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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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江戸川乱歩年譜集成

昭和11年●1936 昭和13年●1938

 

昭和十二年(一九三七)

 

年齢:四十二歳→四十三歳、数え年四十四歳

住居:東京市豊島区池袋三丁目一六二六

 

□探偵小説四十年:細目□

甲賀、木々論争【昭和十一・十二年度】

昭和十二年度の主な出来事

第二の山の峠

木々高太郎の直木賞受賞祝い

「シュピオ」直木賞記念号

木々高太郎の過褒

甲賀三郎の「探偵小説講話」

甲賀・木々論戦

上装本「石榴」と「幻想と怪奇」

 

一月一日(金)

□雑誌□「科学ペン」一月号(第二巻第一号)の奥付発行日。「探偵小説と科学精神」が掲載された。

□雑誌□「キング」新年特別号(第十三巻第一号)の奥付発行日。「大暗室」第二回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」新年号(第二十七巻第一号)の奥付発行日。「緑衣の鬼」第十二回が掲載された。

□雑誌□「少年倶楽部」新年特大号(第二十四巻第一号)の奥付発行日。「少年探偵団」第一回が掲載された。連載は十二月まで。

□雑誌□「探偵春秋」新年特大号(第二巻第一号)の奥付発行日。「蔵の中から」第四回が掲載された。

「シュピオ」一月号(第三巻第一号)の奥付発行日。前年十二月号で廃刊となった「探偵文学」の巻号数を継承して創刊された。

《【一月】「シュピオ」一月号より創刊》

 

二月一日(月)

□雑誌□「キング」二月号(第十三巻第二号)の奥付発行日。「大暗室」第三回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」二月号(第二十七巻第二号)の奥付発行日。「緑衣の鬼」第十三回が掲載され、完結。

□雑誌□「少年倶楽部」二月号(第二十四巻第二号)の奥付発行日。「少年探偵団」第二回が掲載された。

□雑誌□「探偵春秋」二月号(第二巻第二号)の奥付発行日。「蔵の中から」第五回が掲載された。

□雑誌□「ぶろふいる」二月号(第五巻第二号)の奥付発行日。「彼」第二回が掲載された。

 

二月十二日(金)

第四回直木賞に木々高太郎「人生の阿呆」が選ばれた。[直木賞のすべて:受賞作候補作一覧 第1回~第20回

木々高太郎の直木賞受賞は探偵小説第二次興隆期の峠となった。[探偵小説四十年 第二の山の峠(←第二隆盛期の峠)/昭和30年5月]

 

三月一日(月)

□雑誌□「講談倶楽部」三月号(第二十七巻第三号)の奥付発行日。「幽霊塔」第一回が掲載された、連載は翌年四月まで。

□雑誌□「探偵春秋」三月号(第二巻第三号)の奥付発行日。「蔵の中から」第六回が掲載された。

□雑誌□「ぶろふいる」三月号(第五巻第三号)の奥付発行日。「彼」第三回が掲載された。

 

三月十一日(木)

夢野久作一周忌の追悼会に列席し、講演した。[探偵小説四十年 木々高太郎の過褒(←断片二つ)/昭和30年6月]

《【三月】夢野久作一周忌の会合》

 

三月十八日(木)

□書籍□『緑衣の鬼』の奥付発行日。春秋社から出版された。

 

三月

《【三月】私の息子、隆太郎府立五中に入学》

《【三月】右瞼の痙攣はじまる。蓄膿手術の余波ならん》

 

四月一日(木)

□雑誌□「キング」四月特大号(第十三巻第四号)の奥付発行日。「大暗室」第四回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」四月号(第二十七巻第五号)の奥付発行日。「幽霊塔」第二回が掲載され た。

□雑誌□「少年倶楽部」四月特大号(第二十四巻第五号)の奥付発行日。「少年探偵団」第三回が掲載された。

□雑誌□「探偵春秋」四月号(第二巻第四号)の奥付発行日。「蔵の中から」第七回が掲載された。

□雑誌□「ぶろふいる」四月号(第五巻第二号)の奥付発行日。「彼」第四回が掲載され、中絶。

「ぶろふいる」は四月号で廃刊となる。

《【三月】「ぷろふいる」四月号にて廃刊》

 

四月

《【四月】母、私夫妻、息子の一家全員にて瀬戸内海遊覧、屋島、琴平、道後、別府、厳島などに十数日の旅行をした。このころより小型映画をはじめ、長尺の旅行記録を撮る》

 

五月一日(土)

□雑誌□「キング」五月号(第十三巻第六号)の奥付発行日。「大暗室」第五回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」五月号(第二十七巻第六号)の奥付発行日。「幽霊塔」第三回が掲載され た。

□雑誌□「少年倶楽部」五月号(第二十四巻第六号)の奥付発行日。「少年探偵団」第四回が掲載された。

□雑誌□「探偵春秋」五月号(第二巻第五号)の奥付発行日。「蔵の中から」第八回が掲載された。

 

