三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
いやー、なんか知らんが2ちゃんねる名張市政スレではこのところ、「行政の手駒」というフレーズがことしの流行語大賞を獲得しそうな勢いではないか。さもあろうさもあろう。人の心によほど訴えるものがあったのであろう。人が漠然と抱いていた印象に、明確な表現を与えることができたということであろう。行政の手駒、いいえて妙、と感じる人間が少なからず存在しているということであろう。そして、この名張市には行政の手駒と呼ぶべき人間が腐るほどごろっちゃらしている、ということでもあるだろう。手駒なんてのはどうせ程度の悪いものなんだから、名張市もそろそろ、名張市手駒管理委員会、なんてのをつくらねばならぬ時期かもしれんな。
それにしても、たしかに、
──市民は行政の手駒ではない」
というのは至言である。こんな至言はめったにない。しいて探せば、
──おれは藤波の噛ませ犬じゃない」
といったあたりが思い浮かぶが、近年のものから選ぶとなると、
──おまえに食わせるタンメンはねえ」
といったあたりか。
──ベンチがあほやから野球がでけへん」
なんていうのは、実感としてものすごくよく理解できる至言ではあるのだが、いまの場合はあまり関係がない。関係はないのだが、なんだかここに書きつけておきたいような気がしたので、書きつけておいた。ベンチがあほやから、というのは、ほんとになあ。
さて、きのうのつづきである。名張市は人のふんどしで相撲をとることしか考えない、という話である。名張市役所には、人をみたら手駒と思え、という合言葉がある、というのはうそであるが、とにかく、そんなことでどうする、という話である。行政の手駒に堕してしまったひとりの有能な市民が、人間としての誇りをかけて、行政のふところ深くから赤裸々な内部告発をぶちかます次第である。
11月22日のまちなかミニツアー、参加者には名張ロータリークラブ謹製「少年少女乱歩手帳」が配付されることになっている。
10月9日、なぞがたりなばりの担当セクションである名張市生活環境部まちづくり推進室で聞きおよんだところでは、名張ロータリークラブに依頼して、必要数をもらってきてあるとのことであった。当方も、ツアー参加者に「少年少女乱歩手帳」を手にしていただくべく、まちづくり推進室にその手配を要請するつもりであった。それはそれでよろしい。
よろしいのではあるけれど、これにもまあ、ちょっと驚いた。「少年少女乱歩手帳」を入手してあるのなら、案内人など必要はない。「少年少女乱歩手帳」を頼りにすれば、名張市の職員だけで、あるいは共催団体になっている乱歩蔵びらきの会のメンバーだけで、まちなかミニツアーを先導する程度のことはいくらだって可能である。事前に乱歩の「ふるさと発見記」や「生誕碑除幕式」あたりに眼を通しておけば、それで充分である。
どうして、その程度の労を惜しむのか。自分でやろうとしないのか。人をあてにするのか。他人に丸投げしたがるのか。名張市役所というところには、職員は頭をつかったり手足を動かしたり汗を流したりしてはいけません、などという内規でもあるのか。
セクションは変わっても、体質には変わりがない。話はやや横にそれるが、名張まちなか再生事業を例にあげるならば、6月17日付エントリに記したことが思い出される。
6月17日:やなせ塾は自腹となった
関連箇所を引いておく。
詐欺みたいな話である。というか、これは詐欺である。名張市の今年度予算に、「まちづくり活動推進事業」というもっともらしい事業名で、四百五十万円が計上されている。しかし、こんな事業名は、明らかな詐称である。市民を瞞着するための偽装である。事業名の四百五十万円はそのまんま、コンサルタントのふところに入ってしまうのである。
よくも懲りないものである。似たようなことは以前にもあった。名張まちなか再生事業に関連して、「名張まちづくり塾」という名目の予算が計上されていた。ちょっと調べてみたところ、まちづくり塾なんてのはまったくのうそっぱち。百五十万円の予算はそのまんま、三重大学のふところに入っていたのである。
しかも、なんの役にも立たぬ研究とやらを三重大学のインチキ研究室に依頼したのは、そこらのインチキ民間組織だったのである。その研究の対価としての百五十万円、ご親切に名張市が市民の税金で支払っていたのである。だから、住民監査請求をかまして、こんなことではいかんぞと、名張市長は名張市に百五十万円を返還しなさいと、懇切丁寧に忠告してさしあげた次第である。その忠告も、しょせん蛙のつらに小便であったということか。
いやいや、そんなことはどうでもよろしい。話がそれすぎた。今年度予算に計上された四百五十万円の話である。四百五十万円はそのまんま、上の引用にあるとおり、コンサルタントに流れてしまうのである。しかし、いくら考えたって、報告書とやらは市職員の手でまとめられるべきものである。そのための職員ではないのか。どうしてその程度の労を惜しむのか。自分でやろうとしないのか。他人に丸投げしたがるのか。
セクションは変わっても、体質には変わりがない。名張市役所というところには、職員は頭をつかったり手足を動かしたり汗を流したりしてはいけません、などという内規でもあるのか。あるとしか思えぬ。たかがまちなかミニツアー、どうして職員が案内に立とうとしないのか。あるいは、名張市といわゆる協働関係にある名張まちなか再生委員会や、はたまた乱歩蔵びらきの会、そうでなければ、まちなかの観光交流拠点に陣取って観光情報の発信とやらを手がけてくれているらしいまちなか運営協議会、そのあたりと連携しようとしないのか。なんの関係もない当方が手駒に指名されるのか。わけがわからぬ。
わけのわからぬことはまだある。わけがわからぬというより、絶句してしまうようなことがある。名張市ってのはつくづくひどいところであると、あらためて実感させられたことがある。どんなことかというと、それはまあ、黙っておくことにする。きのうの時点では、きょうの話題にするつもりであったのだが、気が変わった。ネタとして温存しておくことにする。名張市がいつまでも人のふんどしで相撲をとろうとしつづけるようであれば、その極端な一例として、いずれ披露する機会もあろう。土曜日なのにわざわざ自宅パソコンでご閲覧いただいた名張市職員のみなさんは、いささか拍子抜けといったところか。いや、すまんなどうも。
さて、きのう予測したとおり、やっぱり今週中には回答を頂戴できなかった。
上のような要請を頂戴したので、下のような要請を送信した。
この回答が、まだ頂戴できない。むろん、市長、教育長、前教育次長、このお三方に日程を調整していただくのは容易なことではないであろうし、とりたてて急ぐ必要もないのであるが、しかし、もしもこのまま、ずーっとずーっと音沙汰なし、ということになったら、さてどうなるのか。
その場合は、名張市長が当方の協力を拒んでいらっしゃる、というふうに判断するしかないであろう。どこかで聞いたせりふだが、
──現段階では乱歩にかんして外部の人間の話を聞く考えはない」
といったことででもあろうか。ならばしかたがない。協力は不要である、とおっしゃるのであれば是非もない。
したがって、せっかく白羽の矢を立てていただいたのだから、行政の手駒としてめいっぱい名張市に協力するつもりではいるのだが、名張市長からNOをつきつけられた人間が、名張市主催のまちなかミニツアーで案内役を務めるわけにはまいらぬであろう。そんなことは、世間さまだって許してくれぬことであろう。当方などいなくたって、「少年少女乱歩手帳」さえあれば、案内役などだれにだって務まるのだから、その点の心配はいらないのだが、しかし、しかしやっぱり、手駒として協力したいなあほんとに。
それにしても、たしかに、
──市民は行政の手駒ではない」
というのは至言である。こんな至言はめったにない。しいて探せば、
──おれは藤波の噛ませ犬じゃない」
といったあたりが思い浮かぶが、近年のものから選ぶとなると、
──おまえに食わせるタンメンはねえ」
といったあたりか。
──ベンチがあほやから野球がでけへん」
なんていうのは、実感としてものすごくよく理解できる至言ではあるのだが、いまの場合はあまり関係がない。関係はないのだが、なんだかここに書きつけておきたいような気がしたので、書きつけておいた。ベンチがあほやから、というのは、ほんとになあ。
さて、きのうのつづきである。名張市は人のふんどしで相撲をとることしか考えない、という話である。名張市役所には、人をみたら手駒と思え、という合言葉がある、というのはうそであるが、とにかく、そんなことでどうする、という話である。行政の手駒に堕してしまったひとりの有能な市民が、人間としての誇りをかけて、行政のふところ深くから赤裸々な内部告発をぶちかます次第である。
11月22日のまちなかミニツアー、参加者には名張ロータリークラブ謹製「少年少女乱歩手帳」が配付されることになっている。
10月9日、なぞがたりなばりの担当セクションである名張市生活環境部まちづくり推進室で聞きおよんだところでは、名張ロータリークラブに依頼して、必要数をもらってきてあるとのことであった。当方も、ツアー参加者に「少年少女乱歩手帳」を手にしていただくべく、まちづくり推進室にその手配を要請するつもりであった。それはそれでよろしい。
よろしいのではあるけれど、これにもまあ、ちょっと驚いた。「少年少女乱歩手帳」を入手してあるのなら、案内人など必要はない。「少年少女乱歩手帳」を頼りにすれば、名張市の職員だけで、あるいは共催団体になっている乱歩蔵びらきの会のメンバーだけで、まちなかミニツアーを先導する程度のことはいくらだって可能である。事前に乱歩の「ふるさと発見記」や「生誕碑除幕式」あたりに眼を通しておけば、それで充分である。
どうして、その程度の労を惜しむのか。自分でやろうとしないのか。人をあてにするのか。他人に丸投げしたがるのか。名張市役所というところには、職員は頭をつかったり手足を動かしたり汗を流したりしてはいけません、などという内規でもあるのか。
セクションは変わっても、体質には変わりがない。話はやや横にそれるが、名張まちなか再生事業を例にあげるならば、6月17日付エントリに記したことが思い出される。
6月17日:やなせ塾は自腹となった
関連箇所を引いておく。
ついでに記しておくと、まちづくり活動推進事業という名目の予算がある。四百五十万円がまちづくり活動とやらを推進するためにつかわれるのである。これはなんだ、という話になった。名称から判断すれば、年度はじめにプールしておき、まちづくりとやらのための事業に必要に応じて配分される予算、といった印象があるが、そうではないのか、と質問した。事務局すなわち名張市からは、そうではない、との説明があった。何に使用するのかは、すでに決定されているという。
となると当然、じゃあ何よ? 何につかうのよ? ということになる。事務局の説明を総合して判断すると、つまりはこういうことらしい。名張市は国土交通省にたいして、頂戴いたしましたまちづくり交付金、てまえどもの市におきましてはこのようにつかいました、ありがたくつかわさせていただきました、とても有意義につかわさせていただきましたでございます、といった報告書のようなものを提出しなければならぬらしい。で、その報告書のようなものの作成は、いわゆるコンサルタントにアウトソーシングするのだそうである。コンサルタントに報告書のようなものをつくってもらうための予算、それが四百五十万円、それがまちづくり活動推進事業、ということになっているらしい。なんかもう、あきれてものもいえんような話ではないか。 |
詐欺みたいな話である。というか、これは詐欺である。名張市の今年度予算に、「まちづくり活動推進事業」というもっともらしい事業名で、四百五十万円が計上されている。しかし、こんな事業名は、明らかな詐称である。市民を瞞着するための偽装である。事業名の四百五十万円はそのまんま、コンサルタントのふところに入ってしまうのである。
よくも懲りないものである。似たようなことは以前にもあった。名張まちなか再生事業に関連して、「名張まちづくり塾」という名目の予算が計上されていた。ちょっと調べてみたところ、まちづくり塾なんてのはまったくのうそっぱち。百五十万円の予算はそのまんま、三重大学のふところに入っていたのである。
しかも、なんの役にも立たぬ研究とやらを三重大学のインチキ研究室に依頼したのは、そこらのインチキ民間組織だったのである。その研究の対価としての百五十万円、ご親切に名張市が市民の税金で支払っていたのである。だから、住民監査請求をかまして、こんなことではいかんぞと、名張市長は名張市に百五十万円を返還しなさいと、懇切丁寧に忠告してさしあげた次第である。その忠告も、しょせん蛙のつらに小便であったということか。
いやいや、そんなことはどうでもよろしい。話がそれすぎた。今年度予算に計上された四百五十万円の話である。四百五十万円はそのまんま、上の引用にあるとおり、コンサルタントに流れてしまうのである。しかし、いくら考えたって、報告書とやらは市職員の手でまとめられるべきものである。そのための職員ではないのか。どうしてその程度の労を惜しむのか。自分でやろうとしないのか。他人に丸投げしたがるのか。
セクションは変わっても、体質には変わりがない。名張市役所というところには、職員は頭をつかったり手足を動かしたり汗を流したりしてはいけません、などという内規でもあるのか。あるとしか思えぬ。たかがまちなかミニツアー、どうして職員が案内に立とうとしないのか。あるいは、名張市といわゆる協働関係にある名張まちなか再生委員会や、はたまた乱歩蔵びらきの会、そうでなければ、まちなかの観光交流拠点に陣取って観光情報の発信とやらを手がけてくれているらしいまちなか運営協議会、そのあたりと連携しようとしないのか。なんの関係もない当方が手駒に指名されるのか。わけがわからぬ。
わけのわからぬことはまだある。わけがわからぬというより、絶句してしまうようなことがある。名張市ってのはつくづくひどいところであると、あらためて実感させられたことがある。どんなことかというと、それはまあ、黙っておくことにする。きのうの時点では、きょうの話題にするつもりであったのだが、気が変わった。ネタとして温存しておくことにする。名張市がいつまでも人のふんどしで相撲をとろうとしつづけるようであれば、その極端な一例として、いずれ披露する機会もあろう。土曜日なのにわざわざ自宅パソコンでご閲覧いただいた名張市職員のみなさんは、いささか拍子抜けといったところか。いや、すまんなどうも。
さて、きのう予測したとおり、やっぱり今週中には回答を頂戴できなかった。
このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。 今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。 平成20年10月 9日 □名張市長 亀井利克 |
上のような要請を頂戴したので、下のような要請を送信した。
ご回答ありがとうございました。せっかくの仰せですから、おことばに甘えて、「貴重なご意見・ご提案」を具申したいと思います。つきましては、そのための面談の場を設けていただきたく、ご手配をお願いいたします。面談の場には、貴職のほか、教育長と前教育次長にもご臨席たまわりますよう、勝手ながら願いあげます。面談の日時と場所のご連絡をお待ちしております。ご多用中恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
