三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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ウェブニュースが出そろったようである。
産経新聞:県内の文化力向上に 名張など4市、乱歩都市交流会議を設立
毎日新聞:江戸川乱歩:偉業後世に ゆかりの名張、亀山など4市、連携して情報発信へ /三重
読売新聞:乱歩都市交流会議 4市長、設立趣意書署名
読売新聞:乱歩の偉業 後世に 「都市交流会議」発足へ(中部発)
伊勢新聞:名張生まれ、乱歩にゆかり 4市が交流会議設立
あほらしいやら、なさけないやら。ばかがこらその場の思いつきで薄っぺらなことばっか嬉しそうにかまんしてんじゃねーぞこのすっとこどっこい、といったことを連日のごとく記しているところへ、その見本みたいなニュースが飛びこんでくるのだからなあ。自慢ではありませんが、おつむはまったく使用しておりません、あとさきのこともいっさい考慮しておりません、ただただその場の思いつきでございます、あしからずご了承ください、ていうか、なーんにもわかっておりません、みたいなニュースなのだものなあ。あほらしいやら、なさけないやら。なにかをいってやる気も失せてしまう。だれかこの迷走に歯止めをかけてやる人間はおらんのか。ここらにゃすっとこどっこいしかおらんのかまったく。
産経新聞:県内の文化力向上に 名張など4市、乱歩都市交流会議を設立
毎日新聞:江戸川乱歩:偉業後世に ゆかりの名張、亀山など4市、連携して情報発信へ /三重
読売新聞:乱歩都市交流会議 4市長、設立趣意書署名
読売新聞:乱歩の偉業 後世に 「都市交流会議」発足へ(中部発)
伊勢新聞:名張生まれ、乱歩にゆかり 4市が交流会議設立
あほらしいやら、なさけないやら。ばかがこらその場の思いつきで薄っぺらなことばっか嬉しそうにかまんしてんじゃねーぞこのすっとこどっこい、といったことを連日のごとく記しているところへ、その見本みたいなニュースが飛びこんでくるのだからなあ。自慢ではありませんが、おつむはまったく使用しておりません、あとさきのこともいっさい考慮しておりません、ただただその場の思いつきでございます、あしからずご了承ください、ていうか、なーんにもわかっておりません、みたいなニュースなのだものなあ。あほらしいやら、なさけないやら。なにかをいってやる気も失せてしまう。だれかこの迷走に歯止めをかけてやる人間はおらんのか。ここらにゃすっとこどっこいしかおらんのかまったく。
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きのう、名張市教育委員会を蹴散らしてきた。五分で終わる予定だったが、三十分ほどかかった。といったって、なにをどうしたということでもない。教育委員会に意見提案を具申する気など、当方にはさらさらない。そもそも、名張市であれ、教育委員会であれ、当方は信用などまったくしていない。
江戸川乱歩のことにかんしていえば、それはもうひどいものである。乱歩のことをろくに知らない人間が、乱歩にかんしてなにかを決めている。なにかというのは、いうまでもなく税金のつかいみちである。たとえば、桝田医院第二病棟跡の江戸川乱歩生誕地碑広場にモニュメントをつくる、などというばかげたプランが浮上してくる。乱歩作品さえまともに読んだことのない人間が、どこかの真似をして月並みきわまりないことを思いついてみました、というだけの話である。
あるいは、乱歩にかんしてなにかを決めるべき立場にある人間が、乱歩のことをろくに知らないために、決めるべきことを決められない。しかも、決めるべきことにかんして質問されても、いっさい答えようとしない。公務の場での発言に、なんの責任ももとうとしない。いうまでもなく、前教育次長のことである。
だから、なにかを決めることなど、なにもできない。まともなことはできない。なにがまともなのか、なにが必要なのか、それを考えることすらできない。目先のこと、うわっつらのこと、せいぜいがそのレベルでお茶をにごすだけなのである。より具体的にいえば、江戸川乱歩賞の受賞パーティーに顔を出し、ノーベル製菓謹製の名張市PR飴を配ることくらいであろう。いやいや、それが悪いことだとはいわん。悪いことだとはいわんが、そんなものは、猿回しの猿にだってできることである。猿にできることは猿にまかせて、人間には人間のやるべきことがあるのではないか。
それでまあ、意見提案というのではないが、というか、こんなこといったって手遅れであり、意味のないことではあるのだが、乱歩にかんしてなにをするのか、それはやっぱり名張市なり名張市教育委員会が決めることである、行政が明確な方針を示すべきなのであると、それはお伝えしてきた。むろん、できないのはわかりきっている。だったら手を引くべきである、ともお伝えしておいた。
官と民、あるいはNPO、といった話も出たので、そんなことならとっくに試みている、ともお伝えしておいた。ちょうど一年前のことになる。名張市にまかせておいても無理だから、こちらでNPOを組織して、五年計画で乱歩にかんしてこんなことを進めたいのだが、それにはもちろん、名張市とNPOとの密接な連携が不可欠である、ついては、名張市としてこれを受け容れることは可能かどうか、という問いかけを、文書のかたちで市長に提出してある。それが一年前のことである。にもかかわらず、いまだに、なんの返答もない。そういう事実もお伝えしておいた。
ついでだから、やなせ宿のことにもふれておいた。来年度から指定管理者制度が導入されるとのことであるが、どうもそんな気配はみえない。このままでゆけば、結局のところ、税金一億円かけて食堂一軒つくりました、という結果に終わらざるをえないのではないか。それならそれで、しかたあるまい。しかし、しかたないとしても、最終的には市長がそれを決するべきである。市長としての権限と責任にもとづいて、市長としての指導力のもとに、そうした方向性をさだめるべきなのである、みたいなことは、たとえば4月17日のエントリにも記した。
4月17日:丸投げについて憤る
さらについでだから、市立図書館の乱歩コーナーにある展示資料は、やなせ宿に展示したほうがはるかに自然で合理的である、というあたりまえのことにもふれておいた。ただし、まちなか運営協議会にその管理をゆだねるのは危険である。というか、まちなか運営協議会だって、やなせ宿の運営にはほとほと嫌気がさしているのではないか。なんの理念も目的もなく、たんに運営のための運営をつづけているというのが実態なのであろうから、正直、あんな施設からは手を引きたいのではないか。だからもう、結局のところ、やなせ宿は一億円かけた食堂、ということになるしかないのではないか。
もうひとつついでに、ミステリー文庫の話題にもふれておいた。あれはいったい、どうなったのか。もう三年も前のことになる。平成17・2005年12月7日付朝日新聞のコラム「青鉛筆」に、こんなことが記されていた。
この話はどうなったのか。少なくとも、「08年までに完成させる予定」というのは実現していない。「未定だ」とされている「設置場所」は、いまとなってはやなせ宿以外にはありえない。しかし、やなせ宿は食堂になる以外ないように思える。だから、ミステリー文庫の構想はもう死んでしまっているはずなのだが、まだ死んでいないといううわさも耳にする。
しかしまあ、そんなことはもうどうだっていい。なにいったって意味がない。好きにしろといってやるしかないのである。当方にとって残るのは、以前からいってるとおり、落とし前の問題だけである。
ここで、「仁義なき戦い」も第三作「代理戦争」。
つづいて、第四作の「頂上作戦」。
「仁義なき戦い」シリーズには心に残る名せりふが数多くあって、ちょっと検索してみると、2ちゃんねるにはこんなスレまであった。
過去ログ倉庫:[仁義なき戦い]好きな台詞
比較的よく知られているのは、たとえばこんなところか。
坂井鉄也「おやじさん、ゆうとってあげるが、あんたははじめからわしらがかついどるみこしじゃないの。組がここまでなるのに、誰が血ィ流しとるんや。みこしが勝手に歩けるゆうんなら歩いてみいや、のう」
第四作「頂上作戦」におけるもっとも印象的なせりふはというと、たとえば終幕ちかいシーンのこれか。
広能昌三「間尺に合わん仕事したのう」
いやはや、当方もまったく、間尺に合わぬ仕事をしたものである、と茫然とした気分になるけれど、そんなことはともかくとして、名張市教育委員会、蹴散らすだけは蹴散らしてきた。もとより、こちらから望んだ面談ではない。こちらがものを尋ねたとき、いっさい答えようとしなかったのが教育委員会である。いまさら話し合いの場など必要はないし、協力を要請されねばならぬ筋合いもない。市長に面談を要請したら、かわりに教育委員会が出てきたというだけの話である。当方の眼には、市長が逃げを打ったとしか映らない。当方の怒りは、いよいよ深くなるばかりである。
とはいえ、わざわざ時間を割いていただいた教育長、教育次長、というのはもちろん前教育次長ではなく現在の教育次長なのであるが、それから図書館長には、この場で心からの謝意を表したい。当方、人身御供にされた人間をどうこうするような趣味はまるでない。落とし前ならきっちりと、名張市長につけていただく。
江戸川乱歩のことにかんしていえば、それはもうひどいものである。乱歩のことをろくに知らない人間が、乱歩にかんしてなにかを決めている。なにかというのは、いうまでもなく税金のつかいみちである。たとえば、桝田医院第二病棟跡の江戸川乱歩生誕地碑広場にモニュメントをつくる、などというばかげたプランが浮上してくる。乱歩作品さえまともに読んだことのない人間が、どこかの真似をして月並みきわまりないことを思いついてみました、というだけの話である。
あるいは、乱歩にかんしてなにかを決めるべき立場にある人間が、乱歩のことをろくに知らないために、決めるべきことを決められない。しかも、決めるべきことにかんして質問されても、いっさい答えようとしない。公務の場での発言に、なんの責任ももとうとしない。いうまでもなく、前教育次長のことである。
