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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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平成17・2005年。

この年のたしか1月、名張まちなか再生プランの素案が発表された。そんなプランの策定が進められていたことはまったく知らなかった。2月18日、名張市議会の重要施策調査特別委員会が開かれたのだが、議案のひとつに「名張地区既成市街地再生計画『名張まちなか再生プラン』(案)について」というのがあった。桝田医院第二病棟のことはプランにどう盛りこまれているのか、桝田先生のご遺族と名張市との橋渡しを務めた人間として、気にならないわけがない。傍聴に足を運んだ。

特別委員会の会議録は名張市公式サイトでは閲覧できないらしいので、ウェブサイト名張人外境に記したところを引く。いうならば傍聴記である。

    
●2月19日(土)

昨18日、名張市議会の重要施策調査特別委員会が開会されました。名のとおり市の重要施策をテーマとした委員会で、市議会議員全員すなわち二十人で構成されています。午前十時から名張市役所二階の特別委員会室で開かれました。開会前に議員控え室の前を通りかかったところ、田郷誠之助議員(無所属)とばったり。田郷先生は議案書を取り出して眼を通しながら、

「ははあ、これですか。名張地区既成市街地再生計画『名張まちなか再生プラン』(案)について」

この日の議案は十件ありましたが、委員報酬について、名張市地域福祉計画(案)について、「くにつふるさと館」の開設について、はたまた、(仮称)名張ふれあいスポーツプラザ事業計画の概要について、新消防庁舎・防災センターの建設位置について、といったものには私はまったく関心がなく、田郷先生お見通しのとおり五番目に掲げられた「名張地区既成市街地再生計画『名張まちなか再生プラン』(案)について」という議案の審議を傍聴するべく、朝とても早く起きてお仕事を片づけてから名張市役所に駆けつけた次第でした。

午前十時の開会が近づくと、議員が特別委員会室に向かいます。顔見知りの梶田淑子議員(ききょう会)や上村博美議員(ききょう会)に挨拶しながら(この上村議員というのは私の従兄弟で、近く慶事を控えているのですが、私は愛知県に赴く用事があるからとそのセレモニーへの出席を断ってしまい、むろんまさか昭和食堂へ行く用事があるからとはいえぬわけですが、とにかくなんだかなあ)、私も議場に入りました。傍聴席には記者クラブの面々も着席し、やがて委員会が始まります。私は持参した文庫本を読み始めました。

正午前、私は文庫本を読み終えました。いやまいったな。持参したのは堀田善衞『ミシェル 城館の人』全三冊(集英社文庫)の第一部なのですが、つづきの第二分冊までは持参しておりません。議題はまだ三番目、つまりお目当ての「名張地区既成市街地再生計画『名張まちなか再生プラン』(案)について」が審議されるのは午後ということになり、まだしばらくは本を読んで時間を潰すことが必要になります。やがて柳生大輔議長(ききょう会)が休憩を宣言し、お昼休みとなりました。

私は名張市役所前の笑いめしという店で昼食を食べ(お会計のほうは五百十円でした)、そのあと市役所裏の別所書店新名張店に入って本を物色してみたのですが、こんなときに限ってこれはというものが見つからず、江戸川乱歩全集第25巻『鬼の言葉』(光文社文庫)と有栖川有栖さんの『作家の犯行現場』(新潮文庫)を購入して市役所に戻りました。午後一時、委員会が再開され、私は傍聴席で『鬼の言葉』と『作家の犯行現場』をぱらぱら眺めましたが、審議はいやでも耳に入ってきます。

いやはやなんともそれにしても、名張市議会を傍聴するのはじつに久方ぶりのことであり、しかも特別委員会の傍聴はきのうが初めてであったわけなのですが、顔ぶれは変われど名張市議会の皆さんは相も変わらず程度がおよろしくないようです。こんな連中が議員だ何だと偉そうにしてやがるのか、おまえら一度ものの道理というものを教えてやるから名張市立図書館まで来いこら、と怒鳴りつけてやったらどんなにせいせいするだろうと思いながら、私は「名張地区既成市街地再生計画『名張まちなか再生プラン』(案)について」の審議に耳を傾けました。