2008/10/10 |
この回答が、まだ頂戴できない。むろん、市長、教育長、前教育次長、このお三方に日程を調整していただくのは容易なことではないであろうし、とりたてて急ぐ必要もないのであるが、しかし、もしもこのまま、ずーっとずーっと音沙汰なし、ということになったら、さてどうなるのか。
その場合は、名張市長が当方の協力を拒んでいらっしゃる、というふうに判断するしかないであろう。どこかで聞いたせりふだが、
──現段階では乱歩にかんして外部の人間の話を聞く考えはない」
といったことででもあろうか。ならばしかたがない。協力は不要である、とおっしゃるのであれば是非もない。
したがって、せっかく白羽の矢を立てていただいたのだから、行政の手駒としてめいっぱい名張市に協力するつもりではいるのだが、名張市長からNOをつきつけられた人間が、名張市主催のまちなかミニツアーで案内役を務めるわけにはまいらぬであろう。そんなことは、世間さまだって許してくれぬことであろう。当方などいなくたって、「少年少女乱歩手帳」さえあれば、案内役などだれにだって務まるのだから、その点の心配はいらないのだが、しかし、しかしやっぱり、手駒として協力したいなあほんとに。
PR
今週中には回答が頂戴できると踏んでいたのだが、無理っぽいらしい。名張市公式サイト「市長への手紙」を利用して、かくのごとく依頼した件である。
名張市にとって、こんな耳よりは話はない。万障くりあわせて飛びついてきていただけるはずである。なにしろ名張市は、こんななさけない状態なのである。
ありえない話である。四十年にわたって収集してきた資料をどう活用するのか、その具体的な方針が「現在のところございません」という信じられないような状態なのである。信じられないといえば、ぬけぬけとこんな回答を表明することじたい、信じられない。名張市は無策無能無責任でございますと、ここまで堂々と発表されてしまっては、市民のひとりとしては恐れ入るしかないように思う。
恐れ入りつつ、回答をお待ちするしかないであろう。お待ちするつれづれに、まちなかミニツアーの話題をつづけることにする。きのうで終わりにしたつもりであったが、ネタならまだある。市長回答が着信するまで、名張市にとって都合の悪い話題がつづくことになるかもしれぬ。いやいや、都合が悪いといったって、名張市役所における市職員と市民とのやりとりを話題にするだけなのであるから、さほど心配していただく必要もあるまい。
10月9日木曜日、なぞがたりなばりの担当セクションである名張市生活環境部まちづくり推進室に足を運んだときのことである。人のふんどしで相撲をとることばかり考えておってはだめである、と忠告してきた。それはまあ、みずから企画したまちなかミニツアーの案内すらできず、市民を手駒あつかいしてその場をごまかそうとする自治体のことであるから、人のふんどしで相撲をとるのはあたりまえのことかもしれぬ。というより、人のふんどしで相撲をとることしかできぬのであろう。しかしそれにしても、名張市というのは、つくづくひどいところである。あらためてそう実感した。
あすにつづく。あすは土曜日だが、つづきが気になってしかたがないとおっしゃる名張市職員のみなさんは、ご自宅のパソコンでご閲覧あれ。
ご回答ありがとうございました。せっかくの仰せですから、おことばに甘えて、「貴重なご意見・ご提案」を具申したいと思います。つきましては、そのための面談の場を設けていただきたく、ご手配をお願いいたします。面談の場には、貴職のほか、教育長と前教育次長にもご臨席たまわりますよう、勝手ながら願いあげます。面談の日時と場所のご連絡をお待ちしております。ご多用中恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
2008/10/10 |
名張市にとって、こんな耳よりは話はない。万障くりあわせて飛びついてきていただけるはずである。なにしろ名張市は、こんななさけない状態なのである。
中 相作 さま
このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。 名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。 今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。 平成20年10月 9日 □名張市長 亀井利克 |
ありえない話である。四十年にわたって収集してきた資料をどう活用するのか、その具体的な方針が「現在のところございません」という信じられないような状態なのである。信じられないといえば、ぬけぬけとこんな回答を表明することじたい、信じられない。名張市は無策無能無責任でございますと、ここまで堂々と発表されてしまっては、市民のひとりとしては恐れ入るしかないように思う。
恐れ入りつつ、回答をお待ちするしかないであろう。お待ちするつれづれに、まちなかミニツアーの話題をつづけることにする。きのうで終わりにしたつもりであったが、ネタならまだある。市長回答が着信するまで、名張市にとって都合の悪い話題がつづくことになるかもしれぬ。いやいや、都合が悪いといったって、名張市役所における市職員と市民とのやりとりを話題にするだけなのであるから、さほど心配していただく必要もあるまい。
10月9日木曜日、なぞがたりなばりの担当セクションである名張市生活環境部まちづくり推進室に足を運んだときのことである。人のふんどしで相撲をとることばかり考えておってはだめである、と忠告してきた。それはまあ、みずから企画したまちなかミニツアーの案内すらできず、市民を手駒あつかいしてその場をごまかそうとする自治体のことであるから、人のふんどしで相撲をとるのはあたりまえのことかもしれぬ。というより、人のふんどしで相撲をとることしかできぬのであろう。しかしそれにしても、名張市というのは、つくづくひどいところである。あらためてそう実感した。
あすにつづく。あすは土曜日だが、つづきが気になってしかたがないとおっしゃる名張市職員のみなさんは、ご自宅のパソコンでご閲覧あれ。
さ、きょうもばんばんかましてやることにして、結局まあ、名張市には、まちなかミニツアーで名張のまちを案内することすらできない、ということなのである。ならば、いったいなにができるのか。ちゃらちゃらちゃらちゃらうわっつらだけかっこをつけて、お題目を唱えたり、看板を掲げたり、そういうことはできるらしい。できるという以上に、とっても好きであるらしい。しかし、内実がともなわない。中味のことにはまったく頭がまわらない。だから、よく笑われる。
忘れっぽい向きも多いかもしれぬから、昨年6月3日付毎日新聞のウェブニュースから引用しておく。
どこからわいて出たのかは知らぬが、乱歩文学館などという思いつきの看板を掲げる。しかし、それだけのことである。中味のことにはまるで頭がまわらない。だから、こんなぶざまな結果になって、笑われてしまう。
なにしろ、先日頂戴した市長回答がこれである。
すでに所蔵している資料の活用についてなにも考えられぬ自治体が、ごたいそうに乱歩文学館などつくってなにをするというのか。だいたいが、市役所内部で乱歩文学館とやらのことをあーでもないこーでもないとひねくり回してくださったみなさんは、そもそも乱歩作品をろくに読んだこともなく、文学館というのがいったいどんな施設なのか、それすら理解できていない連中ではなかったのか。だから、「予算の制約や、建設後の維持管理費などを考えると、市としては難しい」と金のことしかいわないのであろう。中味のことには、まったく考えがおよんでいなかったのであろう。乱歩文学館なんてものが必要なのかどうか、そんなものをつくってどう運営するのか、そういった重要な問題を検討することなどいっさいなかったのであろう。大丈夫かこら。
要するに、構図としては同一である。乱歩文学館という看板を掲げてみたのはいいけれど、なにも考えられなくてずっこける。名張市立図書館に乱歩コーナーという看板を掲げておきながら、乱歩にかんする問い合わせがあったらまともに答えることなどとてもできず、結局は当方にお鉢がまわってくる。まちなかミニツアーという看板を掲げておきながら、案内役がみつからず、自分で案内することすらできず、とどのつまりは当方の出番となってしまう。大丈夫かこら。
名張市公式サイト:第18回なぞがたりなばり開催
このページには、
「昨年のアンケートで要望のあった「まちなかミニツアー」(乱歩生誕地碑、清風亭等乱歩ゆかりの場所を訪ねる。)を実施します」
とある。つまり、まちなかミニツアーの準備期間は一年間あった、ということになる。にもかかわらず、
「案内者:未定」
とある。一年準備してまだ決まっていないことがある、と告知することが、名張市は無能であり怠慢である、という印象を与える結果になりかねない、といったことには思いがおよばぬのかな。
はたまた、告知した時点では「案内者:未定」であったのだが、その後、めでたく案内者がみつかった、となった場合、そのみつかった案内者はあまりいい印象を抱かないのではないか、といったことには思いがおよばぬのかな。
いやいや、当方はOKである。じつに協力的な人間であるから、そんなことにはまったくこだわらぬ。しかし、人によっては、案内役を頼むのなら最初から頼んでこい、と思う人間だってあるかもしれない。すなわち、最初の告知で「案内者:未定」だったということは、その時点ではわしは除外されていた、排除されていた、お呼びでなかった、というわけなのであるが、それはもう明白にそうなのであるが、しかるに、いったん除外し排除しお呼びしようとしなかった人間であるわしに対して、どんな事情があるのかは知らねども、急にてのひらを返して案内役を依頼してくるというのはどういうことか、どういう了見か、人をなんだと思うておるのか、お役所の勝手な都合で無視されたり担ぎあげられたり、わしがそんなことに振りまわされて喜ぶ人間だと思うておるのか、わしの身につけている知識や能力に敬意を払うこともせず、しかしその知識や能力を手前勝手に利用するだけ利用してやろうというのか、だれがそんな案内役なんぞ頼まれてやるものか、自分でやれ自分で、自分が掲げた看板の尻ぬぐいは自分でやらぬか、と考えてしまう人間もいるかもしれない、といったことには思いがおよばぬのかな。
はっきりいっておこう。これは別に、なぞがたりなばり関係スタッフ各位に、ということではない。名張市役所のみなさんに、このさいだから、はっきりといっておく。
市民は行政の手駒ではない。
こんなあたりまえのことを、どうしてわざわざ声を大にしていわなければならんのか。それはもちろん、行政の手駒になって大喜びする市民だってあるだろう。そんな手合いは、そこらの区長会だのなんとか協議会だのかんとか委員会だの、そのあたりには少なからずいることであろう。市議会にだって、ごろごろしておるはずである。行政の手駒となることで名誉欲だの金銭欲だのといったつまらぬ私利私欲を満足させ、そのことで行政を思いきり堕落させている人間は、この名張市には掃いて捨てるほど存在しているのかもしれない。しかし、だからといって、あーこれこれ名張市役所のみなさんや、思いあがってはいけない。市民は行政の手駒ではない。このことを、きっちり肝に銘じていただかなければならない。
そういえば、2ちゃんねる名張市政スレの投稿によれば、きょう16日、津地方裁判所で、名張市のいわゆるごみ問題にかんする口頭弁論がおこなわれるという。
三重県名張市の市政について語りませんか?:834
これだって結局、根っこのところには、市民は行政の手駒ではない、という問題があるのではないか。名張市が市民を手駒にしようとしている、ということではないのか。それが市民を怒らせている、ということではないのか。市民は、行政が意のままに動かせる手駒ではない。そんなあたりまえのことが、名張市にはよく認識できていない、ということがあるのではないか。
三重県名張市の市政について語りませんか?:814-819
このあたりのレスを読むと、むろん2ちゃんねるの匿名投稿であるから、すべてまるごと鵜呑みにはできぬであろうが、名張市が市民を手駒あつかいしているという事実が、ある程度の明晰さでみえてくるように思える。勝手なお題目を掲げ、しかし、お題目の根拠を示すことはなにもできず、レス番815の表現を借りるなら「誠意を示すこともなく、知恵を絞ることもせず」、そのくせ、市民をそれこそ駒のように思いどおり裏返したりまた表を向けたりすることができると勘違いして、レス番818の表現を借りるなら「市民は敵、市民はアホ、市民は盲目、市民は従順と勘違い」したあげく、結局は身動きできなくなってしまった。それが名張市なのではないか。
話が横道にそれてしまった。まちなかミニツアーの話題である。しかしまあ、なにしろ名張市のやってることなのであるから、まるで金太郎飴であるかのごとく、どこを切ったって同質のものが顔を出すのは無理からぬことなのであろう。ただの思いつきで勝手な看板を掲げ、どうにも身動きできなくなって、結局は市民を手駒あつかいして、その市民に案内役を丸投げする、といったことがげんにおこなわれているのであるが、当方はきわめて協力的な人間であるのだから、その点、名張市はじつにラッキーだったというしかあるまい。よかったなあ名張市。おまえら、にっぽんいちのしあわせものだぞ。
さて、そんなこんなの当方が僭越ながら案内役をつとめるまちなかミニツアーは、11月22日の開催である。お誘いあわせてお運びをいただきたいのであるけれど、しかしあれだなあ、こんなこと書いてしまったら、案内役は別の人にお願いいたしましたので、となぞがたりなばりの担当セクションである名張市生活環境部まちづくり推進室から電話がかかってくるかもしれんなあ。そうなったらそうなったで、それはしかたないことではあるだろうなあ。しかしまあ、そうなったらそうなったで、やっぱり大騒ぎにはなるだろうなあ。というか、大騒ぎしてしまうだろうなあ。ほんと、ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ、大騒ぎがしてみたいなあ。
忘れっぽい向きも多いかもしれぬから、昨年6月3日付毎日新聞のウェブニュースから引用しておく。
名張まちなか再生委:総会で乱歩施設巡り紛糾 事業計画案、承認先送り /三重
□官民一体で名張市の活性化推進を目指す「名張まちなか再生委員会」(田畑純也委員長)の07年度総会が2日、同市役所で開かれ、関係者約50人が出席した。市財源での実現が困難とされる江戸川乱歩顕彰施設の整備計画を巡り議論がまとまらず、今年度の事業計画案は、同事業を除いて承認される異例の事態となった。【傳田賢史】 □冒頭、来賓として出席した亀井利克市長が「全国に例のない試み。住民が支えあう、まちなか再生を成功させたい」と力説した。その後、今年度役員の改選や、施設整備後の管理運営に当たる「まちなか運営協議会」設置が承認された。 □続いて、事業計画案の検討に入った。乱歩関連施設整備事業で、生誕地の「旧桝田医院第2病棟」(同市本町)の解体工事費などに計950万円が計上された計画案に対し、出席者から「昨年度の計画案では乱歩文学館の整備が明記され、総会で承認もされた。変更に関し、なぜ何の情報もないのか」「市長が『乱歩』をどうしたいのかが見えてこない」などと不満の声が相次ぎ、承認が先送りされた。 □総会後、同市の荒木雅夫・まちなか再生担当監は「予算の制約や、建設後の維持管理費などを考えると、市としては難しい」と話した。 |