だから、なにかを決めることなど、なにもできない。まともなことはできない。なにがまともなのか、なにが必要なのか、それを考えることすらできない。目先のこと、うわっつらのこと、せいぜいがそのレベルでお茶をにごすだけなのである。より具体的にいえば、江戸川乱歩賞の受賞パーティーに顔を出し、ノーベル製菓謹製の名張市PR飴を配ることくらいであろう。いやいや、それが悪いことだとはいわん。悪いことだとはいわんが、そんなものは、猿回しの猿にだってできることである。猿にできることは猿にまかせて、人間には人間のやるべきことがあるのではないか。
それでまあ、意見提案というのではないが、というか、こんなこといったって手遅れであり、意味のないことではあるのだが、乱歩にかんしてなにをするのか、それはやっぱり名張市なり名張市教育委員会が決めることである、行政が明確な方針を示すべきなのであると、それはお伝えしてきた。むろん、できないのはわかりきっている。だったら手を引くべきである、ともお伝えしておいた。
官と民、あるいはNPO、といった話も出たので、そんなことならとっくに試みている、ともお伝えしておいた。ちょうど一年前のことになる。名張市にまかせておいても無理だから、こちらでNPOを組織して、五年計画で乱歩にかんしてこんなことを進めたいのだが、それにはもちろん、名張市とNPOとの密接な連携が不可欠である、ついては、名張市としてこれを受け容れることは可能かどうか、という問いかけを、文書のかたちで市長に提出してある。それが一年前のことである。にもかかわらず、いまだに、なんの返答もない。そういう事実もお伝えしておいた。
ついでだから、やなせ宿のことにもふれておいた。来年度から指定管理者制度が導入されるとのことであるが、どうもそんな気配はみえない。このままでゆけば、結局のところ、税金一億円かけて食堂一軒つくりました、という結果に終わらざるをえないのではないか。それならそれで、しかたあるまい。しかし、しかたないとしても、最終的には市長がそれを決するべきである。市長としての権限と責任にもとづいて、市長としての指導力のもとに、そうした方向性をさだめるべきなのである、みたいなことは、たとえば4月17日のエントリにも記した。
4月17日:丸投げについて憤る
さらについでだから、市立図書館の乱歩コーナーにある展示資料は、やなせ宿に展示したほうがはるかに自然で合理的である、というあたりまえのことにもふれておいた。ただし、まちなか運営協議会にその管理をゆだねるのは危険である。というか、まちなか運営協議会だって、やなせ宿の運営にはほとほと嫌気がさしているのではないか。なんの理念も目的もなく、たんに運営のための運営をつづけているというのが実態なのであろうから、正直、あんな施設からは手を引きたいのではないか。だからもう、結局のところ、やなせ宿は一億円かけた食堂、ということになるしかないのではないか。
もうひとつついでに、ミステリー文庫の話題にもふれておいた。あれはいったい、どうなったのか。もう三年も前のことになる。平成17・2005年12月7日付朝日新聞のコラム「青鉛筆」に、こんなことが記されていた。
□▽推理小説の生みの親、江戸川乱歩の生誕地である三重県名張市は5日、古今東西の推理小説を一堂に集めた「ミステリー文庫」を設置する方針を明らかにした。
□▽同市は、乱歩に関する街おこし事業が盛ん。08年までに完成させる予定で、市立図書館の乱歩関係の蔵書約千冊を移し、寄贈も受け付けるという。 □▽「全国の推理小説ファンの集まる場に」と同市。しかし、具体的な運営方法や設置場所は未定だ。行政側の思惑通りにいくか、それもまた「ミステリー」。 |
この話はどうなったのか。少なくとも、「08年までに完成させる予定」というのは実現していない。「未定だ」とされている「設置場所」は、いまとなってはやなせ宿以外にはありえない。しかし、やなせ宿は食堂になる以外ないように思える。だから、ミステリー文庫の構想はもう死んでしまっているはずなのだが、まだ死んでいないといううわさも耳にする。
しかしまあ、そんなことはもうどうだっていい。なにいったって意味がない。好きにしろといってやるしかないのである。当方にとって残るのは、以前からいってるとおり、落とし前の問題だけである。
ここで、「仁義なき戦い」も第三作「代理戦争」。
つづいて、第四作の「頂上作戦」。
「仁義なき戦い」シリーズには心に残る名せりふが数多くあって、ちょっと検索してみると、2ちゃんねるにはこんなスレまであった。
過去ログ倉庫:[仁義なき戦い]好きな台詞
比較的よく知られているのは、たとえばこんなところか。
坂井鉄也「おやじさん、ゆうとってあげるが、あんたははじめからわしらがかついどるみこしじゃないの。組がここまでなるのに、誰が血ィ流しとるんや。みこしが勝手に歩けるゆうんなら歩いてみいや、のう」
第四作「頂上作戦」におけるもっとも印象的なせりふはというと、たとえば終幕ちかいシーンのこれか。
広能昌三「間尺に合わん仕事したのう」
いやはや、当方もまったく、間尺に合わぬ仕事をしたものである、と茫然とした気分になるけれど、そんなことはともかくとして、名張市教育委員会、蹴散らすだけは蹴散らしてきた。もとより、こちらから望んだ面談ではない。こちらがものを尋ねたとき、いっさい答えようとしなかったのが教育委員会である。いまさら話し合いの場など必要はないし、協力を要請されねばならぬ筋合いもない。市長に面談を要請したら、かわりに教育委員会が出てきたというだけの話である。当方の眼には、市長が逃げを打ったとしか映らない。当方の怒りは、いよいよ深くなるばかりである。
とはいえ、わざわざ時間を割いていただいた教育長、教育次長、というのはもちろん前教育次長ではなく現在の教育次長なのであるが、それから図書館長には、この場で心からの謝意を表したい。当方、人身御供にされた人間をどうこうするような趣味はまるでない。落とし前ならきっちりと、名張市長につけていただく。
あしたである。名張市教育委員会を蹴散らしにゆくのは、あしたである。ついては、名張市の広報対話室に、こんなメールを送信した。
以上である。
お世話さまです。ご手配、ありがとうございました。つきましては、あすご出席いただく教育委員会のかたに、下記のブログ記事を事前にお読みいただきたく、そのご手配もよろしくお願いいたします。
http://nabarimachinaka.blog.shinobi.jp/Entry/681/ http://nabarimachinaka.blog.shinobi.jp/Entry/682/ http://nabarimachinaka.blog.shinobi.jp/Entry/683/ このブログ記事に、下記の質問を記してあります。 ・名張市立図書館が四十年にわたって収集してきた江戸川乱歩関連資料にかんして、それを活用するための具体的な方針は、市教育委員会はいっさい考えていない。以上、相違ないか。 教育委員会のかたには、この質問に対する回答をご用意いただきますよう、お伝えください。 ひきつづき、市長との面談の機会を設けていただくことを要望いたします。よろしくお願いいたします。 2008/10/28 |
以上である。
昨年2月、桝田医院第二病棟跡地に乱歩文学館とやらを建設するという気のふれたような話が、名張まちなか再生委員会によって本気で検討されていたころのことである。委員会の内部組織として乱歩関連施設整備事業検討委員会というのが発足した。第一回目の会合が開かれることになって、出席するよう要請を受けた。むろん当方、委員会のメンバーでもないし、委員会に協力する気などさらさらない。
どうして出席したのか。協力する気などさらさらないというまさにそのことを、きっちり伝えるためである。名張まちなか再生プランなどというインチキに荷担する気はないし、プランはすでに異常事態と呼ぶべき段階に立ちいたっている。明らかに行政の責任を追及すべき時期である。乱歩文学館がどうのこうのと、そんな脳天気なことほざいてる場合じゃねーだろ、みたいなことを発言した。
その場に、やや遅れて参加しのが、当時の教育次長であった。どういう話の流れであったのか、その会合のテーマとは直接なんのかかわりもないことであったのだが、名張市教育委員会の見解が、ゆくりなくも示された。つまり、名張市立図書館が収集した江戸川乱歩関連資料をどう活用するのか、当方は懇切丁寧にその筋道を示したつもりであるのだが、さあこれからどうする気? という問いかけに対する見解である。前教育長にお訊きして、またあらためてみんなで考えましょう、ということばとともに先送りされてしまった問題である。
このあたり、当時の教育次長にメールで送信した質問があるので、すでにインターネット上に公開しているものではあるのだが、転載しておく。
このあと、当時の教育次長には三回か四回、回答を催促するメールを送信したのだが、ついに返答はなかった。だから要するに、手塩にかけて育てた子供を殺されてしまったような気がしたのである。これがまた、むろん親の欲目ということもあるのであろうが、じつによくできた子供であった。
乱歩という作家に興味のない人には、どうでもいい話でしかないであろうが、うそだと思うなら、たとえば、なぞがたりなばりの講師として11月22日、名張市までお越しいただく芦辺拓さんに、名張市立図書館の江戸川乱歩リファレンスブックはいかがでしたか、とお訊きしてみるがよい。おそらく、つくった人間の人間性にはおおいに問題があるけれど、三冊の目録そのものはそこそこである、といった程度のお墨付きはいただけるのではないか。というか、芦辺さんには、「遊歩人」という雑誌のアンケートで、平成15・2003年のベストワンに『江戸川乱歩著書目録』を推挙していただいたことさえあった。えらく光栄なことであった。それほどよくできた子供であったということである。
いやまあ、すでに殺されてしまったのだから、それはもうしかたがないとあきらめよう。しかし、だとしても、名張市教育委員会はどう考えているのか。市立図書館の運営に乱歩をどう位置づければいいと考えるのか。これまでに収集した資料をどんなふうに活用すればいいと考えるのか。それを明らかにしてくれなければ、死んだ子供だって浮かばれんではないか。はばかりながら当方、市立図書館の収集資料活用については、その方向性を残りなく示すために心血を注いだ。身銭だって切りまくった。これでまちがいないという確信もある。人がここまで、名張市のために身を挺したのである。それを否定するのはいいとしても、ならばどうすべきか、教育委員会がみずからなにも考えようとしないのはどういうことか。