このプランについては2月10日の産業建設委員会で検討が行われたとのことで、まずその結果が同委員会の永岡禎委員長(ききょう会)から報告されました。報告は三点にわたったのですが、たいしたことではありませんから省くこととして、しかしひとつだけお知らせいたしておきますと、名張旧町地区を十年で再生するというこのプランの財政規模は八億円程度、国のまちづくり交付金でその四〇%が措置される見込みだといいます。

さて問題の「名張まちなか再生プラン」(案)ですが、私はこのプランに関して1月21日付伝言で次のように記しました。

  
 この「まちなか再生プラン」(仮称)、まだ正式には公表されておりませんから内容についてあれこれ申しあげることはできないのですが、不本意ながら不備を指摘せざるを得ないプランではないかと思われます。大きな不備はおそらくふたつあり、ひとつ は既成市街地をどのような「まちなか」にしたいのかという総合的な視点が欠落していること、もうひとつは既成市街地の「再生」に生活という発想が存在していないことであろうと思われます。計画の中身も確認しないでこんなことを指摘するのは差し控えるべきではありますけれど、計画を策定したのが「公募した市民や名張商工会議所の関係者ら四十九人」だというのですから、たいしたことはまったく期待できないにちがいありません。

で昨日、委員会における名張市側の説明を聞き、あとでA4サイズ三十三ページにおよぶプリントを入手してぼーっと眺めてみたのですが、自分の懸念が現実のものになってしまったことを私は実感いたしました。細かいツッコミを入れるべきところは無数にあるのですが(もとよりプランというものはそういうものであって、ツッコミの入れどころのないプランなんて存在しないわけですが)、ここではおもに細川邸の活用法に限定して話を進めたいと思います。細川邸は名張市新町、乱歩の生家跡からもほど近い場所に残る旧家で、歴史資料館として活用することが検討されています。

しかし私は歴史資料館という発想にはまったく賛同できず、2月14日付伝言でも「何が歴史資料館だ。だいたいが歴史のことなどまったく知らず、そもそも歴史に関心すらない人間に限ってこんなことをおっしゃいますから片腹痛い」と記した次第なのですが、この日の重要施策調査特別委員会ではそうした片腹痛さを文字どおり痛感させられる仕儀となってしまいました。

ある議員が歴史資料館に関して発言し、名張市内に残る美旗古墳群という遺跡に言及したときのことです。美旗古墳群を観光資源として活用してはどうかとの指摘がなされたのですが、そんなことは昭和53年、美旗古墳群が国史跡に指定されたのを機にひととおり検討されたはずで、しかしこの先生はそうした経緯もご存じなく、美旗古墳群についても一知半解の知識しか持ち合わせていらっしゃらないのだろうなと思いながらさらに耳を傾けておりますとさあ大変、この先生は江戸時代が中世であるとおっしゃるではありませんか。私は耳を疑いましたが、先生が同じことをもう一度きっぱりと断言してくれましたので耳に対する疑いは晴れました。

いやまいった、と私は頭を抱えました。むろん市議会議員が無教養であっても別にかまいはしないのですが、というか無教養な人間が議員になれないのであればこの国には議員と名のつく人間などほとんど存在しないことになってしまうはずなのですが、それにしたって江戸時代は中世であるなどという認識に基づいて歴史資料館を論じていただいては困ってしまいます。いかんいかん。こんなことではいかんではないか。名張市議会いかがなものか。

じゃから最初っからゆうとろーが。そこらのうすらばか何十人と寄せ集めてプランを策定してみたところで、そんなものはろくなもんじゃありせんぞと最初っからゆうとろーが。そうじゃろーが。

    
●2月20日(日)

