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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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江戸川乱歩年譜集成

昭和8年●1933 昭和10年●1935

 

昭和九年(一九三四)

 

年齢:三十九歳→四十歳、数え年四十一歳

住居:東京市芝区車町八番地

→豊島区池袋三丁目一六二六

 

□探偵小説四十年:細目□

小栗、木々の登場【昭和九・十年度】

昭和九年度の主な出来事

張ホテルのこと

十年ぶりの洋服

池袋三丁目に移転

中央公論の「石榴」

 

一月一日(月)

□雑誌□「キング」新年特大号(第十巻第一号)の奥付発行日。「妖虫」第二回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」新年号(第二十四巻第一号)の奥付発行日。「人間豹」第一回が掲載された。

□雑誌□「新青年」新年特大号(第十五巻第一号)の奥付発行日。「悪霊」第三回が掲載された。

「編輯だより」でJ・M・(水谷準)が乱歩の「大童の活躍」を伝えた。[探偵小説四十年 中絶作「悪霊」/昭和29年6月、7月]

□雑誌□「日の出」一月号(第三巻第一号)の奥付発行日。「黒蜥蜴」第一回が掲載された。連載は十一月まで。

□雑誌□「婦人公論」一月号(第十九年第一号)の奥付発行日。連作「黒い虹」第一回が掲載された。

□雑誌□「ぷろふいる」新年号(第二巻巻一号)の奥付発行日。「野口男三郎と吹上佐太郎」が掲載された。

 

一月

「悪霊」休載中、麻布区のチェコスロバキア公使館のすぐそばにあった張ホテルが気に入り、誰にも知らせずに半月ほど滞在したが、書いた原稿はものにならなかった。[探偵小説四十年 張ホテルのこと/昭和29年7月]

十年ほど和服ばかり着ていたが、西洋式の生活を送るために洋服が欲しくなり、張ホテル出入りの洋服屋に冬服と外套をつくらせた。[探偵小説四十年 十年ぶりの洋服/昭和29年7月]

《【一月】芝区車町の家の騒音(京浜国道に近く、汽車、自動車、終夜轟々たり)を避け麻布区の「張ホテル」に長期滞在せるも、やはり何も書けず》[探偵小説四十年 昭和九年度の主な出来事/昭和29年7月]

 

一月

《【一月】大阪角座にて梅野井秀男一座、小太夫のとは別の妙な脚色にて「陰獣」を上演す》[探偵小説四十年 昭和九年度の主な出来事/昭和29年7月]

 

二月一日(木

□雑誌□「キング」二月号(第十巻第二号)の奥付発行日。「妖虫」第三回が掲載された。「自作自演の探偵劇」も掲載。

□雑誌□「講談倶楽部」二月号(第二十四巻第二号)の奥付発行日。「人間豹」第二回が掲載された。

□雑誌□「新青年」二月号(第十五巻第二号)の奥付発行日。「悪霊」を休載。

「編輯だより」でS・U・(上塚貞雄)が乱歩の「原稿〆切に間に合わず」と伝えた。[探偵小説四十年 中絶作「悪霊」/昭和29年6月、7月]

□雑誌□「日の出」二月号(第三巻第二号)の奥付発行日。「黒蜥蜴」第二回が掲載された。

 

二月五日(月)

□雑誌□「新青年」春期増刊号(第十五巻第三号)の奥付発行日。「ドレッテ」に就いて」が掲載された。

 

このころか

横溝正史によれば、喀血して病臥していた正史のもとを乱歩が訪れ、「水谷君にはちっともおれの『悪霊』のことを編集後記に書いてくれねェ」、それを水谷準に伝えたところ、「書こうにも書きようがないじゃないか。はたして原稿がくるかどうかわからないじゃないか」、それを乱歩に取り次ぐと、「何とか書きようがありそうなもんだ」といったやりとりがあり、《それで、おれはヒス起こして、やめちまえッと書いた……》[横溝正史、水谷準ほか:男色まで実験した常識人/昭和46年9月]

 

三月一日(木)

