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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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ここで、名張市立図書館が乱歩関連資料を収集するべきかどうか、という問題が浮上してくる。いうまでもなく、いわゆる地域資料のたぐいは、一も二もなく収集されなければならない。市立図書館が収集しなければ、名張市の地域資料を集めて保存する施設などどこにもなくなってしまう。しかし、乱歩関連資料はどうか。これは、市立図書館が絶対に収集しなければならない、というアイテムではない。昭和44・1969年の開館以来、市立図書館は四十年間にわたって乱歩関連資料を収集してきた。で、どうなったのか。名張市公式サイト「市長への手紙」を利用して確認したところ、名張市の公式見解はこんなんであった。

   
中 相作 さま
    
このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。

名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。

今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。

平成20年10月 9日

名張市長 亀井利克

まったくわかっておらんようである。この名張市という名のインチキ自治体には、なーんにもわかっておらんようなのである。どうして市立図書館が乱歩関連資料を集めなければならんのよ、その根拠はなによ、と尋ねられたら、いったいどんなふうに答えるつもりなのか。答えることができるのか。できるはずねーよなばーか。はっきりいってしまえば、そんな根拠はきわめて薄弱である。そもそも、乱歩という作家と名張という土地との関係性というやつが、おあいにくなことに稀薄きわまりないのである。それにだいたいが、ごく現実的な問題として、市立図書館が乱歩関連資料の収集をたったいま中止してみたところで、名張市内はもちろん日本全国津々浦々、完全無欠の無問題というやつなのである。

逆に、市立図書館による乱歩関連資料の収集をオーソライズしようと思ったら、つまり、四十年間かけて資料を収集してきたことが意味のあることであった、税金の無駄づかいではなかった、といったことを証明しようと思うのであれば、その方法はたったひとつしかない。資料を活用することである。すでにある資料そのものを根拠とし、それを活用することで、資料収集の意義が証明できるのである。にもかかわらず、なんなんだこのざまは。「名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが」などと平気でほざいておるのであるから、名張市ってのはかなり危ない。ほぼ脳死状態である。名張市において「市長への手紙」の回答を考えたり書いたりしている職員諸君、大丈夫か実際。

いっぽう、3月30日に開かれた名張まちなか再生委員会の乱歩関連事業プロジェクトチーム会議。先日紹介した報告書には、こんな意見が記されていた。

「乱歩情報発信の基地としてやなせ宿を使えていない。これはまちなか再生の核施設であるべきやなせ宿が機能していないと言うことに他ならないのではないか」

「乱歩情報」ということばが具体的になにを指しているのかはよくわからないが、もともと乱歩との関係性が稀薄な土地なのだから、名張市には乱歩にかんする情報と呼べるものなど、まったくといっていいほど存在していない。発信もくそもないのである。しいてあげるなら、市立図書館が収集してきた乱歩関連資料こそが、発信するにあたいする唯一の情報なのであるが、名張市はそれをせんのである。収集した資料のデータを体系化し、インターネットで発信すればいいではないかと、いやいや、するべきなのであると、いくらいってやったってせんのである。どうしてせんのか、と尋ねたら、こそこそこそこそ逃げ隠れするだけなのである。

ならば、名張市は乱歩にかんしていったいなにをやるのか、というと、乱歩都市交流会議でございます、と来るのである。これがもう、みごとなまでの思いつきである。最初っからわかっておったことなれど、担当セクションである総合企画政策室に確認してみたところ、思わず感心してしまうほどみごとなまでにあとさき考えぬその場かぎりの思いつきであったことが判明した。

3月26日:中先生のおさなご講座 拾

あるいは、乱歩令息の平井隆太郎先生を市政功労者としてかつぎあげる、ということも、乱歩にかんする名張市のちょっとした思いつきなのである。3月31日に開かれた市政功労者表彰式、YOUに動画が掲載されていたから、未見のかたはごらんいただきたい。

