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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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平成16・2004年のつづき。きょうも茶番に眼を通す。

この年、桝田医院第二病棟の土地と建物が名張市に寄贈された。中庭に江戸川乱歩生誕地碑が建つ病棟である。結局、病棟は取り壊してしまい、一帯を広場として整備することが決まった。そんなことを誰が決めたのか。名張市役所のあほのみなさんである。整備は平成20・2008年度におこなわれるのだが、広場のなかに設置される案内板の工事はこの3月末までにとっとと終了してしまう。あほのみなさんのやることはようわからん。

名張市公式サイト:名張市議会会議録

平成16・2004年第313回(12月)定例会。

   
P.70 ◆ 議員(福田博行)

ちょっと話今ずれるんですけども、本町の話出たとこで、昨日の議会の昼休みに市長は桝田病院さんの第2病棟の敷地を400平米市に寄附していただくと。これ桝田病院さん、入り口は新町なんですけど、裏は本町ですよね。寄附していただけるという報告を市長から議会に休憩の間にしていただいたわけですが、桝田病院さんには一議員としても心からお礼を申したいと思うんですけども、きょうの新聞には乱歩関係のPRに使うてくださいというふうに寄附していただいた方のご要望があるというふうに聞かせてもろてます。
………………
それからもう一つ、忘れてました。今もまち歩き観光でバスが来てるという話がありました。降りられた方はふれあいのトイレを利用してくれてると聞かせてもらいました。考えたらトイレ何もないんです。先ほど酒酌み交わしながら話ししてた旅行会社の友人も、観光で一番問題となるのは何やと言うたら、トイレと言いました。トイレ。今後まち歩き観光が発展して、いろんな乱歩のとか細川邸とかいろいろあるんですけども、そういうのがふえていってお客さんがふえてくると、当然トイレは足らんようになってくると思います。

この質問は平成16・2004年の12月8日におこなわれた。「昨日の議会の昼休みに市長は第2病棟の敷地を400平米市に寄附していただくと」とあるから、寄贈にかんする発表は12月7日、定例会の昼休みに明らかにされたということである。このあたりがすでにおかしい。桝田敏明先生のご遺族から寄贈の話をいただいたのはこの年9月のことであった。寄贈の手続きを終えたのは11月のことである。それがどうしてこそこそと、12月に入って市議会の昼休みなんかに報告がなされるのか。じつに不可解なことである。

むろん当時も、不可解なことだとは思った。なにしろこちらは、桝田先生のご遺族から寄贈にかんする電話を頂戴した当事者である。その旨をそのまま市長に伝え、あとは庁舎の内部で話が進んで、11月には正式な手続きが終了したのだが、こちらはその手続きの場に立ち会った当事者でもある。ふつうなら、手続きが完了する時点あたりでなんらかの場を設け、記者クラブに取材を要請して、新聞の紙面を通じて寄贈のことを広く市民に報告するのが筋であろう。それがどうしてこそこそと、市民ではなく市議会議員相手に最初の報告がおこなわれたのか。じつに不可解なことであった。

しかし本当に不可解なのは、このあとの展開だったのである。のちに知ったところでは、この時期には名張地区既成市街地再生計画策定委員会の手で名張まちなか再生プランの策定が進められていた。ならば、桝田医院第二病棟の活用策もその委員会で検討されるべきだったはずである。いまから考えればどうしたってそういうことになるのだが、そこらの駅弁大学の御用学者だの区長会やまちづくり推進協議会あたりのうすらばかだのが集まってそんなプランをでっちあげている最中であったなどと、こちらとしてはつゆ知らなんだことなのである。

この年12月8日付毎日新聞伊賀版の記事、ウェブニュースから引用。

   
「江戸川乱歩のために使って」 名張の桝田寿子さん、病棟と土地を市に寄贈 /伊賀

◇記念館として、整備検討
名張市生誕の推理作家、江戸川乱歩の生誕碑がある名張市本町の桝田医院第2病棟所有者、桝田寿子さん(81)が「乱歩に関することで活用してほしい」と病棟と土地を名張市に寄贈していたことが7日、分かった。病棟は空き部屋となっており、名張市は「江戸川乱歩記念館」として整備しようと検討を始めている。【熊谷豪】
………………
中さんは「乱歩の生資料の収集は難しいが、生家を復元したら面白い。生誕碑が出来て50周年となる来年11月3日のオープンを目指してほしい」と話している。