どこからわいて出たのかは知らぬが、乱歩文学館などという思いつきの看板を掲げる。しかし、それだけのことである。中味のことにはまるで頭がまわらない。だから、こんなぶざまな結果になって、笑われてしまう。
なにしろ、先日頂戴した市長回答がこれである。
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。
|
すでに所蔵している資料の活用についてなにも考えられぬ自治体が、ごたいそうに乱歩文学館などつくってなにをするというのか。だいたいが、市役所内部で乱歩文学館とやらのことをあーでもないこーでもないとひねくり回してくださったみなさんは、そもそも乱歩作品をろくに読んだこともなく、文学館というのがいったいどんな施設なのか、それすら理解できていない連中ではなかったのか。だから、「予算の制約や、建設後の維持管理費などを考えると、市としては難しい」と金のことしかいわないのであろう。中味のことには、まったく考えがおよんでいなかったのであろう。乱歩文学館なんてものが必要なのかどうか、そんなものをつくってどう運営するのか、そういった重要な問題を検討することなどいっさいなかったのであろう。大丈夫かこら。
要するに、構図としては同一である。乱歩文学館という看板を掲げてみたのはいいけれど、なにも考えられなくてずっこける。名張市立図書館に乱歩コーナーという看板を掲げておきながら、乱歩にかんする問い合わせがあったらまともに答えることなどとてもできず、結局は当方にお鉢がまわってくる。まちなかミニツアーという看板を掲げておきながら、案内役がみつからず、自分で案内することすらできず、とどのつまりは当方の出番となってしまう。大丈夫かこら。
名張市公式サイト:第18回なぞがたりなばり開催
このページには、
「昨年のアンケートで要望のあった「まちなかミニツアー」(乱歩生誕地碑、清風亭等乱歩ゆかりの場所を訪ねる。)を実施します」
とある。つまり、まちなかミニツアーの準備期間は一年間あった、ということになる。にもかかわらず、
「案内者:未定」
とある。一年準備してまだ決まっていないことがある、と告知することが、名張市は無能であり怠慢である、という印象を与える結果になりかねない、といったことには思いがおよばぬのかな。
はたまた、告知した時点では「案内者:未定」であったのだが、その後、めでたく案内者がみつかった、となった場合、そのみつかった案内者はあまりいい印象を抱かないのではないか、といったことには思いがおよばぬのかな。
いやいや、当方はOKである。じつに協力的な人間であるから、そんなことにはまったくこだわらぬ。しかし、人によっては、案内役を頼むのなら最初から頼んでこい、と思う人間だってあるかもしれない。すなわち、最初の告知で「案内者:未定」だったということは、その時点ではわしは除外されていた、排除されていた、お呼びでなかった、というわけなのであるが、それはもう明白にそうなのであるが、しかるに、いったん除外し排除しお呼びしようとしなかった人間であるわしに対して、どんな事情があるのかは知らねども、急にてのひらを返して案内役を依頼してくるというのはどういうことか、どういう了見か、人をなんだと思うておるのか、お役所の勝手な都合で無視されたり担ぎあげられたり、わしがそんなことに振りまわされて喜ぶ人間だと思うておるのか、わしの身につけている知識や能力に敬意を払うこともせず、しかしその知識や能力を手前勝手に利用するだけ利用してやろうというのか、だれがそんな案内役なんぞ頼まれてやるものか、自分でやれ自分で、自分が掲げた看板の尻ぬぐいは自分でやらぬか、と考えてしまう人間もいるかもしれない、といったことには思いがおよばぬのかな。
はっきりいっておこう。これは別に、なぞがたりなばり関係スタッフ各位に、ということではない。名張市役所のみなさんに、このさいだから、はっきりといっておく。
市民は行政の手駒ではない。
こんなあたりまえのことを、どうしてわざわざ声を大にしていわなければならんのか。それはもちろん、行政の手駒になって大喜びする市民だってあるだろう。そんな手合いは、そこらの区長会だのなんとか協議会だのかんとか委員会だの、そのあたりには少なからずいることであろう。市議会にだって、ごろごろしておるはずである。行政の手駒となることで名誉欲だの金銭欲だのといったつまらぬ私利私欲を満足させ、そのことで行政を思いきり堕落させている人間は、この名張市には掃いて捨てるほど存在しているのかもしれない。しかし、だからといって、あーこれこれ名張市役所のみなさんや、思いあがってはいけない。市民は行政の手駒ではない。このことを、きっちり肝に銘じていただかなければならない。
そういえば、2ちゃんねる名張市政スレの投稿によれば、きょう16日、津地方裁判所で、名張市のいわゆるごみ問題にかんする口頭弁論がおこなわれるという。
三重県名張市の市政について語りませんか?:834
これだって結局、根っこのところには、市民は行政の手駒ではない、という問題があるのではないか。名張市が市民を手駒にしようとしている、ということではないのか。それが市民を怒らせている、ということではないのか。市民は、行政が意のままに動かせる手駒ではない。そんなあたりまえのことが、名張市にはよく認識できていない、ということがあるのではないか。
三重県名張市の市政について語りませんか?:814-819
このあたりのレスを読むと、むろん2ちゃんねるの匿名投稿であるから、すべてまるごと鵜呑みにはできぬであろうが、名張市が市民を手駒あつかいしているという事実が、ある程度の明晰さでみえてくるように思える。勝手なお題目を掲げ、しかし、お題目の根拠を示すことはなにもできず、レス番815の表現を借りるなら「誠意を示すこともなく、知恵を絞ることもせず」、そのくせ、市民をそれこそ駒のように思いどおり裏返したりまた表を向けたりすることができると勘違いして、レス番818の表現を借りるなら「市民は敵、市民はアホ、市民は盲目、市民は従順と勘違い」したあげく、結局は身動きできなくなってしまった。それが名張市なのではないか。
話が横道にそれてしまった。まちなかミニツアーの話題である。しかしまあ、なにしろ名張市のやってることなのであるから、まるで金太郎飴であるかのごとく、どこを切ったって同質のものが顔を出すのは無理からぬことなのであろう。ただの思いつきで勝手な看板を掲げ、どうにも身動きできなくなって、結局は市民を手駒あつかいして、その市民に案内役を丸投げする、といったことがげんにおこなわれているのであるが、当方はきわめて協力的な人間であるのだから、その点、名張市はじつにラッキーだったというしかあるまい。よかったなあ名張市。おまえら、にっぽんいちのしあわせものだぞ。
さて、そんなこんなの当方が僭越ながら案内役をつとめるまちなかミニツアーは、11月22日の開催である。お誘いあわせてお運びをいただきたいのであるけれど、しかしあれだなあ、こんなこと書いてしまったら、案内役は別の人にお願いいたしましたので、となぞがたりなばりの担当セクションである名張市生活環境部まちづくり推進室から電話がかかってくるかもしれんなあ。そうなったらそうなったで、それはしかたないことではあるだろうなあ。しかしまあ、そうなったらそうなったで、やっぱり大騒ぎにはなるだろうなあ。というか、大騒ぎしてしまうだろうなあ。ほんと、ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ、大騒ぎがしてみたいなあ。
きのうのつづき。本日も、この話題である。
名張市公式サイト:第18回なぞがたりなばり開催
まちなかミニツアーのコースは、なぞがたりなばりの担当セクションである名張市生活環境部まちづくり推進室の手でまとめられていた。みてみると、名張市立図書館がコースに入っていない。いたしかたのないところであろう。名張のまちなかを散策する動線から、市立図書館はやや離れている。距離的に離れているだけでなく、高低差もある。だから、一日がかりの散策ならばともかく、二時間たらずのミニツアーからはずされるのはしかたあるまい。
念のために、名張ロータリークラブ謹製「少年少女乱歩手帳」の地図を引用して、位置関係を確認しておく。
赤の丸囲み数字で示したのが、乱歩ゆかりのスポット。東のはずれにぽつんとあるのが、市立図書館。遠いから行かない、ということになるのは無理もないのだが、しかし、名張市民はともかくとして、わざわざ遠方から乱歩の生まれたまちを訪ねてくれた参加者には、やはり市立図書館の乱歩コーナーをご覧いただくべきなのである。というか、はずせるわけがないのである。
そこで、まちづくり推進室に特段の配慮をお願いして、市立図書館をまちなかミニツアーのコースに組み入れてもらった。移動時間の短縮を図るため、名張市のマイクロバスを利用することにしてもらった。集合場所の名張駅からマイクロバスで市立図書館におもむき、ついでだから宇流富志禰神社と名張藤堂家邸跡もバスの窓からながめて、そのあとが徒歩によるツアーとなる。たいそうといえばたいそうな話だが、乱歩の生まれ故郷を訪ねてくださったみなさんに、これくらいのサービスを提供するのは当然のことであろう。
こんなたいそうなことをしなければならぬのも、やなせ宿を整備するにあたって、乱歩と関連づけることを怠ってしまったからである。乱歩の生まれた新町にハコモノを整備するというのだから、これは絶好のチャンスであった。平尾山のてっぺんにある市立図書館まで足を運ばなくても、新町に行きさえすれば乱歩関連の展示品を見ることができるという、あたりまえといえばあたりまえの話を実現するチャンスであった。
いまさらこんな愚痴を並べても意味はないが、名張まちなか再生プランがもう少しまともであれば、ということは、名張のまちのことや乱歩のことを真剣に考えられるだけの知識と見識をもったメンバーによってプランがまとめられていたら、こんなことにはなっておらなんだのである。
いやいや、プランの素案が発表された段階で、こちらはそれに対するパブリックコメントを提出し、細川邸を乱歩と関連づけることを提案したのである。その時点で、当方の指摘を受けて名張市があたりまえのことに気がついておったなら、こんなことにはなっておらなんだのである。
いやいや、乱歩と関連づける、という話もないではなかったようなのだが、いつのまにか立ち消えになってしまった。忘れっぽい向きも多いかもしれぬから、今年2月6日付毎日新聞のウェブニュースから引用しておく。
その川蔵は、いつのまにか、FMなばりのスタジオということになってしまっている。なんでそんなことになったのか、経緯は毛筋ほども明らかにされていない。観光交流施設として整備されたやなせ宿に、どうしてFM局のスタジオが必要なのか、と首をかしげる市民もげんに存在しているのだが、やなせ宿が観光交流施設だと思い込んでいるかぎり、そうした不審は消えないはずである。
しかし、実際には、やなせ宿は無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館with小判鮫なのである。したがって、日銭を稼ぐためにFM局を相手に貸し館事業をおこなっているのだと考えれば、ある程度の得心は行くであろう。むろん、そう考えてみたところで、釈然としないものは残るのだが、まあもういまさら、そんなことはどうだっていいや、という気がする。
とにかくもう、どうだっていいや、という感じなので、11月22日のまちなかミニツアーは、やなせ宿には立ち寄らない。完全にスルーする。これは当方の意向ではなく、まちづくり推進室のプランがそうなっている。じつにおかしな話である。まちなか再生の拠点として整備された観光交流施設という名目のやなせ宿を、まちなかミニツアーは素通りしてしまうのである。そのかわり、わざわざマイクロバスに乗って、市立図書館まで足を運ぶのである。
まともな話ではない。要するに、名張市が名張市を否定している、ということである。名張市の手がけるまちなかミニツアーという事業が、名張市の手がけたやなせ宿の整備事業を、完全に否定している。やなせ宿の整備が明らかに失敗であったという事実が、ここに明々白々と示されているのである。名張市のやることには整合性などみじんもなく、そこらじゅうに矛盾撞着が露出している、というわけなのである。
しかし、ご心配なく。いくらなんでもやなせ宿を素通りしてしまっては、愛想というものがなさすぎる。だから、まちづくり推進室に特段の配慮をお願いして、ミニツアーではあの無駄に立派な公衆便所を見学し、使用したい人には心ゆくまで便所を使用していただく、ということにしてもらった。小でも大でも出し放題。心づくしの特別サービスである。どうぞお気軽にご参加を。
名張市公式サイト:第18回なぞがたりなばり開催
まちなかミニツアーのコースは、なぞがたりなばりの担当セクションである名張市生活環境部まちづくり推進室の手でまとめられていた。みてみると、名張市立図書館がコースに入っていない。いたしかたのないところであろう。名張のまちなかを散策する動線から、市立図書館はやや離れている。距離的に離れているだけでなく、高低差もある。だから、一日がかりの散策ならばともかく、二時間たらずのミニツアーからはずされるのはしかたあるまい。
念のために、名張ロータリークラブ謹製「少年少女乱歩手帳」の地図を引用して、位置関係を確認しておく。
赤の丸囲み数字で示したのが、乱歩ゆかりのスポット。東のはずれにぽつんとあるのが、市立図書館。遠いから行かない、ということになるのは無理もないのだが、しかし、名張市民はともかくとして、わざわざ遠方から乱歩の生まれたまちを訪ねてくれた参加者には、やはり市立図書館の乱歩コーナーをご覧いただくべきなのである。というか、はずせるわけがないのである。
そこで、まちづくり推進室に特段の配慮をお願いして、市立図書館をまちなかミニツアーのコースに組み入れてもらった。移動時間の短縮を図るため、名張市のマイクロバスを利用することにしてもらった。集合場所の名張駅からマイクロバスで市立図書館におもむき、ついでだから宇流富志禰神社と名張藤堂家邸跡もバスの窓からながめて、そのあとが徒歩によるツアーとなる。たいそうといえばたいそうな話だが、乱歩の生まれ故郷を訪ねてくださったみなさんに、これくらいのサービスを提供するのは当然のことであろう。
こんなたいそうなことをしなければならぬのも、やなせ宿を整備するにあたって、乱歩と関連づけることを怠ってしまったからである。乱歩の生まれた新町にハコモノを整備するというのだから、これは絶好のチャンスであった。平尾山のてっぺんにある市立図書館まで足を運ばなくても、新町に行きさえすれば乱歩関連の展示品を見ることができるという、あたりまえといえばあたりまえの話を実現するチャンスであった。
いまさらこんな愚痴を並べても意味はないが、名張まちなか再生プランがもう少しまともであれば、ということは、名張のまちのことや乱歩のことを真剣に考えられるだけの知識と見識をもったメンバーによってプランがまとめられていたら、こんなことにはなっておらなんだのである。