いやはやほんとにいかがなものかと眩暈に似た感動すら覚えてしまうわれらが名張市議会なのですが、18日に開かれた重要施策調査特別委員会における「名張地区既成市街地再生計画『名張まちなか再生プラン』(案)について」の審議の模様をひきつづきお伝えいたしましょう。

まず驚いたのは、「名張まちなか再生プラン」(案)に盛り込まれた歴史資料館たらいう愚劣な構想がまったく無批判に受け容れられていたことです。そんなことでいいのか名張市議会。歴史資料館なんてものつくったからといって名張のまちに人が押し寄せてくるはずがなく、そもそもいったい何を展示するのかといったことを私はこのところ連日主張している次第なのですが、名張市議会には歴史資料館というハコモノに対する無根拠な盲信、いっそ歴史資料館信仰とでも呼ぶべきものが存在しているようで、そうした信仰に明確な疑問を投げかけたのはわずかにただ一人、福田博行議員(清風クラブ)が、

「歴史資料館をつくったら人が来てくれるというのはまさに行政的発想。点をつけるとしたら三十点」

と発言したのみというていたらくでした。いいぞいいぞ味ふく、と私は心のなかで喝采を送りました。味ふく、といっても何のことやらおわかりにならない方もいらっしゃるでしょうが、あれはいつでしたか神津恭介ファンクラブご一行が名張においでくださったとき、清風亭大宴会のあとの二次会でなだれ込んだところが味ふくでした。といってもまだおわかりにならないでしょうが、先をつづけます。

ではここで、「まちなか再生プラン」(案)の「3.将来地域像とプロジェクトの考え方」のうち「3−1.歴史拠点の整備」の「(3)プロジェクト概要」から「【2】歴史資料館の整備事業」全文を引いてみましょう。

  
名張のまちにひろがりとまとまりが感じられるように、北の名張藤堂家邸に対して南にもうひとつの歴史拠点を整備します。

だからその名張藤堂家邸跡に閑古鳥が鳴いているではないかというのだ。その点に関する反省もなしに「もうひとつの歴史拠点を」などと気易く口走るな。閑古鳥の鳴く歴史拠点をふたつつくってどんなシナジーを期待するというのだ。ほんとに上っ面だけだなおまえらは。ただ施設をつくればそれでいいとするのはまさしく行政的発想にほかならず、そうした発想から脱却するために外部の人間がプラン策定に携わったはずなのだが、それでも結局のところお役所的発想から抜け出せていないのはどうしたことか。おまえらもしかしたら二〇〇四伊賀びと委員会か。

いやいや、こんな具合にいちいちツッコミを入れていたら話がちっとも進みません。おとなしく先をつづけましょう。

 
初瀬街道沿いの最もまとまりのある町並みの中にある細川邸を改修して歴史資料館とします。

だからそんなことはするなというのだ。いやいかんいかん。またしてもツッコミを入れてしまいました。どうも相済みません。最初からおとなしく先をつづけましょう。

  
【2】歴史資料館の整備事業(重要度:◎)

名張のまちにひろがりとまとまりが感じられるように、北の名張藤堂家邸に対して南にもうひとつの歴史拠点を整備します。

初瀬街道沿いの最もまとまりのある町並みの中にある細川邸を改修して歴史資料館とします。細川邸は円滑な賃貸契約が見込めるほか、平成16年11月の芭蕉 生誕360年祭において旧家の風情を活かした魅力的な歴史資料館になりうること、適切な企画によって集客力が期待できることなどが確認できたので、歴史資 料館にふさわしい建築物と考えます。

老朽化した部分を除却し、町屋の風情を大切にして母屋と蔵を改修します。また、来街する市民の便に配慮して、駐車場、公衆トイレと喫茶コーナーを設置しま す。歴史資料館の主用途は資料の展示ですが、多様な市民ニーズに応えるために物販や飲食などを含む複合的な利用も可能なものとします。なお、歴史資料館の 管理運営は民間が担う公設民営方式とします。