しかしまあ、どういうことかも、こういうことかも、ないといえばないのである。それが名張市教育委員会なのである。だから、前教育次長には、10月29日の面談の場にぜひご参加いただきたかった。市長から頂戴した回答には、「今回は教育委員会として、ご意見・ご提案を承らせていただきます」とあるから、市長はもとより、前教育次長にもお出ましはいただけないようなのであるが、負け癖のついた犬みたいにこそこそ逃げ隠ればかりしておってもしかたあるまい。それはまあ、お役所の連中の第一義は責任回避にほかならず、異動してしまえば前任セクションにおける責任はすべて雲散霧消してしまう、というのがお役所の常識なのではあるけれど、そんな勝手な理屈は通用せんと思うぞ。
前教育次長には、なにも難しいことをお願いするわけではない。いつもどおりで結構なのである。平常心でいいのである。なにを尋ねられても、いっさい答えない。いつものように知らん顔をして、最初から最後まで黙りとおしていてくれればいいのである。その沈黙こそが、なによりも雄弁に、名張市教育委員会の無能と怠慢を証明してくれるのである。先日も記したとおり、面談の場に教育長と前教育次長の出席を要請したのは、その無能と怠慢を証明するためであって、他意はない。
したがって、教育委員会として意見や提案を承る、などといわれたって、当方にはそんな気はない。当方はあくまでも、名張市長から頂戴した要請にもとづいて、市長ご自身に意見提案を具申するつもりである。教育委員会には、つぎの一点について回答を用意していただければ、それでいい。
・名張市立図書館が四十年にわたって収集してきた江戸川乱歩関連資料にかんして、それを活用するための具体的な方針は、市教育委員会はいっさい考えていない。以上、相違ないか。
これにお答えいただければ、それで結構である。わざわざ時間を割いていただいて恐縮ではあるが、それで用済みである。相違があるとおっしゃるのであれば、むろんおはなしはいくらでも承るが、いいわけや先送りはごめんこうむる。したがって、10月29日の面談は、おそらく五分間ほどで終了するのではないか。五分間ほどで教育委員会を蹴散らして、そのあとはいよいよ、あらためて、市長との面談を要請することとなる。
どうして出席したのか。協力する気などさらさらないというまさにそのことを、きっちり伝えるためである。名張まちなか再生プランなどというインチキに荷担する気はないし、プランはすでに異常事態と呼ぶべき段階に立ちいたっている。明らかに行政の責任を追及すべき時期である。乱歩文学館がどうのこうのと、そんな脳天気なことほざいてる場合じゃねーだろ、みたいなことを発言した。
その場に、やや遅れて参加しのが、当時の教育次長であった。どういう話の流れであったのか、その会合のテーマとは直接なんのかかわりもないことであったのだが、名張市教育委員会の見解が、ゆくりなくも示された。つまり、名張市立図書館が収集した江戸川乱歩関連資料をどう活用するのか、当方は懇切丁寧にその筋道を示したつもりであるのだが、さあこれからどうする気? という問いかけに対する見解である。前教育長にお訊きして、またあらためてみんなで考えましょう、ということばとともに先送りされてしまった問題である。
このあたり、当時の教育次長にメールで送信した質問があるので、すでにインターネット上に公開しているものではあるのだが、転載しておく。
お世話になっております。単刀直入に申しあげます。以下に一点、質問を記します。ご多用中恐縮ですが、お答えをいただければ幸甚です。
名張市教育委員会は市立図書館の運営における江戸川乱歩の扱いについて、構想や方向性のようなものをおもちなのでしょうか。おもちなのであれば、それを示していただきたく思います。また、これからお考えになるというのであればその時期はいつごろなのか、構想や方向性は存在しないというのであればその旨をお知らせいただきたく思います。 私個人は、これまでに市立図書館が発行した江戸川乱歩リファレンスブックによって具体的に示しましたとおり、図書館が過去に収集した乱歩関連資料にもとづいて、全国を対象にしたサービスを提供することが望ましいと考えております。そのサービスはインターネットを活用して進めるべきであるとも愚考いたします。 しかるに、2月1日に開かれた名張まちなか再生委員会の第一回乱歩関連施設整備事業検討委員会において、貴職は私の考えを必ずしもそのまま受け容れるとはかぎらないという旨のご発言をなさいました。正確なところは事務局による録音を聴いてみなければわかりませんが、とにかく貴職は、私が示した方向性を100%受け容れるかそうでないか、それはこれから考えることであるとおっしゃったように記憶しております。 私にとってこれは驚くべきご発言で、名張まちなか再生プランには直接関係のないことですから委員会の席では何も申しあげませんでしたが、貴職にお訊きして確認したいことは少なからず存在いたします。しかし、いまはほかのことには触れません。ただひとつ、私の示したところをそのまま受け容れるにせよそうでないにせよ、名張市教育委員会が市立図書館の運営における乱歩の扱いをどのようにお考えなのか、あるいはお考えではないのか、その点に関して上記の一点をお訊きする次第です。 お答えはメールでお願いできればと思います。また、お答えは当方のサイトで公開させていただきたく思っておりますが、もしも差し支えがある場合は非公開といたしますので、その旨お知らせくださいますようお願いいたします。 年度末を迎えてお忙しいところ、勝手なお願いを申しあげて心苦しく思っております。よろしくお願い申しあげます。 2007/02/28 |
このあと、当時の教育次長には三回か四回、回答を催促するメールを送信したのだが、ついに返答はなかった。だから要するに、手塩にかけて育てた子供を殺されてしまったような気がしたのである。これがまた、むろん親の欲目ということもあるのであろうが、じつによくできた子供であった。
乱歩という作家に興味のない人には、どうでもいい話でしかないであろうが、うそだと思うなら、たとえば、なぞがたりなばりの講師として11月22日、名張市までお越しいただく芦辺拓さんに、名張市立図書館の江戸川乱歩リファレンスブックはいかがでしたか、とお訊きしてみるがよい。おそらく、つくった人間の人間性にはおおいに問題があるけれど、三冊の目録そのものはそこそこである、といった程度のお墨付きはいただけるのではないか。というか、芦辺さんには、「遊歩人」という雑誌のアンケートで、平成15・2003年のベストワンに『江戸川乱歩著書目録』を推挙していただいたことさえあった。えらく光栄なことであった。それほどよくできた子供であったということである。
いやまあ、すでに殺されてしまったのだから、それはもうしかたがないとあきらめよう。しかし、だとしても、名張市教育委員会はどう考えているのか。市立図書館の運営に乱歩をどう位置づければいいと考えるのか。これまでに収集した資料をどんなふうに活用すればいいと考えるのか。それを明らかにしてくれなければ、死んだ子供だって浮かばれんではないか。はばかりながら当方、市立図書館の収集資料活用については、その方向性を残りなく示すために心血を注いだ。身銭だって切りまくった。これでまちがいないという確信もある。人がここまで、名張市のために身を挺したのである。それを否定するのはいいとしても、ならばどうすべきか、教育委員会がみずからなにも考えようとしないのはどういうことか。
しかしまあ、どういうことかも、こういうことかも、ないといえばないのである。それが名張市教育委員会なのである。だから、前教育次長には、10月29日の面談の場にぜひご参加いただきたかった。市長から頂戴した回答には、「今回は教育委員会として、ご意見・ご提案を承らせていただきます」とあるから、市長はもとより、前教育次長にもお出ましはいただけないようなのであるが、負け癖のついた犬みたいにこそこそ逃げ隠ればかりしておってもしかたあるまい。それはまあ、お役所の連中の第一義は責任回避にほかならず、異動してしまえば前任セクションにおける責任はすべて雲散霧消してしまう、というのがお役所の常識なのではあるけれど、そんな勝手な理屈は通用せんと思うぞ。
前教育次長には、なにも難しいことをお願いするわけではない。いつもどおりで結構なのである。平常心でいいのである。なにを尋ねられても、いっさい答えない。いつものように知らん顔をして、最初から最後まで黙りとおしていてくれればいいのである。その沈黙こそが、なによりも雄弁に、名張市教育委員会の無能と怠慢を証明してくれるのである。先日も記したとおり、面談の場に教育長と前教育次長の出席を要請したのは、その無能と怠慢を証明するためであって、他意はない。
したがって、教育委員会として意見や提案を承る、などといわれたって、当方にはそんな気はない。当方はあくまでも、名張市長から頂戴した要請にもとづいて、市長ご自身に意見提案を具申するつもりである。教育委員会には、つぎの一点について回答を用意していただければ、それでいい。
・名張市立図書館が四十年にわたって収集してきた江戸川乱歩関連資料にかんして、それを活用するための具体的な方針は、市教育委員会はいっさい考えていない。以上、相違ないか。
これにお答えいただければ、それで結構である。わざわざ時間を割いていただいて恐縮ではあるが、それで用済みである。相違があるとおっしゃるのであれば、むろんおはなしはいくらでも承るが、いいわけや先送りはごめんこうむる。したがって、10月29日の面談は、おそらく五分間ほどで終了するのではないか。五分間ほどで教育委員会を蹴散らして、そのあとはいよいよ、あらためて、市長との面談を要請することとなる。
当方が名張市立図書館の乱歩資料担当嘱託を拝命したのは、平成7・1995年のことであった。経緯を記すといくらでも長くなるので、ごく簡単に話を進める。くわしいことを知りたいとおっしゃるかたは、下記のコンテンツを第一回から順にお読みいただきたい。
名張人外境:乱歩文献打明け話 > 第一回 セクハラ始末
名張人外境:乱歩文献打明け話 > 第二回 哀しみは歌に託して
名張人外境:乱歩文献打明け話 > 第三回 わが悪名
名張人外境:乱歩文献打明け話 > 第四回 ああ人生の大師匠
名張人外境:乱歩文献打明け話 > 第五回 うっかりキレた私
名張市立図書館における江戸川乱歩関連資料の収集と活用ということでいえば、当方が嘱託となった当時、具体的な方針はなにもなかった。当時の教育長に文書を提出し、そのあたりのことを質問したりもしたのだが、うんともすんとも応答がなかった。もっとも、そんなことは予想されていた。当方は当方で、資料の活用に道筋をつければよかったのである。
