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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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 いかんこれはいかんほんとにいかん
 
 一週間後に近づいたので、うざいかもしれんけど、再度ご案内申しあげる次第である。
 
20100613a.png
 
 地図も再掲。
 
 
 できたてほやほや、当日の配付資料がこれである。ただし、加筆訂正の可能性あり。
 
20100627a.jpg
 
 ちなみに記しておく。この資料の六ページ目に地図がある。福井健二さんの『絵図からみた上野城』から、福井さんのお許しをいただいて転載した。享保年間の上野のまちの地図である。下のほうに広禅寺というお寺があって、その上、方角でいえば東に隣接して、平井隼人という武士の家がある。この平井隼人というのが、乱歩のご先祖さまなわけな。
 
 平井家の初代とされるのは友益という人で、この人は寛文9・1669年、津藩の藩士となった。つまり、藤堂高虎の跡を継いだ二代目藩主、藤堂高次の家臣になったわけ。で、平井友益は天和2・1682年に死去した。その跡継ぎ、すなわち平井家の二代目が陳救という人で、この名は、のぶひら、と読む。通称は、はじめ平三郎、のち隼人。通称っていうのは、要するに、服部半蔵正成の場合は半蔵が通称であり、柳生十兵衛三厳の場合は十兵衛が通称である、ということになる。
 
 で、平井平三郎陳救は天和2・1682年に跡目を継いだ。そのときはわずか二十石五人扶持という微禄だったのだが、貞享2・1685年に百石取りとなり、元禄10・1697年にはさらに百石を加増された。そして寛永4・1707年、一挙に八百石もの加増があって、千石取りの上級藩士になったのであった。隼人という名前は、主君であった四代目藩主、藤堂高睦からこのときにたまわったものである。
 
 当時、平井隼人は江戸詰めだったのであるが、正徳3・1713年にお国附きを願い出た。つまり、入社以来ずーっと東京の支社に勤務していた人間が、津の本社に勤務することを希望した、みたいな話である。これが聞き入れられて、翌年正月、隼人は江戸から津へと引っ越した。ところが、さらにつぎの年、つまり正徳5・1715年のことであるが、隼人は伊賀附きとなった。理由は不明。ともかく、津の本社から伊賀の支社へ転勤になった、みたいなことで、平井隼人陳救はそのまま伊賀に住みつづけ、享保18・1733年に死去したのであった。
 
 享保年間の伊賀上野の城下町図に名前のみえる平井隼人は、まさしく乱歩のご先祖さま、破格の出世をとげた平井家二代目にほかならないのだが、そんなこともあるからなあ名張市役所のみなさんや、乱歩都市交流会議などというばか丸出しなことをぶちあげるのであれば、やっぱ伊賀市にも声をかけてやれよ、川崎克のこともあるだろーが、といつものごとくおちょくりまくってやろうと思っていたのだが、なんかもうどうでもよくなってきた。
 
 とにかくもう、これなのである。
 
 結論まだぁ〜?
 
 ほんとにいったい、どうしたというのじゃな? 乱歩のことをまじめにお考えいただいておった名張市役所のみなさんや、耳の穴から黒い煙をもくもく出して、それで終わりか? たったそれだけなのか。なんなんだよまったく。ほったらかしかよ。どこまで市民を愚弄したら気が済むのよ。
 
 いまさらなにいったってしかたないけど、だからおれはもう最初からね、最初からすごくいやだったわけ。お役所とか、行政とか、あるいは名張市立図書館とか、そういうものとかかり合いになるのが、おれは最初からものすごくいやであった。先日も書いたとおり、そもそもの最初、市立図書館の初代館長から、乱歩作品の読書会やってちょ、と頼まれたときなんて、もう速攻でお断りしたわけな。そんな読書会にはなんの意味もなかったからである、ということは先日も記した次第だけど、ほかにもうひとつ、講師をお断りした理由を数えあげることができるかもしれない。それはつまり、名張市立図書館の、というか、名張市役所の、といってもいいんだけど、とにかくまあお役所というやつだよな、お役所などというレベルの低いところとかかわりになるのはとってもいやである、ということであった。
 
 おれはもともと、名張市役所のみなさんのレベルがどれくらい低かろうと、深くかかわることなしに生きてりゃ問題はあるまい、と思っておった。したがってまあ、読書会の話なんて、受ける余地はどこにもなかったわけな。だいたい、読書会の話なんてのが出てきた時点で、そんな程度のことしか思いつかないんだから、名張市立図書館ってのは相当レベルが低いな、とおれは思った。かかり合いになるのはやめとこう、と本気で思った。開館準備の段階から乱歩関連資料を収集し、移転新築を機に館内に乱歩コーナーを開設いたしました、とかうたってみたところで、市立図書館にとって乱歩はしょせんお飾りにすぎんわけだな、と思った。思ったというよりは、事実そのとおりなんだから、よくわかった、現実に即してよく理解了解することができた、ということである。
 