いやいや、プランの素案が発表された段階で、こちらはそれに対するパブリックコメントを提出し、細川邸を乱歩と関連づけることを提案したのである。その時点で、当方の指摘を受けて名張市があたりまえのことに気がついておったなら、こんなことにはなっておらなんだのである。
いやいや、乱歩と関連づける、という話もないではなかったようなのだが、いつのまにか立ち消えになってしまった。忘れっぽい向きも多いかもしれぬから、今年2月6日付毎日新聞のウェブニュースから引用しておく。
やなせ宿:旧細川邸改修概要 観光情報発信や交流スペース設置--名張 /三重
□名張市は、今年6月のオープンを目指し、改修工事を進めている旧細川邸「やなせ宿」(同市新町)の施設概要を明らかにした。観光情報の発信や交流スペースを設置するとしている。しかし一部施設の利用法は未定で、今後、市民らで作る委員会で協議を続ける。 □〔略〕 □一方、川蔵は同市出身のミステリー作家、江戸川乱歩に関連する施設にすることなどが検討されていたが、現在具体的な活用法は未定。再生委員会での協議が続いており、市は「遅くても3月には利用法を決めたい」と話している。【金森崇之】 |
その川蔵は、いつのまにか、FMなばりのスタジオということになってしまっている。なんでそんなことになったのか、経緯は毛筋ほども明らかにされていない。観光交流施設として整備されたやなせ宿に、どうしてFM局のスタジオが必要なのか、と首をかしげる市民もげんに存在しているのだが、やなせ宿が観光交流施設だと思い込んでいるかぎり、そうした不審は消えないはずである。
しかし、実際には、やなせ宿は無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館with小判鮫なのである。したがって、日銭を稼ぐためにFM局を相手に貸し館事業をおこなっているのだと考えれば、ある程度の得心は行くであろう。むろん、そう考えてみたところで、釈然としないものは残るのだが、まあもういまさら、そんなことはどうだっていいや、という気がする。
とにかくもう、どうだっていいや、という感じなので、11月22日のまちなかミニツアーは、やなせ宿には立ち寄らない。完全にスルーする。これは当方の意向ではなく、まちづくり推進室のプランがそうなっている。じつにおかしな話である。まちなか再生の拠点として整備された観光交流施設という名目のやなせ宿を、まちなかミニツアーは素通りしてしまうのである。そのかわり、わざわざマイクロバスに乗って、市立図書館まで足を運ぶのである。
まともな話ではない。要するに、名張市が名張市を否定している、ということである。名張市の手がけるまちなかミニツアーという事業が、名張市の手がけたやなせ宿の整備事業を、完全に否定している。やなせ宿の整備が明らかに失敗であったという事実が、ここに明々白々と示されているのである。名張市のやることには整合性などみじんもなく、そこらじゅうに矛盾撞着が露出している、というわけなのである。
しかし、ご心配なく。いくらなんでもやなせ宿を素通りしてしまっては、愛想というものがなさすぎる。だから、まちづくり推進室に特段の配慮をお願いして、ミニツアーではあの無駄に立派な公衆便所を見学し、使用したい人には心ゆくまで便所を使用していただく、ということにしてもらった。小でも大でも出し放題。心づくしの特別サービスである。どうぞお気軽にご参加を。
連休が明けた。いくらなんでも今週中には、名張市長から回答を頂戴できるであろうと思う。下記の要請に対する回答である。
当方、きわめて協力的な人間である。したがって、たとえメールで寄せられたものではあっても、名張市長からじきじきに、「貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします」との要請を頂戴したのであるから、市民のひとりとして、知らん顔などできない。できるものではない。誠心誠意、意見提案を具申して、力のかぎり協力にこれ努める所存である。市長、教育長、前教育次長、このお三方から拝眉の機を頂戴するのは、いったいいつのことになるのかな。
当方、なにしろ協力的なのである。もちろん、てんで筋の通らない話であるとか、ジャスティスやフェアネスのかけらもない話であるとか、そういうたぐいには協力できない。あたりまえのことである。しかし、そうでなければ、協力を惜しむものではけっしてない。早い話、今般、名張市が主催するミステリ講演会に協力する運びとなった。ばんばん協力してやる。
講演会は、11月22日の午後1時から名張市総合福祉センターふれあいで開かれる。講師は芦辺拓さん。午前中には、名張まちなかの乱歩ゆかりの地を訪ねるミニツアーも開催される。
名張市公式サイト:第18回なぞがたりなばり開催
当方のウェブサイトで9月28日、さっそく宣伝に努めたのだが、ミニツアーの案内人が「未定」となっているので、ちょっとおちょくっておいた。
ここまでおちょくってやったのだから、ふつうなら、当方に案内役がまわってくるはずはない。ところが、まわってきた。10月8日に電話がかかってきて、翌9日木曜日、なぞがたりなばりの担当セクションである名張市生活環境部まちづくり推進室に足を運んだところ、まちなかミニツアーの案内人をやってくれと頼まれた。むろん、上に引いた9月28日付の文章も織り込み済みの話であった。当方なにしろ協力的な人間だから、快く承諾した。
しかし、大丈夫か、と思わぬでもない。当方が名張のまちなかを案内しながらいろいろ口走るとしたら、口走る内容の半分がたは市政批判になってしまうのではないか。いやいや、むろん当方とて、市政批判のために案内をするわけではない。そんなつもりはさらさらないのだが、過去の実績というやつがある。
近い例としては、無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館を知の殿堂に生まれ変わらせるやなせ宿連続講座やなせ塾があげられよう。あの二回の講座では、市政批判もかなり口走ったような記憶がある。その市政批判がまた、ものすごく受けた、という記憶もある。
そういえば、11月の15日、東京の日本推理作家協会事務局で開かれる土曜サロンという催しに招かれている。ゲストとして、なにかしゃべらなければならない。テーマは「江戸川乱歩と津藩藤堂家」ということにしているのだが、ここでもたぶん、名張市政に対する批判が飛び出してしまうような気がする。むろん、そんなつもりはさらさらないのだが、飛び出してしまうものはしかたがないという気がする。
だからなあ、11月の22日、ということはたぶん寒々しい一日になるものと予想されるのだが、そんな日に、あの荒廃感たっぷりの桝田医院第二病棟跡地に立ち、幼稚園児が切り貼りしたような江戸川乱歩生誕地碑広場案内板を目にしたら、当方がいくら冷静沈着温厚篤実な人間であっても、堰を切ったように市政批判をわめきたててしまうことになるかもしれんなあ。えらいことになるかもしれんなあ。しかしまあ、そんなことは百も承知の織り込み済みで案内役を依頼してきてくれたんだから、ここはとりあえず、名張市の勇気をほめたたえておかなければならんだろうなあ。あっぱれあっぱれ。
さらに、おちょくりをつづける。それにしても、これはいったいなにごとであるのか。どうして当方に、案内役など要請してくるのか。むろん、ウェブサイトにも記したとおり、当方ほど案内役にふさわしい人間はおらん。それはたしかである。しかし、たかが名張のまちを案内するだけの話ではないか。その程度のことを、名張市という自治体はどうして、自前で片づけようとしないのか。
似たような催しは、以前にもあった。六年前、平成14・2002年のことである。ポスターのデータが残っているので、掲げておく。
案内されている催しのうち、「乱歩ひやわい散歩」というのが、今回のミニツアーとおなじ趣向のものである。どんな内容であったのかは、よく知らない。同行したわけではないからである。たしか、桝田医院前の新町通りに立つ乱歩の写真が『わが夢と真実』という本に収録されているのだが、そのおなじ場所で、おなじ構図で記念写真を撮影する、という企画が盛り込まれていたように思う。ただし、同行したわけではないから断言はできない。
つまり、そんな程度のことでいいのである。六年前の乱歩ひやわい散歩にしろ、ことしのまちなかミニツアーにしろ、当方が同行するまでもないことなのである。名張のまちを歩き、乱歩ゆかりの場所を案内するなどというのは、いとも簡単なことである。そんなことくらい、名張市が自前でできなくてどうする、という話なのである。げんに六年前の乱歩ひやわい散歩では、当方の出番などなかったのである。六年前にできたことが、いまなぜできぬのか。この六年間で、名張市はどうなってしまったというのか。
かりに名張市が、名張のまちを案内するというただそれだけのことさえできない自治体になってしまったのだとしても、名張市名物の官民協働はどうした。たとえば、名張まちなか再生委員会があるではないか。あの委員会には歩行者空間整備プロジェクトというのがあって、江戸川乱歩生誕地碑広場をはじめとして、まちなかの四か所に八百万円ほどかけて案内板を設置してくれたのである。ならば、そのプロジェクトのチーフあたりが、まちなかミニツアーの案内にお立ちになればいいのではないか。というか、立つべきである。そんなこともできなくて、なにが歩行者空間整備プロジェクトか、なにが名張まちなか再生委員会か、なにが協働か。
名張まちなか再生委員会は無理だとしても、名張市公式サイトのなぞがたりなばりのページには、「主催:名張市 共催:乱歩蔵びらきの会 協賛:社団法人日本推理作家協会」と書いてあるのだから、乱歩蔵びらきの会はどうした、という話になる。当然、そんな話になる。名張のまちを乱歩がらみで案内することもできない組織が、ごたいそうに乱歩の看板をかかげて活動しているのか、という話になる。というか、乱歩蔵びらきの会は、すでに活動を停止しているのではなかったのか。ことしはたぶん、総会も開催してないはずである。だから、こんなところに名前が出ているのを見て、ちょっとびっくりしたというのが正直なところである。
ともあれ、まちなかミニツアーがオプションでついている第十八回なぞがたりなばり、お申し込みはお早めにどうぞ。それはそれとして、おちょくりはあすもつづける。
ご回答ありがとうございました。せっかくの仰せですから、おことばに甘えて、「貴重なご意見・ご提案」を具申したいと思います。つきましては、そのための面談の場を設けていただきたく、ご手配をお願いいたします。面談の場には、貴職のほか、教育長と前教育次長にもご臨席たまわりますよう、勝手ながら願いあげます。面談の日時と場所のご連絡をお待ちしております。ご多用中恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
2008/10/10 |
当方、きわめて協力的な人間である。したがって、たとえメールで寄せられたものではあっても、名張市長からじきじきに、「貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします」との要請を頂戴したのであるから、市民のひとりとして、知らん顔などできない。できるものではない。誠心誠意、意見提案を具申して、力のかぎり協力にこれ努める所存である。市長、教育長、前教育次長、このお三方から拝眉の機を頂戴するのは、いったいいつのことになるのかな。
当方、なにしろ協力的なのである。もちろん、てんで筋の通らない話であるとか、ジャスティスやフェアネスのかけらもない話であるとか、そういうたぐいには協力できない。あたりまえのことである。しかし、そうでなければ、協力を惜しむものではけっしてない。早い話、今般、名張市が主催するミステリ講演会に協力する運びとなった。ばんばん協力してやる。
講演会は、11月22日の午後1時から名張市総合福祉センターふれあいで開かれる。講師は芦辺拓さん。午前中には、名張まちなかの乱歩ゆかりの地を訪ねるミニツアーも開催される。
名張市公式サイト:第18回なぞがたりなばり開催
当方のウェブサイトで9月28日、さっそく宣伝に努めたのだが、ミニツアーの案内人が「未定」となっているので、ちょっとおちょくっておいた。
□ここで名張市が日本推理作家協会の協力を得て毎年開催しているミステリ講演会「なぞがたりなばり」のお知らせです。11月22日土曜日、名張市総合福祉センターふれあいで第十八回が催されます。講師は芦辺拓さん。テーマは「〈乱歩〉を生きた男──戦略的な、あまりに戦略的な」。タイトルから察しますに、最初から最後までずっと乱歩のことが語られる本格的な作家論になるのではないでしょうか。詳細は名張市オフィシャルサイトの「第18回なぞがたりなばり開催」でどうぞ。入場券はきょう発売開始です。
□11月22日の午前中には名張のまちで乱歩ゆかりの地をめぐる「まちなかミニツアー」も企画されておりますので、こちらにもお気軽にご参加ください。ツアーの案内役は未定とのことですが、名張市には私に案内役を依頼するような勇気はとてもないということでしょうか、全然お声がかかりません。はっはっは。案内役としてこれほど適任な人間もおらんのだが、そうかそうか、恐ろしくてとても依頼などできんのか。はっはっは。 |
ここまでおちょくってやったのだから、ふつうなら、当方に案内役がまわってくるはずはない。ところが、まわってきた。10月8日に電話がかかってきて、翌9日木曜日、なぞがたりなばりの担当セクションである名張市生活環境部まちづくり推進室に足を運んだところ、まちなかミニツアーの案内人をやってくれと頼まれた。むろん、上に引いた9月28日付の文章も織り込み済みの話であった。当方なにしろ協力的な人間だから、快く承諾した。
しかし、大丈夫か、と思わぬでもない。当方が名張のまちなかを案内しながらいろいろ口走るとしたら、口走る内容の半分がたは市政批判になってしまうのではないか。いやいや、むろん当方とて、市政批判のために案内をするわけではない。そんなつもりはさらさらないのだが、過去の実績というやつがある。
近い例としては、無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館を知の殿堂に生まれ変わらせるやなせ宿連続講座やなせ塾があげられよう。あの二回の講座では、市政批判もかなり口走ったような記憶がある。その市政批判がまた、ものすごく受けた、という記憶もある。
そういえば、11月の15日、東京の日本推理作家協会事務局で開かれる土曜サロンという催しに招かれている。ゲストとして、なにかしゃべらなければならない。テーマは「江戸川乱歩と津藩藤堂家」ということにしているのだが、ここでもたぶん、名張市政に対する批判が飛び出してしまうような気がする。むろん、そんなつもりはさらさらないのだが、飛び出してしまうものはしかたがないという気がする。
だからなあ、11月の22日、ということはたぶん寒々しい一日になるものと予想されるのだが、そんな日に、あの荒廃感たっぷりの桝田医院第二病棟跡地に立ち、幼稚園児が切り貼りしたような江戸川乱歩生誕地碑広場案内板を目にしたら、当方がいくら冷静沈着温厚篤実な人間であっても、堰を切ったように市政批判をわめきたててしまうことになるかもしれんなあ。えらいことになるかもしれんなあ。しかしまあ、そんなことは百も承知の織り込み済みで案内役を依頼してきてくれたんだから、ここはとりあえず、名張市の勇気をほめたたえておかなければならんだろうなあ。あっぱれあっぱれ。