収集資料を活用するにあたっての具体的な方向を示すために、「江戸川乱歩リファレンスブック」と名づけた目録を三冊、発行した。
1『乱歩文献データブック』(平成9・1997年3月31日)
2『江戸川乱歩執筆年譜』(平成10・1998年3月31日)
3『江戸川乱歩著書目録』(平成15・2003年3月31日)
もとより、市民生活に直接かかわりのある話ではない。こんなものに一円も税金をつかうな、という意見だって、一概に否定されるべきではない。とはいえ、収集した資料をただ所蔵しているというだけでは、いかにももったいない話である。収集したものは活用しなければ、損得勘定からいっても損なのである。しかも、素材は江戸川乱歩である。乱歩という作家が、その圧倒的なポピュラリティにおいて、いわゆる全国発信にうってつけの素材であることはいうまでもない。げんに、この三冊のリファレンスブックは、江戸川乱歩の生誕地である名張市のことを、こんなこというのは手前味噌以外のなにものでもないのだが、ある程度いわゆる発信することができたと思う。
いわゆる情報発信ということでいうならば、いまや、インターネットを利用しない手はない。二冊目の『江戸川乱歩執筆年譜』が出たあと、書誌二冊の内容をインターネット上に掲載するための予算を要求した。理由はいくつかあるが、まず、書籍のかたちで発行した目録の不備や遺漏が、ネット上なら簡単に訂正できる、ということである。もうひとつ、ネット上でデータを公開しながら、三冊目となる『江戸川乱歩著書目録』の編纂を進めたい、ということもあった。もちろん、有益なデータだから、インターネットで公開するだけで、乱歩や探偵小説に興味のある人には重宝してもらえるはずであるし、それが名張市という自治体を認識してもらったり信頼してもらったり、そういったことにも結びついて、結局はいわゆる全国発信になるだろう、というもくろみもあった。
名張市教育委員会は、予算要求をあっさり蹴ってくれた。しかし、『乱歩文献データブック』と『江戸川乱歩執筆年譜』の増補と、『江戸川乱歩著書目録』の編纂は、ネット上ですぐにでも始めたいことであったから、平成11・1999年、名張人外境というウェブサイトを個人で開設して、作業を開始した。結論からいえば、もくろみは間違っていなかった。データを公開すれば、データが集まってくる。とくに『乱歩文献データブック』は、書籍とウェブ版とを比較すれば、情報量は二倍ほどになっているのではないか。不備や遺漏を指摘してくれる人が少なからずあったからである。『江戸川乱歩著書目録』も、インターネットを利用して多くの人の助力を得ながら、名張人外境でまずウェブ版の編纂を終えたあと、名張市立図書館から書籍のかたちで発行することができた。
『江戸川乱歩著書目録』が出たあと、当時の教育長にお目にかかる機会があったので、さあ、乱歩をどうする気? とお訊きした。目録三冊を発行した時点で、当方の役割はひとまず終了したようなものであった。そもそも当方が嘱託を引き受けたのは、市立図書館が乱歩にかんしてなにをやればいいのかわからない、と図書館側から打ち明けられたからである。そんなものは、収集した資料の活用を考えればそれですむ話である。だから当方、嘱託として身をもってそれを示したつもりである。しんどいところはすべてこちらで片をつけた。あとは楽なものである。資料を活用するうえで、間違いのない筋道を示すことができたのだから、あとはどうする気? とお訊きしたところ、またあらためてみんなで考えましょう、という十年一日のごとき先送りのことばが出ただけで、それっきりであった。
もっとも、インターネット上にデータを掲載する話は、ちょっとだけ持続した。それからしばらくして、教育委員会の職員が図書館まで来てくれて、インターネットにかんする協議を進めてくれた。しかし、話がかみ合わない。教育委員会側は、三冊の目録の内容をネット上で公開する程度のことしか、考えていなかった。もちろん、それだって必要なことである。しかし、眼目は、高度な検索ということである。作品と著書の双方のデータがそろったのだから、それを再構築して、さまざまな検索を可能ならしめることが必要である。早い話、目録の内容をネット上で公開し、グーグルのサイト内検索ができるようにする程度のことなら、素人でもできる。げんに当方のサイトでやっておる。しかし、高度な検索となるとそうは行かない。そのためのプログラミングが必要になる。専門のプログラマーに依頼しなければならない。だから、そのあたりを考えてみてくれ、と教育委員会職員にお願いして、それっきりであった。あとになって、風のうわさで、財政難だから話が蹴られた、と知った。
それ以降は、なんとも中途半端なものであった。当時の教育長からは、うんともすんとも応答がなかった。教育委員会というところは、人の問いかけにいっさい答えようとしないところなのである。ところが、昨年になって、意外な場所で、ゆくりなくも、教育委員会の答えが、うすぼんやりとではあるが、明らかにされることになった。それを聞いた当方がどんな気になったかというと、不謹慎な比喩をあえて使用して表現するならば、手塩にかけて育てた子供を殺されてしまったような気分になった。
あすは三蹴り目。蹴散らしまくるぞ。
名張人外境:乱歩文献打明け話 > 第一回 セクハラ始末
名張人外境:乱歩文献打明け話 > 第二回 哀しみは歌に託して
名張人外境:乱歩文献打明け話 > 第三回 わが悪名
名張人外境:乱歩文献打明け話 > 第四回 ああ人生の大師匠
名張人外境:乱歩文献打明け話 > 第五回 うっかりキレた私
名張市立図書館における江戸川乱歩関連資料の収集と活用ということでいえば、当方が嘱託となった当時、具体的な方針はなにもなかった。当時の教育長に文書を提出し、そのあたりのことを質問したりもしたのだが、うんともすんとも応答がなかった。もっとも、そんなことは予想されていた。当方は当方で、資料の活用に道筋をつければよかったのである。
収集資料を活用するにあたっての具体的な方向を示すために、「江戸川乱歩リファレンスブック」と名づけた目録を三冊、発行した。
1『乱歩文献データブック』(平成9・1997年3月31日)
2『江戸川乱歩執筆年譜』(平成10・1998年3月31日)
3『江戸川乱歩著書目録』(平成15・2003年3月31日)
もとより、市民生活に直接かかわりのある話ではない。こんなものに一円も税金をつかうな、という意見だって、一概に否定されるべきではない。とはいえ、収集した資料をただ所蔵しているというだけでは、いかにももったいない話である。収集したものは活用しなければ、損得勘定からいっても損なのである。しかも、素材は江戸川乱歩である。乱歩という作家が、その圧倒的なポピュラリティにおいて、いわゆる全国発信にうってつけの素材であることはいうまでもない。げんに、この三冊のリファレンスブックは、江戸川乱歩の生誕地である名張市のことを、こんなこというのは手前味噌以外のなにものでもないのだが、ある程度いわゆる発信することができたと思う。
いわゆる情報発信ということでいうならば、いまや、インターネットを利用しない手はない。二冊目の『江戸川乱歩執筆年譜』が出たあと、書誌二冊の内容をインターネット上に掲載するための予算を要求した。理由はいくつかあるが、まず、書籍のかたちで発行した目録の不備や遺漏が、ネット上なら簡単に訂正できる、ということである。もうひとつ、ネット上でデータを公開しながら、三冊目となる『江戸川乱歩著書目録』の編纂を進めたい、ということもあった。もちろん、有益なデータだから、インターネットで公開するだけで、乱歩や探偵小説に興味のある人には重宝してもらえるはずであるし、それが名張市という自治体を認識してもらったり信頼してもらったり、そういったことにも結びついて、結局はいわゆる全国発信になるだろう、というもくろみもあった。
名張市教育委員会は、予算要求をあっさり蹴ってくれた。しかし、『乱歩文献データブック』と『江戸川乱歩執筆年譜』の増補と、『江戸川乱歩著書目録』の編纂は、ネット上ですぐにでも始めたいことであったから、平成11・1999年、名張人外境というウェブサイトを個人で開設して、作業を開始した。結論からいえば、もくろみは間違っていなかった。データを公開すれば、データが集まってくる。とくに『乱歩文献データブック』は、書籍とウェブ版とを比較すれば、情報量は二倍ほどになっているのではないか。不備や遺漏を指摘してくれる人が少なからずあったからである。『江戸川乱歩著書目録』も、インターネットを利用して多くの人の助力を得ながら、名張人外境でまずウェブ版の編纂を終えたあと、名張市立図書館から書籍のかたちで発行することができた。
『江戸川乱歩著書目録』が出たあと、当時の教育長にお目にかかる機会があったので、さあ、乱歩をどうする気? とお訊きした。目録三冊を発行した時点で、当方の役割はひとまず終了したようなものであった。そもそも当方が嘱託を引き受けたのは、市立図書館が乱歩にかんしてなにをやればいいのかわからない、と図書館側から打ち明けられたからである。そんなものは、収集した資料の活用を考えればそれですむ話である。だから当方、嘱託として身をもってそれを示したつもりである。しんどいところはすべてこちらで片をつけた。あとは楽なものである。資料を活用するうえで、間違いのない筋道を示すことができたのだから、あとはどうする気? とお訊きしたところ、またあらためてみんなで考えましょう、という十年一日のごとき先送りのことばが出ただけで、それっきりであった。
もっとも、インターネット上にデータを掲載する話は、ちょっとだけ持続した。それからしばらくして、教育委員会の職員が図書館まで来てくれて、インターネットにかんする協議を進めてくれた。しかし、話がかみ合わない。教育委員会側は、三冊の目録の内容をネット上で公開する程度のことしか、考えていなかった。もちろん、それだって必要なことである。しかし、眼目は、高度な検索ということである。作品と著書の双方のデータがそろったのだから、それを再構築して、さまざまな検索を可能ならしめることが必要である。早い話、目録の内容をネット上で公開し、グーグルのサイト内検索ができるようにする程度のことなら、素人でもできる。げんに当方のサイトでやっておる。しかし、高度な検索となるとそうは行かない。そのためのプログラミングが必要になる。専門のプログラマーに依頼しなければならない。だから、そのあたりを考えてみてくれ、と教育委員会職員にお願いして、それっきりであった。あとになって、風のうわさで、財政難だから話が蹴られた、と知った。
