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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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きのうの続報である。3月26日夜、名張まちなか再生委員会の歴史拠点整備プロジェクト、数えて十八回目の会議。やなせ宿は4月1日からどうなるの? と質問した。なにしろ中先生、委員会をぶっ壊すことしか考えておらんのだから、組織の方向性だの今後の取り組みだの、そんな話題はすべてスルーだったのであるが、やなせ宿のことは気になっていた。だから、やなせ宿はどうよ、と事務局に質問した。

ちなみに、あの無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館は、いまや名張まちなか再生委員会とは無縁の施設である。したがって、歴史拠点整備プロジェクトの会議で話題にするのは筋の通らぬ話である、ということになる。しかし、なにしろ名張市である。名張市における筋などというものは、いいだけねじくれ曲がっておるのである。筋が通っておらんのは名張市のほうなのである。それはもう、みごとなまでに筋が通らん。あほなのであるからな。

やなせ宿のオープンは、昨年6月7日のことであった。「陽光うららかな土曜の朝、名張のまちにはいつものとおり人影がなく、新町通りに入ってもなお閑散としている。やなせ宿に着き、無駄に立派な公衆便所のまえを通過して、裏に、つまり名張川のほうにまわってみると、そこに人だかりがあって、セレモニーの会場がしつらえられていた」と当ブログ当日のエントリに書いてある。そうであったそうであった。午前10時からテープカットがおこなわれ、副市長と市議会議長と名張まちなか再生委員会委員長が紅白のテープにはさみをお入れになったのであったな。

オープンこそ6月であったが、年度開始の4月にオープンすることは可能であった。やなせ宿の改修工事は前年度中に終了していたからである。なぜ6月になったかというと、名張市がじつにうっかりしていて、やなせ宿がなんのための施設なのか、それを決めることなく施設整備を進めてしまったからである。本来であれば、ありえない話である。しかし、ここ名張市には、そんな話が実際にあったのである。ま、あほなのであるからな。

伊賀タウン情報 YOU:総工費1億円 名張の観光交流施設「やなせ宿」どうなる?何する?(2008年4月11日)

引用。

   
一方、実質的な運営は市の「公設民営」の方針から、05年6月に組織された、市民らによる「名張まちなか再生委員会(田畑純也委員長)」が民営化について協議してきた。その結果、当初は同委員会が立ち上げた団体が運営を任される予定だったが、これまでの役員会などで、同委員会設置の「まちなか運営協議会」が当面の運営を行うことが決定した。名張市が09度の指定管理者を目指して運営団体を公募し、同協議会も新たな運営組織を再発足するという。

まちなか運営協議会が当面の運営をおこなうことになった、とある。当面というのは、今年の3月末までのことである。どんな協議会なのか。昨年6月の名張まちなか再生委員会の総会において、やなせ宿のことはまったく話題にのぼらなかったのであるが、なぜか、まちなか運営協議会にかんする報告資料が配付された。これである。

20080602e.gif

報告ったって、ただこれだけのものである。なにを報告しておるのかもようわからん。やなせ宿の運営を受託したのなら、どんだけの予算が転がりこんできたのか、その程度のことは報告したらんかとも思うのだが、それすらない。ちなみに、昨年6月から今年の3月までの委託費として、名張市から協議会に二百七十七万円が転がりこんだと聞き及ぶ。ただまあ、こうして報告資料をみてみると、会計監査のかたもいらっしゃることだから、年度末を迎えて、せめて監査報告くらいは公開されるのであろうな。

ところで、このまちなか運営協議会、おとといの会議では評判が無茶苦茶であった。最悪最低、とはこのことであろう。横で聞いていて、協議会が気の毒になったほどである。不透明であるとか、風通しがわるいとか、実質的には名張地区まちづくり推進協議会そのものであるとか、てめーら公務員たる市職員が民間団体であるまちなか運営協議会に使役されていてどうするよおら、おらおらおらおら、うりゃうりゃうりゃうりゃ、どりゃどりゃどりゃどりゃ、ぐりゃぐりゃぐりゃぐりゃ、とか、それはもうさんざんであった。まあやかましいやかましい。ついでに記しておくならば、名張地区住民のあいだからも、あの協議会にかんしてはわるい話しか聞こえてこないという。越後屋、おぬしも相当のワルよのう、みたいな感じであろうか。

このやなせ宿、名張まちなか再生プランでは歴史資料館として整備し、公設民営方式で運営する、とされていたのであるが、歴史資料館にはならなかった。公設民営方式のほうも、オープン時には導入されるにいたらなかった、先に引用した記事にあるとおり、まちなか運営協議会が「当面の運営を行う」ということになった。いわゆる見切り発車である。見切り発車はしたものの、「名張市が09度の指定管理者を目指して運営団体を公募し」ということにはなっていた。しかし、そうはならなかった。指定管理者の募集はおこなわれなかった。名張市はまた、市民にうそをついたのである。

ではやなせ宿、新年度はどうなるのか。おとといの会議で事務局にただしたところ、明快な回答は得られなかった。どうしてまともに答えないのか、理解に苦しんだ次第であるが、とにかく口ごもったような返答しか返ってこない、しかし、どうやら、案ずるに、新年度においてもひきつづき、まちなか運営協議会が「当面の運営を行う」ということになっておるようである。どうもそんな気配であった。まったくまあ、なにをやっておるのか。ずるずるずるずると、まあずるずるずるずると、ものごとをちゃんと決めることがなにもできずにただずるずると、ほんとにずるずるずるずるずるずるずるずる、牛のよだれみたいにずるずるずるずる目先のことだけにかまけてずるずるずるずる、いいだけずるずるしたあげくそれまでのずるずるのプロセスを既成事実として積みあげて、やなせ宿を食堂にしてしまえばそれで満足なのかな名張市は。さっぱりわけがわからん。ま、あほなのであるからな。

わけがわからんことは、もうひとつある。施政方針に記されていた「今後の計画づくり」とやらのことである。施政方針の執筆は秘書室の担当であると聞き及んだが、その秘書室、まちなか再生事業の現場とはなんのすり合わせもなしに「今後の計画づくり」をぶちあげてくれたらしいな。きのうも記したとおり、おとといの会議でそれを看取することができた。いくら内容空疎なものとはいえ、施政方針だぞ施政方針、その施政方針がそんな適当なものでいいと思うておるのかまったく、と思っていたら、「市長への手紙」の回答がきのう届いた。着信時間は午後2時58分31秒。名張市において「市長への手紙」の回答を考えたり書いたりしている職員諸君、どうもご苦労であった。

しかし、しかしなあ。それはまあ、市民から「名張市はみずから発足させた各種委員会の自立性や主体性をいっさい認めようとしない、と判断せざるをえない。このように判断して差し支えないか」と尋ねられて、はい、そのように判断していただいて結構です、と答えることはできぬであろうが、その程度のことは中先生とてわからぬわけではないのであるが、しかし、しかしなあ、名張市が各種委員会の自立性や主体性を認めていないのは歴然たる事実なのだからなあ。だいたいが、自立性や主体性というのがどういうものなのか、それすら理解できておらんのだからなあ。職員諸君、ほんとに困ったものではないか。つらいよなあ。つらいつらい。おたがいほんとつらいよなあ。というところで、以下、あすにつづく。というか、あしたはお休みになるかもしれん。よろしくどうぞ。
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