さらに、おちょくりをつづける。それにしても、これはいったいなにごとであるのか。どうして当方に、案内役など要請してくるのか。むろん、ウェブサイトにも記したとおり、当方ほど案内役にふさわしい人間はおらん。それはたしかである。しかし、たかが名張のまちを案内するだけの話ではないか。その程度のことを、名張市という自治体はどうして、自前で片づけようとしないのか。
似たような催しは、以前にもあった。六年前、平成14・2002年のことである。ポスターのデータが残っているので、掲げておく。
案内されている催しのうち、「乱歩ひやわい散歩」というのが、今回のミニツアーとおなじ趣向のものである。どんな内容であったのかは、よく知らない。同行したわけではないからである。たしか、桝田医院前の新町通りに立つ乱歩の写真が『わが夢と真実』という本に収録されているのだが、そのおなじ場所で、おなじ構図で記念写真を撮影する、という企画が盛り込まれていたように思う。ただし、同行したわけではないから断言はできない。
つまり、そんな程度のことでいいのである。六年前の乱歩ひやわい散歩にしろ、ことしのまちなかミニツアーにしろ、当方が同行するまでもないことなのである。名張のまちを歩き、乱歩ゆかりの場所を案内するなどというのは、いとも簡単なことである。そんなことくらい、名張市が自前でできなくてどうする、という話なのである。げんに六年前の乱歩ひやわい散歩では、当方の出番などなかったのである。六年前にできたことが、いまなぜできぬのか。この六年間で、名張市はどうなってしまったというのか。
かりに名張市が、名張のまちを案内するというただそれだけのことさえできない自治体になってしまったのだとしても、名張市名物の官民協働はどうした。たとえば、名張まちなか再生委員会があるではないか。あの委員会には歩行者空間整備プロジェクトというのがあって、江戸川乱歩生誕地碑広場をはじめとして、まちなかの四か所に八百万円ほどかけて案内板を設置してくれたのである。ならば、そのプロジェクトのチーフあたりが、まちなかミニツアーの案内にお立ちになればいいのではないか。というか、立つべきである。そんなこともできなくて、なにが歩行者空間整備プロジェクトか、なにが名張まちなか再生委員会か、なにが協働か。
名張まちなか再生委員会は無理だとしても、名張市公式サイトのなぞがたりなばりのページには、「主催:名張市 共催:乱歩蔵びらきの会 協賛:社団法人日本推理作家協会」と書いてあるのだから、乱歩蔵びらきの会はどうした、という話になる。当然、そんな話になる。名張のまちを乱歩がらみで案内することもできない組織が、ごたいそうに乱歩の看板をかかげて活動しているのか、という話になる。というか、乱歩蔵びらきの会は、すでに活動を停止しているのではなかったのか。ことしはたぶん、総会も開催してないはずである。だから、こんなところに名前が出ているのを見て、ちょっとびっくりしたというのが正直なところである。
ともあれ、まちなかミニツアーがオプションでついている第十八回なぞがたりなばり、お申し込みはお早めにどうぞ。それはそれとして、おちょくりはあすもつづける。
(6)9月28日 → 10月9日
ということになった。きのうのエントリが功を奏したのか、きのうの午前中に、名張市長の回答が着信した。
質問はこれ。
きのう頂戴した回答がこれ。
論理の破綻、というか、ここへきて急に知られるようになった「対称性の破れ」ということばにならって、論理性の破れ、とでもいっておこうか。とにかく、この回答における論理性の破れには、ほとんど空恐ろしいものをおぼえる。
もとより、論理などと呼べるものは、この回答には存在していない。論理性は破れている。にもかかわらず、そんな回答が、まぎれもない名張市長の名義で、平然と送信されてくる恐ろしさ。そして、名張市政の多くの局面が、こうした論理性の破れに支配されているのではないかということに思いいたると、空恐ろしさはいやますばかりである。
悪態をつく気にもなれぬほどだが、せっかくいただいた回答である。論理性の破れを指摘しておく。引用は太字。
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、
という前半と、
今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。
という後半によって、ひとつの文章が構成されている。だが、前半と後半には、論理的な脈絡は存在していない。まったく別のことが述べられている。すなわち、前半では資料の活用について、後半では資料の収集と保存について。
もちろん、いうまでもなく、資料の収集と活用とは密接に関係している。表裏一体のものである。ここに一冊の資料があるとするならば、それは収集されたものであると同時に、活用されるべきものでもある。図書館の資料収集は、あくまでも活用を前提として進められるべきものなのである。ところが、この回答においては、ひとつのセンテンスのなかで述べられてはいるものの、収集と活用という表裏一体であるべき行為は、きれいに分断されてしまっている。
回答には、なんと書かれてあるのか。活用のことはまったく考えておりませんが、収集と保存には努めたいと考えております。そんなことが書かれている。活用はしないが、収集はする。そう書いてある。この回答は、図書館の役割というものをまったく理解できていない人間が、その場しのぎのために書き散らしたものでしかない。多少なりとも、図書館や資料にかんする知識のある人間であれば、いやいや、とくに知識のない人間だって、いくらなんでもここまで愚かしい回答はできないであろう。
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、
と素直にみずからの無能と怠慢とを認めたのであれば、そのあとにはたとえば、
「早急に具体的な方針をとりまとめたうえで」
とでもいったぐあいに、これまでの無能と怠慢とをどうカバーするのか、その点を明記したうえで、
今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。
とつづけるのがまともな回答というものである。市民から寄せられた指摘を受けて、現在ただいまの事態や状況をどう認識し、それにどう対処しようとしているのか、その点を明確に説明するのが、この場合の市長回答というもののはずである。しかるに、この回答が表明しているのは、思考の放棄でしかない。思考することを完全に放棄してしまい、ただただ現状を無批判に追認するだけの回答なのである。
これはもう、名張市はなにも考えません、考える能力がありません、と市長みずからが宣言しているにひとしい。それはたぶん、市立図書館の資料にかんしてのみならず、市政全般にわたる宣言ではないのか、と思いいたると、ほんとうに空恐ろしくなってくる。
しかしまあ、ここまではっきりと、名張市長みずからが、名張市立図書館が所蔵している江戸川乱歩関連資料の活用については、なにも考えておりません、と表明していらっしゃるのである。名張市立図書館の開館は、昭和44・1969年のことである。以来ほぼ四十年。四十年にわたって収集された乱歩関連資料を前にして、資料の活用のことなどなにも考えておりませんと、全国の図書館関係者が聞いたら卒倒してしまうような、いやいや、図書館関係者でなくたって、まともな人間ならとてもにわかには信じがたいようなことを、ここまで平然と表明していらっしゃるのである。
だからもう、名張市立図書館は乱歩の看板をおろしてしまうべきであろう。看板をあげていても、もはや意味はあるまい。だいたいが、乱歩のことで問い合わせがあっても、まともに答えることはできないのである。たとえば、8月6日付エントリに記したとおり、愛知県から名張市立図書館まで調査のために足を運んでくださる人があっても、いわゆる対応のお鉢は当方にまわってくるのである。
8月6日:愛知県からのお客さん
そのあとも、たとえば9月9日には、名張市立図書館もずいぶんお世話になった探偵小説評論家の中島河太郎先生のご遺族が、東京から京都まで来る用事があったからついでに名張にも、とわざわざお立寄りくださった。市立図書館でお相手したのは当方である。9月13日には、SRの会というミステリー愛好家の全国組織が、伊勢で全国大会を開くついでに名張にも、と有志によるオプショナルツアーでおいでくださった。市立図書館でお相手したのは当方である。
こういうことは、もういいかげんにしておいたほうがいいと思う。乱歩のことでなにかしら問い合わせてくださったり、はるばる訪ねてくださったりした人のお相手ができないというのであれば、乱歩の看板を掲げている資格はとてもない。はっきりいって詐欺である。
といったような次第であるから、たったったっ、とテンポよく話を進めるために、名張市公式サイト「市長への手紙」へさらに一通。送信IDは20081010081336404とのことであった。文面はつぎのとおり。
文中にも記したとおり、
今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。
とわざわざ要請を頂戴したのだから、まことにおそれおおいことではあるけれど、勇を鼓して、意見提案をお寄せすることにした次第である。当方はもう、市民の鑑と呼ばれてもおかしくない人間なのかもしれん。ほんとは人間豹だけど。
ということになった。きのうのエントリが功を奏したのか、きのうの午前中に、名張市長の回答が着信した。
質問はこれ。
ご回答ありがとうございました。やなせ宿にかんするお尋ねはひとまずここまでとし、新しい質問を提出いたします。つぎの一点です。
・名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針はあるか。 念のために申し添えますと、展示用資料のことをお尋ねしているわけではありません。市立図書館が開館準備の段階から収集してきた図書や雑誌などの資料のことです。この点につきましては、昨年の2月から3月にかけて、名張市教育委員会の当時の教育次長にお訊きしたのですが、お答えはいただけませんでした。その後、公文書公開請求によって確認したところでも、乱歩関連資料の活用にかんする公文書は存在していないとのことでしたので、具体的な方針はまとめられていないものと推測される次第ですが、念のためにお尋ねいたします。 ご多用中恐縮ですが、よろしくご回答たまわりますようお願いいたします。 2008/09/28 |
きのう頂戴した回答がこれ。
中 相作 さま
このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。 名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。 今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。 平成20年10月 9日 □名張市長 亀井利克 |
論理の破綻、というか、ここへきて急に知られるようになった「対称性の破れ」ということばにならって、論理性の破れ、とでもいっておこうか。とにかく、この回答における論理性の破れには、ほとんど空恐ろしいものをおぼえる。
もとより、論理などと呼べるものは、この回答には存在していない。論理性は破れている。にもかかわらず、そんな回答が、まぎれもない名張市長の名義で、平然と送信されてくる恐ろしさ。そして、名張市政の多くの局面が、こうした論理性の破れに支配されているのではないかということに思いいたると、空恐ろしさはいやますばかりである。
悪態をつく気にもなれぬほどだが、せっかくいただいた回答である。論理性の破れを指摘しておく。引用は太字。
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、
という前半と、
今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。
という後半によって、ひとつの文章が構成されている。だが、前半と後半には、論理的な脈絡は存在していない。まったく別のことが述べられている。すなわち、前半では資料の活用について、後半では資料の収集と保存について。
もちろん、いうまでもなく、資料の収集と活用とは密接に関係している。表裏一体のものである。ここに一冊の資料があるとするならば、それは収集されたものであると同時に、活用されるべきものでもある。図書館の資料収集は、あくまでも活用を前提として進められるべきものなのである。ところが、この回答においては、ひとつのセンテンスのなかで述べられてはいるものの、収集と活用という表裏一体であるべき行為は、きれいに分断されてしまっている。
回答には、なんと書かれてあるのか。活用のことはまったく考えておりませんが、収集と保存には努めたいと考えております。そんなことが書かれている。活用はしないが、収集はする。そう書いてある。この回答は、図書館の役割というものをまったく理解できていない人間が、その場しのぎのために書き散らしたものでしかない。多少なりとも、図書館や資料にかんする知識のある人間であれば、いやいや、とくに知識のない人間だって、いくらなんでもここまで愚かしい回答はできないであろう。
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、
と素直にみずからの無能と怠慢とを認めたのであれば、そのあとにはたとえば、
「早急に具体的な方針をとりまとめたうえで」
とでもいったぐあいに、これまでの無能と怠慢とをどうカバーするのか、その点を明記したうえで、
今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。
とつづけるのがまともな回答というものである。市民から寄せられた指摘を受けて、現在ただいまの事態や状況をどう認識し、それにどう対処しようとしているのか、その点を明確に説明するのが、この場合の市長回答というもののはずである。しかるに、この回答が表明しているのは、思考の放棄でしかない。思考することを完全に放棄してしまい、ただただ現状を無批判に追認するだけの回答なのである。
これはもう、名張市はなにも考えません、考える能力がありません、と市長みずからが宣言しているにひとしい。それはたぶん、市立図書館の資料にかんしてのみならず、市政全般にわたる宣言ではないのか、と思いいたると、ほんとうに空恐ろしくなってくる。
しかしまあ、ここまではっきりと、名張市長みずからが、名張市立図書館が所蔵している江戸川乱歩関連資料の活用については、なにも考えておりません、と表明していらっしゃるのである。名張市立図書館の開館は、昭和44・1969年のことである。以来ほぼ四十年。四十年にわたって収集された乱歩関連資料を前にして、資料の活用のことなどなにも考えておりませんと、全国の図書館関係者が聞いたら卒倒してしまうような、いやいや、図書館関係者でなくたって、まともな人間ならとてもにわかには信じがたいようなことを、ここまで平然と表明していらっしゃるのである。