それ以降は、なんとも中途半端なものであった。当時の教育長からは、うんともすんとも応答がなかった。教育委員会というところは、人の問いかけにいっさい答えようとしないところなのである。ところが、昨年になって、意外な場所で、ゆくりなくも、教育委員会の答えが、うすぼんやりとではあるが、明らかにされることになった。それを聞いた当方がどんな気になったかというと、不謹慎な比喩をあえて使用して表現するならば、手塩にかけて育てた子供を殺されてしまったような気分になった。
あすは三蹴り目。蹴散らしまくるぞ。
きのうの予告どおり、名張市教育委員会を蹴散らすことにする。
名張市公式サイト「市長への手紙」を利用して、市長、教育長、前教育次長、このお三方との面談を要請した。名張市立図書館が所蔵している江戸川乱歩関連資料の活用について市長にお訊きしたところ、頂戴した返信に「今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします」と記されていたから、そのための場を設定していただくよう要望した次第である。なぜ教育長と前教育次長の同席を希望したのかというと、教育委員会がいかに無能で怠慢であるか、といってもこれは、あくまでも乱歩関連資料の収集と活用にかぎっていえば、ということであるとご承知おきいただきたいのだが、とにかくその無能と怠慢を証明するためであった。面談の場でなにを尋ねても、おそらくなにも答えられない。いいわけと先送りが並べられるだけのはずである。しかし、面談の日時をお知らせいただいた市長回答には、「今回は教育委員会として、ご意見・ご提案を承らせていただきますので、ご了承ください」とあった。すなわち、市長はご欠席である、ということであろう。上等である。ならばとりあえず、名張市教育委員会を蹴散らしてやる。そのうえであらためて、名張市長との面談をお願いする。これが話の流れである。
まず最初に、平成9・1997年3月に、ということは十一年前、すなわち前市長時代の話なのだが、名張市立図書館が発行した『乱歩文献データブック』の序文から引く。当時の図書館長が執筆した文章である。
これが本筋というものである。本筋というよりは、あたりまえのことである。開館準備の段階から、資料収集に努めてきた。収集資料を活用するために、目録を発行する。そういったあたりまえのこと、あたりまえのこととしてなされるべきことが、はっきりわかりやすく述べられている。
いっぽう、おなじことについて述べられた市長回答は、こんなぐあいである。
何度読んでも、泣けてくる。収集には努めるが、活用のことは考えない。そんな不合理かつ理不尽なことが、市長回答として送られてくるのだからなあ。ほんと、泣くなといわれても泣けてくるよなあ。
こうなったらここはひとつ、著作権の問題は確信犯的に無視して、名張市教育委員会をはじめとした名張市役所のみなさんがたに、『乱歩文献データブック』の序文をすべて、といったってわずか二ページなのだが、スキャン画像でお読みいただくことにしよう。教育委員会のみなさんじゃとて、この序文には眼を通したことすらないのであろうからな。
なんかもう、この序文を読むにつけ、泣けてきて泣けてきてしかたない感じになってくる。おおざっぱにいってしまえば、この序文に記されていることはすべてうそである、と明言したのが10月9日付の市長回答なのである。ほんと、泣けてくるよなあ。まったくなにも考えず、ただその場しのぎのためだけに適当なこと書き散らかしてるんだからなあ。むろん、激怒はしている。激怒して思いっきり殺気立ってはいるのだが、あまりのなさけなさ、腰が抜けそうになるほどのなさけなさに、もう泣けてきて泣けてきてしかたがない。だから本日はここまでとして、あしたまた、気分を一新したうえで、盛大に蹴散らかしてやることとする。
名張市公式サイト「市長への手紙」を利用して、市長、教育長、前教育次長、このお三方との面談を要請した。名張市立図書館が所蔵している江戸川乱歩関連資料の活用について市長にお訊きしたところ、頂戴した返信に「今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします」と記されていたから、そのための場を設定していただくよう要望した次第である。なぜ教育長と前教育次長の同席を希望したのかというと、教育委員会がいかに無能で怠慢であるか、といってもこれは、あくまでも乱歩関連資料の収集と活用にかぎっていえば、ということであるとご承知おきいただきたいのだが、とにかくその無能と怠慢を証明するためであった。面談の場でなにを尋ねても、おそらくなにも答えられない。いいわけと先送りが並べられるだけのはずである。しかし、面談の日時をお知らせいただいた市長回答には、「今回は教育委員会として、ご意見・ご提案を承らせていただきますので、ご了承ください」とあった。すなわち、市長はご欠席である、ということであろう。上等である。ならばとりあえず、名張市教育委員会を蹴散らしてやる。そのうえであらためて、名張市長との面談をお願いする。これが話の流れである。
まず最初に、平成9・1997年3月に、ということは十一年前、すなわち前市長時代の話なのだが、名張市立図書館が発行した『乱歩文献データブック』の序文から引く。当時の図書館長が執筆した文章である。
□名張市立図書館は昭和四十四年七月に開館いたしましたが、開館準備の段階から、乱歩先生の顕彰を運営の柱のひとつと定め、資料収集に努めてまいりました。昭和四十四年といえば、乱歩先生の没後初めての全集が刊行され始めた年にあたっており、いま振り返れば、それも不思議な巡り合わせだったという気がいたします。
□昭和六十二年七月の移転改築に際しまして、館内に江戸川乱歩コーナーを開設し、これまでに収集した先生の著書、遺墨、関連図書、そして平井隆太郎先生からお預かりした乱歩先生の遺品などを展示いたしておりますが、このたびの生誕百年ブームを機に、収集資料活用の一環として、乱歩先生に関する研究文献の目録を一冊にまとめ、『乱歩文献データブック』として刊行することにいたしました。 |
これが本筋というものである。本筋というよりは、あたりまえのことである。開館準備の段階から、資料収集に努めてきた。収集資料を活用するために、目録を発行する。そういったあたりまえのこと、あたりまえのこととしてなされるべきことが、はっきりわかりやすく述べられている。
いっぽう、おなじことについて述べられた市長回答は、こんなぐあいである。
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。
|
何度読んでも、泣けてくる。収集には努めるが、活用のことは考えない。そんな不合理かつ理不尽なことが、市長回答として送られてくるのだからなあ。ほんと、泣くなといわれても泣けてくるよなあ。
こうなったらここはひとつ、著作権の問題は確信犯的に無視して、名張市教育委員会をはじめとした名張市役所のみなさんがたに、『乱歩文献データブック』の序文をすべて、といったってわずか二ページなのだが、スキャン画像でお読みいただくことにしよう。教育委員会のみなさんじゃとて、この序文には眼を通したことすらないのであろうからな。
なんかもう、この序文を読むにつけ、泣けてきて泣けてきてしかたない感じになってくる。おおざっぱにいってしまえば、この序文に記されていることはすべてうそである、と明言したのが10月9日付の市長回答なのである。ほんと、泣けてくるよなあ。まったくなにも考えず、ただその場しのぎのためだけに適当なこと書き散らかしてるんだからなあ。むろん、激怒はしている。激怒して思いっきり殺気立ってはいるのだが、あまりのなさけなさ、腰が抜けそうになるほどのなさけなさに、もう泣けてきて泣けてきてしかたがない。だから本日はここまでとして、あしたまた、気分を一新したうえで、盛大に蹴散らかしてやることとする。
いやー、事実誤認を訂正しておかなければならん。おとといのエントリに、こんなことを記した。
すまん。事実誤認であった。隠街道市広報部といい、それから、けさメールを送信した名張公民館といい、レスポンスがすばらしく俊敏である。名張公民館からは、打てば響くとはこのことか、すでに返信を頂戴している。
当方の事実誤認をここに訂正し、関係各位にお詫びを申しあげる次第である。
さてそれで、ならば、と当方もフルスピードのレスポンス、こんなメールを名張公民館に送信した。件名は「隠街道市のポスターにおける写真盗用疑惑について」。
しかしなあ、よくよく考えてみれば、名張地区まちづくり推進協議会の会長さんといえば、名張まちなか再生委員会の前委員長さんではないか。前委員長さんが委員長の職を辞するにいたった背景には、当方の陰湿ないじめが存在していたといううわさが名張市内のごくごく一部にあるようなのだが、そんなものはもちろん事実無根である。当方は前委員長さんに対し、きわめてまっとうな申し出をしただけである。申し出の内容だの経緯だのはすべてインターネット上で公開したし、現在も公開しているのだから、陰湿どころかすっからかんの日本晴れみたいな話ではないか。
とはいえ、それはそれとして、名張地区まちづくり推進協議会の会長さんへの今回の申し出によって、まさかとは思うのだが、会長さんが会長の職を辞するということになったりはしないだろうなあ。そうなったらまた当方、なーにいわれるかわかったもんじゃないからなあ。当方のことはともかくとしても、会長さんのことがなんだか心配になってきたなあ。しかし、またまたよくよく考えてみれば、たとえ名張地区まちづくり推進協議会の会長の職を辞したとしても、まちなか運営協議会の会長というポストがまだ残っているではないか。なーんだ。心配することなどなにもないではないか。よかったよかった。
隠街道市広報部:n-thinks@e-net.or.jp
これはたしか、名張シンクスという団体のアドレスではないか。こんなところに連絡しても、おそらく埒なんていっこうに明かぬことであろう。それに、まちなか運営協議会に質問のメールを送信したときもそうであったのだが、このあたりの関係者はとにかくちんたらしている。打てば響く、ということがまったくない。 |
