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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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昭和30・1955年11月3日、江戸川乱歩生誕地碑の除幕式が営まれた。招待された乱歩は、夫人とともに臨席した。

乱歩夫妻は前日、東京を発って名張に入った。

名古屋から夫妻に同道した岡戸武平が、11月6日付名古屋タイムズのコラム「茶話」に、「乱歩生誕碑」というタイトルで除幕式のことを書いている。

岡戸武平は明治30・1897年12月31日、愛知県に生まれ、昭和61・1986年8月31日、八十八歳で没した。著作権はまだ生きているのだが、著作権継承者がわからなくなっている。

鮎川哲也の編んだアンソロジー『怪奇探偵小説集』には、武平の代表作「五体の積木」が収められている。初刊は昭和51・1976年だから、武平の生前。これが平成10・1998年の文庫版になると、「ご本人あるいは著作権継承者、消息をご存じの方からのご連絡を頂ければ幸いです」として列挙された作家のなかに、武平の名前もあげられている。

岡戸武平氏の著作権継承者の方は、ぜひご連絡ください、とお願いしたうえで、全文を掲載する。

   
乱歩生誕碑

○…東京の江戸川乱歩さんから電報がきて、二日のツバメで名古屋へ行くから駅で待っていてほしい。そして都合がよかったら二、三日つき合ってほしいという電文である。駅へ出迎えると名張市に乱歩さんの生誕記念碑ができ、その除幕式が「文化の日」に行われるからであることがわかった。奥さんも同道である。お目出度いことであるので、その足でお供をして名張へ向った。雲一つない秋晴れで、午前十時からはじめられた式は、ちょっと汗ばむほどであった。
○…名張市長の小さいお嬢さんの手によって除幕された碑は、高さ六尺ほどの堂々たる自然石で、乱歩さんのお母さんが、太郎のおむつを洗ったゆかりの名張川上流にあったのを利用したものである。正面に「江戸川乱歩生誕地」と凸彫りし、その上に「幻影城」とななめに凹彫りになっている。幻影城というのは、氏の随筆の題名であり、単行本になるときもその名が用いられた。裏面には「うつし世はゆめ、よるの夢こそまこと・乱歩」と俳句でもなく警句でもなく、乱歩式ジュ文が彫られている。いかにも探偵作家らしい生誕碑である。台石パネルには例によって「江戸川乱歩(本名平井太郎)は明治二十七年十月二十一日当時名賀郡役所書記であった平井繁男の長男としてこの地に生れた云々」の履歴が記されている。
○…この日の模様はラジオ三重から放送されたからお聞きになった方があるかも知れないが、なかなか盛大であった。天才、郷に容れられずというが、天才乱歩は名張の寛容なる市民の手によって記念碑まで建立された。これで名張にも一つの名所ができた。場所は新町の桝田邸内であり誰でも見ることができるからおついでの節にぜひ御一見願いたいと案内記をかねての一筆、如件(くだんのごとし)【武平】

結局のところ、江戸川乱歩と名張との接点は、ただひとつ、この生家跡だけなのである。
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