だからもう、名張市立図書館は乱歩の看板をおろしてしまうべきであろう。看板をあげていても、もはや意味はあるまい。だいたいが、乱歩のことで問い合わせがあっても、まともに答えることはできないのである。たとえば、8月6日付エントリに記したとおり、愛知県から名張市立図書館まで調査のために足を運んでくださる人があっても、いわゆる対応のお鉢は当方にまわってくるのである。
8月6日:愛知県からのお客さん
そのあとも、たとえば9月9日には、名張市立図書館もずいぶんお世話になった探偵小説評論家の中島河太郎先生のご遺族が、東京から京都まで来る用事があったからついでに名張にも、とわざわざお立寄りくださった。市立図書館でお相手したのは当方である。9月13日には、SRの会というミステリー愛好家の全国組織が、伊勢で全国大会を開くついでに名張にも、と有志によるオプショナルツアーでおいでくださった。市立図書館でお相手したのは当方である。
こういうことは、もういいかげんにしておいたほうがいいと思う。乱歩のことでなにかしら問い合わせてくださったり、はるばる訪ねてくださったりした人のお相手ができないというのであれば、乱歩の看板を掲げている資格はとてもない。はっきりいって詐欺である。
といったような次第であるから、たったったっ、とテンポよく話を進めるために、名張市公式サイト「市長への手紙」へさらに一通。送信IDは20081010081336404とのことであった。文面はつぎのとおり。
ご回答ありがとうございました。せっかくの仰せですから、おことばに甘えて、「貴重なご意見・ご提案」を具申したいと思います。つきましては、そのための面談の場を設けていただきたく、ご手配をお願いいたします。面談の場には、貴職のほか、教育長と前教育次長にもご臨席たまわりますよう、勝手ながら願いあげます。面談の日時と場所のご連絡をお待ちしております。ご多用中恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
2008/10/10 |
文中にも記したとおり、
今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。
とわざわざ要請を頂戴したのだから、まことにおそれおおいことではあるけれど、勇を鼓して、意見提案をお寄せすることにした次第である。当方はもう、市民の鑑と呼ばれてもおかしくない人間なのかもしれん。ほんとは人間豹だけど。
おっかしいなあ。まーだ返事が来ないぞ。おっかしいなあ。いくらなんでも遅すぎじゃね? 住民不満足度は最高潮ッ! というのはむろん、名張市は乱歩をどうする気? という本命のテーマにかんして、名張市公式サイト「市長への手紙」に送信した質問への回答のことである。
「市長への手紙」における過去のレスポンスは、さてどのようなものであったか。
(1)5月15日・5月20日 → 7月11日・7月18日
はじめて質問を送ったのは、5月15日のことである。五日後の20日には、回答を催促した。当方、そこそこイラチである。5月20日付エントリにはこう記した。
ところが、当時、「市長への手紙」のメールサーバーに不具合があって、メールが届いていなかったらしい。7月11日、名張市企画財政部広報対話室からその旨を知らせるメールが届いた。で、名張市長の回答が着信したのは7月18日のことであった。だから実質、7月11日に届いた質問に対して七日後の18日に回答があった、ということになる。
(2)7月21日 → 8月7日
再度、質問を送信したところ、今度はやや時間がかかり、十七日後に回答があった。
(3)8月12日 → 8月19日
今度は、七日後に届いた。
(4)8月27日 → 9月2日
そのつぎは、六日後に届いた。
(5)9月8日 → 9月18日
そのあとは、十日後。
で、9月28日に送った質問への回答が、まだ届かない。送信してから、きょうで十一日が経過することになる。
質問というのは、これである。
・名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針はあるか。
ごく簡単な質問である。答えるのは雑作もない。そんな方針などなーんにもない、と答えるしかないのである。だというのに、どうしてこんなに時間がかかるのか。存在していないものをいくら探してみたところで、みつかるはずがないではないか。
質問に付記したとおり、この点にかんしては、去年、教育次長に質問してもなんの回答もなかったし、公文書公開請求でチェックしても一枚の公文書も出てこなかった。要するに、資料を活用するための具体的な方針なんて、どこにも存在していないのである。いくら探したって、時間の無駄である。じゃと申すに、なーにちんたらしておるのじゃ。たったったっ、とテンポよく、話を進めてもらいたいものである。
きょうは名張市役所に足を運ぶ用事があるから、ついでに教育委員会にもお邪魔しようかな。いやいや、そこまで催促がましいことは、現段階では控えることにして、5月20日付エントリに記したことを、あらためてここに書きつけておく。
どうも困ったものである。この程度の質問に回答がいただけないというのは、じつに困ったものである。先日も記したとおり、近くこの「市長への手紙」を利用して、名張市は乱歩をどうする気? みたいなことを明確にしてゆきたいなと考えているのだが、梨のつぶてでは困ってしまうではないか。催促するだけで疲れてしまう。
「市長への手紙」における過去のレスポンスは、さてどのようなものであったか。
(1)5月15日・5月20日 → 7月11日・7月18日
はじめて質問を送ったのは、5月15日のことである。五日後の20日には、回答を催促した。当方、そこそこイラチである。5月20日付エントリにはこう記した。
どうも困ったものである。この程度の質問に回答がいただけないというのは、じつに困ったものである。先日も記したとおり、近くこの「市長への手紙」を利用して、名張市は乱歩をどうする気? みたいなことを明確にしてゆきたいなと考えているのだが、梨のつぶてでは困ってしまうではないか。催促するだけで疲れてしまう。
|
ところが、当時、「市長への手紙」のメールサーバーに不具合があって、メールが届いていなかったらしい。7月11日、名張市企画財政部広報対話室からその旨を知らせるメールが届いた。で、名張市長の回答が着信したのは7月18日のことであった。だから実質、7月11日に届いた質問に対して七日後の18日に回答があった、ということになる。
(2)7月21日 → 8月7日
再度、質問を送信したところ、今度はやや時間がかかり、十七日後に回答があった。
(3)8月12日 → 8月19日
今度は、七日後に届いた。
(4)8月27日 → 9月2日
そのつぎは、六日後に届いた。
(5)9月8日 → 9月18日
そのあとは、十日後。
で、9月28日に送った質問への回答が、まだ届かない。送信してから、きょうで十一日が経過することになる。
質問というのは、これである。
・名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針はあるか。
ごく簡単な質問である。答えるのは雑作もない。そんな方針などなーんにもない、と答えるしかないのである。だというのに、どうしてこんなに時間がかかるのか。存在していないものをいくら探してみたところで、みつかるはずがないではないか。
質問に付記したとおり、この点にかんしては、去年、教育次長に質問してもなんの回答もなかったし、公文書公開請求でチェックしても一枚の公文書も出てこなかった。要するに、資料を活用するための具体的な方針なんて、どこにも存在していないのである。いくら探したって、時間の無駄である。じゃと申すに、なーにちんたらしておるのじゃ。たったったっ、とテンポよく、話を進めてもらいたいものである。
きょうは名張市役所に足を運ぶ用事があるから、ついでに教育委員会にもお邪魔しようかな。いやいや、そこまで催促がましいことは、現段階では控えることにして、5月20日付エントリに記したことを、あらためてここに書きつけておく。
どうも困ったものである。この程度の質問に回答がいただけないというのは、じつに困ったものである。先日も記したとおり、近くこの「市長への手紙」を利用して、名張市は乱歩をどうする気? みたいなことを明確にしてゆきたいなと考えているのだが、梨のつぶてでは困ってしまうではないか。催促するだけで疲れてしまう。
きのう、伊賀市の上野公園にそびえたつ伊賀上野城の天守閣で、「高虎の魅力〜講演と音楽絵巻〜」という催しがあった。三重大学教授の藤田達生さんが「藤堂高虎の藩(くに)づくり〜伊賀を中心に〜」と題して講演し、つづいて旭堂南青さんが講談「新藤堂高虎伝〜わが命、この国とともに……〜」を読む。高本一郎さんのリュート演奏が入る「音楽絵巻」という趣向で、講談は中野順哉さんが藤田さんから取材して台本をまとめたという新作。講演で最新の研究成果にもとづいた高虎像の骨格が示され、講談ではその骨格にドラマティックな肉づけがほどこされる。講演と講談を一貫して高虎像にいささかのブレもないことが相乗効果をもたらし、予想していた以上に面白いコラボレーションであった。
催しのあと、いささか用事があったので、伊賀上野城の事務室にお邪魔した。平井という名の津藩の藩士を話題にしたところ、えらいもので、事務室には『庁事類編』の人名索引なんてものが備えられていた。むろん公刊されたものではない。こういうものがすっと出てくるのが、やはり上野の伝統というやつであろう。旧上野市は『庁事類編』のみならず、『宗国史』『永保記事略』『公室年譜略』といった津藩の資料を公刊していて、これだけでもたいしたことなのだが、そうした資料を活用するべく、まったく人目につかぬところで、たとえば『庁事類編』の人名索引が作成されているのである。
ひるがえって名張市はというと、これはもうどうしようもない。財政難で市史が出せません、というのだから目もあてられないのだが、財政の問題以前に、歴史というものにどう向き合うべきなのか、それがてんで理解できていない。端的な例が、細川邸を歴史資料館にいたしましょう、などと気のふれたようことを記した名張まちなか再生プランである。とても正気の沙汰ではない。まったくもう、市民としては、おてあげであるというしかない。
だから当方、名張市にはすっかり見切りをつけておるのであるが、けりをつけておかねばならぬ問題もある。それゆえ、名張市公式サイトの「市長への手紙」を利用して、名張市は乱歩をどうする気? という本命のテーマに着手した次第である。回答は、いまだ届かぬ。届いたら届いたで、そのあとはまたえらいことになるはずなのである。なにしろ人間豹刺止鉤爪である。人間豹がとどめさしちゃるけん、てなものなのである。具体的にどんなとどめになるのか、それはいまのところよくわからないのだが、とにかくとどめはとどめである。とりあえず、誠意ある回答というやつを期待している次第である。
催しのあと、いささか用事があったので、伊賀上野城の事務室にお邪魔した。平井という名の津藩の藩士を話題にしたところ、えらいもので、事務室には『庁事類編』の人名索引なんてものが備えられていた。むろん公刊されたものではない。こういうものがすっと出てくるのが、やはり上野の伝統というやつであろう。旧上野市は『庁事類編』のみならず、『宗国史』『永保記事略』『公室年譜略』といった津藩の資料を公刊していて、これだけでもたいしたことなのだが、そうした資料を活用するべく、まったく人目につかぬところで、たとえば『庁事類編』の人名索引が作成されているのである。
ひるがえって名張市はというと、これはもうどうしようもない。財政難で市史が出せません、というのだから目もあてられないのだが、財政の問題以前に、歴史というものにどう向き合うべきなのか、それがてんで理解できていない。端的な例が、細川邸を歴史資料館にいたしましょう、などと気のふれたようことを記した名張まちなか再生プランである。とても正気の沙汰ではない。まったくもう、市民としては、おてあげであるというしかない。
だから当方、名張市にはすっかり見切りをつけておるのであるが、けりをつけておかねばならぬ問題もある。それゆえ、名張市公式サイトの「市長への手紙」を利用して、名張市は乱歩をどうする気? という本命のテーマに着手した次第である。回答は、いまだ届かぬ。届いたら届いたで、そのあとはまたえらいことになるはずなのである。なにしろ人間豹刺止鉤爪である。人間豹がとどめさしちゃるけん、てなものなのである。具体的にどんなとどめになるのか、それはいまのところよくわからないのだが、とにかくとどめはとどめである。とりあえず、誠意ある回答というやつを期待している次第である。
やなせ宿公式サイトにメールで送信しておいた質問に、ようやく回答を頂戴できた。じつは10月1日に着信していたのだが、諸事情あってばたばたし、開いてみたのが2日のこと。ところが、回答の記された添付ファイルを開くことができず、テキストファイルで再送信してもらう仕儀となった。その着信がきのう3日のことであった。
まず、メールによる当方の申し出を、すべて掲げておく。
9月5日。
9月21日。
10月2日。
で、10月1日付の回答がこれである。
せっかく回答していただいたのに、こんなこというのははなはだあれではあるのだが、残念なことに、てんで回答になっていない。こんなもので人を納得させることなど、とてもできない。しかしまあ、これがいっぱいいっぱいであろう。この程度のいいわけ、いいのがれ、いいつくろいを並べたてるのが、まちなか運営協議会の関の山というやつであろう。
その関の山、厳しく踏みつぶしてやることにする。以下、引用は太字。
人それぞれの受け止め方はあると思われますが、「やなせ宿」に対して、名張地区区長会、名張地区まちづくり推進協議会が運営に関して、全面的にバックアップしていくとの話し合いがオープン前からあり、その厚意を受け入れさせていただいた経緯があります。
いきなりこれである。ここにある「受け止め方」という文言は、「批判」の意味であろうと理解される。やなせ宿という施設について受けとめかたはいろいろあるし、その受けとめかたにもとづいて、やなせ宿を批判する人もいろいろあるようであるが、そんなものは受けとめる側の問題であって、寄せられる批判にいちいち耳を傾ける気は毛頭ない、という宣言である。いきなりこれかよまったく。
あるいは、名張地区区長会や名張地区まちづくり推進協議会との関係をずぶずぶであるとか癒着であるとか、そういうふうに批判する人間もあるけれど、しかしわれわれはちゃんと話しあって、全面的な協力体制を確立しているのだから、だれがなにをいってきたって耳をかす気はさらさらない、という宣言である。表紙変われど中味は変わらず、外部の人間の意見を聞く考えはまったくない、ということである。
ただし当方、まちなか運営協議会と関連諸団体との協力関係について、あれこれ批判しているわけではまったくない。よってだ~こ各号店手作り合同作品展とかいう催しの主催団体に、まちなか運営協議会が名を連ねていないにもかかわらず、やなせ宿公式サイトに主催イベントとして案内されてるのはおかしいんじゃね? というただそれだけの質問である。
回答によけいなことを書いたりしたら、はっはーん、やっぱり関連諸団体とずぶずぶなあなあでやなせ宿を運営してることに、多少はうしろめたさを感じてるんだな、と勘ぐってしまう市民も出てくるかもしれんのだから、気をつけたほうがいいんじゃねーか。