すまん。事実誤認であった。隠街道市広報部といい、それから、けさメールを送信した名張公民館といい、レスポンスがすばらしく俊敏である。名張公民館からは、打てば響くとはこのことか、すでに返信を頂戴している。
中様へ
メールありがとうございました。 ご質問の件ですが、名張公民館がまち協の事務局でもありますので 対応させていただきたいと思います。 よろしくお願いします。 名張公民館 |
当方の事実誤認をここに訂正し、関係各位にお詫びを申しあげる次第である。
さてそれで、ならば、と当方もフルスピードのレスポンス、こんなメールを名張公民館に送信した。件名は「隠街道市のポスターにおける写真盗用疑惑について」。
名張地区まちづくり推進協議会事務局御中
さっそくお答えをいただき、ありがとうございました。 それでは、名張地区まちづくり推進協議会としてのご見解をお聞きしたいと思います。 ことしの隠街道市のポスターに、こんな写真が使用されています。 この写真は、三重県立名張高等学校が昨年の1月に発行した「名張まちなかナビ」に掲載された写真を盗用したものではないか、との疑いがあります。 この疑いにかんして、協議会としてのご見解をお聞きしたいと思います。具体的には、盗用かどうかの事実確認と、盗用であった場合の経緯の説明ならびに対応の検討をお願いしたいと考えているのですが、お聞き届けいただけるのかどうか、名張地区まちづくり推進協議会の会長さんのご見解を、メールでお伝えいただければ幸甚です。 くわしいことは、下記のブログ記事でお読みいただければと思います。 http://nabarimachinaka.blog.shinobi.jp/Entry/677/ ご多用中まことに恐縮ですが、よろしくお願いいたします。 2008/10/22 |
しかしなあ、よくよく考えてみれば、名張地区まちづくり推進協議会の会長さんといえば、名張まちなか再生委員会の前委員長さんではないか。前委員長さんが委員長の職を辞するにいたった背景には、当方の陰湿ないじめが存在していたといううわさが名張市内のごくごく一部にあるようなのだが、そんなものはもちろん事実無根である。当方は前委員長さんに対し、きわめてまっとうな申し出をしただけである。申し出の内容だの経緯だのはすべてインターネット上で公開したし、現在も公開しているのだから、陰湿どころかすっからかんの日本晴れみたいな話ではないか。
とはいえ、それはそれとして、名張地区まちづくり推進協議会の会長さんへの今回の申し出によって、まさかとは思うのだが、会長さんが会長の職を辞するということになったりはしないだろうなあ。そうなったらまた当方、なーにいわれるかわかったもんじゃないからなあ。当方のことはともかくとしても、会長さんのことがなんだか心配になってきたなあ。しかし、またまたよくよく考えてみれば、たとえ名張地区まちづくり推進協議会の会長の職を辞したとしても、まちなか運営協議会の会長というポストがまだ残っているではないか。なーんだ。心配することなどなにもないではないか。よかったよかった。
まずは、きのうちょいとつっついてみた隠街道市広報部の件。さっそく、回答を頂戴した。
これが、隠街道市広報部の公式見解である。いやまあ、見解というほどたいそうなものでもないけれど、とにかく公式表明である。「ところでこの場をかりて」以降は、メールついでに個人的な連絡を頂戴しただけの話なので、この場では非公開とした。
で、隠街道市広報部の指示に従うこととする。たらい回しにされてみる。
名張公民館:nabari-ko@emachi-nabari.jp
さっきメールを送信した。文面は、隠街道市広報部に送信したものとおなじである。件名も同様で、「隠街道市について」。
よーし。上等である。
上等といえば、きのうは内容をお伝えしただけであったこの件。
本日は、いささかの吟味を加えることにする。まず注意すべきなのは、「今回は教育委員会として」という文言である。すなわち、10月29日の面談の場に、市長はお出ましにならない、ということである。上等である。しかも、「今回は教育委員会として」ということは、前教育次長も圏外である、ということである。市長、教育長、前教育次長、このお三方との面談をお願いしたにもかかわらず、市長と前教育次長は一抜け二抜け、といったあんばいであるらしい。上等である。
上等であるが、微妙でもある。微妙だよなあ名張市生活環境部まちづくり推進室のみなさん。11月22日のまちなかミニツアーはどうなる。市長からNOをつきつけられた市民が、まさか名張市主催のイベントで案内役として先頭に立つわけには行くまい。当方ははたして、NOをつきつけられているのか、いないのか。微妙だよなあまったく。
ところで、おとといのエントリにも記したとおり、生活環境部まちづくり推進室は地域づくり委員会の担当セクションでもあるのだから、名張地区まちづくり推進協議会とは、おそらくなあなあずぶずぶの関係なのであろう。11月22日のまちなかミニツアーの案内役、名張まちなか再生委員会や乱歩蔵びらきの会やまちなか運営協議会と協働するのが無理だというのなら、いっそあのぬすっとどもに協力を依頼してみるのもいいと思うぞ。
さて、10月29日の面談の件である。結論からいっておけば、ごく簡単な問題である。というか、結論はもう出ている。10月9日付の市長回答に、たなごころを指すがごとくにはっきり示されている。
これがすべてである。何度読んでも泣けてくるけど、資料は収集するが、活用することは考えない、というのが、名張市長の公式見解なのである。こんなあきれ返った話が、いったいどこの世界にあるというのか。いやいや、どこの世界になくたって、名張市にならあるであろうな。なにしろ、活用のあてなどまったくないままに、やなせ宿という名のハコモノをちゃっちゃと整備してしまったのが名張市なのである。活用するあてのない資料をせっせと集めております、などといったばかな話も、ふつうにあったりするのであろう。ほんと、泣けてくるよなあまったく。
だから、結論はもう出ている。いくらなんでも、こんなばかげた話には歯止めをかけるべきなのである。道はふたつしかない。
(a)資料を収集し、その活用に努める。
(b)活用しないのだから、資料の収集は中止する。
このふたつである。活用はしないけど、収集に努める、などといったたわけたことをいっておってはいかんのである。で、実際には、活用に努める、などというのは無理である。四十年も収集をつづけたあげく、それを活用するための具体的な方針が、「現在のところございませんが」と来るのである。「現在のところ」などと、その場しのぎの先送りを決め込んでいてはいけない。この問題にかんしては、たとえ十年たっても二十年たっても、いつまでたっても「現在のところございませんが」がくり返されるばかりであろう。
すなわち、答えはすでに明らかである。活用しないのだから、資料の収集は中止する。これしか道はないのである。そろそろけりをつけてしまうべきなのである。市長回答にはっきり結論が書かれていたのだから、あとはその結論を実行に移すだけでいいのである。名張市長の権限と責任において、きっちりけりをつけていただかねばならない。
しかしまあ、10月29日の面談の場には、市長はお出ましにならぬという。教育委員会を蹴散らしてからでなければ、お目にはかかれぬということか。ならば、思いきり蹴散らしてやる。10月29日のなんのとまだるっこしいことはいわない。あしたっから、このブログでいいだけ蹴散らしてやる。
そんなこんなで、本日は「仁義なき戦い」第二作「広島死闘篇」の予告篇である。
さーあ、いよいよ仁義なき戦いの勃発か、とか、そんな勘違いをしていただいては困る。当方、仁義なら充分にわきまえているつもりである。理非曲直でいうならば、理はわれにあり、非はかれにある。曲はかれであり、直はわれである。理であり直である当方は、仁義も当然、重んじている。もちろん、「現在のところ」という限定つきの話ではあるのだが。
中さんにはいつもお世話になっています。山下です。
私は広報のPRを担当していますので、どこでどの様な イベントしてるというような案内や参加申し込みに関する ことなら、私で答えることができます。 http://www.geocities.jp/nabarikaidouiti/ それ以外の、例えば質問状提出のようなことであれば 名張公民館が事務局をしていますので、そちらの方が 答えは早いと存じます。よろしくお願いします。 ところでこの場をかりて恐縮ですが、中さんがやなせ宿で ………… |
これが、隠街道市広報部の公式見解である。いやまあ、見解というほどたいそうなものでもないけれど、とにかく公式表明である。「ところでこの場をかりて」以降は、メールついでに個人的な連絡を頂戴しただけの話なので、この場では非公開とした。
で、隠街道市広報部の指示に従うこととする。たらい回しにされてみる。
名張公民館:nabari-ko@emachi-nabari.jp
さっきメールを送信した。文面は、隠街道市広報部に送信したものとおなじである。件名も同様で、「隠街道市について」。
隠街道市のことでお訊きしたいことがあるのですが、こちらのメールアドレスに質問を送信すれば、隠街道市の主催団体である名張地区まちづくり推進協議会のお答えを頂戴できるのでしょうか。その点について、メールでお知らせいただければ幸甚です。ご多用中、勝手なことを申しあげてまことに恐縮なのですが、よろしくお願いいたします。
2008/10/22 |
よーし。上等である。
上等といえば、きのうは内容をお伝えしただけであったこの件。
中 相作 さま
このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。 ご要望の面談の件につきまして、次のとおり予定させていただきます。 なお、今回は教育委員会として、ご意見・ご提案を承らせていただきますので、ご了承ください。 【日 時】:10月29日(水) 午前11時 【場 所】:名張市役所 3階 教育委員会室 ご都合が悪い場合には、ご連絡をお願い致します。 連絡先:63−7402 広報対話室 大西 今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。 平成20年10月20日 □名張市長 亀井利克 |
