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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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江戸川乱歩年譜集成

昭和12年●1937 昭和14年●1939

 

昭和十三年(一九三八)

 

年齢:四十三歳→四十四歳、数え年四十五歳

住居:東京市豊島区池袋三丁目一六二六

 

□探偵小説四十年:細目□

隠栖を決意す【昭和十三・四・五年度】

昭和十三年度の主な出来事

新潮社の江戸川乱歩選集

甲賀・大下・木々傑作選集

小栗作、久生演出の放送劇

 

一月一日(土)

□雑誌□「キング」新年特大号(第十四巻第一号)の奥付発行日。「大暗室」第十三回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」新年特大号(第二十八巻第一号)の奥付発行日。「幽霊塔」第十一回が掲載された。

□雑誌□「少年倶楽部」新年特大号(第二十五巻第一号)の奥付発行日。「妖怪博士」第一回が掲載された。連載は十二月まで。

□雑誌□「日の出」一月号(第七巻第一号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第五回が掲載された。

 

二月一日(火)

□雑誌□「キング」二月号(第十四巻第二号)の奥付発行日。「大暗室」第十四回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」二月特大号(第二十八巻第三号)の奥付発行日。「幽霊塔」第十二回が掲載された。

□雑誌□「少年倶楽部」二月号(第二十五巻第三号)の奥付発行日。「妖怪博士」第二回が掲載された。連載は十二月まで。

□雑誌□「日の出」二月号(第七巻第二号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第六回が掲載された。

 

三月一日(火)

□雑誌□「キング」三月特大号(第十四巻第三号)の奥付発行日。「大暗室」第十五回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」三月特大号(第二十八巻第四号)の奥付発行日。「幽霊塔」第十三回が掲載された。

□雑誌□「少年倶楽部」三月号(第二十五巻第四号)の奥付発行日。「妖怪博士」第三回が掲載された。

□雑誌□「日の出」三月号(第七巻第三号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第七回が掲載された。

 

三月二十九日(火)

□書簡□世田谷区上馬一丁目六六〇の黒岩日出雄が乱歩に封書。『幽霊塔』出版に先がけて乱歩が涙香の霊前に供物を捧げたことの礼を述べた。

乱歩は涙香子息の日出雄に『幽霊塔』印税の四分の一ほどを贈った。[貼雑年譜]

 

三月三十一日(木)

□書籍□『少年探偵団』の奥付発行日。大日本雄弁会講談社から出版された。

 

四月一日(金)

□雑誌□「キング」四月爛漫号(第十四巻第四号)の奥付発行日。「大暗室」第十六回が掲載された。

□雑誌□「講談倶楽部」四月特大号(第二十八巻第五号)の奥付発行日。「幽霊塔」第十四回が掲載され、完結。

□雑誌□「少年倶楽部」四月特大号(第二十五巻第五号)の奥付発行日。「妖怪博士」第四回が掲載された。

□雑誌□「日の出」四月号(第七巻第四号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第八回が掲載された。

「シュピオ」四月号(第四巻第三号)の奥付発行日。この号を最後に廃刊となった。

《【三月】「シュピオ」四月号にて廃刊。〔註、以下貼雑帳に書いてあるままをしるす〕一、二年前には四種を数えた探偵小説専門雑誌も、これを最後として全滅した。時勢のためである。「新青年」もこのころから探偵小説雑誌の色彩を益々薄め、やがて十六年度あたりからは、全誌面から探小の影を見ぬに至ったのである》

 

四月二十二日(金)

□書籍□『幽霊塔』の奥付発行日。新潮社から出版された。

 

五月一日(日)

□雑誌□「キング」五月雄飛号(第十四巻第六号)の奥付発行日。「大暗室」第十七回が掲載された。

□雑誌□「少年倶楽部」五月号(第二十五巻第六号)の奥付発行日。「妖怪博士」第五回が掲載された。

□雑誌□「日の出」五月号(第七巻第五号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第九回が掲載された。

 

五月

《【五月】(ガソリン統制はじまる。このころより翌十四年にかけて、金買上げ、鉄、紙、綿布、毛織物などの統制続々行わる。スフ全盛時代。新聞雑誌の減頁。やがて米、砂糖、炭、酒などの不足時代となり、十五年末あたりより、それら日用品の切符制はじまる)》

 

六月一日(水)

□雑誌□「キング」六月号(第十四巻第七号)の奥付発行日。「大暗室」第十八回が掲載され、完結。

□雑誌□「少年倶楽部」六月号(第二十五巻第七号)の奥付発行日。「妖怪博士」第六回が掲載された。

□雑誌□「日の出」六月号(第七巻第六号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第十回が掲載された。

 

このころ

五、六月ごろ、新潮社の佐藤俊夫が来訪、平凡社版全集以降の作品を中心にして全十巻の選集を出したいといわれたので快諾し、みずから編纂に着手した。第一回配本は四版まで刷ったが、部数は九千部、第十回配本は三千百部、合計五万七百部に過ぎなかった。[探偵小説四十年 新潮社の江戸川乱歩選集(←江戸川乱歩選集)/昭和30年9月]