とか思いつつ、やなせ宿の公式サイトを確認してみる。
名張市旧細川邸やなせ宿:イベントカレンダー
「10月度予定は、管理人不在のため、更新が10/5以降になります。あらかじめご了承ください」とある。それなら、10月1日と3日に回答をメール送信してくれたのはいったいどなたなのであろう、みたいなことはどうでもいいのだが、この公式サイト、終わったイベントの案内はすべて、まるで証拠湮滅を図るみたいに、あっさり削除することになっているらしい。
ならば、とグーグルのキャッシュを確認してみる。
ごらんのとおり、 2008年9月12日02:46:24GMTに捕捉されたキャッシュである。だからまだ、よってだ〜こなんたら作品展の案内が掲載されている。
あーりゃりゃッ。ここにはなんと、なんたら作品展の共催団体として「名張市旧細川邸・やなせ宿」の名が記載されているではないか。はっはーん、9月5日に質問を受けたものだから、12日までにあわてて公式サイトの記事に変更を加えたのか。ということは、こちらの指摘が正当なものだと認めたわけだな。それでまあ、はっはーん、あたふたと、はっはーん。
また、ご指摘の事業については、平成20年度の年間事業計画(案)を平成20年4月10日の名張まちなか再生委員会役員会に提案・承認された経緯もあります。
どうしてこんなよけいなことを記すのか。書けば書くほどぼろが出てくる。そんなこともわからんのか。どんなぼろが出てくるのか、ちょいと説明してみると、そもそも名張まちなか再生委員会と名張地区まちづくり推進協議会との癒着については、6月1日の名張まちなか再生委員会総会でも批判がなされたところである。総会資料の「平成19年度事業報告について」に、その癒着が示されている。生活拠点整備プロジェクトの事業報告である。
引用。
総会で提出された批判は、ふたつあった。ひとつは、年間にわずか一回しか会議を開いていない生活拠点整備プロジェクトが、実際にこれだけの事業を実施できたとは考えられない、ということであった。できるはずがないから、たぶんインチキ、でたらめ、うそっぱちが報告されたのであろう。役員会側からは、明瞭な説明はなされなかったと記憶する。
もうひとつが、よってだ〜この運営主体は名張地区まちづくり推進協議会であるにもかかわらず、どうして名張まちなか再生委員会の事業として報告されているのか、というものであった。この点にかんしては、役員会側から、名張地区まちづくり推進協議会に協力したのであるという説明がなされたように記憶する。
とにかくまあ、いつもいつもおなじことばっかいっててばかみたいなのであるが、組織の主体性や自立性というやつが、ここらの田舎者にはまったく理解できていないのである。ここ名張市においては、なあなあずぶずぶの馴れあいもたれ合いが大手を振ってまかり通っているのである。
そういえば、9月27日付伊和新聞に、こんな記事が出ていた。
やなせ宿も開設二年度目から指定管理者制度を導入すると聞きおよぶが、後ろ指をさされることのない制度運営が望まれる、みたいなことはまあどうだってよろしい。
頂戴した回答に戻ることとして、よってだ〜このなんたら作品展は4月10日の名張まちなか再生委員会役員会に提案され、承認された事業であるという。それがどうした。4月の役員会のあと、6月1日の総会で、よってだ〜この運営が名張まちなか再生委員会の事業として総会で報告されるのはおかしい、という批判が提出されているのである。受けとめかたにはいろいろあろうが、いまごろになって役員会がどうのこうのといいわけを並べたてているところをみると、総会での批判なんて、関係者にはまったくの馬耳東風であったということのようである。
そんなことよりも、さらにおかしいのは、まちなか運営協議会の手がける事業が、どうして名張まちなか再生委員会の役員会に提案され、承認を受けているのか、ということである。なんでいちいち、そんなところにおうかがいを立てねばならぬのか。まちなか運営協議会は、名張まちなか再生委員会が発足させたものではあっても、両者は別の組織として運営されている。早い話、6月1日の総会では、まちなか運営協議会にかんする審議はいっさいおこなわれなかった。参考資料として、こんな書類が配られただけである。
かりに役員会の承認を受けた事業であるというのであれば、それは総会に報告され、総会の承認を受けるのが本来ではないのか。役員会の専決事項であったとしても、それならそれでやはり総会で報告がなされるべきであろう。しかし、そんなことはまったくなかった。だから回答に役員会のことをもちだしてみたって、墓穴を掘ることにしかならない。そんなことすらわからんのか。
「よってだ~こ各号店」の手作り作品を「やなせ宿」で名張地区まちづくり協議会と共催し、合同展示したものです。
だから、こちらは、その作品展とやらの主催団体にまちなか運営協議会の名前がなかったのはどうしてなの? と尋ねているわけである。こんなよけいなことばかり書いてないで、まちなか運営協議会は当初から作品展の共催団体でしたが、やなせ宿公式サイトの記事にそれを明記しておりませんでしたので、ご指摘を受けて追記いたしました、と回答すればいいだけの話ではないか。どうして必要もないのにいいわけがましいことばかり、かくもたらたらと書きならべたがるのか。
いずれにしましても、私たちは、市内で初めての施設であり、運営を行政から委託され、素人の集団が前向きに必死に取り組んでいるところでありますので、当分の間、温かい目で見守っていただきたく考えておりますので、ご理解ください。
はばかりながらこちとら、名張まちなか再生プランの素案が発表された時点から、プランのことを温かい目で見守り、適切な助言をつづけてきた身である。その助言にいっさい耳をかそうとせず、あげくのはてにとんでもない泥沼に踏みこんでしまったのが、名張市であり、名張まちなか再生委員会であり、要するにやなせ宿なのである。いまさらなにを理解しろというのか。素人だの、前向きだの、必死だのと、そんなあたりまえのことをことごとしくいいたてたところで、なんの弁明にもならん。江戸川乱歩生誕地碑広場案内板にかんして以前にも記したとおり、一生懸命やってます、なんてのはあたりまえのことである。そんなことがなにかのエクスキューズになるとでも思っておるのか。
質問の二点目に移る。
名張まちなか再生委員会が組織され、歴史拠点整備プロジェクトチーム内で歴史資料館を主眼に検討・協議してまいりましたが、資料館だけで、どれだけの入館者数を見込まれるのか疑問点も浮上し、討議の結果、食の文化・物産の文化とも兼ね備えた交流施設にし、2つの目的をもった施設運営を行っていくことにしています。
「2つの目的」というのは、「食の文化」と「物産の文化」のふたつなのか、それとも、「食の文化・物産の文化」と歴史資料館のことなのか。あるいは、「食の文化・物産の文化」と「交流」でふたつということなのか。どうもよくわからない。もう少し正確な回答というやつを心がけてもらいたいものである。意味不明では困るではないか。
このことが、旧市街地の活性化にも寄与できると確信しています。
こんなことを質問しておるわけではない。
なお、参考までに本年6月7日オープンから9月末で、入館者数が5千人を数える盛況ぶりです。
こんなことも尋ねておらん。
ご質問の件ですが、私の立場で市長の主張に対し、虚偽であるかどうかについてのコメントを申し述べる立場にないと考えています。
かんじんの質問にはノーコメントかよ。なんともぶざまな逃げである。しかし、逃げたことにはならんぞ。質問は、やなせ宿は歴史資料館を主用途として整備されたらしいんだけど、それってほんとかよ、というものである。ほんとだったら、はいさようでございます、と胸を張って答えられるはずではないか。したがって、ノーコメントということは、実質的には市長発言は虚偽であると認めていることにほかならない。
結局のところ、じつにのらくらした回答ではあるけれど、(1)にかんしては、公式サイトの記事にこそこそと変更を加えた事実、(2)にかんしては、コメント不能という事実、これらふたつの事実が、当方の指摘が正当なものであることを雄弁に物語っている。そして、正当な指摘を受けながら、それを素直に認めようとせず、見当ちがいな弁明や立場をわきまえぬ黙秘に走るしかないという事実が、まちなか運営協議会という組織の本質を如実に示している。市民の税金で公共施設の運営を委託されている組織としては、いかにも不適格であるというしかあるまい。
まず、メールによる当方の申し出を、すべて掲げておく。
9月5日。
辻本武久様
どうもお世話さまです。やなせ宿の運営に日々ご尽力をいただき、名張まちなか再生委員会の一員として、さらに名張市民のひとりとして、お礼を申しあげます。また、6月と7月に二度にわたって催されたやなせ宿連続講座やなせ塾では、夜遅くまで何かとお世話にあずかり、あらためて謝意を表する次第です。 さて、やなせ宿の運営について、いささか疑問に思われることがありますので、勝手なお願いを申しあげて恐縮ではありますが、お考えをお教えいただければ幸甚です。以下の二点です。 (1)やなせ宿公式サイト「9月度・主催イベント情報」に、9月15日の「よってだ~こ各号店手作り合同作品展」の案内が掲載され、主催団体として名張地区まちづくり推進協議会などの名があげられている。まちなか運営協議会の主催事業ではないイベントが、やなせ宿公式サイトで「主催イベント」として告知されるのは、明らかに不当なことと判断されるが、これを正当なものと認めるかどうか。 (2)やなせ宿公式サイト「やなせ宿とは」に、やなせ宿は「観光交流センターとして位置づけされた」と明記されているが、名張市公式サイト「市長への手紙」で確認したところによれば、やなせ宿は歴史資料館を主たる用途として整備された、というのが名張市長の主張である。やなせ宿整備の経緯に照らして判断すれば、この市長の言は虚偽であるというしかないが、これを虚偽と認めるかどうか。 以上です。ご多用中恐縮ですが、よろしくご回答たまわりますようお願いを申しあげます。 なお、お答えは当方のブログで公開させていただきたく、あらかじめご承諾を願いあげる次第ですが、公開に支障がある場合、その旨をお伝えいただければ非公開といたします。よろしくお願いいたします。 2008/09/05 |
9月21日。
辻本武久様
お世話さまです。9月5日にメールをお送りし、つぎの二点についてお訊きしました。 (1)やなせ宿公式サイト「9月度・主催イベント情報」に、9月15日の「よってだ~こ各号店手作り合同作品展」の案内が掲載され、主催団体として名張地区まちづくり推進協議会などの名があげられている。まちなか運営協議会の主催事業ではないイベントが、やなせ宿公式サイトで「主催イベント」として告知されるのは、明らかに不当なことと判断されるが、これを正当なものと認めるかどうか。 (2)やなせ宿公式サイト「やなせ宿とは」に、やなせ宿は「観光交流センターとして位置づけされた」と明記されているが、名張市公式サイト「市長への手紙」で確認したところによれば、やなせ宿は歴史資料館を主たる用途として整備された、というのが名張市長の主張である。やなせ宿整備の経緯に照らして判断すれば、この市長の言は虚偽であるというしかないが、これを虚偽と認めるかどうか。 お答えはいただけないものと判断してよろしいでしょうか。とりいそぎその点を確認いたしたく思います。 (a)回答する (b)回答しない (a)か(b)かのいずれかでお答えをたまわりたく、ご多用中恐縮ですが、よろしくお願いいたします。 2008/09/21 |
10月2日。
担当者様
ご回答ありがとうございました。お手数をおかけしました。雑用に追われていて、お礼が遅くなってしまいました。 それで、お送りいただいた添付ファイルですが、どうも当方のパソコンでは開くことができないようです。恐れ入りますが、テキストデータかPDFファイルか、そのあたりで再送信していただければと思います。よろしくお願いいたします。 2008/10/02 |
で、10月1日付の回答がこれである。
中 相作 様
平成20年10月1日 まちなか運営協議会 会長 辻本 武久 □たくさんのボランティアの方々に支えられ、日々「やなせ宿」の企画、運営に没頭している毎日です。そのような状況の中で、ご返事が遅くなり、大変申し訳なく思っています。以下のことを回答しますので、宜しくお願い申し上げます。 (1)の質問について 人それぞれの受け止め方はあると思われますが、「やなせ宿」に対して、名張地区区長会、名張地区まちづくり推進協議会が運営に関して、全面的にバックアップしていくとの話し合いがオープン前からあり、その厚意を受け入れさせていただいた経緯があります。 また、ご指摘の事業については、平成20年度の年間事業計画(案)を平成20年4月10日の名張まちなか再生委員会役員会に提案・承認された経緯もあります。「よってだ~こ各号店」の手作り作品を「やなせ宿」で名張地区まちづくり協議会と共催し、合同展示したものです。 いずれにしましても、私たちは、市内で初めての施設であり、運営を行政から委託され、素人の集団が前向きに必死に取り組んでいるところでありますので、当分の間、温かい目で見守っていただきたく考えておりますので、ご理解ください。 (2)の質問について 名張まちなか再生委員会が組織され、歴史拠点整備プロジェクトチーム内で歴史資料館を主眼に検討・協議してまいりましたが、資料館だけで、どれだけの入館者数を見込まれるのか疑問点も浮上し、討議の結果、食の文化・物産の文化とも兼ね備えた交流施設にし、2つの目的をもった施設運営を行っていくことにしています。このことが、旧市街地の活性化にも寄与できると確信しています。なお、参考までに本年6月7日オープンから9月末で、入館者数が5千人を数える盛況ぶりです。 ご質問の件ですが、私の立場で市長の主張に対し、虚偽であるかどうかについてのコメントを申し述べる立場にないと考えています。 以上 |
せっかく回答していただいたのに、こんなこというのははなはだあれではあるのだが、残念なことに、てんで回答になっていない。こんなもので人を納得させることなど、とてもできない。しかしまあ、これがいっぱいいっぱいであろう。この程度のいいわけ、いいのがれ、いいつくろいを並べたてるのが、まちなか運営協議会の関の山というやつであろう。
その関の山、厳しく踏みつぶしてやることにする。以下、引用は太字。
人それぞれの受け止め方はあると思われますが、「やなせ宿」に対して、名張地区区長会、名張地区まちづくり推進協議会が運営に関して、全面的にバックアップしていくとの話し合いがオープン前からあり、その厚意を受け入れさせていただいた経緯があります。
いきなりこれである。ここにある「受け止め方」という文言は、「批判」の意味であろうと理解される。やなせ宿という施設について受けとめかたはいろいろあるし、その受けとめかたにもとづいて、やなせ宿を批判する人もいろいろあるようであるが、そんなものは受けとめる側の問題であって、寄せられる批判にいちいち耳を傾ける気は毛頭ない、という宣言である。いきなりこれかよまったく。
あるいは、名張地区区長会や名張地区まちづくり推進協議会との関係をずぶずぶであるとか癒着であるとか、そういうふうに批判する人間もあるけれど、しかしわれわれはちゃんと話しあって、全面的な協力体制を確立しているのだから、だれがなにをいってきたって耳をかす気はさらさらない、という宣言である。表紙変われど中味は変わらず、外部の人間の意見を聞く考えはまったくない、ということである。
