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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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名張まちなかにおけるひさかたぶりの明るいニュースではないか。やなせ宿のオープンが明るいニュースであると思っている市民もあるかもしれないが、あれはまちがいなく不幸な、でなければおまぬけなニュースでしかない。明るいニュースがこれ。

毎日新聞:文化審答申:名張・川地写真館、文化財に 「歴史的景観」 /三重(6月21日)
中日新聞:名張初、川地写真館も 国文化財に初登録(6月21日)
伊勢新聞:名張の川地写真館を答申 国の有形登録文化財に(6月21日)
読売新聞:登録文化財に 「川地写真館」(6月22日)

登録有形文化財にかんする知識は、とりあえずこのあたりで。

Wikipedia:登録有形文化財

文化財としての川地写真館のことは、三重県の公式サイトでも紹介されている。

三重県公式サイト:守ろう!活かそう!三重の文化財 川地写真館

現在、写真館としては桔梗が丘で営業中。こちらは伊賀まちかど博物館になっている。

伊賀まちかど博物館:名張市24 フォトミュージアム 写真の川地

国指定登録有形文化財になった建物が建築されたのは大正10・1921年だが、川地写真館の創業は明治10・1877年である。建物ばかりでなく、保存されている原板の価値もなかなかなものなのではないか。原板というのは、市川崑監督の「病院坂の首縊りの家」で、犯人が小沢栄太郎扮する写真館の主人を殺害してまで手に入れたがったあれである。金田一耕助が最後に叩き割ってしまったあれなのであるが、川地写真館にも貴重な原板が残されているのでは? と少し以前、当代のご主人にお訊きしてみたところ、伊勢湾台風の水害で全部だめになった、とのことであった。残念なことである。

で、さらに川地写真館の検索をつづけると、名張市の公式サイトがひっかかってきた。「名張の文化財」のページではなくて、このページである。

名張市公式サイト:「市長のまちかどトーク」実施結果

今年の1月25日、名張産業振興センターアスピアで開かれた「市長のまちかどトーク」の報告である。ちょっと引いてみる。

   
ご意見
○旧町の活性化に対する考え方について

市長のコメント
○市長就任当時、これから中央西などの新しいまちができたら旧町は取り残されてしまうことになるとの思いから、旧いまちを生かした活性化事業として総合計画に盛り込みました。まちなか再生ややなせ宿、乱歩事業なども進めていきます。旧町は、坂が少なく駅にも歩いていけるなど住みやすいコンパクトシティ。川地写真館は県内で一番古い写真館であり、中村医院などの古い建物もある。旧町を散策してみたいと思えるような再整備をしていきたい。
やなせ宿は、1年間は市が運営をし、その後は地域におまかせしようと考えています。訪れた人が食事やお茶を飲むことができる店舗などとして利用するなど地域の人といっしょにやっていきたい。蔵は、寄付を受けたものなど図書館の地下書庫で保管しているミステリー関係の本3,000冊を「ミステリー文庫」として活用し、一室をファンなどに読書室として利用してもらってもよいと考えています。

どうもよくわからない。今年1月の話である。「まちなか再生ややなせ宿、乱歩事業なども進めていきます」なんてあたりが、どうも腑に落ちない。やなせ宿整備は失敗に終わり、乱歩事業など何もできなかったということが、すでに明々白々となっていた時点での話である。何をどう進めるとおっしゃるのか、さっぱりわからぬではないか。

やなせ宿の運営にかんするくだりもおおいに変で、例によって例のごとき主体性の混乱がみられる次第であるが、まあどうだっていいか。いつものことである。ただし、「ミステリー文庫」のくだりは見すごしにできない。「考えています」とおっしゃるのであれば、どうしてそうなさらなかったのか。やなせ宿整備の最高責任者は、いうまでもなく名張市長である。責任者である以上、それなりの権限をも有していらっしゃるのである。そして今年1月25日の時点では、やなせ宿は無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館になるしかないということが、関係者には明瞭に認識されていたはずなのである。その時点で「ミステリー文庫」という具体的な活用の方向を「考えています」とおっしゃったのであれば、その考えを実現するべく努めるのが市長というものであろう、みたいなことは4月17日のエントリにも記したから、ここでくり返すことは控えておくか。

4月17日:丸投げについて憤る

それでまあ、「川地写真館は県内で一番古い写真館であり、中村医院などの古い建物もある。旧町を散策してみたいと思えるような再整備をしていきたい」とのことであるけれど、いまごろ何をおっしゃっているのか。そうした方向性があるのであれば、それは名張まちなか再生プランに反映されていてしかるべきであった。それをいまごろ、やなせ宿整備が完全な失敗に終わることが明白になっていた時点で、「旧町を散策してみたいと思えるような再整備をしていきたい」などとおっしゃっても、具体的にいったい何をどう再整備するというのか、やっぱりさっぱりわからんではないか。

いや、いかんいかん。まーたむかっ腹が立ってきた。珍しくおめでたい話題をとりあげたというのに、こんな方向にスライドしてしまっては、川地写真館のご主人に申しわけないような気もする。本日はこれまでとする。
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