市民に何ども足を運んでもらえる歴史資料館とするために、江戸時代の名張城下絵図や江戸川乱歩など名張地区に関係の深い資料を常設展示するほか、市民が関 われる利用方法を工夫します。たとえば、芭蕉生誕360年祭のからくりコンテストのようなイベントで展示した作品、市民文化祭の市の美術展の出品作、個人 や文化サークルなどが作成した作品(例:能面、絵画)を展示したり、小波田地区の「子供狂言」などを招致したり、名張地区以外の市民も参加できる方法が考 えられます。また、庭に面した風格ある和室を冠婚葬祭や茶会など、市民も利用できる方法を検討します。市民が関わることのできる場と機会を提供することに よって、主催者としてあるいは参加者としてさまざまな市民の来館が期待できます。

管理運営を担う民間組織には、リピーターが確保できるような企画運営能力をもつことが期待されます。歴史資料館の立ち上がり期には、地元組織やまちづくり協議会が企画展示や施設管理に協力して、円滑な歴史資料館の管理運営に取り組みます。

ある意味見事だと感心してしまいます。歴史資料館なんてものには何の根拠も必要性もないのだということを、驚くなかれこのプラン自体が実証してくれているからです。歴史資料館の第一の前提となるべき歴史資料に関して、「江戸時代の名張城下絵図や江戸川乱歩など名張地区に関係の深い資料を常設展示する」と述べられているに過ぎないのがその証拠。要するにろくな資料がないってことじゃねえか。

2月14日付伝言にも記しましたとおり、もしも歴史資料館をつくるというのであれば「市内にはこれこれこのように貴重な歴史的資料が存在しており、広く一般に公開する必要が認められるにもかかわらずその場がない、つきましては歴史資料館を」と話が進められるのが本来であると思われるのですが、このプランはまったくそうではありません。このプランにはただ、細川邸を何らかの形で活用しなければならないので歴史資料館をつくります、という短絡的でありきたりで無責任な発想しか存在していないように見受けられます。いかんいかん。こんなことではまったくいかん。

じゃから最初っからゆうとろーが。ろくな歴史資料もありゃせんのに歴史資料館つくるなんちゅう話は、とても呑めたもんじゃありゃせんけえと最初っからゆうとろーが。そうじゃろーが。

    
●2月21日(月)

「名張まちなか再生プラン」(案)に盛り込まれた「歴史資料館の整備事業」のお話をつづけますが、噴飯すべきはやはり乱歩の扱いでしょう。「江戸川乱歩など名張地区に関係の深い資料を常設展示する」というだけなのはいかにも情けない。私はつねづね乱歩を名張市の自己宣伝に利用するのはおおきに結構ですけれど、それならそれでもう少し乱歩のことを知ろうとされてはいかがなものかと関係各位に申しあげてきたわけですが、このプランを策定された方々も乱歩のことは何もご存じないようで、だからいわないこっちゃない。乱歩に関して何の知識も持ち合わせない人間は、怪人二十面相の恰好でそこいら走り回るくらいのことなら考えつけても、名張のまちの再生に乱歩というせっかくの素材、いやさ最強のカードを有効に利用する手だてを考えるなんて段になるとまったくのお手上げになってしまうという寸法です。

それにしても、いったいどこのどなたがこんなプランを策定してくださったのか。「名張まちなか再生プラン」(案)のプリントを眺めてみますと、平成16年6月に名張地区既成市街地再生計画策定委員会が名張市長から「まちなか再生プラン」策定の依頼を受けたことが記されており、委員名簿も掲げられています。その顔ぶれはと見てみると──

委員長 浦山益郎 三重大学工学部教授
副委員長 勝林定義 名張地区まちづくり推進
協議会会長
委員 井内孝太郎 名張青年会議所理事長
岡田かる子 名張市老人クラブ連合会
副会長
岡村信也 名張文化協会理事
川上聰 川の会・名張顧問
辰巳雄哉 名張商工会議所会頭
西博美 名張市社会福祉協議会会長
西川孝雄 国土交通省近畿地方整備局
木津川上流河川事務所所長
早川正美 三重県伊賀県民局局長
福田みゆき 名張市PTA連合会会長
柳生大輔 名張市議会議員
山崎雅章 名張市区長会会長
山村博亮 名張市議会議員