ただし当方、まちなか運営協議会と関連諸団体との協力関係について、あれこれ批判しているわけではまったくない。よってだ~こ各号店手作り合同作品展とかいう催しの主催団体に、まちなか運営協議会が名を連ねていないにもかかわらず、やなせ宿公式サイトに主催イベントとして案内されてるのはおかしいんじゃね? というただそれだけの質問である。
回答によけいなことを書いたりしたら、はっはーん、やっぱり関連諸団体とずぶずぶなあなあでやなせ宿を運営してることに、多少はうしろめたさを感じてるんだな、と勘ぐってしまう市民も出てくるかもしれんのだから、気をつけたほうがいいんじゃねーか。
とか思いつつ、やなせ宿の公式サイトを確認してみる。
名張市旧細川邸やなせ宿:イベントカレンダー
「10月度予定は、管理人不在のため、更新が10/5以降になります。あらかじめご了承ください」とある。それなら、10月1日と3日に回答をメール送信してくれたのはいったいどなたなのであろう、みたいなことはどうでもいいのだが、この公式サイト、終わったイベントの案内はすべて、まるで証拠湮滅を図るみたいに、あっさり削除することになっているらしい。
ならば、とグーグルのキャッシュを確認してみる。
ごらんのとおり、 2008年9月12日02:46:24GMTに捕捉されたキャッシュである。だからまだ、よってだ〜こなんたら作品展の案内が掲載されている。
あーりゃりゃッ。ここにはなんと、なんたら作品展の共催団体として「名張市旧細川邸・やなせ宿」の名が記載されているではないか。はっはーん、9月5日に質問を受けたものだから、12日までにあわてて公式サイトの記事に変更を加えたのか。ということは、こちらの指摘が正当なものだと認めたわけだな。それでまあ、はっはーん、あたふたと、はっはーん。
また、ご指摘の事業については、平成20年度の年間事業計画(案)を平成20年4月10日の名張まちなか再生委員会役員会に提案・承認された経緯もあります。
どうしてこんなよけいなことを記すのか。書けば書くほどぼろが出てくる。そんなこともわからんのか。どんなぼろが出てくるのか、ちょいと説明してみると、そもそも名張まちなか再生委員会と名張地区まちづくり推進協議会との癒着については、6月1日の名張まちなか再生委員会総会でも批判がなされたところである。総会資料の「平成19年度事業報告について」に、その癒着が示されている。生活拠点整備プロジェクトの事業報告である。
引用。
生活拠点推進事業(会議開催:1回)
・まちなか研究室の新規継続(榊町集会所の活用) ・学生サロン(よってだ〜こ4号店)の再活動化の促進 ・よってだ〜こ7号店・8号店・9号店づくり □地元・大学・社会福祉協議会・行政と連携・推進 ・団塊世代を中心とする有償ボランティア活動の推進 |
総会で提出された批判は、ふたつあった。ひとつは、年間にわずか一回しか会議を開いていない生活拠点整備プロジェクトが、実際にこれだけの事業を実施できたとは考えられない、ということであった。できるはずがないから、たぶんインチキ、でたらめ、うそっぱちが報告されたのであろう。役員会側からは、明瞭な説明はなされなかったと記憶する。
もうひとつが、よってだ〜この運営主体は名張地区まちづくり推進協議会であるにもかかわらず、どうして名張まちなか再生委員会の事業として報告されているのか、というものであった。この点にかんしては、役員会側から、名張地区まちづくり推進協議会に協力したのであるという説明がなされたように記憶する。
とにかくまあ、いつもいつもおなじことばっかいっててばかみたいなのであるが、組織の主体性や自立性というやつが、ここらの田舎者にはまったく理解できていないのである。ここ名張市においては、なあなあずぶずぶの馴れあいもたれ合いが大手を振ってまかり通っているのである。
そういえば、9月27日付伊和新聞に、こんな記事が出ていた。
名張市総合体育館
2重管理問題浮上 指定管理者と市職員 補助金100万、900万の剰余金 □名張市議会9月の一般質問で浦崎陽介議員(無会派)は、「名張市総合体育館は指定管理者制度を導入しているが、体育館には市の職員も常駐しており、管理者は2重になっているのではないか」という発言を行い注目を浴びた。体育館の指定管理料は年間約4千万円、体育館使用料が約2千万円で約6千万円の予算で運営している同施設を取り上げ「18年度に比べ、19年度は減収であるにもかかわらず、給料を増額している」と指摘した。これに対し、田畑教育次長は「当初の計画では、市内各地にスポーツクラブをつくる計画で予算を作成した。来年3月に契約期限が来る。その時点で、再契約を希望するのであれば、見直したい」と答え、2重管理、財務問題は、浦崎議員の指摘を裏付ける形になった。また、指定管理者制度について、“内部告発”と称する投書が6日、本紙に寄せられており、同問題は今後、波紋を呼びそうだ。(辻本記者) |
やなせ宿も開設二年度目から指定管理者制度を導入すると聞きおよぶが、後ろ指をさされることのない制度運営が望まれる、みたいなことはまあどうだってよろしい。
頂戴した回答に戻ることとして、よってだ〜このなんたら作品展は4月10日の名張まちなか再生委員会役員会に提案され、承認された事業であるという。それがどうした。4月の役員会のあと、6月1日の総会で、よってだ〜この運営が名張まちなか再生委員会の事業として総会で報告されるのはおかしい、という批判が提出されているのである。受けとめかたにはいろいろあろうが、いまごろになって役員会がどうのこうのといいわけを並べたてているところをみると、総会での批判なんて、関係者にはまったくの馬耳東風であったということのようである。
そんなことよりも、さらにおかしいのは、まちなか運営協議会の手がける事業が、どうして名張まちなか再生委員会の役員会に提案され、承認を受けているのか、ということである。なんでいちいち、そんなところにおうかがいを立てねばならぬのか。まちなか運営協議会は、名張まちなか再生委員会が発足させたものではあっても、両者は別の組織として運営されている。早い話、6月1日の総会では、まちなか運営協議会にかんする審議はいっさいおこなわれなかった。参考資料として、こんな書類が配られただけである。
かりに役員会の承認を受けた事業であるというのであれば、それは総会に報告され、総会の承認を受けるのが本来ではないのか。役員会の専決事項であったとしても、それならそれでやはり総会で報告がなされるべきであろう。しかし、そんなことはまったくなかった。だから回答に役員会のことをもちだしてみたって、墓穴を掘ることにしかならない。そんなことすらわからんのか。
「よってだ~こ各号店」の手作り作品を「やなせ宿」で名張地区まちづくり協議会と共催し、合同展示したものです。
だから、こちらは、その作品展とやらの主催団体にまちなか運営協議会の名前がなかったのはどうしてなの? と尋ねているわけである。こんなよけいなことばかり書いてないで、まちなか運営協議会は当初から作品展の共催団体でしたが、やなせ宿公式サイトの記事にそれを明記しておりませんでしたので、ご指摘を受けて追記いたしました、と回答すればいいだけの話ではないか。どうして必要もないのにいいわけがましいことばかり、かくもたらたらと書きならべたがるのか。
いずれにしましても、私たちは、市内で初めての施設であり、運営を行政から委託され、素人の集団が前向きに必死に取り組んでいるところでありますので、当分の間、温かい目で見守っていただきたく考えておりますので、ご理解ください。
はばかりながらこちとら、名張まちなか再生プランの素案が発表された時点から、プランのことを温かい目で見守り、適切な助言をつづけてきた身である。その助言にいっさい耳をかそうとせず、あげくのはてにとんでもない泥沼に踏みこんでしまったのが、名張市であり、名張まちなか再生委員会であり、要するにやなせ宿なのである。いまさらなにを理解しろというのか。素人だの、前向きだの、必死だのと、そんなあたりまえのことをことごとしくいいたてたところで、なんの弁明にもならん。江戸川乱歩生誕地碑広場案内板にかんして以前にも記したとおり、一生懸命やってます、なんてのはあたりまえのことである。そんなことがなにかのエクスキューズになるとでも思っておるのか。
質問の二点目に移る。
名張まちなか再生委員会が組織され、歴史拠点整備プロジェクトチーム内で歴史資料館を主眼に検討・協議してまいりましたが、資料館だけで、どれだけの入館者数を見込まれるのか疑問点も浮上し、討議の結果、食の文化・物産の文化とも兼ね備えた交流施設にし、2つの目的をもった施設運営を行っていくことにしています。
「2つの目的」というのは、「食の文化」と「物産の文化」のふたつなのか、それとも、「食の文化・物産の文化」と歴史資料館のことなのか。あるいは、「食の文化・物産の文化」と「交流」でふたつということなのか。どうもよくわからない。もう少し正確な回答というやつを心がけてもらいたいものである。意味不明では困るではないか。
このことが、旧市街地の活性化にも寄与できると確信しています。
こんなことを質問しておるわけではない。
なお、参考までに本年6月7日オープンから9月末で、入館者数が5千人を数える盛況ぶりです。
こんなことも尋ねておらん。
ご質問の件ですが、私の立場で市長の主張に対し、虚偽であるかどうかについてのコメントを申し述べる立場にないと考えています。
かんじんの質問にはノーコメントかよ。なんともぶざまな逃げである。しかし、逃げたことにはならんぞ。質問は、やなせ宿は歴史資料館を主用途として整備されたらしいんだけど、それってほんとかよ、というものである。ほんとだったら、はいさようでございます、と胸を張って答えられるはずではないか。したがって、ノーコメントということは、実質的には市長発言は虚偽であると認めていることにほかならない。
結局のところ、じつにのらくらした回答ではあるけれど、(1)にかんしては、公式サイトの記事にこそこそと変更を加えた事実、(2)にかんしては、コメント不能という事実、これらふたつの事実が、当方の指摘が正当なものであることを雄弁に物語っている。そして、正当な指摘を受けながら、それを素直に認めようとせず、見当ちがいな弁明や立場をわきまえぬ黙秘に走るしかないという事実が、まちなか運営協議会という組織の本質を如実に示している。市民の税金で公共施設の運営を委託されている組織としては、いかにも不適格であるというしかあるまい。
膝のぐあいが悪い。急に寒くなったこともあって、よけいにからだが縮こまったような感覚がある。もともと繊細な人間であるせいか、肉体に少しでも変調があると、たちまち精神に影響する。士気が阻喪し、意気が銷沈する。名張市公式サイト「市長への手紙」を利用して名張市長から頂戴した回答に、さらに重ねて質問を、とは思うのだが、どうでもいいやという気になってくる。
しかしこれは、いたしかたのないことかもしれない。なにしろあの回答である。
9月19日:突然ですが胡蝶の舞 前篇
9月20日:突然ですが胡蝶の舞 後篇
最初から、蟻地獄であることは知れていた。のがれようはない。だれがみたってそうであろう。だというのに、名張市長の回答には、あいもかわらず、恥知らずなほどにしらじらしいいいわけ、いいのがれ、いいつくろいしかみあたらない。まことに見苦しい。やなせ宿は歴史資料館を主用途として整備された、という発言が虚偽であったと認めないかぎり、見苦しさは度を増すばかりであろう。あほらしくてやってられん、という気になる。
ちんたらちんたらしてるのがいやになった、ということもある。だからもう、やなせ宿にかんする質問はいったん打ち止めとして、新しい質問を送信した。新しいというよりは、名張市は乱歩をどうする気? という本命の質問である。送信IDは20080928095334439とのことであった。内容はつぎのとおり。
軽く釘を刺しておいたけれど、展示のための資料を問題にしているのではない。眺めるものではなく、あくまでも読む資料である。どうも名張市役所あたりでは、本を読むという習慣のない人間が多いせいか、資料は展示するものと相場が決まっているようである。だから乱歩関連資料の活用というと、ハコモノを整備してなにかを展示するという話になる。そういう話にしかならない。
しかし、そんな話をしているのではない。新しい施設を整備する、などという話ではまったくない。すでにある資料、市立図書館が収集し所蔵している乱歩関連資料をどう活用するのか、という問題である。望むべくもないことであろうが、誠意ある回答というやつを期待したい。
しかしこれは、いたしかたのないことかもしれない。なにしろあの回答である。
9月19日:突然ですが胡蝶の舞 前篇
9月20日:突然ですが胡蝶の舞 後篇
最初から、蟻地獄であることは知れていた。のがれようはない。だれがみたってそうであろう。だというのに、名張市長の回答には、あいもかわらず、恥知らずなほどにしらじらしいいいわけ、いいのがれ、いいつくろいしかみあたらない。まことに見苦しい。やなせ宿は歴史資料館を主用途として整備された、という発言が虚偽であったと認めないかぎり、見苦しさは度を増すばかりであろう。あほらしくてやってられん、という気になる。
ちんたらちんたらしてるのがいやになった、ということもある。だからもう、やなせ宿にかんする質問はいったん打ち止めとして、新しい質問を送信した。新しいというよりは、名張市は乱歩をどうする気? という本命の質問である。送信IDは20080928095334439とのことであった。内容はつぎのとおり。
ご回答ありがとうございました。やなせ宿にかんするお尋ねはひとまずここまでとし、新しい質問を提出いたします。つぎの一点です。
・名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針はあるか。 念のために申し添えますと、展示用資料のことをお尋ねしているわけではありません。市立図書館が開館準備の段階から収集してきた図書や雑誌などの資料のことです。この点につきましては、昨年の2月から3月にかけて、名張市教育委員会の当時の教育次長にお訊きしたのですが、お答えはいただけませんでした。その後、公文書公開請求によって確認したところでも、乱歩関連資料の活用にかんする公文書は存在していないとのことでしたので、具体的な方針はまとめられていないものと推測される次第ですが、念のためにお尋ねいたします。 ご多用中恐縮ですが、よろしくご回答たまわりますようお願いいたします。 2008/09/28 |
軽く釘を刺しておいたけれど、展示のための資料を問題にしているのではない。眺めるものではなく、あくまでも読む資料である。どうも名張市役所あたりでは、本を読むという習慣のない人間が多いせいか、資料は展示するものと相場が決まっているようである。だから乱歩関連資料の活用というと、ハコモノを整備してなにかを展示するという話になる。そういう話にしかならない。
しかし、そんな話をしているのではない。新しい施設を整備する、などという話ではまったくない。すでにある資料、市立図書館が収集し所蔵している乱歩関連資料をどう活用するのか、という問題である。望むべくもないことであろうが、誠意ある回答というやつを期待したい。