名張まちなか再生プランのことはつゆ知らなんだのであるけれど、桝田医院第二病棟の活用策は真剣に検討しなければならない。だから名張市に対しては、寄贈があったことを早く発表して、広く意見を募るべきであると提言した。もとより対象を名張市民に限定する必要はない。乱歩を愛する人は全国に存在しているのである。桝田医院第二病棟の跡地をどのように活用すればいいのか、全国から意見を募ればいいのである。そのためには見学会も必要であろう、とも提言した。桝田医院第二病棟がいったいどんなところなのか、それを確認してもらったうえで活用策に頭をひねってもらえばいいのである。この見学会もまた、対象を名張市民に限定する必要はまったくない。全国から見学に来てもらえばいいのである。名張に一泊してもらい、乱歩が生まれた名張という土地がどんなところであるのかを知ってもらったそのうえで、桝田医院第二病棟の活用策を考えてもらえばいいのである。

ただし、主体性を放棄して丸投げを決めこむのはよろしくない。名張市サイドもちゃんとした腹案をもっているべきである。全国からアイデアを募集するといったって、実際には応募があるかどうか知れたものではないのである。むろん、応募数の多寡は別にして、名張市が乱歩の生誕地としていわゆる情報発信をつづけてゆくことは必要なのだから、活用策の募集はぜひともおこなうべきなのではあるけれど、ふたを開けてみたらろくなプランが寄せられなかった、みたいなことになる可能性だってないではない。だからそのときのために、名張市サイドにはたとえば乱歩の生家を復元するという腹案が必要なのである。うえの記事にある当方の話はそういうことである。

しかし、実際にはどうであったか。うえの記事にあるとおり、いきなり「江戸川乱歩記念館」の話に短絡してしまっているのである。乱歩記念館だの乱歩文学館だの、とどのつまりはそういったことしか口走れないのである。ろくに乱歩作品を読んだこともなく、乱歩のことを知ろうともせず、もとより乱歩へのリスペクトなどかけらもない連中にかぎって、何かというと乱歩記念館だの乱歩文学館だのと口走ってしまう愚についてはたびたび記した。その愚がここでもくり返されたのである。

しかもやはり不可解なことに、名張まちなか再生プランのことは看過されているのである。プランはまさしく策定中であり、桝田医院第二病棟はまちなか再生の切り札となりうる素材であったはずなのである。にもかかわらず、そのプランとはまったく無縁に、「名張市は『江戸川乱歩記念館』として整備しようと検討を始めている」なんてことになっていたのである。こらこら名張市役所のあほのみなさんや、てめーら自分たちのやってることすらよく理解できておらなんだのであろう。ばーか。なんのために名張まちなか再生プランを策定してたんだよ。名張まちなか再生プランってのはいったいなんだったっていうんだよ。ばーか。

   
P.76 ◆ 議員(田郷誠之助)

もちろん亀井市長はそんな繰り言は一切言わないで、また芭蕉さんというシンボルは、句碑は長慶寺にあったりもしますが、芭蕉さんはどちらかといえば上野伊賀のシンボルであって、名張はやっぱり江戸川乱歩でありますと、乱歩を前に出しての最後の締めくくりの演出は本当に最高の演出であったと評価するものであります。
………………
話を再び江戸川乱歩へ戻します。フィナーレの式典に亀井市長が怪人二十面相の扮装であらわれたのがよかった。市長が江戸川乱歩の世界のシンボルになりきっているのを見て、参加した市民も改めて江戸川乱歩を再認識できたと思います。あのフィナーレは大成功でした。
問題はこの後であります。乱歩にかかわるこれからの顕彰事業。先ほども触れられております。なかんずく関連資料の陳列、展示、公開のできる施設を早く選定することです。ふれあいで展示された乱歩が生きた時代展は、東京早稲田からの協力も得て、大変充実した展示でありましたが、あの中での乱歩の書斎や書棚の実物大の模型などは、傷まない間にしかるべき落ち着き場所をつくって、この機会に速やかに乱歩記念館をつくるべきであるということを改めて提言をいたします。
けさの新聞で報道され、さきの質問でも触れられました乱歩記念碑のある旧住居跡の碑のある桝田医院から土地が名張市に寄贈されたと。このご厚意にこたえて、今この盛り上がった乱歩熱の熱いうちに速やかにその活用策を検討し、ぜひ乱歩記念館実現へと向かうことを願って切なるものがあります。
また、ひやわいその他乱歩の世界を演出できるまちづくりにもこの機会を逃さず関係者が協力して面整備をするなど、乱歩のまち名張づくりのプロジェクトチームをつくることも提言しておきたいのであります。
市長、夏にははるばる今治からの客を迎えて、市長はみずからのお茶のお手前で接待役を務められ、今治のお客さんを魅了されました。今度は怪人二十面相として乱歩のまちづくりの主役を演じていただきたいのであります。