うーむ。いかがなものかいかがなものか。いかがなものか名張地区既成市街地再生計画策定委員会。といっても、私は委員のみなさんそれぞれにおける資質能力知識見識を問題にしているわけではありません。こうした委員会を組織するにあたって関係機関のトップや関係団体のボスをあちらこちらから寄せ集め、それによって市民各層の意見を集約できる態勢が整ったものとする。そんな旧態依然とした手法を名張市が踏襲していることに疑問を感じている次第なのですが、まあここいらの機関団体の顔を立てておかなければ話が始まらないということもあるのでしょう。

それに名張市は、より広く市民の意見を集めて政策に反映させるためのパブリックコメント制度を採用しており、つまりこうした旧弊を補完するシステムも一応整えられているわけです。ちなみに「名張まちなか再生プラン(案)」に関しても、2月21日(きょうのことですが)から3月22日までの期間でパブリックコメントが募集されるそうです。むろん私もコメントを寄せるつもりです。寄せなくてどうする。ばんばん寄せてやるともさ。しかし、かりそめにも市立図書館に籍を置く人間がどうしてこんな制度を利用しなければならないのでしょうか。お役所ってのはほんとに奇々怪々なところなんだなと、あらためて実感される次第です。

それからここでお知らせですが、私は先週中に名張市役所の乱歩記念館担当部署を叱り飛ばしてやるつもりでいたのですが、時間がなかったせいでそれを果たせず、ところが金曜日に名張市議会の重要施策調査特別委員会を傍聴した結果、とりあえずその部署というのが判明いたしました。建設部都市計画室というところらしいです。もっとも、「名張まちなか再生プラン(案)」のパブリックコメントが募集されるということもこの委員会で聞き及びましたので、それならば名張市に対してはとりあえず手厳しくも手厳しいコメントを寄せてやり、そのうえで必要が出てくれば建設部都市計画室を叱り飛ばしてやることにいたします。以上、いささかの方針転換をお知らせしておきます。

さて、「名張まちなか再生プラン」(案)における「歴史資料館の整備事業」、資料館の主目的である資料展示はごくわずかに言及されているのみで(つまりろくな展示品がないわけですが)、そのあとには資料展示以外の利用法があれこれと列記されています。引いてみましょう。

  
市民が関われる利用方法を工夫します。たとえば、芭蕉生誕360年祭のからくりコンテストのようなイベントで展示した作品、市民文化祭の市の美術展の出品作、個人や文化サークルなどが作成した作品(例:能面、絵画)を展示したり、小波田地区の「子供狂言」などを招致したり、名張地区以外の市民も参加できる方法が考えられます。また、庭に面した風格ある和室を冠婚葬祭や茶会など、市民も利用できる方法を検討します。

なんかほんとにいかがなものか。ここに挙げられた展示や上演などの催事はすべて、歴史資料には直接関係ないものばかりです。たとえばそこらの公民館でだって充分できるものばかりではありませんか。そんなものをわざわざ歴史資料館でやらなければならぬ道理がどこにある。まったく困ったものです。

細川邸を歴史資料館として活用しなければならない。かといって歴史資料なんてろくなものがないではないか。こんなことでは資料館つくっても誰も来ないぞ。えーいもう市民に好きなようにつかい回させろ。みたいな感じで、歴史資料館という不動の前提のうえに無思慮な短絡を重ねていった経緯が明瞭に読み取れる気がいたします。要するにこのプランは、主目的の資料展示のみならずそれ以外の利用法という面においても、歴史資料館なんて本当は必要ないのだという事実をしっかり実証してしまっているわけです。歴史資料館は不動の前提なんかでは絶対にあり得ません。そんなものに固着していてどうするの。