本日は、いささかの吟味を加えることにする。まず注意すべきなのは、「今回は教育委員会として」という文言である。すなわち、10月29日の面談の場に、市長はお出ましにならない、ということである。上等である。しかも、「今回は教育委員会として」ということは、前教育次長も圏外である、ということである。市長、教育長、前教育次長、このお三方との面談をお願いしたにもかかわらず、市長と前教育次長は一抜け二抜け、といったあんばいであるらしい。上等である。
上等であるが、微妙でもある。微妙だよなあ名張市生活環境部まちづくり推進室のみなさん。11月22日のまちなかミニツアーはどうなる。市長からNOをつきつけられた市民が、まさか名張市主催のイベントで案内役として先頭に立つわけには行くまい。当方ははたして、NOをつきつけられているのか、いないのか。微妙だよなあまったく。
ところで、おとといのエントリにも記したとおり、生活環境部まちづくり推進室は地域づくり委員会の担当セクションでもあるのだから、名張地区まちづくり推進協議会とは、おそらくなあなあずぶずぶの関係なのであろう。11月22日のまちなかミニツアーの案内役、名張まちなか再生委員会や乱歩蔵びらきの会やまちなか運営協議会と協働するのが無理だというのなら、いっそあのぬすっとどもに協力を依頼してみるのもいいと思うぞ。
さて、10月29日の面談の件である。結論からいっておけば、ごく簡単な問題である。というか、結論はもう出ている。10月9日付の市長回答に、たなごころを指すがごとくにはっきり示されている。
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。
|
これがすべてである。何度読んでも泣けてくるけど、資料は収集するが、活用することは考えない、というのが、名張市長の公式見解なのである。こんなあきれ返った話が、いったいどこの世界にあるというのか。いやいや、どこの世界になくたって、名張市にならあるであろうな。なにしろ、活用のあてなどまったくないままに、やなせ宿という名のハコモノをちゃっちゃと整備してしまったのが名張市なのである。活用するあてのない資料をせっせと集めております、などといったばかな話も、ふつうにあったりするのであろう。ほんと、泣けてくるよなあまったく。
だから、結論はもう出ている。いくらなんでも、こんなばかげた話には歯止めをかけるべきなのである。道はふたつしかない。
(a)資料を収集し、その活用に努める。
(b)活用しないのだから、資料の収集は中止する。
このふたつである。活用はしないけど、収集に努める、などといったたわけたことをいっておってはいかんのである。で、実際には、活用に努める、などというのは無理である。四十年も収集をつづけたあげく、それを活用するための具体的な方針が、「現在のところございませんが」と来るのである。「現在のところ」などと、その場しのぎの先送りを決め込んでいてはいけない。この問題にかんしては、たとえ十年たっても二十年たっても、いつまでたっても「現在のところございませんが」がくり返されるばかりであろう。
すなわち、答えはすでに明らかである。活用しないのだから、資料の収集は中止する。これしか道はないのである。そろそろけりをつけてしまうべきなのである。市長回答にはっきり結論が書かれていたのだから、あとはその結論を実行に移すだけでいいのである。名張市長の権限と責任において、きっちりけりをつけていただかねばならない。
しかしまあ、10月29日の面談の場には、市長はお出ましにならぬという。教育委員会を蹴散らしてからでなければ、お目にはかかれぬということか。ならば、思いきり蹴散らしてやる。10月29日のなんのとまだるっこしいことはいわない。あしたっから、このブログでいいだけ蹴散らしてやる。
そんなこんなで、本日は「仁義なき戦い」第二作「広島死闘篇」の予告篇である。
さーあ、いよいよ仁義なき戦いの勃発か、とか、そんな勘違いをしていただいては困る。当方、仁義なら充分にわきまえているつもりである。理非曲直でいうならば、理はわれにあり、非はかれにある。曲はかれであり、直はわれである。理であり直である当方は、仁義も当然、重んじている。もちろん、「現在のところ」という限定つきの話ではあるのだが。
昨日、名張市長の回答を頂戴した。待望の回答である。
よーし。上等である。10月29日、水曜日。なんだ。仏滅ではないか。縁起でもねーなーまったく。しかし、もともとがあまり縁起のよろしい話ではない。というか、人間豹刺止鉤爪である。にんげんひょうとどめのかぎづめ、である。
それはそれとして、きのうのエントリに、こんなコメントを頂戴した。
10月20日:手駒ぬすっと隠街道市 > ここもなかなか。
ここもなかなか、とご推奨をいただいたのだから、やはりこの隠街道市広報部とやら、ちょいとつっついてみることにしたい。
隠街道市広報部:n-thinks@e-net.or.jp
きのうも記したとおり、このメールアドレスは名張シンクスのものである。
名張シンクスの公式サイトがこれ。
名張シンクス:トップページ
名張シンクスは、隠街道市の協力団体のひとつであるらしい。ポスターにそう記してある。公式サイトによれば、隠街道市にあわせて「隠街道手づくり市」とやらを主催するという。告知を転載して、当プログでもPRにこれ努めておくことにする。
さて、隠街道市広報部に、こんなメールを送信した。件名は「隠街道市について」。
よーし。上等である。
景気づけに、「仁義なき戦い」の予告篇でもみるとするか。
本日のところは、まあこういったようなことである。
中 相作 さま
このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。 ご要望の面談の件につきまして、次のとおり予定させていただきます。 なお、今回は教育委員会として、ご意見・ご提案を承らせていただきますので、ご了承ください。 【日 時】:10月29日(水) 午前11時 【場 所】:名張市役所 3階 教育委員会室 ご都合が悪い場合には、ご連絡をお願い致します。 連絡先:63−7402 広報対話室 大西 今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。 平成20年10月20日 □名張市長 亀井利克 |
よーし。上等である。10月29日、水曜日。なんだ。仏滅ではないか。縁起でもねーなーまったく。しかし、もともとがあまり縁起のよろしい話ではない。というか、人間豹刺止鉤爪である。にんげんひょうとどめのかぎづめ、である。
それはそれとして、きのうのエントリに、こんなコメントを頂戴した。
10月20日:手駒ぬすっと隠街道市 > ここもなかなか。
ここもなかなか、とご推奨をいただいたのだから、やはりこの隠街道市広報部とやら、ちょいとつっついてみることにしたい。
隠街道市広報部:n-thinks@e-net.or.jp
きのうも記したとおり、このメールアドレスは名張シンクスのものである。
名張シンクスの公式サイトがこれ。
名張シンクス:トップページ
名張シンクスは、隠街道市の協力団体のひとつであるらしい。ポスターにそう記してある。公式サイトによれば、隠街道市にあわせて「隠街道手づくり市」とやらを主催するという。告知を転載して、当プログでもPRにこれ努めておくことにする。
▼what's new 最終更新日:2008年6月17日
● 平成20年6月14日(土)~15日(日) 第10回伊賀の手づくり作家展はおかげさまで、来場数・出展作家数とも今年もまた記録を塗り替え、かけねなしの大盛況と言わせていただけると思います。無事閉幕させていただきました。ご来場のお客に厚く御礼申し上げます。一方出展できなかった作家の方にはお詫び申し上げますとともに、協力いただいた作家の皆さん、まことにありがとうございました。 ● 次回は平成20年11月2日(日)~3日(月) 隠街道手づくり市です。 またのご来場をお待ちいたしております。 ● これまでの、伊賀の手づくり作家展の会場風景や出展作家の写真をまもなく掲載します。 ご協力支援いただいている企業(五十音) 味ふく 亀井商事 建築の友 澤佐商店 想樹デジタル工房 銘菓大和屋 名阪警備保障 永尾不動産 メガネセンターフジモリ れんが亭 e-net H&K 丸栄建設 |
さて、隠街道市広報部に、こんなメールを送信した。件名は「隠街道市について」。
招福黒猫B'Lucky cat様
隠街道市のことでお訊きしたいことがあるのですが、こちらのメールアドレスに質問を送信すれば、隠街道市の主催団体である名張地区まちづくり推進協議会のお答えを頂戴できるのでしょうか。その点について、メールでお知らせいただければ幸甚です。ご多用中、勝手なことを申しあげてまことに恐縮なのですが、よろしくお願いいたします。 2008/10/21 |
よーし。上等である。
景気づけに、「仁義なき戦い」の予告篇でもみるとするか。
本日のところは、まあこういったようなことである。
月曜である。いくらなんでも今週中には、名張市長の回答を頂戴できることであろう、みたいなことばっか書いてると、われながらばからしくなってくるので、本日はコミュニティイベントの話題。
行政の手駒は名張市内にいくらでもごろっちゃらしているけれど、代表格といえばやっぱりこれだ、という声価があっというまに定着してしまった名張地区まちづくり推進協議会が、すでにばらまかれてしまったものであるとはいえ、もとをただせばまぎれもない名張市民の税金で催す隠街道市というコミュニティイベントが、11月の2日と3日に迫った。隠街道市は、なばりかいどういち、と読む。
隠街道市は、ことしで三回目。これまでの主催団体をあげてみると、こうなる。
・第一回(平成18・2006年) 名張まちなか再生委員会
・第二回(平成19・2007年) 名張地区まちづくり推進協議会
・第三回(平成20・2008年) 名張地区まちづくり推進協議会
これをみるだけで、名張まちなか再生委員会と名張地区まちづくり推進協議会とが、いくらでも代替可能な組織であるということがよくわかる。代替可能というよりも、両者は双頭の蛇である。地域社会にあだをなす二頭一体の怪物なのである。いやいや、やなせ宿を運営しているまちなか運営協議会も加わったわけだから、奇怪な進化をとげた三頭一体のモンスターというべきか。
かくも奇怪な進化を可能ならしめた環境は、いうまでもなく名張市が提供した。みずからは徹底的な思考停止を決め込んで、協働がどうのまちづくりがこうのと薄っぺらなお題目を唱えるばかり、あとさきも考えず丸投げに継ぐ丸投げをかましていれば、それにつけこんだ行政の手駒がこんなモンスターに進化してしまうことにもなるであろう。