五月十六日(日)

愛知県熱田中学校の創立三十周年記念式と祝賀会が開かれた。[瑞陵会ホームページ:瑞陵高校の歩み年表

《【五月】母校、名古屋市熱田中学創立三十周年祝賀会あり、谷川徹三君と共に名古屋に招かれ、公会堂にて講演》

 

六月一日(火)

□雑誌□「キング」六月号(第十三巻第七号)の奥付発行日。「大暗室」第六回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」六月号(第二十七巻第八号)の奥付発行日。「幽霊塔」第四回が掲載され た。

□雑誌□「少年倶楽部」六月号(第二十四巻第七号)の奥付発行日。「少年探偵団」第五回が掲載された。

□雑誌□「探偵春秋」五月号(第二巻第五号)の奥付発行日。「蔵の中から」第九回が掲載され、完結。

 

六月十五日(火)

京橋の明治屋ビル中央亭で開かれた木々高太郎の直木賞受賞祝賀会に出席し、祝辞を述べた。[探偵小説四十年 木々高太郎の直木賞受賞祝い/昭和30年5月]

《【六月】木々高太郎君、直木賞祝賀会を中央亭で開く》

 

六月二十日(日)

□書籍□『幻想と怪奇』の奥付発行日。版画荘から出版された。

《【六月】版画荘に関係していた城昌幸君の勧めにより同社より短篇集「幻想と怪奇」を出版》

 

七月一日(木

□雑誌□「キング」七月特大号(第十三巻第八号)の奥付発行日。「大暗室」第七回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」七月号(第二十七巻第九号)の奥付発行日。「幽霊塔」第五回が掲載され た。

□雑誌□「少年倶楽部」七月号(第二十四巻第八号)の奥付発行日。「少年探偵団」第六回が掲載された。

 

七月七日(水)

北京郊外の盧溝橋で日本軍と中国軍が衝突し、日中戦争の発端となる。

《【七月】(シナ事変勃発)》

 

七月

《【七月】高野山にて連載もの執筆》

《【七月】本位田準一君と同伴、上諏訪に療養中の横溝正史君を訪ね二三日滞在。小型映画を撮る》

 

八月一日(日)

□雑誌□「キング」八月特大号(第十三巻第九号)の奥付発行日。「大暗室」第八回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」八月特大号(第二十七巻第十号)の奥付発行日。「幽霊塔」第六回が掲載され た。

□雑誌□「少年倶楽部」八月特大号(第二十四巻第九号)の奥付発行日。「少年探偵団」第七回が掲載された。

「探偵春秋」八月号(第二巻八号)の奥付発行日。この号を最後に廃刊となる。

《【七月】「探偵春秋」八月号にて廃刊》

 

九月一日(水)

□雑誌□「キング」九月特大号(第十三巻第十一号)の奥付発行日。「大暗室」第九回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」九月号(第二十七巻第十一号)の奥付発行日。「幽霊塔」第七回が掲載された。

□雑誌□「少年倶楽部」九月号(第二十四巻第十一号)の奥付発行日。「少年探偵団」第八回が掲載された。

□雑誌□「日の出」九月号(第六巻第九号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第一回が掲載された。連載は翌年十月まで。

 

九月

《【九月】信州中房温泉にて連載もの執筆》

 

十月一日(金)

□雑誌□「キング」十月特別号(第十三巻第十二号)の奥付発行日。「大暗室」第十回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」十月特大号(第二十七巻第十三号)の奥付発行日。「幽霊塔」第八回が掲載された。

□雑誌□「少年倶楽部」十月号(第二十四巻第十二号)の奥付発行日。「少年探偵団」第九回が掲載された。

□雑誌□「日の出」十月号(第六巻第十号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第二回が掲載された。

 

十一月一日(月)

□雑誌□「キング」十一月特別号(第十三巻第十三号)の奥付発行日。「大暗室」第十一回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」十一月号(第二十七巻第十四号)の奥付発行日。「幽霊塔」第九回が掲載された。

□雑誌□「少年倶楽部」十一月号(第二十四巻第十三号)の奥付発行日。「少年探偵団」第十回が掲載された。

□雑誌□「日の出」十一月号(第六巻第十一号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第三回が掲載された。

 

十二月一日(水)

□雑誌□「キング」十二月号(第十三巻第十四号)の奥付発行日。「大暗室」第十二回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」十二月号(第二十七巻第十五号)の奥付発行日。「幽霊塔」第十回が掲載された。

□雑誌□「少年倶楽部」十二月号(第二十四巻第十四号)の奥付発行日。「少年探偵団」第十一回が掲載され、完結。

□雑誌□「日の出」十二月号(第六巻第十二号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第四回が掲載された。

 

十二月

《【十二月】乱視と遠視になっていることを発見、はじめて目がねをかける》

《【十二月】探偵作家四人座談会放送》

 

[2012年12月31日]

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