□雑誌□「キング」三月号(第十巻第三号)の奥付発行日。「妖虫」を休載。休載告知の「謹告」に四日市方面旅行中に打電した「タビサキニテハツビヨウ」に始まる電文が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」三月号(第二十四巻第三号)の奥付発行日。「人間豹」を休載。

□雑誌□「新青年」三月号(第十五巻第三号)の奥付発行日。「悪霊」を休載。

「編輯だより」でJ・M(水谷準)が乱歩の休載を詫び、「御病気である」と伝えた。[探偵小説四十年 中絶作「悪霊」/昭和29年6月、7月]

□雑誌□「日の出」三月号(第三巻第三号)の奥付発行日。「黒蜥蜴」を休載。

 

三月

《【三月】ロンドンの古本屋よりサイモンズの二秘書の再版本を入手す》[探偵小説四十年 昭和九年度の主な出来事/昭和29年7月]

 

四月一日(日)

□雑誌□「キング」四月号(第十巻第四号)の奥付発行日。「妖虫」第四回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」四月号(第二十四巻第四号)の奥付発行日。「人間豹」を休載。

□雑誌□「新青年」四月号(第十五巻第四号)の奥付発行日。「悪霊」の中絶を発表する「『悪霊』についてお詫び」が掲載された。横溝正史の「江戸川乱歩へ」も掲載。

「編輯だより」でJ・M(水谷準)が「悪霊」の中絶を告知した。[探偵小説四十年 中絶作「悪霊」/昭和29年6月、7月]

□雑誌□「日の出」四月号(第三巻第四号)の奥付発行日。「黒蜥蜴」第三回が掲載された。

 

五月一日(火)

□雑誌□「キング」五月号(第十巻第五号)の奥付発行日。「妖虫」第五回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」五月号(第二十四巻第五号)の奥付発行日。「人間豹」第三回が掲載された。

□雑誌□「新青年」五月号(第十五巻第六号)の奥付発行日。「『猟奇耽異博物館』の驚くべき魅力について──小栗虫太郎君を称うに」が掲載された。

□雑誌□「日の出」五月号(第三巻第五号)の奥付発行日。「黒蜥蜴」第四回が掲載された。

 

五月二日(水)

「槐多『二少年図』」を脱稿。[初出末尾]

 

六月一日(金)

□雑誌□「キング」六月号(第十巻第六号)の奥付発行日。「妖虫」第六回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」六月号(第二十四巻第六号)の奥付発行日。「人間豹」第四回が掲載された。

□雑誌□「日の出」六月号(第三巻第六号)の奥付発行日。「黒蜥蜴」第五回が掲載された。

□雑誌□「文体」六月号(第二巻第六号)の奥付発行日。「槐多『二少年図』」が掲載された。

 

七月一日(日)

□雑誌□「キング」七月号(第十巻第七号)の奥付発行日。「妖虫」第七回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」七月号(第二十四巻第七号)の奥付発行日。「人間豹」第五回が掲載された。

□雑誌□「日の出」七月号(第三巻第七号)の奥付発行日。「黒蜥蜴」第六回が掲載された。

 

七月

東京市芝区車町から豊島区池袋三丁目一六二六に転居した。家族は、きく、隆子、隆太郎。ほかに女中がいた。車町の家は騒音のせいで安眠できず、神経衰弱となったうえ、前年三月から四月にかけて手術した鼻茸が一年でまた悪化したため、六月十六日には「東京日日新聞」のコラム「蝸牛の視覚」で三上於菟吉から連載中の長篇を批判され、「邁進」を促されるほどの無気力状態に陥っていた。[貼雑年譜]

車町の家で一年ほど辛抱し、二か月ほど借家を物色して池袋三丁目の家を見つけた。土蔵が気に入って、数年間は土蔵を書斎として使用した。[探偵小説四十年 池袋三丁目に移転/昭和29年7月]

《【七月】車町の家の騒音に耐えかね二カ月ほど借家探しをしたる末、池袋三丁目の家を見つけ転宅す》[探偵小説四十年 昭和九年度の主な出来事/昭和29年7月]

