の人である。三人とも乱歩ファンである。とくに講師のファンというわけではないけれど、乱歩が好きだし、土地にも馴染みができたから、年一回くらいは名張に行ってもいいかな、と思ってくれる人たちである。したがってミステリ講演会も、もう少し乱歩に照準をしぼったほうがいいのかもしれんな。いずれにせよ、名張市のミステリ講演会は、市民であろうとなかろうと、ミステリファンであろうとなかろうと、結局は乱歩ファンのためのものである、と考えるのが妥当なところだと思われる。
 
 とはいえ、講演会を継続的に実施するのは、じつは大変なことである。一発勝負の講演会なら、まだ楽である。メディアに露出することの多い講師なら、大入り満員も夢ではない。しかし、「ミステリと江戸川乱歩に関する講演」と限定して毎年開催、なんてことになると、まったく楽ではない。入場者数の多寡はべつにしても、いろいろな面で楽ではない。そんな楽ではないことを、あえて毎年つづけるべきなのかどうか。ミステリ講演会がほんとに必要なのかどうか。必要だとしても、いまのままでいいのかどうか。先日も記したとおり、講演会をぱっぱかぱっぱかばかみたいに丸投げする前に、そのあたりのことはお役所の内部でじっくり考えてみるべきであったな。おれはそう思うのだが、名張市役所のみなさんはどうお思い? それに来年、というか、平成22・2010年度には、講演会を民間委託しようとしてもだれも手をあげてくれない、ということになりそうなんだから、名張市役所の中の人もまあ、手前どもは絶対にものを考えないことにしております、とかそんな堅苦しいこといってないで、ちっとはものも考えてみることにしような。
 
 というわけで、名張市がかかげる乱歩関連事業ビジョン三本柱の一本目、「ミステリと江戸川乱歩に関する講演を開催する事業」には、要検討、というはんこを押しておこう。ぺたっ。
 もしかしたら税金ですよね?
 
 三重県が手がける「美し国おこし・三重」の尻馬に乗っかった乱歩関連事業のことは、昨年10月に記した。むろんその時点では、「乱歩黒テントの世界」という名称は明らかにされず、というか、具体的な内容はまだ決まっていなかったものと思われるが、名称や内容を確認するまでもなく、三重県と名張市が官民の協働で乱歩関連事業を実施するというのだから、まずろくなことにはならない。ちまちましたご町内イベントで身内だけ盛りあがる、みたいな結果になるしかないであろうことは、その時点ではっきりと見通せた。
 
 
 以上ふたつのエントリと、それぞれのコメントをお読みいただければ、いまさらことあらためて「乱歩黒テントの世界」に批評を加える必要はない、ということがおわかりいただけるであろう。煎じ詰めていってしまえば、10月22日付コメントに記した次のくだりが、簡にして要を得た評言になっているはずである。
 
 ──要するに、自分たちのことしか考えてない、という寸法です。県民もいなければ市民もいない、乱歩ファンもいなければミステリーファンもいない、そもそも乱歩さえ不在である。ただうわっつらだけかっこつけて自分たちを満足させるためだけに、乱歩という素材があり、「美し国おこし・三重」という事業があり、自分たちが好き勝手につかえる税金がある、ということだと思われます。
 
2009年10月21日:三重も名張も頑張れよの巻 > 乱歩関連事業はすでに失敗が約束されてるわけですが(10月22日)
 
 さて、困ったものである。三重県はおなじあやまちをくり返そうとしている。昨年10月21日付エントリに寄せられた最初のコメントに、「税金ですよね」とのフレーズがある。端的にいってしまえば、税金ですよね? という県民の疑問を無視して怪しむことがない。それが三重県なのである。懲りてないのである。あるいは、単にばかなのである。だから、性懲りもなく、おなじあやまちをくり返そうとしているのである。
 
 平成16・2004年、三重県は伊賀地域を舞台に「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」という泣き笑いイベント合戦をくりひろげた。ちまちましたご町内イベントを寄せ集めただけで、伊賀の魅力を全国発信! などと気のふれたようなことをほざくばかが右往左往し、それはもう見苦しいものであった。しかしまあ、ばかはしかたがない。伊賀地域住民のおつむのレベルなんてきわめて低いものである。しかも、三重県庁あたりのうすらばかがめいっぱいおよろしくないおつむで適当に思いついた泣き笑いイベント合戦にのこのこしゃしゃり出てくるような地域住民は、かす、くず、ごみ、そんなふうに呼んでやるのがふさわしいような手合いばかりである。だから、それはしかたがない。おれはなにも、ばかがばかだというただそれだけの理由でばかを叱り飛ばしたりはせん。
 
 しかし、ここに、税金ですよね? という問題が浮上してくる。伊賀の蔵びらきでは、約三億円の税金がばらまかれた。記憶だけに頼って記すと、三分の二は三重県から、三分の一は当時の伊賀地域七市町村からもちだされた。「乱歩黒テントの世界」には三重県から百万円、名張市から五十万円がつぎこまれたとのことだが、伊賀の蔵びらきも県が二、市町村が一という比率だったはずである。で、三億円はなにに消えたか。泣き笑いイベント合戦である。いいだけちまちましたご町内イベントが、これでもかこれでもかとくりひろげられた。伊賀の蔵びらきの旗のもと、おのれの趣味や道楽の延長上に一円でも多くの税金をかき集めようとする乞食みたいな地域住民が、単なる自己満足でしかないおめかしやおままごとを公共だの情報発信だのというひとりよがりなお題目にこじつけてそれはまあひどいものであったが、一般的な住民の眼からみれば、税金ですよね? ということになる。どうみても趣味、道楽、おめかし、おままごとでしかないご町内イベントなのに、そこにつかわれてるのは、もしかしたら、税金ですよね?
 