   
P.81 ◎ 市長(亀井利克)

3月には日本の推理小説の創始者で、名張で生まれ豊島区で生涯を終えた江戸川乱歩を通し、深いえにしに結ばれている東京都豊島区と友好親善を深めることを目的に、名張市にとって最初となる文化交流都市協定の締結、1998年からスポーツを通じ交流を継続してきた中華人民共和国蘇州市と文化教育体育分野での広範な交流と相互協力により両国民の友好関係をさらなる発展させるため、友好交流都市協定の締結をいたしました。
………………
この間、江戸川乱歩生誕110周年を記念して乱歩が生きた時代展の開催、乱歩作品演劇の講演、乱歩と観阿弥の世界を融合した乱歩狂言の上演を通し、全国へ乱歩に関する新しい発見や話題を提供するとともに、旧名張町の初瀬街道沿いを中心に企画された名張からくりのまちコンテストでは、応募作品の展示だけではなく、名張の町並みや路地のたたずまいをアピールする機会となりました。
………………
また、江戸川乱歩、観阿弥は名張の大きな地域資源の一つでありますことから、これらを今後の観光振興に大いに生かしてまいりたいと考えているところでございます。具体的な取り組みにつきましては、今後関係者と協議を進めてまいりますので、ご理解を賜りたいと存じます。
………………
また、乱歩展での陳列物につきましての今後の生かし方ということにつきまして、この活用方法を含めましてこれからも検討いたしてまいりたいと、こんなふうに思っているところでございます。

   
P.83 ◆ 議員(田郷誠之助)

乱歩館につきましては、これは先ほどもご答弁あったとおりでございまして、これは非常にすばらしい拠点ができたということでございますから、本格的に前向きに動き出す拠点として。

はっきりいって読むに堪えない。神聖なはずの議場で何がおこなわれていたのか。よりにもよってコスプレの相談である。てめーらいったいどこのオタクだ。

この年12月9日付毎日新聞伊賀版の記事、ウェブニュースから引用。

   
「怪人二十面相議会にしては」−−亀井・名張市長が“発案” /伊賀

名張市内で先月、開かれた「蔵びらき事業」のフィナーレで、黒マントにマスク、タキシードの怪人二十面相に扮(ふん)した亀井利克市長は8日、12月定例市議会で「怪人二十面相(に扮装(ふんそう)した)議会をしてはどうか?」と議員らに“発案”した。田郷誠之助議員(無所属)の一般質問に答えた。推理作家、江戸川乱歩の生誕地の市議会で近いうちに「怪人二十面相議会」が招集される!?
一般質問で、田郷議員は「(怪人二十面相姿で)京都や名古屋などにも出没して、名張をPRしてほしい」と要望。亀井市長は「これからも機会があれば」と答弁。さらに、旧上野市議会では議員が忍者の格好をして出席して開かれたことに触れ、「(名張市のPRのため)怪人二十面相の議会をしてはどうか?」とアイデアを出した。亀井市長と議員がお互いに名張市のPRに怪人二十面相の活用を要望し合った。【熊谷豪】

うっかり全文を転載してしまった。引用の範囲を逸脱してしまった。しかしかまわん。そんなことはもうどうだってかまわん。問題は「怪人二十面相議会」とかいう狂気の沙汰のことなのである。神聖なはずの議場でなーにばかな相談をしておるのか。しかしまあ、結局はこんな愚劣なことが実現にいたることもなく、市民のひとりとしてひとたびは胸をなでおろした次第であったのだが、この平成16・2004年という悪夢の年が終わってその翌年の夏、悪夢はこんなかたちで訪れたのであった。

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いやもうほんっと、大丈夫か。いまさらいっても手遅れなのだが、ほんとに大丈夫なのかあほのみなさん。
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