 

七月一日(金)

□雑誌□「少年倶楽部」七月特大号(第二十五巻第八号)の奥付発行日。「妖怪博士」第七回が掲載された。

□雑誌□「日の出」七月号(第七巻第七号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第十一回が掲載された。

 

七月二十七日(水)

午後九時十分からJOBKで連続探偵劇「山彦」を放送。案は乱歩とされていたが、実際にはすべて野上徹夫(辻久一)が書いた。二十九日まで三日連続で放送。[貼雑年譜]

 

八月一日(月)

□雑誌□「科学知識」八月号(第十八巻第八号)の奥付発行日。「羨ましき情熱──「パヴロフ及其学派」を読む」が掲載された。

□雑誌□「少年倶楽部」八月号(第二十五巻第九号)の奥付発行日。「妖怪博士」第八回が掲載された。

□雑誌□「日の出」六周年八月記念号(第七巻第八号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第十二回が掲載された。

 

八月十五日(月)

□書籍□『鉄仮面』の奥付発行日。大日本雄弁会講談社から「世界名作物語」として出版され、翻訳を担当した。

翻訳は岡戸武平による代訳だった。[岡戸武平:不木・乱歩・私/昭和49年7月]

 

八月三十一日(水)

甲賀・大下・木々傑作選集の最初の新聞広告が掲載された。[探偵小説四十年 甲賀・大下・木々傑作選集/昭和30年10月]

《【九月】春秋社、「甲賀、大下、木々三人選集」二十四巻の刊行を発表》

 

九月一日(木)

□雑誌□「少年倶楽部」九月号(第二十五巻第十一号)の奥付発行日。「妖怪博士」第九回が掲載された。

□雑誌□「日の出」九月号(第七巻第九号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第十三回が掲載された。

 

九月二十日(火)

□書籍□江戸川乱歩選集第一巻『大暗室』の奥付発行日。新潮社から出版された。「探偵小説十五年」第一回を書き下ろした。連載は翌年八月まで。

 

九月二十二日(木)

江戸川乱歩選集の最初の新聞広告が掲載された。[探偵小説四十年 甲賀・大下・木々傑作選集/昭和30年10月]

《【九月】新潮社、「江戸川乱歩選集」十巻の刊行を発表》

 

九月

《【九月】岩田準一君応召、見送りのため鳥羽に行く。母一人子一人のため即日帰宅を許される》

 

十月一日(土)

□雑誌□「少年倶楽部」十月特大号(第二十五巻第十二号)の奥付発行日。「妖怪博士」第十回が掲載された。

□雑誌□「日の出」十月号(第七巻第十号)の奥付発行日。「悪魔の紋章」第十四回が掲載され、完結。

 

十月十二日(水)

□書簡□横溝正史に書簡。滞在の礼を述べる。[江戸川乱歩推理文庫64]

《【十月】横溝正史君に誘われ、上諏訪の大祭を見物に行く》

横溝正史から誘われて諏訪大社の御柱祭を見物したというのは口実で、実際は正史が追いかけていた少年を見にいったのだが、少年には会えなかった。正史の依頼を受けて「琴詩酒」と揮毫した。[横溝正史:乱歩書簡集/昭和41年11月]

 

十月十五日(土)

□書簡□横溝正史の長男、亮一に書簡。電気機関車のおもちゃを送ったことを伝えた。[江戸川乱歩推理文庫64]

 

十月十九日(水)

□書簡□横溝亮一に書簡。[江戸川乱歩推理文庫64]

 

十月二十六日(水)

□書籍□江戸川乱歩選集第二巻『悪魔の紋章』の奥付発行日。「探偵小説十五年」第二回を書き下ろした。

 

このころ

秋、上京した横溝正史の歓迎会を「新青年」関係者が開いた。《その席で乱歩さんがこんなことをいって、一同の憫笑を買ったのが強く私の印象にのこった。「この戦争はボクの生きているうちに終わるかなあ……。」》[横溝正史:続・途切れ途切れの記(八)/昭和46年10月]

 

十一月一日(火)

□雑誌□「科学ペン」十一月号(第三巻第十一号)の奥付発行日。「作家としての小酒井博士」が掲載された。

□雑誌□「少年倶楽部」十一月号(第二十五巻第十三号)の奥付発行日。「妖怪博士」第十一回が掲載された。

 

十二月一日(木)

□雑誌□「少年倶楽部」十二月号(第二十五巻第十四号)の奥付発行日。「妖怪博士」第十二回が掲載され、完結。

 

十二月九日(金)

□書籍□江戸川乱歩選集第三巻『緑衣の鬼』の奥付発行日。「探偵小説十五年」第三回を書き下ろした。

 

十二月三十日(金)

午後八時五十分からJOAKで探偵作家総出演の探偵劇「赤馬旅館」が放送され、シャーロック・ホームズ役で出演した。[探偵小説四十年 小栗作、久生演出の探偵劇/昭和30年10月]

《【十二月】歳末JOAKより探偵作家総出演の探偵劇を放送す》

 

[2013年1月18日]

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