 さよう。税金である。だからおれはいってやったの。ばかがばかなことをするのはしかたがない。しかし、税金つかってやってるんだから、せめて税金いくらつかってますってことくらい、個々の事業単位で公表しやがれ。そういってやったの。ところが明らかにされたのは、総務費が二千何百万でございます、広報費が一億いくらでございます、とまったくアバウトな予算だったわけよ。それはあるまい。泣き笑いイベント合戦にいいように税金をつかわれる地域住民の身にもなってみろ。だからおれは怒ってやったの。とくに知事を怒ってやったの。そんなこともわからんのならこら野呂てめーは松阪でおとなしく肉でも食ってろこの腐れきんたま、みたいなこといって怒ってやったの。いくら怒りにまかせてのことだったとはいえ、腐れきんたまっつったのはまずかったよなあ。わるいことをした。
 
 しかし、三重県知事となるとさすがに立派なもので、おれのいってることをちゃんとご理解いただけたのである。あるときの会合で、伊賀の蔵びらき事業の事務局が、わずか八百万円ほどの専決処分ではあったのだが、例によって詳細を明かさないまま報告した。と、知事はお怒りになられた。明細を示せ、と事務局にお命じになった。総額を示しただけでは、県民に対する説明責任はとても果たせない。厳しい口調でそうおっしゃったものだから、事務局は青くなって上を下への大騒ぎ、という仕儀となった。その場にいあわせてその騒動を目撃していたおれは、内心、知事を見直した。腐れきんたまとかいってほんとにすまんかった、と心で詫びた。
 
 だからおれは、今回の美し国おこし事業では、予算の公開度はアップしているはずだと思っておったのな。むろん、事業内容はくだらないものであろう。しかし、事業関係者がいくらばかだって、正直に、謙虚に、誠実に、手前どものつかわせていただきました税金はこれだけでございます、と公表することはできるはずである。それさえやってくれれば、ばかであることには眼をつむってやる。ばかがばかだというただそれだけの理由でばかを叱り飛ばしたりはせん。ところが、三重県には、そんな気はさらさらないらしい。
 
美し国おこし・三重:地域の取組ご紹介 > 名張市での取組ご紹介
 
 事業の公式サイトをみるかぎり、三重県にはそんな気はさらさらないらしいな。おなじあやまちをくり返すってんだから、まったく困ったものである。こんなことではまーた知事と一戦まじえなければならんではないか。もっとも、3月21日、黒テントの受付で、三重県職員とおぼしい男性がいらっしゃったので、そろそろつぶしにかかってやろーか? と軽くご挨拶は申しあげておいた。なんかおれ、もしかしたら、やる気満々? しかし、三重県も三重県だけど、名張市も名張市だからなあ。ほんとに困ったものである。
 美し国おこしってなんなのよ
 
 3月21日、ミステリ講演会とおなじ日に、本町の江戸川乱歩生誕地碑広場では「乱歩黒テントの世界」なるイベントが開催された。乱歩蔵びらきの会の主催事業で、名張市は直接的には関係がない。ややこしい話ではあるが、官と民による連携が目的としていることのひとつは、主体性をあいまいにし、責任の所在をわかりにくくしてしまうことである。もっとも、そこに明確な目的意識が存在しているのかどうか、じつはよくわからない。来る日も来る日も責任回避に明け暮れている連中は、なにをやらせてもそういったあいまいさやわかりにくさに自然に潜りこんでしまう、ということなのかもしれんな。たとえば、以前にも指摘したけれど、名張まちなか再生委員会、名張地区まちづくり推進協議会、まちなか運営協議会、この三者には、それぞれの主体性や自立性なんてまったく理解できておらなんだのだからなあ。
 
 さてこのイベント、名張市の主催ではないが、予算の補助は出ている。名張市役所四階の地域経営室で教えてもらったところをそのまま記すと、この催しには、三重県から百万円、名張市から五十万円の補助がなされている。なぜ、三重県がからんでくるのか。三重県が性懲りもなく、「美し国おこし・三重」とかいう泣き笑いイベント合戦に税金をつかいはじめたからである。乱歩蔵びらきの会が名乗りをあげて話に乗り、ちゃっかり予算をせしめたという寸法である。
 
美し国おこし・三重:地域の取組ご紹介 > 名張市での取組ご紹介
 
 これで三重県から百万円。それに連動して、名張市から五十万円。あわせて百五十万円の税金が支出された。むろんこれは、ミステリ講演会には関係がない。講演会にはこれとはべつに、すでにお知らせしたとおり、事業委託料八十六万円が名張市から支出されている。
 
 イベントはどんな内容であったのか。まずウェブニュースをお読みいただく。
 
 
 以下、乱歩蔵びらきの会提供の写真をごらんいただきながら、概要をお知らせする。
 
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 生誕地碑広場に出現した黒テントがこれ。テントは十メートル四方、高さは五メートルとのことである。左手前にみえている石碑が、乱歩の生誕地碑である。人家が密集した一画に突如として異世界が現出した、みたいな感じで、なかなか面白い眺めである。テントのフォルム自体も面白い。つくりもしっかりしていて、前夜来の春の嵐のごとき強風にもびくともしていなかった。つまりまあ、うわっつらッ、うわっつらッ、なばりしめーぶつうわっつらッ、と歌の文句にも歌われているかどうかは知らんけど、名張市名物のうわっつらマインドは官民双方に根強く遍在しており、それが遺憾なく発揮されて、なにはともあれ立派なうわっつらができあがった、ということであろうか。
 
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 テントの内部では「天空の魔人」の紙芝居が披露された。奥の壁面には、ポスターやパネルなんかが掲出されている。客席中央の男性が、このあとミステリ講演会の講師を務めていただいた今野敏さんである。今野さんにごらんいただくため一般の入場を制限した、ということではなくて、ひとえに入場者が少ないゆえに空席が目立っている。紙芝居は随時上演とのことであったが、べつの回にみた人は、わたしだけの貸切状態でした、と驚いていた。講演会といいテントといい、乱歩蔵びらきの会は集客にはあまり関心がないようである。
 
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 これはアドバンスコープのアナウンサー、野上峰さんによる乱歩作品「芋虫」の朗読。野上さんには、よーねーちゃん寺島しのぶみてーにやってくんねーか寺島しのぶみてーによー、と事前にプレッシャーをかけておいたのだが、ここでなぜ寺島しのぶさんの名前が出てくるのかというと、乱歩の「芋虫」にもとづいた「キャタピラー」という映画が先月、ベルリン国際映画祭に出品され、主演した寺島さんが最優秀女優賞を獲得したからである。
 
 YouTubeにある「キャタピラー」の紹介動画がこれ。
 
 
 もうひとつ、たぶんドイツのテレビで放映された「キャタピラー」関連の映像。
 
 
 黒テントに戻る。朗読の一般入場者は、たぶん三十人に満たなかった。たちのわるいプレッシャーもなんのその、野上さんの朗読は抑制気味の感情表現がおおいに効果を発揮して、テント内部の薄暗い空間で耳を澄ませていると、「芋虫」の世界が惻々として身に迫ってきた。朗読のあとは、加藤泰監督作品「江戸川乱歩の陰獣」の上映。午後5時を過ぎてから映画がはじまり、上映時間は二時間ちかく。最後までつきあって、冷えこんでくるのはわかってんだからストーブくらい用意しとけよなッ、と怒ってる人もあったが、おれはむろんみなかった。
 
 映画が終わるころ、おれは近鉄名張駅西口の居酒屋中むらでとぐろを巻いていたのだが、いかにもハーフな若い女性がひとりでふらっと店に入ってきた。ちょっかいを出してみたところ、神戸に住むウェディングシンガーで、仕事のため名張に前日入りした、とのことであった。桔梗が丘駅の近くにある結婚式場で翌日、仕事があるという。披露宴のクライマックスで、事前にリクエストされた曲を情感たっぷりに歌いあげるのが、彼女の仕事なのである。そしたら夫婦春秋とかリクエストされてもちゃんと歌うの? と質問したところ、そんなのはことわります、とのことであった。あたりまえである。それでもリクエストに苦労させられることはよくあるそうで、
 
 「ナミェアムロのキャニュセレブレを英語で歌ってほしいってリクエストがあって、英語に訳してみたんですけど、歌詞が長くなって曲に収まらないんですよね」
 
 安室奈美恵をナミェアムロとすらっといってしまうあたり、さすがカナダとジャパンのハーフだけあって、じつにかっこいいお嬢さんであった。そんなもん聴いてる人間には英語なんかわからへんねやから適当にうとといたらええねん、とアドバイスしたところ、
 
 「はい、そうしました」
 
 とのことであった。じつにしっかりしたお嬢さんでもある。彼女は夕食をとるために入ってきて、炊きたてのご飯をおいしそうに食べていたのだが、ついでだから、よーねーちゃんこれからおれといっしょに酒のみにいかない? とお誘いしてみた。しかし、翌日にだいじな仕事を控えた身、ということであったのかどうか、とにかくあっさり振られてしまった。あたりまえである。
 
 話が横道にそれた。ではここで、先日同様、丸尾末広さんの漫画をご紹介申しあげ、乱歩顕彰の一助としたい。月刊コミックビームの昨年9月号に掲載された「芋虫」から、クライマックスシーンを一ページ。
 
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 気色わるッ、とお思いの諸兄姉もあるかもしれぬ。もういちど黒テントに戻って、こちらは夜の黒テント。なかなか風情がある。
 
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 ついでだから、朗読中の野上峰さんを再度ごらんいただく。
 
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 これはおれが撮影した写真で、朗読が終わってから、よーねーちゃんこの写真おれのブログに載せてもOK? とお訊きし、ちゃんとご承諾をいただいたものである。「芋虫」の世界にあわせて美容院でセットしてきたというヘアにも、ぜひご注目いただきたい。ほんとはそのあと、よーねーちゃんこれからおれといっしょに酒のみにいかない? とお誘いしようと思ったのだが、野上さんはまだあとに取材が控えていて、といっても取材されるほうなのだが、アドバンスコープ取材スタッフのお嬢さんふたりが野上さんを待ちかまえている。そのおふたりから、こらおっさんてめーいつまでも邪魔してねーでとっととけーれよばーか、みたいな眼でにらまれたので、すごすごと引きさがった。
 
 それにしても、人はどうして、あんな眼でおれをみるのであろうな。27日の土曜日、京都へ行った。ある先生を囲むお祝いの会に出席するためである。会場は大宮今出川上ルにある京料理の店で、入ってみるとひろい座敷に参加者がずらりと居流れている。老若男女、おもに医療関係の先生や学生、あるいは医療現場のスタッフ、そういったメンバーである。名張市からの出席者もわずかにあって、指定された席に着いてみると、すぐ左には元名張市幹部職員、すぐ右には元名張市議会議員、といういやがらせとしか思えないようなポジションであったのだが、左を向いては名張市政を痛罵し、右を向いては名張市議会を罵倒して、いやもうすっかり酔っ払い、お開きになったので主役の先生のもとにご挨拶にうかがったところ、先生は周囲の出席者におれのことを、
 
 「こいつのおやじは不良でな」
 
 と紹介してくださった。先生と亡父はいわゆる悪友のあいだがらだったので、紹介としては、まあこんなものである。だからおれも、いあわせたみなさんに、
 
 「ですからわたしも親子二代にわたって不良をやっておりまして」
 
 と自己紹介した。ジョークである。しかし、だれも笑わない。くすりともしない。あれ? と思いながらみまわしてみると、その場の全員、ひとり残らず、まるで不良をみるような眼でおれをみているではないか。まったく、人はどうして、あんな眼でおれをみるのであろうな。
 乱歩蔵びらきの会ってどうよ
 
 そんなこんなで、名張市がミステリ講演会を民間団体に事業委託する話がまとまった。
 
名張市公式サイト:地域経営室 > なぞがたりなばり > 第19回なぞがたりなばり
 
 お読みいただいたとおり、「事業を募集させていただきました結果、1件(乱歩蔵びらきの会)のお申込みがありました。選考の結果『乱歩蔵びらきの会』へ事業委託を決定しました」という寸法である。
 
 乱歩蔵びらきの会は、昨年度のミステリ講演会における共催団体であった。平成20・2008年11月22日、名張市総合福祉センターふれあいで催された第十八回講演会である。あのときは「まちなかミニツアー」なんておまけもあって、結局おれがツアーの案内役を務めたのだが、軽くおちょくってやったっけなあ。詳細はこのエントリで読まれたし。
 
 
 一部引用。
 
   
かりに名張市が、名張のまちを案内するというただそれだけのことさえできない自治体になってしまったのだとしても、名張市名物の官民協働はどうした。たとえば、名張まちなか再生委員会があるではないか。あの委員会には歩行者空間整備プロジェクトというのがあって、江戸川乱歩生誕地碑広場をはじめとして、まちなかの四か所に八百万円ほどかけて案内板を設置してくれたのである。ならば、そのプロジェクトのチーフあたりが、まちなかミニツアーの案内にお立ちになればいいのではないか。というか、立つべきである。そんなこともできなくて、なにが歩行者空間整備プロジェクトか、なにが名張まちなか再生委員会か、なにが協働か。
 
名張まちなか再生委員会は無理だとしても、名張市公式サイトのなぞがたりなばりのページには、「主催:名張市 共催:乱歩蔵びらきの会 協賛:社団法人日本推理作家協会」と書いてあるのだから、乱歩蔵びらきの会はどうした、という話になる。当然、そんな話になる。名張のまちを乱歩がらみで案内することもできない組織が、ごたいそうに乱歩の看板をかかげて活動しているのか、という話になる。というか、乱歩蔵びらきの会は、すでに活動を停止しているのではなかったのか。ことしはたぶん、総会も開催してないはずである。だから、こんなところに名前が出ているのを見て、ちょっとびっくりしたというのが正直なところである。
 
 おれはほんと、乱歩蔵びらきの会は解散したものだと思っていた。しかし、この手の団体の場合、活動停止にはなったとしても、正式に解散することはまずないであろうな。とっくの昔になくなったと思っていたのに、人呼んで無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館、あのやなせ宿のオープン一周年記念事業にからんでなぜか顔を出してきた名張金石文研究会、なんてのもあったしなあ。だからまあ、乱歩蔵びらきの会が解散していなかった、というのはふしぎでもなんでもない。ここで名張市名物の癒着結託について述べておくと、もしも名張市と乱歩蔵びらきの会が人知れず癒着結託したというのであれば、それはたぶん第十八回ミステリ講演会が近づいていたころのことであったのかな、とは思われる。むろん、邪推である。根拠などなにもない。
 
 とはいうものの、いーんちきッ、いーんちきッ、なばりしめーぶついーんちきッ、と歌の文句にも歌われているかどうかは知らんけど、ここ名張市ではもうそこらじゅう、いたるところに癒着結託構造を基盤とするインチキが転がっておるのであって、おれが見聞きした範囲でいうと、たとえば名張市と名張地区まちづくり推進協議会との癒着結託、まちなか再生事業をめぐるあのずぶずぶなあなあはほんとにひどかった。まったくひどいものであったよなあ名張市役所の諸君。あまりにもひどいものだから、あれこれいろいろといってやったのだが、論理や合理、ものの道理といったものがいっさい通用せんのである。あれはいっそみごとなものであった。名張市で通用するのはただひとつ、癒着結託関係だけなのかもしれんという気さえするのだが、名張市役所のみなさんはどうお思い?
 
 したがって、名張市がどんなところとどんなぐあいに癒着結託したところで、いまさらべつに驚きもせんわけなのであるが、とにかく昨年度、平成20・2008年11月の第十八回ミステリ講演会は名張市が主催、乱歩蔵びらきの会が共催ということになっていて、だというのに、乱歩蔵びらきの会には、名張のまちを乱歩がらみで案内することができんというのである。だったら、共催っていったいなによ、ていうか、そんなこともできない団体が乱歩の看板かかげてるわけ? ということに当然なってくる。じつに困ったものだが、名張市役所のみなさんはどうお思い?
 
 ちなみに、ミステリ講演会の事業委託団体募集にあたり、乱歩蔵びらきの会が名張市に提出した企画書がこれである。
 
名張市公式サイト:地域経営室 > なぞがたりなばり > 第19回なぞがたりなばり > なぞがたりなばり委託事業応募企画書(pdf)
 
 さて、名張市はミステリ講演会の民間委託を実現した。いってみれば民営化である。お役所がなぜ民営化を進めるのかというと、一にも二にもコストダウンが目的である。では、ミステリ講演会が民間委託されて、事業費のコストダウンは図られたのか。よくはわからないが、ほとんど変化がないのではないか。日本推理作家協会に支払う金額は不変だし、講師のあごあしまくら、つまり食事代や交通費や宿泊料、それからポスターとチラシの印刷代、会場使用料、などといったあたりも削りようがあるまい。コストダウンと呼べるほどのものはみられなかったのではないか、と思われる。
 
 もっとも、日本全国津々浦々、コストダウンのために民営化いたします、と正直にいってくれるお役所はあまりない。まったくない、といっていいかもしれない。お役所はかならず、きれいごとのお題目を並べる。一般的には、民営化によってサービスの向上を図ります、みたいなところであろう。では、ミステリ講演会の民間委託によって、なにが変わったのか、なにが向上したのか、さあどうよ、というと、とくにみあたらないのである。サービスが低下した、ということなら確実にあって、これは遠来のお客さんからも指摘されてしまった。どんな点か。入場券が往復はがきでしか予約できなかった、という点である。
 
名張市公式サイト:テキスト版広報なばり > 平成22年2月3週号 > 江戸川乱歩生誕地・名張 第19回なぞがたりなばり講演会を開催
 
 ごらんのとおり、名張市の広報紙には往復はがきによる予約方法しか書かれていなかった。それから、なぜか速攻で削除されていたこのページ、しかたないからキャッシュでごらんいただくが──
 
名張市公式サイト:来て見てだあこ! > 「なぞがたりなばり」に来てだあこ!
 
 このページにははっきりと、「※今回は、メールでの申し込みを受け付けておりません。ご了承ください」とのことわりが書かれていた。昨年度まではメールでOKだったのだが、今回は不可、ということである。ご了承ください、とことわりを入れなければならんようなことをしている、という自覚が名張市にもあった、ということである。遠方から講演会に来てくれた人のなかに、だから申し込みが面倒だった、という人があった。一週間前に申し込んでもまだ四人目だった、とのことでもあった。面倒だから今年は予約しなかった、という人もあった。予約しなくてもかならず席があると確信していた、とのことでもあった。名張市のミステリ講演会、入場者の少なさではすでに定評がある、といったところなのであるが、それはともかく、この件は民間委託したことによってサービスが低下した一例、といっていいように思う。
 
 どんな理由があったのかは知らんけど、情報伝達にインターネットを利用しないのはまずかろう。この事業委託には「江戸川乱歩生誕地名張市をPRする事業」も含まれているのだが、名張市をPRするのにインターネットも活用できないというのでは、はっきりいってろくなことはできまい。せめてブログのひとつも開設しないことには、とても無理だと思われる。かっこうさえつかない。だから名張市は、乱歩蔵びらきの会をちゃんと指導してやるべきなのである。講演会にかんするノウハウは行政サイドに蓄積されているわけなんだから、いくらなんでも往復はがきはねーだろーが、とか、同窓会の出欠とってんじゃねーんだからよ、とか、それくらいのアドバイスはきっちりしてやるべきなのである。それにそもそも、名張市のPRを委託するというのであれば、インターネットをどう活用するのか、みたいなことは選考の段階で確認しておくべきだったのではないか。
 
 もっとも、ここ名張市において官と民とが癒着結託する場合、おたがいを批判することは絶対にしない、という暗黙の了解が存在しているらしい。ムラ社会のルールである。だから、相当まずいことがあっても、名張市が乱歩蔵びらきの会に忠告を与える、なんてことはないのかもしれんな。そういえば、まだ解散はしていないが活動休止状態がつづいている名張まちなか再生委員会、あの第一回理事会では、これは以前に引用したこともあるのだが、行政は予算をもってるスポンサーなんだから、委員会が行政を批判してスポンサーのご機嫌を損じるようなことがあってはならない、とかなんとか、驚くべきことを平然と発言している理事がいて、理事というか名張地区まちづくり推進協議会の偉い人でもあったのだが、おれはおおいに腰を抜かしたものであった。しかしまあ、名張市における官と民との癒着結託は、だいたいにおいてそんなレベルのものなのであろうな。
 
 閑話休題。要するに、ミステリ講演会を民間委託したからといって、予約受付にかんするサービスの後退以外、とくに変わったところはなかった。ぶっちゃけていえば、官が二十年ちかくかかって敷いた既設のレールの上を、民がなにも考えることなくただ走っただけの話だったのである。なんのための民間委託であったのか、どうもようわからん。しかも、民営化していきなり入場者数の最低記録を樹立したのである、といいたいところなれど、最低だったかどうかは不明である。先日、名張市役所の地域経営室を訪れ、第一回講演会以来の入場者数が記録されているのかどうか確認したところ、記録は残っているとのことだったのだが、書類をひっくり返さなければ調べがつかないみたいだったから、そんな負担を強いることはやめておいた。
 
 ただし、3月21日のミステリ講演会、入場者が少なかったのは事実である。先日も記したとおり、入場者数が唯一絶対の評価基準になるわけではない。しかし、きわめて具体的な指標であることはたしかである。とくに民営化初年度とあれば、いってみれば踏んばりどころのはずではないか。官がやってたことを民がやったらほれこのとおり、とわかりやすい手柄になるのが入場者数のアップなのである。もちろん、入場者を集めるのは大変なことである。どうやってPRすればいいのか。名張市の広報紙に予告を載せ、あとは記者クラブにプレスリリースをもっていく、といった程度のことでは、とても追っつかない。しかし、官が追っつかないところを民がカバーするというのが、いちおうの建前でいえば、民営化や民間委託、あるいは官民による協働がねらいとするところではないのか。そのはずである。そして、そんなことを考えようともしないのが、ここ名張市における官と民との癒着結託の現場なのである。
 
 さてそれで、ミステリ講演会はいったいどうなるのか。どうすればいいのか。個人的には、ここらでやめてもいいコロナだとは思うのだが、それは名張市が判断し、名張市が決定すべきことである。むろん、名張市に判断力や決定力があればの話ではあるが、来年で、というか平成22・2010年度でちょうど二十回目を迎えるのだから、継続するにせよ廃止するにせよ、名張市がなんらかの結論を出すべき時期ではあるだろう。ぱっぱかぱっぱかばかみたいに丸投げばっかりしてないで、自分で考えなければならないことはちゃんとしっかりめいっぱい考えてみる習慣を身につけようね、ということである。くれぐれも気をつけなければならぬのは、ミステリ講演会の事業委託に応募する団体がひとつもなかった場合のことである。もしかしたら来年度、乱歩蔵びらきの会はもう手をあげないかもしれない、とおれには思われるのだが、そうした結果が出たときにどう対処するか、事前にとくと考えておかなければならんだろうな。ま、思案にあまったらいつでも相談においでなさい。わるいようにはしないから。
 ミステリ講演会をどうするよ
 
 まーるなげッ、まーるなげッ、なばりしめーぶつまーるなげッ、と歌の文句にも歌われているかどうかは知らんけど、名張市名物の丸投げがミステリ講演会にもおよんだ。
 
名張市公式サイト:テキスト版広報なばり > 平成21年11月3週号 > ミステリー講演会「なぞがたりなばり」の委託実施団体を募集
 
 お読みいただいたとおり、「江戸川乱歩生誕の地、名張市では、(財)日本推理作家協会の協力のもと、著名作家による講演会『なぞがたりなばり』を平成3年から開催。これを実施いただく団体を募集します」という寸法である。さすが名張市、というべきか、やってることがどうにも意味不明である。募集の締切が昨年11月30日だった、というのがまずおかしい。ミステリ講演会は二十年ほど前からの継続事業なんだから、今年度の講演会を民間委託するというのであれば、年度のあたまに委託団体を募集することも可能だったはずである。というか、なにしろはじめての試みでもあるのだから、そうしているのがふつうであろう。年度のなかば以上を過ぎた11月に募集ってのは、いったいどういうことであろうな。
 
 ちなみにおれが、今年の講師は今野敏さんに決まった、と聞きおよんだのは、昨年10月2日のことであった。日本推理作家協会から名張市に連絡がいつあったのか、それはわからないが、まあおなじころのことであろう。だとすれば、講師が決定した時点でもなお、名張市はえらく悠長にかまえていた、ということになる。もっとも、出来試合だったのであれば、急ぐ必要はなかったのかもしれん。要するに、名張市名物の癒着結託である。実際、これも名張市名物だよなあ。癒着結託のない名張市なんて、おれにはもはや想像すらできないほどであるが、もしも委託団体があらかじめこっそり決まっていたのであれば、あわてて募集する必要はかならずしもなかったであろう。むろん、これはただの邪推である。根拠のある話ではない。つまりまあ、名張市のやってることはさっぱり意味不明、というわけなのである。
 
 さて、23日の火曜日、名張市役所四階にある地域経営室、つまりミステリ講演会の担当セクションで、いくつか確認してきた。もしも来年度、委託団体の応募がゼロだったら、講演会はまた名張市が主催することになるのか。行政サイドの回答は、わからない、というものであった。名張市の主催で継続するのか、それともミステリ講演会という事業を廃止してしまうのか、そのへんのことはなにも決まっていない、とのことであった。大丈夫か名張市。もうちょっと頭をつかってもいいと思うぞ。いくら、なばりしめーぶつまーるなげッ、であるからといって、ミステリ講演会を民間に丸投げすることを考える前に、ほかに考えなければならぬことがあったはずじゃねーか。講演会をこのまま継続すべきかどうか。継続するにしても、いまのやりかたが妥当なのかどうか。そのあたりのことをお役所の内部で、よーく考えてみるのが先決であろう。
 
 それともなにか、中味のことなんかどうだっていい、とにかくミステリ講演会をやってればいい、二十年前の判断を無批判に踏襲してればいい、民間委託という体裁が整いさえすればいい、というだけの話なのか。もしもそうなのだとしたら、それはいかにもまずいのではないか。いくら継続事業だからといって、恒常的に検証を加えながら継続するのが本来であろう。いや、いやいや、なんども記しているとおり、お役所の人に検証はできないのであったな。お役所には検証という概念が存在しないのであったな。だからおれがこうやって、懇切丁寧に検証を進めているのである。よかったなあ名張市。おれみたいなまともな市民がいて、名張市はもう大助かりであろうな。
 
 きのうもリンクを設けたけれど、ミステリ講演会を民間委託するにあたっての募集要項がこれである。
 
名張市公式サイト:なぞがたりなばり委託事業募集要項(pdf)
 
 こんなことが書いてある。
 
   
■対象事業
・ミステリと江戸川乱歩に関する講演を開催する事業
・江戸川乱歩生誕地名張市をPRする事業
・江戸川乱歩の作品や人物を広く市民に顕彰する事業
 
 第一項は、ほかならぬミステリ講演会の開催にかんすることだから、まあわかる。第二項となると、こんなのはどう考えても年間を通じて進められるべき事業であろう。だったら、年度もなかばを過ぎた11月に委託団体を募集するってのは、なんともふしぎなことではないか。いやいや、こんな細かいツッコミはまあどうだっていいとして、第三項、これが不可解である。少し前にも記したけれど、乱歩作品を読むかどうか、乱歩を好きになるかどうか、そんなことは個人の自由、市民の勝手というやつである。名張市民だからといって、お役所から、あるいは、お役所の委託を受けたそこらの民間団体から、乱歩のことをひろく顕彰されねばならぬ筋合いはない。それにだいたい、当のお役所や民間団体が乱歩のことをどれだけ知っているのか、おおいに疑問だといわざるをえない。
 
 月刊コミックビームの4月号に、丸尾末広さんの「踊る一寸法師」が掲載されている。乱歩の同題作品を原作とした漫画である。
 
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 乱歩顕彰の一助になればと考え、任意の一ページをスキャンしてご紹介申しあげた次第なのであるが、どうじゃな? しかしまあ、どうじゃも毒蛇もいいけれど、やっぱお役所には検証も顕彰もとても無理なんじゃね? とぞ思う。
 
 さてさて、上掲の募集要項には、こんなことも書かれている。
 
   
■内容
事業委託料 86万円
 
 おとといも記したけれど、3月21日に催されたミステリ講演会、有料入場者は四十人を切っていた。入場料は一般千円、十八歳以下五百円。で、事業委託料は八十六万円。きわめてアバウトに、四十人で八十万円として計算すると、おひとりさまあたり二万円の税金がつかわれた、ということになる。
 ミステリ講演会はどうなった
 
 名張産業振興センターで3月21日から23日まで開かれていた叔父さんの水墨画展、ミステリ講演会の翌日、再度訪れたところ、叔父さんはおれにウイスキーを一本くれた。手ぶらで行って、えらい得をした。会場はこんな感じであった。
 
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 それではきのうにひきつづき、ここらでやめてもいいコロナ、という話である。きょうびのお若い衆のなかには、名曲「自動車ショー歌」をご存じない向きもおありであろう。YouTubeでごらんあれ。
 
 
 さて、ミステリ講演会は今年度が十九回目、スタートは平成3・1991年度のことであった。講師一覧を敬称略で掲載しておく。
 
1991年 生島治郎
1992年 北方謙三
1993年 井沢元彦、阿刀田高
1994年 山村正夫
1995年 栗本薫
1996年 戸川昌子
1997年 高橋克彦
1998年 大沢在昌
1999年 豊田有恒
2000年 宮部みゆき、北村薫
2001年 馳星周
2002年 真保裕一
2003年 高村薫
2004年 福井晴敏
2005年 有栖川有栖
2006年 綾辻行人
2007年 北森鴻
2008年 芦辺拓
2009年 今野敏
 
 錚々たる顔ぶれである。故人が四人。あらためてご冥福をお祈りする。
 
 生島さんの講演は、ちょっとだけのぞいてみた。会場は青少年センターであったか。大入り満員というわけではなかった。北方さん、井沢さん、阿刀田さんの年はスルーした。山村さんが講師をお務めになったのは乱歩生誕百年の年で、おれはいまだ市立図書館の嘱託ではなく、図書館から頼まれて乱歩の読書会の講師を担当していたのだが、その関係からであったか、おなじ日の午前中におれが乱歩講座みたいなのをやり、午後に山村さんがご講演、という日程であった。会場は名張市役所の大会議室。たしか「江戸川乱歩は三度死ぬ」と題してしゃべり、いったん帰宅して昼食をすませたあと、また市役所に戻ろうと考えていたのだが、なにしろ巨人vs西武の日本シリーズが開幕した日だったので、ついずるずるとテレビ観戦、山村さんの講演はスルーしてしまう結果となった。あれはまずかったなあ。
 
 思い出を書きつらねていてはきりがないが、宮部さんと北村さんの年あたりから、おもに関西の乱歩ファンやミステリファンが講演会にちらほら来てくれるようになり、夜は酒食をともにすることが恒例となった。市立図書館の嘱託として勤めるうち、そうした人たちとのつながりができてきた、ということである。昨年度の講演会では、東京からひとりで足を運んでくださった女性があった。まったくの見ず知らず、初対面のお嬢さんであったのだが、講演会のあと、よーねーちゃんこれからおれといっしょに酒のみにいかない? と声をおかけしたところ即座にご快諾いただき、榊町の番じゃ屋敷で焼酎の一升瓶すっからかんにしたのはよかったのだが、その日のうちに東京へお帰りになるご予定であったところ、やむなく名張に宿泊されるという無茶苦茶な展開となってしまった。しかし、そのお嬢さんはめげることなく今年の講演会にも来てくださって、またしても名張でご一泊、ただし今年は最初から名張泊まりと決めていらっしゃったそうで、ついでだから叔父さんの水墨画展もご観覧いただいた。
 
 さてそれで、名張市はどうして、こんなミステリ講演会をはじめたのか。つらつらおもんぱかるに、たぶん、乱歩の名前を利用してかっこつけたいな、と考えたのである。おそらくは前市長が、そんなことを考えたはずなのである。かっこつける、というのは、いいようにいえば、地方都市としてのグレードを高める、ということである。どうすればグレードアップが図れるか。そのための手がかりはなにか。観阿弥と乱歩である、となった。さーあ、観阿弥と乱歩でめいっぱいかっこつけようぜ、となったはずである。ところが、素材はあっても、それをどう活用していいのか、名張市役所の人たちには考えることができない。前例墨守、責任回避、思考放棄、言語道断、そんなことばが渦を巻く市役所のなかでは、気の利いたことなどなにも考えられない。観阿弥では薪能、乱歩ではミステリ講演会。そんな月並みきわまりない結論が出た。なにしろお役所である。ハコモノ崇拝主義とイベント尊重思想がはびこっていて、とりあえずイベントやっといたらお茶にごせますわてな、みたいなイージーゴーイングがゴーイングマイウェイしているのである。
 
 もっとも、名張市が二十年前にくだした判断を、いまから批判するのはフェアではない。後出しじゃんけんのそしりをまぬかれない。名張市でミステリ作家の講演会を開催すれば、それだけで市内外から聴衆がわんさと詰めかける、と二十年前には考えられたのかもしれない。ミステリ講演会を毎年開催してゆけば、名張市は乱歩の生誕地として全国的に名前を売ることができる、と二十年前には夢みることができたのかもしれない。たしかに名張市は、夢をみたのである。乱歩関連事業をくりひろげてグレードアップするぞ、と思いつき、日本推理作家協会に話を通して、第一線で活躍しているミステリ作家の講演会を実現した。つまり、トップブランドを身につけてみた。しかし、二十年たって、いったいどうなったか。べつにどうにもならなかった。それはそうであろう。いくらトップブランドを身につけてみたところで、中味がすかすかならブランドだけが浮いてしまう。ばかがちゃらちゃらかっこつけやがって、と思われるのが関の山である。トップブランドに大枚はたいてちゃらちゃらできるご時世でもあるまい。名張市もそろそろ、身のたけ身のほどというものをわきまえたほうがいいであろう。二十年前の判断をいまから批判することはしないが、二十年前の判断にいつまでも服していなければならぬ道理もない。だから、検証が必要だというのである。
 
 検証の結論としては、きのうも記したとおり、ここらでやめてもいいコロナ、ということになる。入場者数の少なさだけを根拠に、こんなことをいってるわけではない。名張市のミステリ講演会にもっとも数多く入場している市民は、たぶんおれである。その市民が、ミステリ講演会はどうも名張市民から必要とされていないようだな、という実感を抱くにいたっているからである。もちろん、市民から必要とされていなくたって、全国のミステリファンから需要があるというのであれば、話はまたべつである。しかし、残念ながら、そんなこともないみたいである。だから結局、ここらでやめてもいいコロナではあるのだが、とりあえず事業を見直すことは必要であろう。だいたい、日本推理作家協会に丸投げしてしまったのはいかがなものか。むろん、上掲のような綺羅星のごとき講師陣をお迎えできるのは、日本推理作家協会のおかげである。しかし、丸投げはどうよ。講演会を主催する側が、つまり名張市が、ミステリ作家に限定することなく、こんどはだれに講師をお願いするべきか、あれこれ悩んだり考えたりしてアプローチを重ね、そうすることで乱歩に関係のある人たちとのあいだに関係性を築いてゆく、みたいなことも大切なはずである。しかし、お役所の人にそんなことはできない。
 
 とはいえ、いまのままでは、毎年毎年、消化試合を重ねてるだけという印象が否めない。いやまったく困ったものだよな、と思っていたところ、まーた丸投げである。ミステリ講演会は今年度、こんなことになったのである。
 
名張市公式サイト:なぞがたりなばり委託事業募集要項(pdf)
 
 さあ関係各位、そろそろ涙目のご用意をの巻でござる。
 ミステリ講演会に行ってきた
 
 いやご無沙汰ご無沙汰。めんどくさくっていけない。名張市が乱歩にかんして何をどうすればいいのか。そんなわかりきった話をことあらためて記すのが面倒である。それにだいたい、当ブログをご閲覧いただいているかたのなかには、乱歩に興味があるという人はひとりも存在しないのではないか。そもそも、名張市民のなかには、乱歩が好きだという人はまったく存在しないのではないか。そんなことに思いいたると、乱歩のことを考える、などといったエントリは全然無意味である、という気がしてくる。
 
 ほんとにめんどくさくっていけない、と思ってるうちに3月21日午後、名張産業振興センターアスピアの一階ホールでミステリ講演会「なぞがたりなばり」が催された。行ってみると、アスピアのホールではおれの叔父さんが水墨画の個展を開いているではないか。事前に案内はされていたのだが、すっかり失念していた。ホールにはむろん叔父さん夫妻がいて、埼玉に住んでいるいとこも個展を手伝うために帰郷していた。あまり時間がなかったので、翌日あらためて足を運ぶことにした。
 
 ミステリ講演会はというと、ホールの奥のほうのスペースをスクリーンで仕切り、そこに会場が設営されていた。講師は今野敏さん、テーマは「謎の魅力」。会場の写真がこれである。
 
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 ごらんのとおり、お客さんが少ない。昨年度も一昨年度も、ミステリ講演会の会場には空席が目立ったのだが、それでも有料入場者は五十人を超えていた。ところが今年は、四十人を切ってしまった。これはまずかろう。入場者数が唯一絶対の評価基準になるわけではないけれど、なにしろ講演会である。集客という要素を無視するわけにはいかない。それにだいいち、こんながら空きの会場では、おいでくださった講師の先生にも失礼だと思う。
 
 というわけで、以前から表明していたとおり、今年で十九回目を迎えたミステリ講演会、ここらで検証をおこなうことにする。これも以前に記したとおり、検証なんてのはお役所の内部で、恒常的になされていなければならないものである。ところが、お役所には検証なんてことばは存在しない。前例墨守、責任回避、思考放棄、言語道断、そんなことばはごろごろしているのだが、検証ということばはどこにも転がってない。だからまあ、これも官と民の協働というやつであろうなあ、市民のひとりが僭越ながら検証を進めるという寸法である。
 
 まず結論を書いておこう。ここらでやめてもいいコロナ。これが結論である。むろんこれは個人的な意見であり、名張市がおれの意見をそのまま呑まねばならぬことはまったくないのだが、いっぺんくらい事業を真剣に見直しても罰はあたらぬはずである。あのこをペットにしたくって、ニッサンするのはパッカード。しかし結局、乱歩もミステリも、名張市のペットにはなってくれなんだのである。やーい、パッカード。それにしても、ジャガジャガのむのも、フォドフォドに、というのはほんとにそうであって、このところ飲む機会が重なってもうしんどいしんどい。あんまりコルトじゃ、身がもたぬ。

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