 実際、ひどい話ではある。初代館長といえども、ろくに乱歩作品を読んだことがなく、収集した資料をいかに活用するか、なんてことはもとより、収集するにあたって乱歩関連資料をどう定義するか、みたいなことさえ考えたことがないうえに、だいたいが図書館を利用してものを調べたこともないみたいな感じであったわけな。少なくとも乱歩にかんしていえば、じつにひどい話である。ノービジョン、ノープラン、ノーアイデアの三冠王、じつに名張市らしい話ではあるが、そんな図書館にかかわるのはやめておこうっと、と思わざるをえなかった。
 
 しかし、一年後、またしても依頼されたものだから、つい情にほだされ、魔が差して、というか、べつに頑強に固辞するほどのことでもなかったゆえに、二年だけの約束で読書会の講師を引き受けた、っつーのがやっぱまずかったわけだよなあ。以前にも記したとおり、市立図書館が約束を守らなかったものだからおれは激怒し、だいたいなにが読書会だ、ほかにやるべきことがあるだろーが、と怒鳴りつけてやった。
 
 で、名張市とおれとのあいだで、こんなことになったわけな。
 
 名張市「なにをすればいいのかわかんない」
 おれ「ばーか。市立図書館が収集してる乱歩関連資料をどうして活用しようとしないの?」
 名張市「どうすればいいのかわかんないから、やってくんない?」
 おれ「やってもいいけど、立場っつーものが必要だからな」
 名張市「じゃ、市立図書館の嘱託ってことでよろしく」
 
 おれはもちろん、嘱託として、ちゃんとしたことをしようと考えておった。それは要するに、名張市役所のみなさんのレベルなんて最初から無視する、ということである。正直いって、みなさんのレベルにあわせておった日には、世間に通用するものはできゃせんわけである。まあみなさんは、世間に通用することなんて考えてもおらんのであろうが、ここに税金つかって収集した資料があり、税金つかってそれを活用しようってんだから、世間に通用するもの、ひとさまから重宝がってもらえるものにするのは、ごく当然のことなのである。もっともこのあたり、名張市役所のみなさんとおれとのあいだにおいて、見解の相違というやつが生じる結果となった。
 
 なにを当然と考えるか、ということである。たとえばおれは、ものごとを考えるというのはごくあたりまえのことである、と考える。ところがお役所のみなさんの世界では、なにも考えないというのはごくあたりまえのことである、ということになる。つまりおれは、名張市立図書館の嘱託になった時点で、名張市役所のみなさんみたいなお仕事のしかたはしないぞ、と考えたわけな。いやいや、ことあらためて考えたわけではないけれど、ごくふつうにお仕事をしていたら、お役所のみなさんとは全然ちがうお仕事ぶりになっていた、ということなわけよ。そもそもおれには、お役所のみなさんみたいなお仕事は、いやいや、あんなちんたらちんたらしてるだけのお仕事をお仕事と呼んでいいものかどうか、おおいにあやしいわけではあるんだけれど、とにかくおれにはあんな真似はできない。なーんにも考えることなく、主体性を放棄し、責任を回避し、ただただぼーっとしていて、なにかといえば先送りか丸投げ、どんなことがあっても異動もしくは退職ですべてが初期化され、それでもときどき脊髄反射みたいな反応を示して手柄を立てたがったりする、みたいなお仕事なんて、おれにはとてもできんわけよな。
 
 するってえと、お役所のみなさんのなかに、どうしてものごとを考えたりするわけ? という反応が出てくるようになった。つまり、おまえがなに考えたって、おれたちはなんにも考えないよ、みたいなことになってくるわけである。信じられぬことではあるが、ふしぎでもなんでもないのかもしれんな。考えるという行為が、名張市役所のみなさんのお仕事のなかにはまったく織り込まれていないのだからな。やれやれ、とおれは思った。いやだなあ、つくづくいやだなあ、と思った。最初から予想していたことではあったけれど、名張市役所のみなさんのレベルの低さに直面するのは、ほんとにいやだな、と思った。
 
 たとえば、こういうことである。
 
2007年10月04日:眼もくらまんばかりの
 
 いつもいつも、おんなじことばかり記しておるわけである。おんなじことばかりいってるおれもおれなら、おんなじことばかりいわせてる名張市も名張市だよな、と思いつつ、あ、いかん、と気がついた。これはいかん。ほんとにいかん。いかんいかん。とんでもない勘違いをしておったではないか。いやー、まいった。みずからの愚かしさを思い知って、おれはかなりのショックを受けてしまったぞ。いかんなあ。うーん。うーん。つづく。
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