 

このころ

池袋三丁目に転居してまもなく、「中央公論」からの原稿依頼が激しくなった。熱心な依頼をありがたく思い、力作を書いてみたいという気になって応諾し、日ごろにない気力が出て一か月ほどで「石榴」を書いた。[探偵小説四十年 中央公論の「石榴」/昭和29年7月、8月]

 

七月

横溝正史が長野県諏訪郡上諏訪町に転居し、闘病生活に入った。この年春、水谷準らから一年間の執筆禁止と転地療養を勧告されていた。[横溝正史:途切れ途切れの記(七)/昭和45年7月]

 

八月一日(水)

□雑誌□「キング」八月号(第十巻第八号)の奥付発行日。「妖虫」第八回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」八月特大号(第二十四巻第八号)の奥付発行日。「人間豹」第六回が掲載された。

□雑誌□「日の出」八月号(第三巻第八号)の奥付発行日。「黒蜥蜴」第七回が掲載された。

 

八月五日(日)

□雑誌□「週刊朝日」にE・F・G「作家と語る」第八回として「薄暗い仕事場と赤い錦絵の蒐集 江戸川乱歩の巻」が掲載された。[探偵小説四十年 池袋三丁目に移転/昭和29年7月]

 

八月十七日(金)

□新聞□「東京日日新聞」に高田保の「文壇夏すがた」第十一回として「江戸川乱歩」が掲載された。

高田保が写真班をつれて土蔵を見に訪れ、記事にした。[探偵小説四十年 池袋三丁目に移転/昭和29年7月]

 

八月

《【八月】「中央公論」九月号に「石榴」を発表す》[探偵小説四十年 昭和九年度の主な出来事/昭和29年7月]

「柘榴」の悪評と無反響によって自信を失い、自分の時代が去っていることをはっきり悟った。[貼雑年譜]

 

九月一日(土)

□雑誌□「キング」九月号(第十巻第九号)の奥付発行日。「妖虫」第九回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」九月号(第二十四巻第九号)の奥付発行日。「人間豹」第七回が掲載された。

□雑誌□「中央公論」九月号(第四十九年第十号)の奥付発行日。「柘榴」が掲載された。

□雑誌□「日の出」九月号(第三巻第九号)の奥付発行日。「黒蜥蜴」第八回が掲載された。口絵に「江戸川乱歩氏の新居の夕涼み」が掲載された。[探偵小説四十年 池袋三丁目に移転/昭和29年7月]

 

十月一日(月)

□雑誌□「キング」十月号(第十巻第十号)の奥付発行日。「妖虫」第十回が掲載され、完結。

□雑誌□「講談倶楽部」十月特大号(第二十四巻第十号)の奥付発行日。「人間豹」第八回が掲載された。

□雑誌□「日の出」十月号(第三巻第十号)の奥付発行日。「黒蜥蜴」第九回が掲載された。

 

十一月一日(木)

□雑誌□「講談倶楽部」十一月号(第二十四巻第十一号)の奥付発行日。「人間豹」第九回が掲載された。

□雑誌□「新青年」十一月号(第十五巻第十三号)の奥付発行日。「本格探偵小説の二つの変種について──クロフツのこと、小栗虫太郎のこと」が掲載された。

□雑誌□「日の出」十一月号(第三巻第十一号)の奥付発行日。「黒蜥蜴」第十回が掲載され、完結。

 

十一月五日(月)

□新聞□「東京日日新聞」に「瞬きする首」が掲載された。

 

十二月一日(土)

□雑誌□「講談倶楽部」十二月号(第二十四巻第十二号)の奥付発行日。「人間豹」第十回が掲載された。

□雑誌□「文芸通信」十二月号(第二巻第十二号)の奥付発行日。「探偵小説界の前途」が掲載された。

 

 

十二月二十四日(月)

□書籍□『黒蜥蜴・妖虫』の奥付発行日。新潮社から出版された。

 

[2012年10月20日]

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