三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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送信試験
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あっちーなーまったく、と思って、きのうの昼、発作的に小春を風呂に入れた。生まれてはじめての風呂である。風呂といっても、庭にたらいを置き、ぬるま湯で行水させただけの話である。それでも、ずいぶんきれいになった。白い体毛がグレーっぽくなったりして、全身が薄汚れていたのだが、行水のおかげで自慢の目鼻立ちが、これはむろん、犬ではなくて飼い主が自慢しているのであるが、その目鼻立ちがふたたびくっきりした。
そこで、写真を一枚。なんと思慮深げか。
そこで、写真を一枚。なんと思慮深げか。
やなせ宿連続講座やなせ塾のことが、2ちゃんねる名張市政スレでちょっとだけ話題になっている。
気にかけていただいたり。
三重県名張市の市政について語りませんか?:258 :議長 ◆cPNLwLxWRE
実際に足を運んでいただいたり。
三重県名張市の市政について語りませんか?:259 :名無しさん@お腹いっぱい。
うれしいことである。ありがたいことである。この勢いでやなせ塾第二回に突入したいと思う。
それはそれとして、やなせ塾第一回の翌日、京都府相楽郡南山城村のやまなみホールで催された河内家菊水丸師匠の平成20年度盆踊りツアー出陣式の話題である。
午後2時の開演に十分ほど遅れて到着し、ホールに入ってこそこそ移動、とりあえず立ち見のポジションを確保したところ、すぐ横の座席に女優の三島ゆり子さんがすわっていらっしゃった。いや懐かしいなあ「徳川女系図」に「温泉あんま芸者」、とか思っているあいだも菊水丸師匠のステージがつづいていて、トークに入ったところで空いている席に着席。トークのあとが菊水丸師匠の監督作品「田中徳三監督 少年河内音頭取り物語」の上映、つづいてそのNG集というかメイキングの公開、という運びであった。
メイキングは、たぶんこれが初公開。百合が丘のお宅での打ち合わせ、主役のオーディション、撮影現場での演技指導、といったぐあいに田中監督の映像がつぎつぎに登場して、うれしくも懐かしい。ふだんは柔和なおじいちゃんだが、ひとたびハンチングをかぶって撮影現場に立つや表情が一変し、立ち居振る舞いやしゃべりかたまでいかにもカツドウ屋然としてくる田中さんの姿はまことに印象的であった。いまから考えれば生涯の最晩年、最後の夏にメガホンをおとりになったわけなのだから、もしかしたら映画の神様というのはほんとにいるのかもしれんな、とやまなみホールのシートで思う。
さてこうなると、この本篇とメイキング、名張市民のみなさんにごらんいただく機会を設けたほうがいいのかもしれんな。こちらの勝手な思いこみを記すならば、田中さんはたぶん、なぜか、名張のまちをとても気に入ってくださっていた。昨年11月3日と4日の隠街道市でも、両日にわたって、奥さんと仲よくまちなかを歩いていらっしゃった。だから名張市内で、というよりは名張まちなかで、むろんやなせ宿でもいいのだが、そうでなくたってかまわない。これは人のアイデアだが、上本町のアーケード街で映画を上映できないか、というプランがあって、それもなかなか面白いしなあ、といったようなことも、やまなみホールのシートで考えた。
とはいえ、何をやるにしたって、先立つものが必要である。その点はからっけつである。みごとにない。だからどうするか。名張地区まちづくり推進協議会が抱えこんでるゆめづくり地域交付金とやらをふんだくれぬものかなあ。なにしろ、しこたま貯めこんでるってうわさだしなあ。
気にかけていただいたり。
三重県名張市の市政について語りませんか?:258 :議長 ◆cPNLwLxWRE
実際に足を運んでいただいたり。
三重県名張市の市政について語りませんか?:259 :名無しさん@お腹いっぱい。
うれしいことである。ありがたいことである。この勢いでやなせ塾第二回に突入したいと思う。
それはそれとして、やなせ塾第一回の翌日、京都府相楽郡南山城村のやまなみホールで催された河内家菊水丸師匠の平成20年度盆踊りツアー出陣式の話題である。
午後2時の開演に十分ほど遅れて到着し、ホールに入ってこそこそ移動、とりあえず立ち見のポジションを確保したところ、すぐ横の座席に女優の三島ゆり子さんがすわっていらっしゃった。いや懐かしいなあ「徳川女系図」に「温泉あんま芸者」、とか思っているあいだも菊水丸師匠のステージがつづいていて、トークに入ったところで空いている席に着席。トークのあとが菊水丸師匠の監督作品「田中徳三監督 少年河内音頭取り物語」の上映、つづいてそのNG集というかメイキングの公開、という運びであった。
メイキングは、たぶんこれが初公開。百合が丘のお宅での打ち合わせ、主役のオーディション、撮影現場での演技指導、といったぐあいに田中監督の映像がつぎつぎに登場して、うれしくも懐かしい。ふだんは柔和なおじいちゃんだが、ひとたびハンチングをかぶって撮影現場に立つや表情が一変し、立ち居振る舞いやしゃべりかたまでいかにもカツドウ屋然としてくる田中さんの姿はまことに印象的であった。いまから考えれば生涯の最晩年、最後の夏にメガホンをおとりになったわけなのだから、もしかしたら映画の神様というのはほんとにいるのかもしれんな、とやまなみホールのシートで思う。
さてこうなると、この本篇とメイキング、名張市民のみなさんにごらんいただく機会を設けたほうがいいのかもしれんな。こちらの勝手な思いこみを記すならば、田中さんはたぶん、なぜか、名張のまちをとても気に入ってくださっていた。昨年11月3日と4日の隠街道市でも、両日にわたって、奥さんと仲よくまちなかを歩いていらっしゃった。だから名張市内で、というよりは名張まちなかで、むろんやなせ宿でもいいのだが、そうでなくたってかまわない。これは人のアイデアだが、上本町のアーケード街で映画を上映できないか、というプランがあって、それもなかなか面白いしなあ、といったようなことも、やまなみホールのシートで考えた。
とはいえ、何をやるにしたって、先立つものが必要である。その点はからっけつである。みごとにない。だからどうするか。名張地区まちづくり推進協議会が抱えこんでるゆめづくり地域交付金とやらをふんだくれぬものかなあ。なにしろ、しこたま貯めこんでるってうわさだしなあ。
あいかわらず、浮世離れした話題である。名張まちなか再生委員会に入って、ひとつわかったのは、コンサルタントというのはどうやらぼろいらしい、ということである。ぼろいといったって、おんぼろのぼろではなく、ぼろ儲けのぼろである。やなせ宿というか、名張まちなか再生プランにからんで、今年度だけで四百五十万円がコンサルタントへ流れることになっているのであるが、あまりたしかではない消息筋からの情報によれば、名張市からコンサルタントに、すでに二千万円もの税金が渡ってしまっているという。たしかにぼろそうである。そこで、コンサルタントになることとした。
こういう声は、最近、周囲からも寄せられていた。なぜか。コンサルになったら少しはおとなしくなるのではないか、という期待が、官民双方に存在するからである。もしもコンサルタントになったとしたら、当方にとって名張市は貴重なクライアントである。コンサルタントたるもの、まさかその名張市に住民監査請求をかましたりはできぬではないか。名張市長にたいして、駅弁大学の御用学者研究室に無駄に税金ふんだくられてんじゃねーぞ、と百五十万円の返還を求めたりはできