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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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さきおとといのつづき。

朝日新聞:街道筋 再生拠点へ 名張市・やなせ宿

さあどうする、といってみたところで、どうなるものでもあるまい。やなせ宿から乱歩がきれいに消えてしまった。昨年6月の定例会における「ミステリー文庫であったり、あるいはまた乱歩ゆかりの品も一緒に、その近くといいましょうか、街道沿いといいましょうか、そういう部分に展示する場所が必要であるということは、これもさきに申し上げたとおりでございます」との市長発言も、あっさり反故にされてしまったということである。

もっとも、やなせ宿の関係者はおそらく、乱歩の線が完全に消えたわけではない、と弁明するはずである。ただいま検討中である、と主張するはずである。検討するのがすこぶるお好きなみなさんである。平成17・2005年6月に名張まちなか再生委員会が組織されてからこのかた、細川邸をどうすればいいのか、その検討を三年ちかくもえんえんと重ねたあげく、まだ決められなくて検討を継続し、昨年度に工事が終了したのだからいくらでも4月にオープンできるところを6月に延期までして、さあ細川邸改めやなせ宿をどうしましょうかと検討をつづけているのだから世話はない。あれもこれもすべて検討中である、と関係各位は主張するのであろうが、そんないいわけはもう通用しない。いくらなんでも検討期間が長すぎる。要するに検討能力がないのである。考えることができないのである。

考えることができないのだから、乱歩は消えてしまったと判断するしかないであろう。せっかくの素材がはかなく消えてしまったのである。それにしても、市長発言の重みのなさはいったいどうしたことであろう。余の場ではない。定例会での発言である。「その近く」というのは桝田医院第二病棟の近くということであり、「街道沿い」というのであれば細川邸すなわちやなせ宿でしかありえない。そこに「ミステリー文庫」や「乱歩ゆかりの品」を、という首長の公式な発言が、いつのまにかこれといった説明もないまま水に流されてしまっていいのかどうか。

遠い将来のことではない。まさに整備が進行中だったやなせ宿にかんする発言である。構想や方針のことでもない。眼前の問題であり、喫緊の課題である。名張市立図書館にあるミステリーの寄贈図書や乱歩の関連資料をやなせ宿に展示する必要があると考えている、という現実に即した具体的な発言である。それがどうして立ち消えになってしまい、いまや一顧だにされなくなっているのか。市民としては不可解きわまりない話である。

不可解といえば、何から何まで不可解である。そもそも「いただいてあるミステリー本」や「乱歩のゆかりのもの」を細川邸で活用するというプランは、名張まちなか再生委員会が発足する以前、平成17・2005年の3月に提出したパブリックコメントに記したことである。公表された名張まちなか再生プランがじつにずさん、ひたすらおそまつ、机上の空論と呼ぶしかないしろものだったから、地域の個性と現状に立脚しながら身のたけ身のほどにも応じた構想として提示したものである。

名張人外境:乱歩文献打明け話 番外 僕のパブリックコメント

パブリックコメントは無視されてしまったのだが、そこに記した提案が二年以上も経過してから名張市議会で語られたのも不可解なら、それがいつのまにか消えてしまったのも不可解である。市長が議場で言明した見解でさえ理由も不明なままうやむやになってしまうというのであれば、この名張市においてはいったい誰が、どこで、どんな基準にもとづいてものごとを決めているのか。税金の具体的なつかいみちを決めているのか。市民には何もみえない。わからない。知らされない。もっとも、この細川邸整備事業にかんしていえば、誰にも何も決められないという信じがたいほどの決定力不足が問題になっているわけなのだが、考えたり決めたりする能力のない団体がなぜ、考えたり決めたりする役割を与えられているのか。それもまたじつに不可解なことである。

ともあれ、朝日新聞の記事にあるとおり、やなせ宿は初年度だけ名張まちなか再生委員会のまちなか運営協議会によって運営され、「来年度からは指定管理者制度を導入し、管理者を公募する」ことになるという。当初の構想では、名張まちなか再生委員会が発足させたNPOによって、やなせ宿は独占的に運営されることになっていた。いってみれば、特定のNPOにやなせ宿を私物化させる筋書きができていたのである。ところが、はっきりした理由は知るべくもないが、そのNPOは実質的に空中分解してしまった。理由のひとつとして推測されるのは、公設民営という方針が重い足かせになっていたのではないかということである。だとすれば、NPOの代役としてまちなか運営協議会を立ててみたところで、事態が好転することなどまったく望めない。

細川邸の整備事業では、そもそもの最初から、公設民営という方針が金科玉条のごとく掲げられていた。ただし、民営の内容はいっさい不明であった。端的にいえば、細川邸を民営するにあたって税金による補助がともなうのか、そうではないのか、それが明らかにされていなかった。根拠のない推測をあえて記すならば、名張市のもくろみでは、市からの補助はいっさいなし、ということではなかったのか。名張まちなか再生委員会の検討が停滞し、いっこうに前に進まなかったのも、細川邸が公費で整備されたあと、その維持管理や運営の費用はすべてNPOが捻出しなければならないということが重い足かせだったからではないのか。

だが、完全な民営が不可能であることなど、最初からわかりきったことである。一般の商店経営さえ成立しない名張まちなかで、施設だけ建ててやるからあとは自分たちでなんとかしろ、などという虫のいい話が通用するはずはあるまい。結局どんなことになったのか。無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館と呼ぶしかない施設を整備して、これに一億円。まちなか運営協議会による初年度の運営費として二百五十万円。二年度目以降の予算はいまだ白紙のはずであるが、指定管理者制度というのだから当然、税金が費消されることになるのであろう。誰からも望まれることなく生まれてくる赤子のような施設のために、毎年毎年予算をつけつづける羽目になった。そういうことなのではないか。

昨年6月の定例会では、「乱歩はまちなか再生の目玉と称されております。私も、乱歩は全国的にも知れ渡るメジャーの地域資源であると考えます」との議員発言もあった。その乱歩が、いつのまにかどこかに消えてしまい、細川邸改めやなせ宿はなんのための施設なのかもあいまいなまま、消えることなく存在しつづける。消えなければならぬのは、けっして乱歩ではないはずなのであるが。
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おとといのつづき。

朝日新聞:街道筋 再生拠点へ 名張市・やなせ宿

やなせ宿から乱歩が消えたとなると、いったいどういうことになるのか。どういったことにもならない。どうにかなったほうがいいのだが、遺憾ながらどうにもならないという困ったことになる。

かりに、誰かがはじめて名張のまちを訪れたとする。江戸川乱歩に興味をもっている人である。近鉄名張駅の西口から外に出て、まちなか散策としゃれこむ。乱歩生誕地碑はどこにあるのか。目についた商店で道順を尋ね、てくてくと歩いてゆく。細い路地に入ってさらに進むと、木造住宅が低い軒をつらねた一廓になんだか不自然な印象の広場があって、そこにぽつんと生誕地碑が建っている。広場には案内板やモニュメントも設置されているが、ただそれだけのことである。

なんだこれは、と思いながら新町の通りに出てみる。やなせ宿というのが目に入る。どうやら観光交流施設らしい。「地域の案内パンフレットや散策地図」が置かれていて、「旧市街地を訪れた人が情報集めや休憩ができる場」になっているらしい。「史料の展示など」があったり、「展覧会や催しを開く団体や個人に有料で部屋を貸し出す」こともあったりするらしいのだが、どこにも乱歩が見あたらない。なんだこれは、と思う。おかしいではないか。

やなせ宿は名張市の新町にある。新町といえば江戸川乱歩が生まれた町である。その新町に観光交流のための公共施設があるというのに、乱歩の姿はどこにもない。そのやなせ宿で問い合わせると、乱歩の関連資料は市立図書館に展示されているという。道順を教えてもらって足を運ぶ。まちなか散策の動線からは大きくはずれ、年配層にはやや骨の折れる急な坂道を登った先が図書館である。たしかに乱歩の遺品や著書を展示したコーナーはあるのだが、乱歩のことを質問しても何もわからない。答えられるスタッフがひとりもいない。

乱歩が生まれた名張のまちを訪れたその人は、名張ってのは何を考えているのだ、と思うことになる。首をかしげるはずである。しかし残念なことに、名張ってのは何も考えない。考えようとしない。考える能力がない。いったい何をお考えなのであろうか、何かを考えることがおできになるのであろうか、といった疑問を抱かせるのは、何も名張まちなか再生委員会やまちなか運営協議会にかぎった話ではないのである。名張市そのものがそうなのである。

むろん、乱歩のことをまったく知らない、というわけではない。なんとかしたいとは思っている。名張のまちのために乱歩をなんとか利用したいとは思っている。

3月16日:市議会の乱歩 2007

たとえば、昨年6月の定例会における発言。

   
P.20 ◆ 議員(柳生大輔)

乱歩はまちなか再生の目玉と称されております。私も、乱歩は全国的にも知れ渡るメジャーの地域資源であると考えます。

奇矯な発言ではない。ごく当然の指摘というべきだろう。にもかかわらず、一年もたたぬあいだに、名張まちなかの再生というテーマから乱歩というモチーフが消失してしまった。ろくに乱歩作品を読もうとせず、乱歩のことを知ろうともしないような連中が何十人何百人と集まったところで、乱歩にかんして何かを考えるなどということは絶対にできない。結局はそういうことである。

おなじく昨年6月の定例会から。

   
P.46 ◎ 市長(亀井利克)

乱歩につきましては、ミステリー文庫も含めまして、この整備をしていかなければならないということにいたしております。それを5年で切ってるわけでございますけれども、さてそれをどの時点でということにつきましてはまだ定かではございませんけれども、いただいてあるミステリー本をやっぱり世に出していかないと、こちらも申しわけないという思いであるわけでございますので、これは世に出していきたい。また、乱歩のゆかりのものにつきましても、同時にそういう展示する場所が必要であるというふうにも思わせていただいてるところでございます。

   
P.133 ◎ 市長(亀井利克)

ミステリー文庫であったり、あるいはまた乱歩ゆかりの品も一緒に、その近くといいましょうか、街道沿いといいましょうか、そういう部分に展示する場所が必要であるということは、これもさきに申し上げたとおりでございますので、このことにつきましてこれから関係者とお出会いをさせていただくと、その日程も決めていただいてるところでございます。

しかし、乱歩は消えてしまった。「いただいてあるミステリー本」や「乱歩のゆかりのもの」はどうなるのか。「展示する場所」はどうするのか。明確なところは何もわからない。誰も説明することができない。誰にも考えることができない。乱歩はどうして消えたのか。誰が乱歩を消したのか。さーあ、どうする。
改修工事が終了して、そろそろ新聞で報じられる時節とはなった。きのうは朝日新聞。

朝日新聞:街道筋 再生拠点へ 名張市・やなせ宿

2月6日には毎日新聞で報じられた。すでに削除されているが、これがその記事。

毎日新聞:やなせ宿:旧細川邸改修概要 観光情報発信や交流スペース設置--名張 /三重

ほぼ一か月をへだてたふたつの記事を読みくらべると、あることに気づかされる。乱歩の名前が消えてしまったことである。

2月6日の毎日の記事には、こんなくだりがあった。

   
一方、川蔵は同市出身のミステリー作家、江戸川乱歩に関連する施設にすることなどが検討されていたが、現在具体的な活用法は未定。再生委員会での協議が続いており、市は「遅くても3月には利用法を決めたい」と話している。

ところが、きのうの朝日の記事には、乱歩の名はみえない。

   
開館時間は午前9時から午後10時。地域の案内パンフレットや散策地図を置き、旧市街地を訪れた人が情報集めや休憩ができる場にする。史料の展示などに活用するほか、展覧会や催しを開く団体や個人に有料で部屋を貸し出す。

市は経費全額を負担せず、日常の管理や企画運営は民間にゆだねる方針。今年度は市中心部の活性化策を検討している官民合同の組織「名張まちなか再生委員会」内に設けられた「まちなか運営協議会」が管理運営に当たる。来年度からは指定管理者制度を導入し、管理者を公募する。

名張まちなか再生委員会の田畑純也委員長は「収益をどう上げるかも考えないといけない。待っているのではなく、宣伝に攻めていきたい」と話す。地元の文化団体や高校などに働きかけ、催しや日頃の活動での利用を呼びかけている。地元の食材を用いた弁当の販売や青空市などの集客策も検討している。

なんともなさけないことである。やなせ宿はどのように運営されるのか。

「地域の案内パンフレットや散策地図を置き、旧市街地を訪れた人が情報集めや休憩ができる場にする」

「史料の展示などに活用する」

「展覧会や催しを開く団体や個人に有料で部屋を貸し出す」

いやはや、6月のオープンまであと二か月という時期にいたって、まだこんなことしかいえないのである。なんの根拠も成算もなく、うわっつらだけの思いつきを並べることしかできないのである。なさけないことである。恐れ入った話である。朝日の記事によれば「総工費約1億518万円」とのことであるが、血税一億円もかけて無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館つくってんじゃねーぞたこ、という話なのである。ほんとうにそういう話でしかないのである。

ここまで来たのだからもう名張市も、なんの役にも立たぬ名張まちなか再生委員会なんかとはすっぱり縁を切ってしまい、仕切り直しを図ってあらためて善後策を講じるべきではないかと判断される次第なのであるが、そんな気のきいた真似のできる柔軟性は望むべくもない。素直にあやまちを認めることなどいっさいせず、すべての批判に耳をとざしてこのまま突っ走ってしまうしかないのであろうが、そのことはきょうの本題ではない。

きょうの本題は、乱歩の名前がとうとう消えてしまったということである。細川邸改めやなせ宿の運営を語る場において、乱歩の名が語られなくなったということである。これはまずい。あきらかにまずい。信じられぬくらいまずいことである。

名張まちなかのとある商業者、かりにAさんとしておくが、そのAさんからお聞きした話である。よその土地から名張を訪れて、まちなかの散策を楽しむ人というのが、とくに気候のいいころにはぽつぽつとあって、道を尋ねるためにAさんの店ののれんをくぐることもあるらしい。Aさんによれば、そのうちの八割ほどは、乱歩生誕地碑への道順を尋ねる人であるという。

それはそうかもしれない。名張まちなかというのは、とりたててこれといったスポットがあるところではない。古いまちなみそのものにそれなりの風情があって、しいてあげるなら新町に江戸川乱歩が生まれた場所がある、といったまちなのである。つまり乱歩は、むろんささやかなものではあるけれど、名張まちなかの観光という観点からみた場合、あだやおろそかにするべき素材ではないのである。

その新町に建つ細川邸をやなせ宿として整備し、朝日新聞の記事によれば「旧市街地の活性化に向け、観光交流の拠点」として運営を進めるというのだから、乱歩という素材はおおいに活用されるべきであろう。しかし、名前が出てこない。とうとう消えてしまった。あの名張まちなか再生プランという名のインチキにさえ、細川邸整備にかんして「市民に何ども足を運んでもらえる歴史資料館とするために、江戸時代の名張城下絵図や江戸川乱歩など名張地区に関係の深い資料を常設展示する」と乱歩の名がみえていたというのに、それが忍者のごとく消えてしまったのである。ニンニン。

名張まちなか再生委員会内に設けられたまちなか運営協議会は、いったい何をお考えなのであろうか。何かを考えることがおできになるのであろうか。ニンニン。
4月2日、新年度の二日目である。

おととい、平成19・2007年度最後の日の江戸川乱歩生誕地碑広場予定地をながめてきた。桝田院第二病棟は取り壊され、むきだしになった地面に水たまりがひろがっていた。

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画面左にみえるのが生誕地碑。手前にあるのが新たに設置された案内板。接近して正面から撮影するとこうなる。

20080402b.jpg

おとといの時点ではこのとおり目隠しされていたのだが、新年度を迎えてお披露目されたのだろう。きのうの毎日新聞で報じられていた。

毎日新聞:観光案内板:旧市街地の魅力PR 近鉄名張駅西口など4カ所に設置 /三重(4月1日)

名張まちなか再生事業の一環として、「公共サイン」とかいうもっともらしい名称で設置された案内板である。中学生諸君にはすまないが、生誕地碑広場に立てられる案内板の原案を一瞥する機会があったとき、中学生がつくった壁新聞みたいだとの感想を抱いたことは以前にも記した。

2月25日:乱歩生誕地碑広場案内板
2月26日:一生懸命つくられた案内板

それにしても、案内板四基の設置費が849万0300円、毎日新聞によれば、これに「3月に設置された城下川などへの誘導標(石碑)、旧細川邸について説明した立て看板(高札)」をあわせると計1080万円の整備費を要したということなのだが、大枚をはたいたわりにはこの案内板、どうにもしょぼい印象である。

しょぼいしょぼくない以前の問題として、まだ更地に戻っただけでどんな整備もなされていない土地の一角に、はやばやと案内板だけがお目見えする結果となったおそまつさはいかがなものであろうか。いかがもたこがもあるものか。なーにばかなことやってんだ低能ども、というしかないではないかいな。

また近いうち、目隠しがはずされた案内板をあらためて撮影して、血も涙もない批判を加えることにしたい。なにしろこちとら、3月31日で名張市立図書館との縁が切れた身である。俗にいうところの、虎に翼を着けて放てり、みたいな状態なのである。容赦仮借もあらばこそ、ばんばんかましてやろうとぞ思う。とは思うのだが、あほらしくって何をいう気にもなれぬということになる可能性もないではない。というか、結構ある。

ついでながら記しておくと、これまでの十二年六か月、つまり平成7・1995年10月に名張市立図書館の乱歩資料担当嘱託となって以来、ふりかえってみれば短くない期間にわたって名張市民から雇っていただけたこと、すなわち市民の血税から月ほぼ八万円の手当てをいただきながら乱歩にかんする仕事に携われたことは、得がたい幸福であったというほかない。市民各位にたいし、ここに心からなる謝意を表しておく次第である。
4月1日、新年度のはじまりである。

きのう、平成19・2007年度最後の日の細川邸改めやなせ宿をながめてきた。整備工事を終えて、ずいぶんきれいになっていた。

20080401a.jpg

こんな立て札も設置されていた。

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新設された便所がこれである。威容と呼んでいいほどの風情である。

20080401c.jpg

だがそれにしても、これはいったいなんのための施設であるのか、だれが望んだものであるのか、そういった点は新年度を迎えても依然として不明のままである。

ただしひとつだけ、どなたが立派な公衆便所をお望みであったのかは判明している。3月12日付エントリ「市議会の細川邸 2004」に引いたものだが、名張市議会の会議録から再度引用しておく。平成16・2004年の12月定例会における発言。

   
P.70 ◆ 議員(福田博行)

今言うた細川邸も改修を考えていると私は聞かせてもろてるんですけども、その折には観光客なりが利用しやすいちょっと大き目のええトイレつくってもらいたいと思ってます。

ムダニリツパナコウシユウベンジヨノカンセイヲオヨロコビモウシアゲマス、と祝電のひとつもお出ししておくべきであろうか。
きのうからの流れで、まずは新藤宗幸さんの『新版 行政ってなんだろう』から、「それにしても『先祖返り』のような『小さい政府』でよいのでしょうか」という問いの帰結にあたる箇所を引いておく。

   
しかし、だからといって「小さい政府」でよいのでしょうか。もともと市場活動は、人びとのあいだに所得をはじめとしたさまざまな格差を生みだします。また、国内ばかりか国際的にも、すべての地域が同じ水準で発展することはなく、不均衡とならざるをえません。さらに、市場の自由な活動を放任すれば、失業による生活不安はもとより、商品の価格や品質だけではなく、自然環境にも重大なダメージがもたらされます。
すでに、保守党が政権を担っていた一九九〇年代初頭のイギリスでは、「社会的排除」が大きな政治・社会問題となりました。これは、新自由主義による政策の結果、職を失った人びとが新しくスキル(技能)を身につけて、人生の可能性を追求しようにも、そのための資金がなく、ますます社会の底辺に押しやられてしまうという意味です。こうした状況は、まさにこの日本でも深まっているといってよいでしょう。
いま、私たちに問われているのは、政府の大規模化を批判する新自由主義に追随することではありません。市民の生活の安定や環境の保全のために、市場の活動を一定の公的なルールのもとにおくことです。また、それに向けて新しい行政の制度やしくみを追求していくことなのです。

すなわち、NPMの見直しがわが国においてもひとつの主張として定着しつつあるということなのだが、名張市版NPM、といっても『新版 行政ってなんだろう』でおもに説かれている福祉には直接関係はないのだが、やはり名張市におけるニューパブリックマネジメントの試みという意義をもっていたかもしれない細川邸の整備事業は、誰の眼にも明らかなとおり決定的な失敗に終わった。

名張市議会で細川邸が議論されるようになったのは、名張まちなか再生プランが発表され、名張まちなか再生委員会が発足した平成17・2005年以降のことである。しかし、失敗はその前年にはじまっていたというのが正しい。平成16・2004年に名張地区既成市街地再生計画策定委員会が組織され、プランの策定がスタートした時点で、細川邸整備事業の破綻は約束されていたのである。多言は要すまい。プランに記されていたのが、細川邸を歴史資料館として整備するなどという噴飯ものの構想であったことを指摘しておけば、それでいい。

平成16・2004年というのは、伊賀地域を舞台にした三重県の官民合同事業「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」が、六か月というロングランでくりひろげられた年でもあった。だからこの年は、なんといえばいいのか、地域社会のたがというものが派手にはずれてしまった年だという印象がある。協働だの新しい時代の公だのというお題目が、地域社会に当然存在しているべき規範をすべて踏みにじってしまった観がある。しかも始末の悪いことに、たががはずれっぱなしで現在にいたっている。

名張市があの伊賀の蔵びらき事業の失敗から深く学んでいさえすれば、細川邸の整備事業はこれほど惨憺たる結果には終わらなかったのではないか。ところが、名張市は何ひとつ学ぼうとしなかった。それどころか、事業が失敗であったと冷静に認識することすらできていなかったのではないか。

もっとも、当の三重県だって、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」が失敗だったとは認めていない。三重県公式サイトに、こんな資料が掲載されている。

三重県公式サイト:定期監査結果に基づいて講じた措置について(個表)(pdf)

伊賀の蔵びらき事業の翌年、平成17・2005年のものである。なかに、伊賀の蔵びらき事業の「成果の活用」にかんする項があって、歯の浮くようなきれいごとが記されている。

20080319a.gif

引用。

   
部局等名 生活部

監査の結果

1 事務事業の執行に関する意見
(「生誕360年 芭蕉さんがゆく」事業成果の活用)
(6)「生誕360年 芭蕉さんがゆく」事業は、協働による新しい時代の人づくり、地域づくりや伊賀ブランド化を図るため、実行委員会「2004年伊賀びと委員会」を中心に、計画段階から住民が参画し、住民、市町村との協働により、事業を展開した。その結果、地域のネットワークづくりなどが進められ、事業ごとに評価もなされているが、今後、この事業の成果を行政と住民との協働のためのしくみづくり、地域づくりに活かされたい。
(人権・男女共同参画・文化分野)

講じた措置

平成17年度
1 実施した取組内容
本事業で培った行政と住民との協働の取組の成果を学ぶために平成17年7 月「2004伊賀びと委員会」の委員を講師に、政策開発研究センターの職員研修「政策研究講座」を行いました。
また、伊賀県民局においては、生活創造圏ビジョン推進事業や生活創造圏活性化事業、伊賀らしい風情形成事業等での支援事業及び助成事業等により地元自治体、地域の様々な団体や住民が主体となった活動を支援しました。
2 取組の成果
「芭蕉さんがゆく」事業を通じて培われた成果としてのネットワークやノウハウを活かして、
○芭蕉さん事業でのネットワークによる「紅花ネットワーク」
○住民が中心となった「手づくり行灯(あんどん)」
○生活創造圏事業としての「イガデハク(伊賀で博覧会)」
○市の支援による「乱歩蔵びらきの会」、「からくりのまち名張」など地域資源を活かしたさまざまな事業が展開されています。
また、協働に向けて課題や解決方策をまとめた「伊賀発協働問題解説集」、「伊賀発協働辞典」を色々な研修会で活用し、高い評価を得ました。

平成18年度以降(取組予定等)
地域づくりの基本は、地域の方々が、自然、歴史、文化などの地域資源を自覚し、自らが気づき、主体となって活かしていくことが重要であり、とりわけ地域住民と身近な市町の支援が期待されますが、「新しい時代の公」の考え方のもと、地域が主体となった地域づくりにおいて、県としても必要となる役割を果たしていきます。

定期監査といっても身内意識に裏打ちされた適当なものである。きれいごとを並べるのはお役所の鉄則でもある。しかし適当なきれいごとでうわっつらをいくら飾り立ててみたところで、事業の翌年の「取組」とやらがこの程度のことなのである。笑止千万。三億円もの税金を投じ、その成果が「行政と住民との協働のためのしくみづくり、地域づくりに」活用されるべき事業の成果が、紅花がどうの行灯がこうのといった程度のことなのである。イガデハクなんてのは、たしか伊賀の蔵びらき事業の前年から定期開催されていたイベントではないか。そんな催事まで数に入れなければならぬほど、つまりは事業の成果と呼ぶべきものが見当たらなかったということなのである。

そんなことはまあいい。ばかなのは名張市である。「市の支援による『乱歩蔵びらきの会』、『からくりのまち名張』など地域資源を活かしたさまざまな事業が展開されています」とある。完全な失敗に終わった伊賀の蔵びらき事業をひきずってどうする。ひきずってどうなった。乱歩蔵びらきの会はいま何をしておるのか。からくりのまち名張はいまどうなっておるのか。伊賀の蔵びらき事業でご活躍いただいたみなさん、すなわち「自然、歴史、文化などの地域資源を自覚し、自らが気づき、主体となって活かしていく」べき「地域の方々」は、いまいったい何をやっておるのかというのだ。

いま現在のことはともかく、少なくとも平成17・2005年の時点では、名張まちなか再生委員会の歴史整備プロジェクトに名を連ねてくださってはおった。結成総会の資料によれば、歴史整備プロジェクトの構成は、名張商工会議所、名張地区まちづくり推進協議会、からくりのまち名張実行委員会、名張市観光協会、乱歩蔵びらきの会、名張市企画財政政策室、名張市文化振興室、名張市都市計画室といったところなのである。かくのごとく名張市が、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」の失敗から何も学ぼうとせず、あろうことかあるまいことか失敗をそのまま引き継いでしまったという点にも、細川邸整備事業がぶざまに失敗した一因が求められよう。

さてそれで「市議会の細川邸」なのであるけれど、とくにいうべきこともない。先日も記したとおり、昨年の定例会では複数の議員が細川邸整備運営の公設民営方式をめぐる質問をおこなったのだが、原理原則からいうならば、こんな指摘は名張まちなか再生プランの素案が提示されたときになされていてしかるべきものである。いまごろなーにいってんだ、とか、てめーらどこに眼をつけてやがったんだよ、とか、市民からそんなツッコミを入れられたら返答ができんのではないかいな。

返答ができんといえば、細川邸にかんして市民から市議会に、てめーらあんな施設の整備費をどうして承認したんだよ、というツッコミが入る可能性もないではない。無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館をおよそ一億円かけてつくりまーす、と名張市が提案したとき、そんなもんつくってんじゃねーぞこのばかたれ、となぜいえなんだのじゃ助さんや、そうではないか格さんや、ということなのであるけれど、このツッコミに対しても、われらが名張市議会はなんの返答もできんのではないかいな。

ただし、このあたりのことはどうもよくわからない。市議会が細川邸整備の予算にOKを出したことはたしかなのであるが、そのOKはいったい何に対してのものであったのか。いつ出されたものであったのか。少なくとも名張まちなか再生プランの段階では、細川邸は歴史資料館として整備されることになっていた。市議会はそのプランにOKを出した。ところが、名張まちなか再生委員会はそのプランをくつがえし、初瀬街道なんたら館として整備することに決めてしまった。その決定には、市議会の承認も市民の合意もまったくかかわりがないのである。

それがいつのまにか、細川邸をやなせ宿という名の無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館として整備することが、市議会の承認を得た事業として進められているのである。どうもおかしい。変である。けったいである。面妖である。なんとも理解しがたいことである。それにだいたいが名張市議会の先生がたも、細川邸整備に関係する地域住民の意を受けて名張市にツッコミを入れるのはいいけれど、それよりも先にまず、市議会の承認というものをなんと心得ておるのかと、細川邸を歴史資料館として整備することに対する市議会の承認をてめーら町人風情があっさりひっくり返せるとでも思うておるのかと、地域住民をかつーんと叱り飛ばしてやることが必要なのではないか。むろん、地域住民といえば言葉をかえれば選挙民なのであるから、とてもそんなことは不可能なのであろうけれども、もうちょい原理原則というものを重んじてはいただけないものかしら。はあちょいなちょいな。

とはいえ、市議会のことはともかくとして、結局どこが悪かったのかといえば、それはもうまぎれもなく名張市なのである。細川邸の整備事業がここまで無残な失敗に終わった責任は、いうまでもなく名張市にあるのである。もしかしたら、うまくゆけば、細川邸整備は名張市版NPMの試みとしてそれなりの声価を得られた事業であったかもしれないのだが、最初の第一歩から大きく決定的にまちがっていたために、声価どころか大失態を招く結果に終わってしまった。あとに残るのはNPMの悪しき側面、すなわち行政の断片化しかないであろう。それがいよいよ加速することであろう。名張市にとっては悔やんでも悔やみきれぬところなのかもしれないが、もう取り返しはつかない。あとの祭りである。残念なことである。もったいないことである。さのよいよい。
名張市議会で乱歩がどのように語られてきたのか、途中から細川邸をも対象にして眺めてきた次第であるが、ひとことでいえば茶番である。じつにおまぬけな空騒ぎである。市議会なんて必要ないのではないかと思われるほどのすっとこどっこいである。

たとえば去年、平成19・2007年の6月定例会では、細川邸改めやなせ宿の「公設民営」はいかがなものか、そんなこと無理なんじゃね? みたいな質問が議員側から提出されているのであるが、もちろん無理に決まっておる。しかし、そういうご託はもっと早く並べていなければならない。いまからいえばちょうど三年前、平成17・2005年の春先に市議会がプランにかんする協議検討をおこなったとき、この公設民営方式ってどうよ? との疑問が示されていてしかるべきだったのである。

とはいえ、これはいささか酷な注文であるかもしれない。市議会にとって名張まちなか再生プランは、次から次へと押し寄せてくる議案の波のひとつでしかなく、これを仔細にあらためて検討を加えるといった芸当は、現実問題としてかなり無理な話であったかもしれない。ま、名張市議会なんてのはしょせんそんな程度のものであろう。しかも、プランにおける公設民営方式への言及はじつにさりげないもので、あえていうならば詐欺師の手口すら連想させた。

名張まちなか再生プランから細川邸にかんするくだりを引用してみる。

名張市公式サイト:名張まちなか再生プラン

   
【2】 歴史資料館の整備事業 (重要度:◎)

名張のまちにひろがりとまとまりが感じられるように、北の名張藤堂家邸に対して南にもうひとつの歴史拠点を整備します。
初瀬街道沿いの最もまとまりのある町並みの中にある細川邸を改修して歴史資料館とします。細川邸は円滑な賃貸契約が見込めるほか、平成16年11月の芭蕉生誕360年祭において旧家の風情を活かした魅力的な歴史資料館になりうること、適切な企画によって集客力が期待できることなどが確認できたので、歴史資料館にふさわしい建築物と考えます。
老朽化した部分を除却し、町屋の風情を大切にして母屋と蔵を改修します。また、来街する市民の便に配慮して、駐車場、公衆トイレと喫茶コーナーを設置します。歴史資料館の主用途は資料の展示ですが、多様な市民ニーズに応えるために物販や飲食などを含む複合的な利用も可能なものとします。なお、歴史資料館の管理運営は民間が担う公設民営方式とします。

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市民に何ども足を運んでもらえる歴史資料館とするために、江戸時代の名張城下絵図や江戸川乱歩など名張地区に関係の深い資料を常設展示するほか、市民が関われる利用方法を工夫します。たとえば、芭蕉生誕360年祭のからくりコンテストのようなイベントで展示した作品、市民文化祭や市の美術展の出品作、個人や文化サークルなどが作成した作品(例:能面、絵画)を展示したり、小波田地区の「子供狂言」などを招致したり、名張地区以外の市民も参加できる方法が考えられます。また、庭に面した風格ある和室を冠婚葬祭や茶会など、市民も利用できる方法を検討します。市民が関わることのできる場と機会を提供することによって、主催者としてあるいは参加者としてさまざまな市民の来館が期待できます。
管理運営を担う民間組織には、リピーターが確保できるような企画運営能力をもつことが期待されます。歴史資料館の立ち上がり期には、地元組織やまちづくり協議会が企画展示や施設管理に協力して、円滑な歴史資料館の管理運営に取り組みます。

はっきりいえば、これはペテンにほかならない。「なお、歴史資料館の管理運営は民間が担う公設民営方式とします」などと、何をしれっとほざいておるのか。まず「なお」という文言が気にくわない。これは、これから述べることはさして重要ではないのですが、要するにつけたしなのですが、といったニュアンスを帯びた接続詞である。公設民営という重要な問題が、ことのついでといった感じで記されているのである。明らかにペテン師の手口である。

むろんペテンは、たんなる文辞のレベルにはとどまらない。どんな根拠も示すことなく、ただ「歴史資料館の管理運営は民間が担う公設民営方式とします」という結論だけを記しているのは、まったくもってたちの悪いペテンである。こんなことで何が説明できるというのか。誰を納得させられるというのか。しかし名張市議会の先生がたは、これで説明された気になってうっかり納得してしまったのである。プランにOKを出してしまったのである。大丈夫かよ先生がた。

だがしかし、たとえ市議会議員の先生がた二十人の眼がすべて節穴であったとしても、名張市には市民の眼もまた存在する。市民の眼だっておおむね節穴なのであるけれど、なかにゃペテンにかからない市民もいるのである。公設民営なんてそんなばかな話が通用するものか、と感じる市民もいるのである。だから平成17・2005年2月18日に開かれた市議会重要施策調査特別委員会を傍聴したあと、三日前のエントリ「市議会の乱歩 2005/1」にも引用したけれど、三年前の2月23日にこう記したのである。

    
それから公設民営方式という点に関して申しあげますと、私は2月18日付伝言にこのように記しております。

 
さらにいえば地域住民が運営に直接携わることが要求されてくるかもしれず、たとえば図書室の受付で近所のお婆ちゃんが貸し出し係をやってる図、なんてなかなかのものではないでしょうか。要するに名張というこの古いまちにおいては、古いものがただ古いというだけの理由で排除されてしまうことは決してないのだ、と思いたいのだ私は。

つまり名張市立図書館ミステリ分室の運営には地域住民が大きく関与する必要があるのですが、施設自体はあくまでも市立図書館直属の機関でなければなりません。いまの日本ではNPM、すなわちニュー・パブリック・マネジメントたらいうものが一大潮流となっていて、行政サービスの向上を合言葉に、しかし実際は深刻な財政難のなんだか破れかぶれなみたいな打開策として、民間でも提供可能なサービスはあいついでアウトソーシングしてゆくことが国のレベルでも市町村のレベルでも大流行しているわけなのですが、1990年代にこのNPMが大流行した先進諸国におきましては、その結果政府が断片化してさまざまな社会問題に対処できなくなる事態に立ち至り、行政システムのさらなる改革が現在進行中であるとも伝えられますから、いずれわが国でもNPMの見直しが求められる可能性は少なからずあるでしょう。したがいまして、よその真似をするのが大好きな日本のお役所がこの先どんなにぶれまくろうと、この施設があくまでも名張市立図書館の管轄であるという軸だけはぶれないようにしておくことが賢明であると判断いたします。

先進諸国におけるNPMの見直し、なんてことをもちだしたせいでいささか迂遠な印象になってしまったかといまは思われるのだが、要するに公設民営なんて虫のいい話が通用するはずはなく、整備した細川邸を市の施設として運営しないでどうすっぺや、という話である。

公設民営という点以外にも、名張まちなか再生プランには看過しがたい問題点が存在していた。たとえ名張市議会が見過ごしたとしても、市民の眼はごまかせない。てめーらこんなインチキなプランでペテンにかけようったってそうは問屋が卸さねーぞばーか、とか思って提出したパブリックコメントがきれいにスルーされ、問屋がすいすい卸してしまったのはちょうど三年前のことであったか。なーにやってんだか。

ついでだからパブリットコメント全文を掲載しておく。名張市がこのコメントに少しでも耳を傾けておれば、ここまでひどいことにはなっていなかったはずなのであるが、なーにやってんだか。

   
歴史資料館はどうでしょう

「いったいどないなるんですかね」
「何の話ですねん」
「日本中の注目を集めてるライブドア対フジテレビの仁義なき戦い」
「堀江社長と日枝会長のニッポン放送株争奪戦ですか」
「近来になく景気のええ話でして」
「そらもう何百億ゆう単位でお金が動いてる話ですから」
「テレビのニュースで見てる分にはこっちの腹は全然痛みませんし」
「君の腹なんか痛んでも知れてるがな」
「最近では金額の大きさにもすっかり慣れっこになってしまいましてね」
「そんなこともあるかもしれません」
「三億やそこらのことはどうでもええやないかゆう気になったりもしますし」
「三億やそこらといいますと」
「そんなもん君『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業の話に決まってますがな」
「君まだそれゆうてますのか」
「あれほどゆうたったのに事業関係者は僕の忠告にまったく耳を傾けることなく三億三千万円の税金をどぶに捨ててしまいやがりましてね」
「どぶに捨ててしもたゆうたら語弊があるでしょうけど」
「けど僕は何も難しいことゆうてるわけではないんです。やってることがあまりにも不透明ですからせめて事業個々の予算額ぐらい明らかにしたらんかと」
「たしかにあの事業にはかなり問題があるゆう話はいろいろと聞きますけど」
「問題なんかあり過ぎるほどあるんですけど僕は予算の透明性という一点にしぼって問題を掘りさげてるわけでして」
「掘りさげてどないしますねん」
「三月二十三日に第五回『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業推進委員会があるんですけど」
「例の三重県の知事さんが会長を務めてはる委員会ですか」
「決算が報告されるはずなんです」
「最終的に事業の予算がどうつかわれたかゆうことが報告されるわけですな」
「これが君もしもええ加減な報告やったら僕としては黙ってられませんからね」
「どんな手ェ打ちますねん」
「ことと次第によっては県の監査委員に住民監査請求をしたろかしらと」
「そんなことしたら君また一段と嫌われ者ですがな」
「それは想定の範囲内です」
「そんな堀江社長みたいなことゆうとってええんですか」

「ところが三月二十三日までに片づけとかなあかんことがひとつありまして」
「何を片づけますねん」
「パブリックコメントです」
「といいますと」
「お役所がものを決めるとき原案を公開して市民の意見を広く求めるのがパブリックコメント制度ゆうやつでしてね」
「寄せられた意見を反映させながら最終的にものが決められるわけですか」
「名張市は現在『名張地区既成市街地再生計画 名張まちなか再生プラン(案)』ゆうプランに対するパブリックコメントを募集してるんですけど」
「名張まちなかゆうたら名張のいわゆる旧町地区のことですな」
「その締切が三月二十二日なんです」
「ほなはよせなあきませんがな」
「せやからやってますねがな」
「何をやってますねんな」
「漫才に決まってますがな」
「漫才やって何をしますねん」
「つまり漫才形式で書かれたパブリックコメントを提出するわけです」
「君いったい何を考えてますねん」
「これはおそらく名張市のパブリックコメント史上初の試みでして」
「わざわざそんなこと試みんかてええように思いますけど」
「名張市役所のみなさんにもさぞやお喜びいただけるのではないかいなと」
「むしろみなさんお怒りになるんやないですか」
「でも漫才ゆう形式は普通の文章よりもはるかにわかりやすいわけですから」
「そらまあわかりやすく意見を述べるゆうのは大事なことですけど」
「ですからこれで名張市役所のみなさんが相当なあれでもたぶん大丈夫」
「相当なあれゆうのはなんやねん」
「それでプランの話なんですけどね」
「原案ゆうのは誰が決めたんですか」
「名張地区既成市街地再生計画策定委員会ゆうとこが一月二十日にまとめてくれたことになってます」
「その委員会がまとめてくれた原案になんでまた君がパブリックコメントを提出せなあきませんねん」
「僕は気がついてしまったんです」
「なんのことですねん」
「血税三億三千万円をどぶに捨てた『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業のことですけど」
「またその話ですか」
「お役所とごく一部の地域住民が結託して独りよがりなあれこれの事業にきわめて不透明な税金のつかい方をしたというのにそれを指摘批判する人間が僕以外にはただの一人もいないんです」
「君ひとりで充分なんとちゃいますか」
「伊賀地域にはものの道理のわかった人間が一人もいないのだろうか。伊賀地域にはあほしか住んでいないのだろうか」
「しまいに張り倒されても知らんで」
「そんなお間抜けな地域社会に対して具体的提言を行うのが伊賀地域を代表する知性である僕の役目なのではないか」
「君そんなことゆうとったら伊賀地域住民全員から嫌われてしまいますがな」
「それも想定の範囲内」
「堀江社長みたいなことゆうなっちゅうねん」

「それで今回のパブリックコメントではプランに盛り込まれた歴史資料館の整備事業にポイントをしぼって意見を寄せることにしたんですけど」
「そんな資料館ができるんですか」
「プランにはつくったらええのとちゃいまっかゆうて書いてあるわけですね」
「それで君の意見といいますのは」
「んなもんつくってどないするゆうんじゃぼけぇッ」
「ぼけゆうたらあきませんがな」
「それではこれからプランにツッコミを入れることにいたしましょう」
「どないしますねん」
「君このプランの『歴史資料館の整備事業』ゆうとこを朗読してください」
「君は何をしますねん」
「君が読むのを聞いていてそれは聞き捨てにならないと感じたら笛を吹いてツッコミを入れます」
「サッカーの審判みたいな感じですか」
「感じたときに笛を吹くゆうたらなんや往年の黒木香嬢を思い出しますけどあの子いまごろ何をしてるんでしょうか」
「知らんがなそんなこと」
「そしたら行ってもらいましょか」
「《名張のまちにひろがりとまとまりが感じられるように、北の名張藤堂家邸に対して南にもうひとつの歴史拠点を整備します》」
「ピーッ」
「いきなり笛ですかいな」
「ピーですがなそんなもん。名張藤堂家邸跡に閑古鳥が鳴いてるという事実に目を向けなあきません。南に拠点つくったかて閑古鳥の鳴き合わせをやるのが関の山やゆうことがわかりませんか君」
「僕にいわれても困りますけど先をつづけますと《初瀬街道沿いの最もまとまりのある町並みの中にある細川邸を改修して歴史資料館とします》」
「ピーッ」
「またですか」
「なんでいきなり歴史資料館やねん」
「歴史拠点をつくるのやったら歴史資料館ゆうのはごく順当なとこですがな」
「せやからそれが短絡やゆうんですよ」
「何が短絡ですねん」
「つまりぶっちゃけてゆうたらこれは最初に細川邸ありきゆう話なんです」
「細川邸を活用したらよろしいがな」
「活用の道は歴史資料館しかないのかゆう話なんですね結局。そんなことまったくないんですけどとりあえずはい次」
「《細川邸は円滑な賃貸契約が見込めるほか、平成16年11月の芭蕉生誕360年祭において》」
「ピーッ。ピーッ。ピーッ」
「なんですねん読んでる途中で」
「『芭蕉生誕360年祭』ゆうたら伊賀の蔵びらき事業のことですがな」
「それがどないしましてん」
「僕その名前聞いたら反射的に怒ってしまう癖がついてしもたみたいでして」
「知らんがなそんな癖。《旧家の風情を活かした魅力的な歴史資料館になりうること、適切な企画によって集客力が期待できることなどが確認できたので、歴史資料館にふさわしい建築物と考えます》」
「ピーッ。ピーッ。ピーッ。ピーッ」
「もうこの際やから好きなだけ笛吹いとったらどないですか」

乱歩の生家はどうでしょう

「つまりこの歴史資料館構想には明らかに短絡があり無理があるんです」
「どうゆうことですねん」
「段落をひとつ飛ばしてつづきを読んでもらいましょか」
「《市民に何ども足を運んでもらえる歴史資料館とするために、江戸時代の名張城下絵図や江戸川乱歩など名張地区に関係の深い資料を常設展示するほか》」
「ピーッ。ピーッ」
「またピーですか」
「そんなもんピーのピーのピーじゃ。ほかとはなんやねんほかとは」
「『展示するほか』の『ほか』ですか」
「歴史資料館の話をしてるのに肝心の資料に関する言及が城下絵図と乱歩だけで終わりゆうのはどうゆうことやねん」
「でも歴史資料に関してはそれだけしか書いてないんですから」
「つまり話が逆なんですね。広く公開するべき資料がたくさんあるから歴史資料館が必要やゆうのが本来なんですけど」
「最初に細川邸ありきですか」
「細川邸を歴史資料館にするという月並みな発想がまず最初にあって」
「ところが展示すべき歴史資料がほとんどないと来てるわけですか」
「そんな資料館つくったらどんな結果になるかくらい相当あれな名張市役所のみなさんでもお察しのはずですけどね」
「せやから相当あれなゆうのはなんのことですねん」
「次行ってもらいましょか」
「《常設展示するほか、市民が関われる利用方法を工夫します。たとえば、芭蕉生誕360年祭のからくりコンテスト》」
「ピーッ。ピーッ。ピーッ」
「書いてあるもんしゃあないがな」
「いやしくも歴史資料館がからくりコンテストみたいなバッタモンをまともに相手にしとってはいかんがな」
「あれバッタモンやったんですか」
「空き家とか空き店舗をコンテストに活用することは結構なんですけどね」
「ほな何があきませんねん」
「からくりゆうのは名張のまちの歴史にはなんの関係もないもんですから」
「けど乱歩とか観阿弥とか名張ゆかりの人物から発想してからくりコンテストを企画したのと違うんですか」
「ろくに乱歩も観阿弥も知らん連中が無理やりひねり出した思いつきですがな」
「歴史資料館たるものがそんな無根拠な思いつきを相手にするべきではないと」
「まあそうゆうことですね。はい次」
「《からくりコンテストのようなイベントで展示した作品、市民文化祭や市の美術展の出品作、個人や文化サークルなどが作成した作品(例:能面、絵画)を展示したり、小波田地区の「子供狂言」などを招致したり、名張地区以外の市民も参加できる方法が考えられます。また、庭に面した風格ある和室を冠婚葬祭や茶会など、市民も利用できる方法を検討します。市民が関わることのできる場と機会を提供することによって、主催者としてあるいは参加者としてさまざまな市民の来館が期待できます》」
「ピーッ。ピーッ。ピーッ。ピーッ」
「やかましいわッ。君は年取って認知症になった笛吹童子かッ」

「わざわざ歴史資料館つくってなんでそんなことせなあきませんねん。そんなもんそこらの公民館でなんぼでもできることばっかりですがな」
「肝心の歴史資料がありませんからせめて市民に好きなようにつかい回してもらうしかないのとちゃいますか」
「つまり歴史資料館の必要性なんかまったくないんです。それをこのプランみずからが雄弁に物語ってるわけなんです」
「ほなどないしたらええんですか」
「発想を変えてもらわなあきません」
「といいますと」
「名張のまちそのものが歴史資料であってそれを展覧するという発想ですね」
「まち全体を展示するわけですか」
「もちろんたいした町並みではないんですけど歴史資料館でちまちました展示するよりはまち全体を見て回ってもらうことを考えたほうが百倍ましなんです」
「何を見てもらいますねん」
「ポイントはそれですね。名張のまちを展覧するに際しての核が必要なんです」
「何を核にしますねん」
「江戸川乱歩の生家です」
「生家なんかありませんがな」
「復元したらええんです」
「そんなことできるんですか」
「乱歩が描いた生家の間取り図が残ってますからそれに基づいて復元することはいくらでも可能です」
「明治時代の住宅ですか」
「げんに昨年十一月に市内で開催された『乱歩が生きた時代展』ではつつじが丘にお住まいの元奈良芸術短期大学教授井上昭先生の手で製作された生家の十五分の一モデルが展示されましたし」
「そんなんあったんですか」
「井上先生は生家跡一帯の建物を調査したうえでほぼ間違いないゆうとこまで建築の細部を考証してくださいまして」
「それでいったいどこに建てますねん」
「桝田医院の第二病棟です。あの土地建物は去年の十一月に故桝田敏明先生のご遺族から名張市が寄贈を受けまして」
「新聞にも出てましたねその話」
「第二病棟のたたずまいを生かしつつ一角に乱歩の生家を復元するわけです」
「なんや面白そうですね」
「名張のまちに歴史資料館ができたゆうたかて誰も驚きませんけど乱歩の生家が復元されたゆうたら話は別ですから」
「乱歩の生家は生誕地にしかつくれませんから名張独自のものになりますし」
「とにかく乱歩と名張の最大の接点は生家跡なんです」
「乱歩は名張で生まれたゆうだけでほかにはとくにゆかりもないわけですから」
「ところが行政ゆうのはじつにええ加減なもんでして」
「なんでですねん」
「最大の接点である生家跡に建てられた生誕地碑がほったらかしでしたからね」
「個人の所有やったわけですから」
「いつまでも個人に負担かけとらんと行政がちゃんとしたれゆうねん」
「それはたしかにそうですけど」
「乱歩の名前を名張の自己宣伝にええだけ利用しておきながら肝心のことがほったらかしやったんです。これは行政の怠慢以外の何者でもありません。ピーッ」
「行政にもピーですか」

「要するに乱歩の生家を復元して名張のまちの顔にしたらええんですよ」
「ええアイディアやと思いますね実際」
「ただあそこに生家を復元してしまうと新町が黙ってないんです」
「なんで新町が出てきますねん」
「乱歩の生誕地碑は昭和三十年に新町に建てられたんですけどね」
「新町は乱歩が生まれたとこですから」
「昭和三十五年に桝田医院が増築されたとき碑が現在地に移されたんです」
「第二病棟の庭にですか」
「ところが第二病棟は本町に位置しておりまして」
「そしたら生誕地碑は新町から本町に移動したわけですか」
「つまりあそこに乱歩の生家を復元すると本町の人は喜んでくれるんですけど新町の人はあまり面白くないわけです」
「そんなことありませんやろ」
「新町の人としてはやっぱり町内の細川邸に乱歩関連資料を展示した施設の整備を望んでるわけなんです」
「君そんなことようわかりますな」
「想像で喋ってるだけなんですけど」
「そんなええ加減な」
「けど住民感情ゆうのはそんなもんですしろくに乱歩作品を読みもせずに乱歩乱歩ゆうてるような住民の感情であってもやはり大事にされるべきなんです」
「それやったら第二病棟に乱歩の生家を復元することはできませんがな」
「遠慮せんと復元したらよろしねん」
「新町の人はどないなりますねん」
「細川邸をちゃんと活用したら新町の人にも喜んでいただけるはずです」
「どうゆうふうに活用するんですか」
「名張市立図書館の乱歩コーナーにある関連資料を細川邸に移動します」
「乱歩の遺品とか本とかですか」
「だいたいあの図書館評判悪いんです」
「なんでですねん」
「平尾山のてっぺんにありますから」
「年配の人が歩いて坂を登るのはしんどいゆう話は聞きますね」
「ときどき県外から大型バス借り切って名張へ文学散歩に来てくれる人があるんですけどそらもう評判が悪い悪い」
「文学散歩ゆうたら高齢者の参加が多い感じですからね」
「それに動線から考えても平尾山のてっぺんでは具合が悪いんです」
「動線といいますと」
「名張駅の西口から丸之内を経て本町や新町に至る歩行者の動線です」
「名張のまちを散策する動線ですか」
「旧初瀬街道を主軸にした動線から平尾山は思いきりはずれてるんです」
「名張駅の東口側ですからね」
「ですから新町がええんですけどここへ来て問題がひとつ出てきまして」
「なんですねん」
「この漫才もう六ページ目の三段目まで来てますねん」
「なんのことですねん」
「この漫才はパブリックコメントであると同時に地域雑誌『四季どんぶらこ』の連載としても書かれてるわけなんですけど連載の割り当ては毎回六ページなんです。つまりもうおしまいなんです。いやどうもこればっかりは想定の範囲外」
「知らんがなそんなこと」

ミステリ分室はどうでしょう

「やっぱりつづけることにしましょか」
「好きにしたらよろしがな」
「中途半端な真似しとったら伊賀地域を代表する知性の名が泣きますから」
「そんなことどうでもええねん」
「そもそも乱歩が生まれたのは新町なんですから乱歩の遺品や著作が新町に展示されるのは当たり前のことなんです」
「そしたら細川邸は乱歩関連資料の展示施設になるわけですか」
「それが全然違いますねん」
「どうゆうことですねん」
「資料の展示とかそんな眠たいことゆうてたかて人は相手にしてくれません」
「けど乱歩の資料を展示するのと違うんですか」
「一部には乱歩関連資料も展示しますけどほかにもいろいろ運び込みます」
「何を運び込みますねん」
「本ですね」
「乱歩の本ですか」
「探偵小説です。いまふうにゆうたらミステリ小説」
「本を運び込んでどないしますねん」
「ミステリ専門の図書室にします」
「なんですねんそれ」
「つまり細川邸を名張市立図書館ミステリ分室として運営するわけです」
「図書館の出張所みたいなもんですか」
「乱歩の地元ゆうことで名張市立図書館はあっちこっちからミステリ小説の寄贈を受けてるんですけどね」
「それは初耳ですね」
「慶應義塾大学推理小説同好会OB会のみなさんをはじめ奇特なミステリファンがたくさんいらっしゃいまして」
「ありがたいことですがな」
「ただし開架が限られてますから寄贈図書は地下書庫に押し込んだままでして」
「ちゃんと活用できてないのは寄贈してくれた人に申し訳のないことですがな」
「ですから寄贈されたミステリをすべて細川邸で閲覧可能にするわけです」
「そんなこと簡単にできるんですか」
「名張市立図書館は業務の民間委託を検討してる最中ですからついでに検討したら充分可能やと思います」
「けど寄贈された本だけで図書室なんかつくれるんですか」
「とりあえず現在あるだけの本でスタートしたらええんです」
「新刊も購入せなあきませんがな」
「それは当面考えておりません」
「お金がないからですか」
「それもありますけど旧町の再生を考えるわけですからすでにあるものをいかに再生するかゆうことが大切でして」
「細川邸も桝田医院第二病棟も古い施設を再利用するわけですしね」
「寄贈していただいた古い本をちゃんと再利用するゆうのは再生というテーマにいかにもふさわしいことなんです」
「新しいものだけに価値があるのではないゆうことですか」
「そのとおり。名張のまちは古いものをただ古いというだけの理由で排除することは絶対にない。それを確認することが再生の第一のポイントなんです」
「きょうは君えらい気合いですね」
「ピーッ。ピーッ。ピーッ」
「なんでここで笛を吹くねん」

「なんちゅうたかて名張は乱歩が生まれたまちなんですから」
「それは紛れもない事実ですね」
「乱歩が生涯をかけて愛した探偵小説を大事にするまちであっても少しもおかしいことはないんです」
「そんなまちは日本中探してもほかにないでしょうし」
「乱歩の生家もミステリ分室も名張だけのユニークな施設になります」
「名張という古いまちでは古いものをここまで大切にして活用してますということをわかりやすく示すと同時に名張のまちを象徴する施設にもなりますね」
「ですから分室のスタッフも男女を問わず仕事や子育ての第一線からリタイアした地域住民のみなさんに役に立っていただけるようにするべきですし」
「地域住民が施設を支えるわけですね」
「名張という古いまちでは古い人にしっかり仕事していただいておりますと」
「古い人ゆうたら怒られますがな」
「土地の古い人から小学生が話を聞くような催しをやってもええわけです」
「市民の側からミステリ分室をいろいろつかい回すゆうわけですね」
「このプランに書いてある細川邸の『市民が関われる利用方法』はそのままミステリ分室にも通用しますからね」
「市民にとっても歴史資料館は敷居が高い印象ですけどミステリ分室やったら全然親しみやすい感じになりますし」
「歴史資料館みたいな堅苦しい施設やないんですからバッタモンのからくりコンテスト展示作品でもOKです」
「けどミステリ分室を運営するのは結構難しいことと違うんですか」
「ミステリに詳しい人間がたぶん一人もいませんからね」
「それではあきませんがな」
「いやご心配なく。日本全国のミステリファンから指導協力を仰ぎながら運営をスタートさせたらええんです」
「そんなことできるんですか」
「つまり名張市立図書館はここ十年ほどのあいだに乱歩を媒介としたミステリファンのネットワークをささやかながら形成しておりますので」
「そのネットワークがミステリ分室に生かされるわけですか」
「ミステリ分室の蔵書はインターネット上ですべて公開しましてね」
「どんな本があるのかが全国のどこにいても即座にわかると」
「さてこの分室をどないして運営したらええのかゆうことで全国のミステリファンから知恵を拝借したらええんです」
「やっぱりファンならではのアイディアゆうのもあるでしょうからね」
「市民がつかい回すいっぽうでミステリファンにもつかい回してもらうことでユニークな図書室になるであろうなと」
「実現したら面白そうですけど」
「無理したり背伸びしたりする必要はないんです。名張のまちの身の丈や身の程に応じたことをしといたらええんです。あほがおのれの分際もわきまえんとええだけ恰好つけたらどないなことになるかゆうのは『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業で実証されてますからね。ピーッ。ピーッ」
「もう笛はよろしがな」

「まあそんなような次第でして」
「これが君のパブリックコメントゆうわけですか」
「やっぱり江戸川乱歩という作家は名張市にとって最強のカードなんですね」
「いまだに大の人気作家ですから」
「ところが行政も住民もええだけ不勉強ですから乱歩を利用するゆうても怪人二十面相の恰好でそこらのひやわいはっしゃり回るぐらいしかようしません」
「はっしゃり回るゆう表現は久しぶりで耳にしましたけど」
「そこでそのカードをいかに利用すればいいのかを伊賀地域を代表する知性であり名張市立図書館のカリスマでもある僕が考えてみたわけなんですけど」
「結論としては本町の生誕地碑の場所に乱歩の生家を復元すると」
「生家を訪れた人は百年以上前の生活というものに思いを馳せるでしょうね」
「どんな生活でした」
「電気もガスも水道もありません。ご飯はかまどで炊いて洗濯は川でする」
「えらい不便な生活ですな」
「ただしその不便さは生活の利便性や快適性のみを追求してこんにちに至ったわれわれに反省を迫るものなんです」
「利便性や快適性のほかにも何か大事なものがあるのではないかと」
「そうゆうことを乱歩の生家あるいは名張のまちそのものが訪れた人たち一人ひとりに問いかけるわけです」
「人間の生活とは何なのかみたいなことですか」
「そのあと今度は新町の細川邸に回ってもらいますとそこでも古い町家の生活というものを実感してもらえます」
「その生活の場が名張市立図書館ミステリ分室として再生されてるわけですね」
「乱歩作品やミステリ小説に親しんだり市民がさまざまな場として利用したり」
「市民が自由につかい回してます」
「細川邸には土蔵がありますから池袋の旧乱歩邸土蔵と響き合うような利用法を考えることも必要でしょうね」
「いろいろ考えるのは楽しそうですね」
「このあとの問題はいかにスピーディに事業を具体化できるかゆうことです」
「急を要する話なんですか」
「名張旧町地区の再生ゆうのは喫緊の課題ゆうか焦眉の問題ゆうか」
「それはそうですね」
「ですから今年十一月三日の乱歩生誕地碑建立五十周年の日に乱歩生家のテープカットをやるのがベストでしょうね」
「今年は大事な節目の年ですから」
「名張市立図書館ミステリ分室のオープンは来年四月でどうでしょう」
「なかなか快調なテンポやないですか」
「ものごとには時機ゆうものがありますからこの好機を逸したらあきません」
「再生の核になる施設はできるだけ早い時期に形にする必要があるでしょうし」
「そのとおりです。ですから賢明有能なる名張市職員のみなさんにおかれましてはよろしくご検討のうえ迅速なる事業化をお願いしたいところなんですけど」
「けどなんですねん」
「なにしろやっぱり相当あれな人たちですから」
「ピーッ。ピーッ。ピーッ」

(名張市立図書館カリスマ嘱託)

ま、いつまでこんなこといってたって意味はないのであるが、関係各位の反省をうながすため、あした以降ももう少しいたぶってやることにするか。しかしなあ、関係各位のあほのみなさんには反省能力ってものがないみたいだからなあ。ばかってのはほんと、どうしようもないからなあ。
いよいよ最後の年である。名張市議会の昨年の会議録から、「細川邸」という語のみえる段落を引用する。

名張市公式サイト:名張市議会会議録

平成19・2007年第324回(3月)定例会。

   
P.4 ◎ 市長(亀井利克)

名張まちなか再生事業につきましては、市民、行政、大学の3者が連携を行い、細川邸を改修し、まちなかの交流拠点として活用を図るとともに、江戸川乱歩生誕地碑のある桝田医院元第2病棟跡地利用に向けた取り組みや名張地区の名所を紹介する案内板設置の取り組みを進めます。

第325回(6月)定例会。

   
P.25 ◎ 市長(亀井利克)

ご質問がございましたこれまでの取り組み、また今後のスケジュールにつきましてでございますけれども、前期の取り組み状況といたしましては、平成17年度には公共下水道の一部供用開始に合わせまして、名張駅西口公衆トイレの整備、また細川邸の老朽部分の解体を行い、平成18年度には細川邸の実施設計を行い、細川邸を含めたまちなか再生事業を早期に実施することを目的としたNPO名張実行委員会などの組織づくり、また地域、大学、行政が連携した皇學館大学まちなか研究室の開設など、地域の皆様との協働によるまちづくりを進めてまいりました。
次に、今後のスケジュールでございますが、本年度においては細川邸の改修工事、枡田医院第2病棟の解体除去工事、公共サインの整備工事などを行い、平成20年度には枡田医院第2病棟の跡地整備工事、城下川周辺環境整備工事や御殿外周道整備工事などに重点的に取り組み、前期分の事業費としては5カ年でおおむね2億5,000万円を見込んでおります。

   
P.32 ◆ 議員(柳生大輔)

さて、先ほどのご答弁のように、名張の原風景とも言える当時の面影を今もなお色濃く残す初瀬街道沿いの町並みを構成する一つである細川邸の整備につきましては、名張らしさを継承、創造する町屋改修の規範として、また単に保存する視点ではなく、町屋の持つ空間を活用しつつ、積極的な情報発信が可能な交流施設として、本年度の完成を予定してると聞いておるところでございます。完成後の管理運営をどのように考えてるのか、ご説明いただきたいと存じます。

   
P.34 ◎ 市長(亀井利克)

それから、続いて細川邸の管理、あるいはまた城下川の整備についてのお尋ねがございましたが、これは担当部長の方からご答弁を申し上げたいと存じます。

   
P.36 ◎ 都市環境部長(堀永猛)

細川邸の改修工事につきましては、本年度の完成を目指しまして進めてまいりたいと考えております。
この細川邸の施設名称につきましては、当該地区はアユ漁など名張川とのかかわりの中で、古くは簗瀬と称され、また江戸時代には参宮街道の宿場として栄えました。この地の風土に由来した旧称を生かすとともに、宿場のにぎわいを再生し、人々が集う場となることを目指しまして、整備後の名称はやなせ宿と、本年6月2日に開催されました名張まちなか再生委員会の総会で決まりました。

   
P.37 ◆ 議員(柳生大輔)

細川邸につきましては、完成後やなせ宿と命名されると聞いておりますが、その由来を考えても、それにふさわしいよい名前だと思っております。このことにかかわって市長にお聞きしたいと思いますが、完成後の管理運営につきましては、ご承知のように民間でやっていくということで、すなわち公設民営ということになりますが、委員会としてもその方針で進められております。既に管理運営にかかわるNPOの立ち上げも着々と準備されつつありますが、現実の問題として、果たして継続的に経営が成り立つかということが私の一番心配をするところであります。確かに公設公営であれば、指定管理者制度の導入になると考えますし、経営面ということでもそう心配はないと考えますが、長期的に考えますと、この種のものは民間で経営するということについては、なかなか難しいのではないかと考えるところでございます。案ずるより産むがやすしという言葉もございますように、今ごろから心配することもないかもわかりませんが、実際問題実施段階に入って、継続的に経営不振に陥ったときには、やっぱり市として何か解決策を講じていただかなければならないなと思っております。今から市長にお願いをしておきたいと思いますが、このことについて市長のお考えをお伺いさせていただきたいと存じます。

   
P.42 ◆ 議員(森脇和徳)

大変な難産ではありましたが、市長初め関係各位の格別のご理解、ご尽力によってようやく細川邸が新たにやなせ宿として生まれ変わることが、先日まちなか再生委員会総会において発表をされました。旧市街地出身議員としてうれしい限りであると考えております。しかし、その総会の中で、乱歩館の整備に関して紛糾いたしましたことは周知の事実でありますし、大きく報道もされたわけであります。当然市長のマニフェストにも、乱歩館の整備はしていくと書かれておりますし、桝田医院跡もそのために寄贈を受けたのでしょうし、まして昨年の総会で整備を推進していくことが申し合わされたわけで、それというのも市長みずから生家の復元やミステリー文庫などをつくりたいという構想から発展した話であったとも記憶をしております。委員や役員からも、市長が最終的にどのように考えているのかお尋ねすべきだという意見に決着をいたしましたが、市長は乱歩館の整備に関しましてはどのようにお考えなのかをお伺いいたします。このことについては、先ほどの柳生議員のご質問に対しましてもご答弁いただきましたが、不十分なところがあろうかと思います。どうぞご答弁を下さい。

   
P.126 ◆ 議員(梶田淑子)

このことについては、名張地区の選出の柳生議員、森脇議員から非常に細部にわたって手厳しい質問をなさっていただきました。それで、そのことを踏まえて、テレビ等をごらんいただいている市民の人から、特にまちなか再生で頑張っておられる人の中から、細川邸というのは、本当に8,500万円もの公費を使ってきちっと改築をしていいものをするということで、それが来年できてやなせ宿となると。じゃあ、このやなせ宿を民に丸投げしていいものだろうか。幾ら民間でやりなさいって言われても、それ非常に重荷ですね。どうなっていくかもわからない。これから一から進めていく、旧市街地を発端にして全市的にこのことを起爆剤にして名張市を活性化さそうという大きな事業ですね。その細川邸のじゃあ維持管理費、それすらも民の力で何とかというふうになれば、到底これは本当にどうしたらいいかという不安が募って当たり前です。
………………
だから、市長のお答えの中で、あの場所は建物を建てるのにふさわしくないって言われました。しかし、その文庫とかゆかりのあるものはきちっと展示をして世に出していかんならんって、それを聞いてて、私、公園にしてしまって、どこに展示するんでしょうかねって、単純な疑問持ったんです。だから、そのことをおっしゃるならば、将来的にはどういうふうにしていくと、これ、今はこうして公園という形の中にしておくけれども、じゃあここの公園がそれにふさわしくないなら、その理由を述べて、違った方向で細川邸を利用するのか、何をするのか、何かそういう違った方向づけのこともきちっと言っていただかないと、本当に事業を進めていくプロジェクトの方にすれば、何ということかなというふうに、非常に残念がっておられました。残念と怒りとを持っておられました。これについてお答えください。

   
P.140 ◎ 都市環境部長(堀永猛)

細川邸の管理運営につきましては、先般ご回答させていただきましたとおり、NPO名張実行委員会とまちなか運営協議会が協力、連携して利活用等の協議検討を行い、指定管理者制度の導入も視野に入れながら、民の組織体に管理運営をやっていただきたいと考えておりますので、よろしくお願いしたいと思います。

以上である。やってらんねーなーまったく。
しつこくつづけるが、ただ淡々と引用するのみ。

名張市公式サイト:名張市議会会議録

平成18・2006年第320回(6月)定例会。

   
P.148 ◎ 建設部長(西出勉)

それから、工事請負費でございますが、旧細川邸改修工事及び桝田医院第2病棟の解体除去工事に7,200万円、その他事務的経費を合わせまして8,435万円となっております。

   
P.149 ◆ 議員(柳生大輔)

また、桝田医院第2病棟跡の近くにある細川邸とは性格が違いますが、同じ新町地区にあり、隣接しておりますことから、一体的に整備を進めることが望ましいと考えておりますが、そのあたりのご所見をお聞かせをいただきたいと思います。

   
P.149 ◎ 建設部長(西出勉)

◎建設部長(西出勉) それでは、細川邸と乱歩関連施設との両方の施設につきましては、相互に機能を補完しながら整備をしていきたいなと思っております。利用していただくにつきましても、一体的に歴史文化的な空間をつくっていきたいということで、名張の藤堂家邸でありますとか簗瀬水路、それから趣のありますひやわい等の空間を、こういったところを回遊していただくということを、歩いて楽しんでいただけるような整備、活用方法を検討していきたいなと思っておりますので、双方の施設につきましては、お互いに近くでもございますので、先ほど言わせていただいたように、相互の機能を補完するようなものにしていきたいなと、このように考えておるところでございます。

第322回(9月)定例会。

   
P.122 ◆ 議員(森脇和徳)

細川邸や桝田医院などのハード面での市の財産的な部分もしっかりとできてくるわけですから、行政側が思い描くベクトルをしっかりと示して、市民と向き合う姿勢をお見せ願いたいのです。

   
P.125 ◎ 市長(亀井利克)

前期事業につきましては、緊急度、事業の熟度、公共下水道や地域福祉など関連事業との整合、財政計画等の観点から検討した結果、おおむね3億円といたしました。前期の取り組み状況といたしましては、本年4月に名張駅西口公衆トイレを公共下水道の供用開始にあわせ、本市の玄関口にふさわしい公衆トイレとして整備をいたしました。本年6月にはまちなか再生事業を早期に実施することを目的としたNPO名張実行委員会が設立され、8月には地域、大学、市と連携した皇學館大学社会福祉学部の研究活動の拠点として、まちなか研究室事務室が開設する運びとなりました。さらに、細川邸や江戸川乱歩生誕地碑周辺など、歴史、文化の薫りを生かした交流拠点の整備や城下川周辺の整備、公共サインの整備などについて、地域の皆様との協働により進めております。そのほか、当該地区における集客交流の核店舗であるリバーナの開業10周年の節目に合わせ、現在改装をいただいております。また、リバーナへのアクセス道路である松崎町新町線及び本町朝日町線の整備を平成19年度の完成を目指し、事業を進めています。完成の暁にはナッキー号の運行も予定しており、まちなかへのアクセス強化を図ってまいりたいと考えております。

細川邸をめぐる世迷い言、ただ淡々と引用してみた。
何やってんだか自分でもよくわからなくなってきたのであるが、とにかくおとといのつづきである。

名張市公式サイト:名張市議会会議録

平成17・2005年第315回(3月)定例会。

   
P.277 ◆ 議員(山村博亮)

これは、中心市街地活性化事業、歴史資料館の実施計画、設計等と、このような中でいわゆるワークショップの中でもいろんなところの整備ということで言われるわけですけれども、この事業を10年間かけてすばらしい効果のある顔づくりをつくっていくというのが、市長のねらい目でもなかろうかなとこのように感じているわけでございますけれども、さしずめできる事業とできない事業とこういうところもございますし、早急にできる事業といえば、当然設計等に書かれておりますように、歴史資料館の問題があるとこのように思います。といいますのは、新町の細川邸の問題も非常に協力的でございますし、まして桝田病院の江戸川乱歩の生誕の地の裏の病室の一角を名張市に寄贈をしていただいたとこういう経緯もあります。そんな中で、うまくそれを整合しながら歴史資料館をハード事業の一つとして推進をしていただけたら非常にありがたいとこのように感じております。その点について、市長の方からの見解もお願いいたします。

P.279 ◎ 市長(亀井利克)

そのような中で、細川邸の活用、あるいはまた桝田病院さんからご寄贈いただいた第2病棟とか、この活用については大きなインパクトを与える部門であるというふうに思っているわけでございます。細川邸につきましては、歴史資料館としての活用のほかにさまざまなイベント等も今も行っていただいているわけでございますので、そういうイベント、市民の交流の施設としての活用も考えていきたいというふうに思ってございますし、また第2病棟につきましては、ご寄贈いただいた桝田さんの方からは乱歩の関連のまちづくりに役立ててほしいと、こういうことのお申し出がございますので、それに沿った整備をしていかなければならないというふうに思ってます。
………………
これは地産地消であったり、農業振興のためにもぜひ必要なものやと思っておりまして、具体的にこれから検討していくことといたしているところでございます。新町橋から鍛冶町橋の空間というのは非常に風情のある、いい空間でございます。ですので、京都の鴨川まではいきませんけども、夏は将棋なんかを並べてあそこで生ビールとか、そういうものをいただくとか、おでんとか、そんなことも計画していったらどうかと、地域の方々とそういう相談も、そしてまた細川邸と一体的に使っていくとか、そういうことも含めて検討していってはどうかというふうに思ってございます。

第318回(12月)定例会。

   
P.158 ◆ 議員(永岡禎)

少し説明させていただきますと、まず歴史拠点整備プロジェクトでは、細川邸や桝田病院第2病棟の整備方針や維持管理、運営方法等の検討が進められております。水辺拠点整備プロジェクトでは、城下川等の環境整備方針等の検討が行われております。また、交流拠点整備プロジェクトでは、名張地区に人が集まり、にぎわいや交流を生むソフトや交流イベントが検討されております。生活拠点整備プロジェクトでは、まちなか研究室の具体化活動を軸に、皇學館大学とともに連携し、取り組みがなされております。そして最後に、歩行者空間整備プロジェクトでは、皆さんもご存じだったと思いますが、10月16日、11月3日の両日、まちなかサイン案内システム社会実験の実施等を行い、アンケート等をもとに研究が進められているわけであります。各整備プロジェクトごとに、まちなか再生に向けた取り組みが、先ほど述べましたが、多くのメンバー参加の中、進められているわけであります。
………………
1点目は、歴史拠点整備プロジェクトにおける細川邸の整備であります。

   
P.163 ◎ 市長(亀井利克)

まちなか再生プラン前期に当たる平成20年度までに取り組む事業として、細川邸の活用や江戸川乱歩生誕地碑周辺整備など、歴史、文化の薫りを生かした交流拠点の整備や城下川周辺整備や名張駅西トイレ改修、公共サインの整備などを重点的に取り組んでいくため、事業費としてはおおむね3億円程度を見込んでおります。
………………
ご質問いただきました細川邸の整備につきまして、本年度は老朽部分の解体と実施計画などを行う予定であり、施設整備につきましては平成18年度を予定しております。基本的な考え方は、まちなか再生プランにありますように、既存の建物を極力生かし、市民の交流の場として利用方法を工夫し、また整備後の管理運営につきましては、そのための検討組織を設置し、公設民営として継続的かつ円滑に進めてまいりたいと考えております。

   
P.167 ◆ 議員(永岡禎)

それと、細川邸の部分についても、この部分でやっていくということですので、どれぐらいの予算を使うという部分をやはり明確に、各プロジェクトの方に説明をしていってやってほしいと思います。

「細川邸」という語が出てくる段落だけを引用しているため、前後の文脈がわからなくて意味不明、というところもあるのだが、それでもどうってことないと思う。

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