さて、隠街道市である。隠街道市の公式サイトなのかどうか、もうひとつ素性が知れないのだが、こんなページがある。
隠街道市:http://www.geocities.jp/nabarikaidouiti/
「隠街道市ポスター」というテキストをクリックすると、ポスターのPDFファイルが開かれる。
そのPDFファイルをJPG画像に変換して、無断転載しておく。
右上の写真だけをトリミング。
で、三重県立名張高等学校マスコミ論受講生が去年の1月に発行した「名張まちなかナビ」の表紙がこれ。
パクリである。完全なパクリである。隠街道市のポスターには、「名張まちなかナビ」に使用されていた写真が、堂々と盗用されているのである。いうまでもなく、違法行為である。犯罪である。みごとなものだなあ名張地区まちづくり推進協議会。ただの行政の手駒から、一気に犯罪者集団へステップアップか。いっそのこと、名張地区ぬすっと推進協議会、とでも改称してはどうか。
さて、どうするか。名張地区まちづくり推進協議会にメールを送り、事実関係の確認を求める。ほぼ完璧に盗用であると判断されるが、念のために確認しておく必要がある。「名張まちなかナビ」の表紙に使用された画像は、当方の手許にある。この写真がそうである。
これをポスターに使用された画像と比較して、両者が同一かどうかを鑑定する。やはり盗用であった、ということになれば、名張地区まちづくり推進協議会に対して、経緯の説明を求める。同時に、対応の検討も求める。ポスターの回収もふくめ、名張地区まちづくり推進協議会がどのような善後策を講じるのか、それを示していただく。対応が不十分であれば、著作権の侵害なのであるから、法的措置に訴える。
それにしても、ほんとにみごとなものだなあ名張地区まちづくり推進協議会。なにからなにまでなあなあのずぶずぶで、自他の区別がつかない。名張地区まちづくり推進協議会の手がけた事業が、名張まちなか再生委員会の手がけた事業として、再生委員会の総会で報告されたり、名張地区まちづくり推進協議会の主催行事が、まちなか運営協議会の主催行事として、やなせ宿の公式サイトで告知されたり、そんなことばかりやってるから、ついには犯罪という結果にたどりついてしまうことになるのである。たかが写真一枚の問題だというのに、いちいち人のふんどしで相撲をとってんじゃねーぞこのぬすっと。
ともあれ、名張地区まちづくり推進協議会に「隠街道市のポスターにおける写真盗用疑惑について」と題したメールを送信してやるか、と思って、隠街道市の公式サイトらしいページをみてみると、こんなアドレスが記されている。
隠街道市広報部:n-thinks@e-net.or.jp
これはたしか、名張シンクスという団体のアドレスではないか。こんなところに連絡しても、おそらく埒なんていっこうに明かぬことであろう。それに、まちなか運営協議会に質問のメールを送信したときもそうであったのだが、このあたりの関係者はとにかくちんたらしている。打てば響く、ということがまったくない。
それならいっそ、名張市をまきこむべきか。地域づくり委員会の担当セクションにメールを送り、名張市が発足させた地域づくり委員会というのは、もともとあまり評判がよろしくないようだが、とうとう犯罪を犯してしまった、そんな組織を生み出した責任、あるいは、野放しにしている責任、なんてものが名張市にはあるのだから、どうかひとつ、名張地区まちづくり推進協議会が写真盗用の事実を確認し、経緯を説明し、対応を検討するよう、行政として毅然とした態度で指導にあたられたい、と名張市に要請する。
で、名張市役所における地域づくり委員会の担当セクションはどこか、と調べてみると、生活環境部まちづくり推進室であるらしい。
まちづくり推進室:machi@city.nabari.mie.jp
しかし、よく考えてみたら、まちづくり推進室というのは、なぞがたりなばりのオプショナルイベントであるまちなかミニツアーの担当セクションではないか。こりゃいかん。人のふんどしで相撲をとることしかできぬ行政が、行政の手駒に対して、おまえら人のふんどしで相撲とってんじゃねーぞこら、などと説教できるわけがない。泥棒がぬすっとに説教できるわけがないではないか。
いかんなあ。じつにいかん。なんかもう無茶苦茶ではないか。なにがなにやらさっぱりわからぬ。とりあえずきょうのところは、つぎのごとく呼びかけておくことにしたい。
名張地区を犯罪のない明るいまちにいたしましょう。
行政の手駒は名張市内にいくらでもごろっちゃらしているけれど、代表格といえばやっぱりこれだ、という声価があっというまに定着してしまった名張地区まちづくり推進協議会が、すでにばらまかれてしまったものであるとはいえ、もとをただせばまぎれもない名張市民の税金で催す隠街道市というコミュニティイベントが、11月の2日と3日に迫った。隠街道市は、なばりかいどういち、と読む。
隠街道市は、ことしで三回目。これまでの主催団体をあげてみると、こうなる。
・第一回(平成18・2006年) 名張まちなか再生委員会
・第二回(平成19・2007年) 名張地区まちづくり推進協議会
・第三回(平成20・2008年) 名張地区まちづくり推進協議会
これをみるだけで、名張まちなか再生委員会と名張地区まちづくり推進協議会とが、いくらでも代替可能な組織であるということがよくわかる。代替可能というよりも、両者は双頭の蛇である。地域社会にあだをなす二頭一体の怪物なのである。いやいや、やなせ宿を運営しているまちなか運営協議会も加わったわけだから、奇怪な進化をとげた三頭一体のモンスターというべきか。
かくも奇怪な進化を可能ならしめた環境は、いうまでもなく名張市が提供した。みずからは徹底的な思考停止を決め込んで、協働がどうのまちづくりがこうのと薄っぺらなお題目を唱えるばかり、あとさきも考えず丸投げに継ぐ丸投げをかましていれば、それにつけこんだ行政の手駒がこんなモンスターに進化してしまうことにもなるであろう。
さて、隠街道市である。隠街道市の公式サイトなのかどうか、もうひとつ素性が知れないのだが、こんなページがある。
隠街道市:http://www.geocities.jp/nabarikaidouiti/
「隠街道市ポスター」というテキストをクリックすると、ポスターのPDFファイルが開かれる。
そのPDFファイルをJPG画像に変換して、無断転載しておく。
右上の写真だけをトリミング。
で、三重県立名張高等学校マスコミ論受講生が去年の1月に発行した「名張まちなかナビ」の表紙がこれ。
パクリである。完全なパクリである。隠街道市のポスターには、「名張まちなかナビ」に使用されていた写真が、堂々と盗用されているのである。いうまでもなく、違法行為である。犯罪である。みごとなものだなあ名張地区まちづくり推進協議会。ただの行政の手駒から、一気に犯罪者集団へステップアップか。いっそのこと、名張地区ぬすっと推進協議会、とでも改称してはどうか。
さて、どうするか。名張地区まちづくり推進協議会にメールを送り、事実関係の確認を求める。ほぼ完璧に盗用であると判断されるが、念のために確認しておく必要がある。「名張まちなかナビ」の表紙に使用された画像は、当方の手許にある。この写真がそうである。
これをポスターに使用された画像と比較して、両者が同一かどうかを鑑定する。やはり盗用であった、ということになれば、名張地区まちづくり推進協議会に対して、経緯の説明を求める。同時に、対応の検討も求める。ポスターの回収もふくめ、名張地区まちづくり推進協議会がどのような善後策を講じるのか、それを示していただく。対応が不十分であれば、著作権の侵害なのであるから、法的措置に訴える。
それにしても、ほんとにみごとなものだなあ名張地区まちづくり推進協議会。なにからなにまでなあなあのずぶずぶで、自他の区別がつかない。名張地区まちづくり推進協議会の手がけた事業が、名張まちなか再生委員会の手がけた事業として、再生委員会の総会で報告されたり、名張地区まちづくり推進協議会の主催行事が、まちなか運営協議会の主催行事として、やなせ宿の公式サイトで告知されたり、そんなことばかりやってるから、ついには犯罪という結果にたどりついてしまうことになるのである。たかが写真一枚の問題だというのに、いちいち人のふんどしで相撲をとってんじゃねーぞこのぬすっと。
ともあれ、名張地区まちづくり推進協議会に「隠街道市のポスターにおける写真盗用疑惑について」と題したメールを送信してやるか、と思って、隠街道市の公式サイトらしいページをみてみると、こんなアドレスが記されている。
隠街道市広報部:n-thinks@e-net.or.jp
これはたしか、名張シンクスという団体のアドレスではないか。こんなところに連絡しても、おそらく埒なんていっこうに明かぬことであろう。それに、まちなか運営協議会に質問のメールを送信したときもそうであったのだが、このあたりの関係者はとにかくちんたらしている。打てば響く、ということがまったくない。
それならいっそ、名張市をまきこむべきか。地域づくり委員会の担当セクションにメールを送り、名張市が発足させた地域づくり委員会というのは、もともとあまり評判がよろしくないようだが、とうとう犯罪を犯してしまった、そんな組織を生み出した責任、あるいは、野放しにしている責任、なんてものが名張市にはあるのだから、どうかひとつ、名張地区まちづくり推進協議会が写真盗用の事実を確認し、経緯を説明し、対応を検討するよう、行政として毅然とした態度で指導にあたられたい、と名張市に要請する。
で、名張市役所における地域づくり委員会の担当セクションはどこか、と調べてみると、生活環境部まちづくり推進室であるらしい。
まちづくり推進室:machi@city.nabari.mie.jp
しかし、よく考えてみたら、まちづくり推進室というのは、なぞがたりなばりのオプショナルイベントであるまちなかミニツアーの担当セクションではないか。こりゃいかん。人のふんどしで相撲をとることしかできぬ行政が、行政の手駒に対して、おまえら人のふんどしで相撲とってんじゃねーぞこら、などと説教できるわけがない。泥棒がぬすっとに説教できるわけがないではないか。
いかんなあ。じつにいかん。なんかもう無茶苦茶ではないか。なにがなにやらさっぱりわからぬ。とりあえずきょうのところは、つぎのごとく呼びかけておくことにしたい。
名張地区を犯罪のない明るいまちにいたしましょう。