じゃから最初っからゆうとろーが。歴史資料館つくりますけえゆうてみたところで、とどのつまり公民館みたいなもんしかようつくらんのじゃろと最初っからゆうとろーが。そうじゃろーが。

   
●2月22日(火)

ある方から、昨日付日本経済新聞のコラム「春秋」に乱歩が登場していた、とメールでお知らせをいただきました。少年探偵団のチンピラ別働隊をマクラとして、地域社会における防犯ネットワークの形成について考察する内容です。

  
春秋(2/21)
    
江戸川乱歩は戦後の作品で、少年探偵団の補完組織として「チンピラ別働隊」を登場させた。モク拾いなどで暮らす戦災孤児たちで、身寄りがない分、深夜出没する怪人20面相を心置きなく追える。過酷な時代が生んだ特異なライフスタイルゆえの起用だ。

▼乱歩没後40年、子供の連れ去りや行きずりの殺傷などが頻発する今、地域の安全・安心確保に素人として一役買うのは地域住民からなる防犯ボランティア団体。その数、全国に3000団体というが、ここでも一種の別働隊が注目される。郵便や新聞配達、ピザや乳酸飲料の宅配など、地域の巡回や家庭訪問を日常的に行う業者グループだ。

日本経済新聞 NIKKEI NET 2005/02/21

記事は「地域貢献などと大上段に構える必要はないが、今や職業人も仕事とコミュニティーの両方を向く『二面相』が求められているのだろう」と結ばれていますが、このところ乱歩はほったらかしでコミュニティにばかり向き合っている私としては、コラムの主張とは関わりのないことなれどなんだかどこかしら耳が痛い感じ。もう少し乱歩のほうを向け、と乱歩ファン各位からお叱りを頂戴したような気分です。

むろん私とて、こうなることはわかっておりました。コミュニティの問題にまともに向き合うのは泥濘に進んで足を踏み入れるようなものであって、まず眼の前に現れるのはお役所という封建時代さながらの旧弊なシステムであり、そこではお役人と呼ばれる人たちが思考停止と責任回避の日々を送っている。眼を転じれば四方八方、コミュニティに無関心でそれゆえ無責任なくせに目先の利得に踊らされて権利ばかりを主張する地域住民がわんさと存在している。いやまさかお役人や地域住民のすべてがそうだということはないでしょうけれど、とにかくそうしたコミュニティに身を投じ、そこにある矛盾や不公正といったものを指摘し是正しようとするなどというのは、はっきりいって孤立無援、ほとんど絶望的なまでに孤立無援な行為であるのかもしれません。

ですから私はコミュニティとはできるだけ無縁であろうと努めていたのですが、どうやらそうも行かないみたいだぞと思われてきたのが「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」、あの官と民とがぐるになって血税三億三千万円をいいようにどぶに捨て去る事業が完全に市民不在住民無視の密室のなかで準備され、しかも伊賀地域住民というのはいつだってそうなんですが陰ではいくらでも悪口をいうくせに公然とした事業批判はいっさいしようとしませんから、こーりゃ三重県も伊賀地域七市町村(現在は市町村合併によって二市になっていますが)も十八万伊賀地域住民もみーんなまとめて面倒見てやろうか莫迦、と孤立無援な戦いに乗り出したのがよかったのやらよくなかったのやら。いずれにせよあす23日午後7時から名張市役所で開かれるという「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の地域報告会に顔を出し、報告を謹聴してまいりたいと思います。

それはそれとして今度は名張市というコミュニティの問題、とっとと先に進みましょう。18日開会された名張市議会重要施策調査特別委員会の報告です。この日午後1時、休憩が終わって委員会が再開される直前のことですが、私は田郷誠之助委員(無所属)から、

「このプランにはあの病院のことが出てきてませんけど、どうしてなんでしょうなあ」

とのお尋ねをいただきました。あの病院、というのは申すまでもなく乱歩生誕地碑の建つ桝田医院第二病棟のことです。私は、

「寄贈されたのが11月下旬でしたからプランに反映させるのは時間的に無理やったんとちがいますか。もちろんあそこの活用もプランに連動させなあかんわけですけど。先生ちょっとゆうたってください」