伊賀タウン情報 YOU:市政功労者表彰 狂言師・茂山さんら 名張

東京から駆けつけてくださった乱歩令孫、平井憲太郎さんも、映画監督だった故田中徳三さんの奥さんも、ついでにいえば中先生の義母までもが映っておって、まことにおめでたいかぎりなのであるが、しかしまあ、名張市政はいかにも市民不在であるのだなと、この映像をみてあらためて実感せざるをえなかった。このインチキ自治体には、市民と喜びをともにする、とか、市民と喜びをわかちあう、とか、そういった発想が存在しないのである。だから、市政功労者表彰式といったって、密室に当事者だけが集まり、それはまあ日本全国津々浦々、どちらの土地にお邪魔いたしましてもしょせん程度のおよろしくないものと相場が決まっている市議会議員の先生あたりはご出席であったようだが、あんなものはおおむね行政の手駒なのであるから一般市民とは呼びがたい。結局のところ、本来であれば喜びをともにし、喜びをわかちあうべき一般市民をきれいに排除したうえで、当事者だけによるセレモニーとしてしまってみじんも怪しむことがない。それが名張市政の本質なのである。

そんなことはともかく、名張まちなか再生委員会の乱歩関連事業プロジェクトチームにおいて、「乱歩情報発信の基地としてやなせ宿を使えていない」との意見が表明された次第なのであるが、こんなものはもう、いまとなっては手遅れというしかない問題である。先日も記したとおり、やなせ宿の運営について最初から考え直すべく市長が強権を発動する、といったことにでもならないかぎり、どうにもなりはせんのであるが、市長に強権発動を期待するなんてことは、とてもじゃないけど無理な相談というやつなのであろうな。無理無理。できゃせんできゃせん。できてたまるかぎっちょんちょん、てなものなのであろうな。

もっとも、乱歩が生まれた新町にある旧細川邸を公共施設として整備するというのであれば、なんらかのかたちで乱歩に関連づけるべきである、というのはごく当然の発想であって、げんに市長もそのようにお考えであったのではないのかな。それが証拠に、かつて名張市公式サイトから引いたところを再度引用しておくことにして、まずは平成19・2007年の6月定例会一般質問における市長発言。

   
それから、まちなかの中で乱歩の関係のお尋ねがあったわけでございます。当方のこれについての考え方は今議会で申し上げたとおりでございまして、桝田病院第2病棟の部分というのは、地域の方々にとりましては生活の場でもあるわけでございます。そんな中で、さまざまなご意見もいただいてまいりました。よって、この場所は生誕の地であることを表現できる公園の整備をいたしていくのがいいのではないかというふうに思っております。
ただでございますけれども、ミステリー文庫であったり、あるいはまた乱歩ゆかりの品も一緒に、その近くといいましょうか、街道沿いといいましょうか、そういう部分に展示する場所が必要であるということは、これもさきに申し上げたとおりでございますので、このことにつきましてこれから関係者とお出会いをさせていただくと、その日程も決めていただいてるところでございます。

あるいは、平成20・2008年1月25日、名張市産業振興センター・アスピアで催された「市長のまちかどトーク」における市長発言。

   
やなせ宿は、1年間は市が運営をし、その後は地域におまかせしようと考えています。訪れた人が食事やお茶を飲むことができる店舗などとして利用するなど地域の人といっしょにやっていきたい。蔵は、寄付を受けたものなど図書館の地下書庫で保管しているミステリー関係の本3,000冊を「ミステリー文庫」として活用し、一室をファンなどに読書室として利用してもらってもよいと考えています。

しかしまあ、これも結局、ただの思いつきであったということなのであろうな。名張市名物の思いつきである。思いつきじゃなければ名張市じゃない、でおなじみの思いつきである。思わず感心してしまうほどみごとなまでにあとさき考えぬその場かぎりの思いつきだったのであろうな。思いつきというよりは、こうなるともう完全に、うそと呼んでしかるべきなのではあるけれど、ほんとにもうね、ほんとにもういいかげんにしてくれんかね、と思いつつ、あすにつづく。
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