とお願いしておきました。やがて議題は「名張まちなか再生プラン」(案)に移り、名張市建設部によるプランの説明が終了、質疑応答が始まりました。最初に発言を求めたのは田郷議員で、質問は二点。一点目は、

「桝田医院から生誕地碑がある病棟の寄贈を受けたが、その活用策がプランから抜けている。今後おおいに活用しなければならない施設であり、プランを緊急に修正するつもりで取り組むことが必要だ」

といったものでした。西出勉建設部長の答弁はおおよそ次のとおり。

「寄贈を受けたのが昨年11月であったことから、活用法を具体的にプランに表すことはできなかったが、土地建物の活用方法は今後、細川邸の利用法の詳細なプランとともに検討し、相互補完的な機能をもたせて、歴史的文化的施設として活用したい」

新町の細川邸と本町の桝田医院第二病棟、このふたつをめぐっては乱歩を軸として新町と本町の暗闘がくりひろげられているのかどうか、そんなこと私は全然知りませんけど、建設部の見解どおり相互補完的な施設とすることが必要でしょうし、ふたつの施設をカバーできる素材となれば乱歩以外には見当たりません。で、ふたつの施設というのは復元した乱歩の生家と名張市立図書館ミステリ分室、これで決まりではないかと私は思います。

じゃから最初っからゆうとろーが。せっかく寄贈してもろうた桝田医院第二病棟の活用策、名張まちなか再生プランに盛りこまいでどないするんじゃとゆうとろーが。そうじゃろーが。

    
●2月23日(水)

「名張まちなか再生プラン」(案)についてさらにつづけますと、細川邸を歴史資料館として活用する構想にはこんなことも記されています。

  
老朽化した部分を除却し、町屋の風情を大切にして母屋と蔵を改修します。また、来街する市民の便に配慮して、駐車場、公衆トイレと喫茶コーナーを設置します。歴史資料館の主用途は資料の展示ですが、多様な市民ニーズに応えるために物販や飲食などを含む複合的な利用も可能なものとします。なお、歴史資料館の管理運営は民間が担う公設民営方式とします。

細川邸には蔵があるのですが、蔵といえばやはり乱歩でしょう。細川邸の蔵は旧乱歩邸土蔵に対峙するもうひとつの土蔵として活用するのが望ましかろうと考えます。物販や飲食もむろんOKです。というか私の構想では、名張市立図書館ミステリ分室の近くに空き店舗を利用してミステリ専門古書店「三人書房」を開設するというアイディアまで含まれているくらいです。それから公設民営方式という点に関して申しあげますと、私は2月18日付伝言にこのように記しております。

  
さらにいえば地域住民が運営に直接携わることが要求されてくるかもしれず、たとえば図書室の受付で近所のお婆ちゃんが貸し出し係をやってる図、なんてなかなかのものではないでしょうか。要するに名張というこの古いまちにおいては、古いものがただ古いというだけの理由で排除されてしまうことは決してないのだ、と思いたいのだ私は。

つまり名張市立図書館ミステリ分室の運営には地域住民が大きく関与する必要があるのですが、施設自体はあくまでも市立図書館直属の機関でなければなりません。いまの日本ではNPM、すなわちニュー・パブリック・マネジメントたらいうものが一大潮流となっていて、行政サービスの向上を合言葉に、しかし実際は深刻な財政難のなんだか破れかぶれなみたいな打開策として、民間でも提供可能なサービスはあいついでアウトソーシングしてゆくことが国のレベルでも市町村のレベルでも大流行しているわけなのですが、1990年代にこのNPMが大流行した先進諸国におきましては、その結果政府が断片化してさまざまな社会問題に対処できなくなる事態に立ち至り、行政システムのさらなる改革が現在進行中であるとも伝えられますから、いずれわが国でもNPMの見直しが求められる可能性は少なからずあるでしょう。したがいまして、よその真似をするのが大好きな日本のお役所がこの先どんなにぶれまくろうと、この施設があくまでも名張市立図書館の管轄であるという軸だけはぶれないようにしておくことが賢明であると判断いたします。

そんなこんなで名張地区既成市街地再生計画「名張まちなか再生プラン」(案)に関する協議が進められた18日の名張市議会重要施策調査特別委員会、結局のところ乱歩の名前が登場したのはきのうご紹介した田郷誠之助議員(無所属)の発言だけで、いや正確に報告すればほかにもうおひとり、ある先生が乱歩の名前をお出しになったのですが、それはもうごくごく軽い扱いで、

「名張市は何もかも中途半端、○○のことも中途半端、乱歩のことも中途半端、中途半端なことしかやっていない」

といった感じの言及でした。私は上記の○○の部分を聞き逃していたのですが、乱歩の名前が出てきたので思わず顔をあげ、そんないい加減なこといってんのはいったいどこの先生かと室内を見回してみたところ、なんだまたあなたでしたか江戸時代中世説の人、さっきは江戸時代が中世であるという妄説を意気揚々と披露なさったと思ったら、今度は名張市が乱歩に関して中途半端だとおっしゃいますか。たまにゃしっかりしましょうね。傍聴者には発言権が認められておりませんから黙っておりましたが、発言が許されれば私は名張市立図書館の人間として、購入したばかりの二冊の文庫本を示しながら、

「ちょっとあなた。江戸時代中世説のあなた。ずいぶんいい加減なことおっしゃってますけど、この『鬼の言葉』という本を見てください。新保博久さんの巻末解説では主要参考文献として名張市立図書館の『江戸川乱歩執筆年譜』をあげていただいております。名張市が中途半端なことやってたらこんなところに名張市の名前は出てこんぞ。それからこの『作家の犯行現場』では有栖川有栖さんが『名張市立図書館が乱歩研究に力を注いでいる』と書いてくださっております。名張市立図書館の『江戸川乱歩著書目録』も写真入りで紹介していただいております。名張市が中途半端なことやってたらこんなところに名張市の名前は出てこんぞ。ろくに調べもせずに何が中途半端だ。いやたしかに名張市には乱歩に関しておおいに中途半端なところがあってじつに困ったものなのだが、だらといっておのれごとき無教養きわまりないぼんくら議員に中途半端呼ばわりされなければならぬ筋合いはどこにもないのだ。ものの道理というやつをたっぷりおしえてやるから名張市立図書館の移動図書館やまなみ号ガレージまで来るかこら」

とでも申しあげていたところです。

じゃから最初っからゆうとろーが。公設民営みたいな虫のええ話がすんなり通るわけはありゃせんのじゃけ、ごじゃごじゃいわんと市の施設にしたらんかとゆうとろーが。そうじゃろーが。ちゅうよりも、このままじゃともっとひどいことになるゆうこともわからんのかいのう。みてみい。名張市では行政の断片化がますます進行しちょるけど、いずれその見直しをせにゃならんときが必ずくるんじゃけ。いまからゆうといてやるけえのお。何ゆうてやっても、誰も理解できんかもしれんがのう。

しかしそれにしても実際もう、じゃから最初っからゆうとろーが、とでもいうしかないのである。名張まちなか再生プランがどれほどいいかげんなものであったか、そんなことは一読すればすぐに知れることだったのである。あんなでたらめでインチキで内容空疎なプラン、まともにとりあうほうがどうかしている。しかし誰もそれに気がつかない。決定的な欠陥のあるプランが先へ先へと送られてゆく。

だからこちらはパブリックコメントを提出し、プランの不備を指摘して代替案まで示してやったというのにえーいこのあんぽんたん。何から何までいっさい無視しやがったあげくがこのざまではないか。欠陥品のプランが先へ先へと送られたあげくがこのざまではないか。細川邸は無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館となり、桝田医院第二病棟はただの広場になってしまう。なーにやってんだ低能ども。
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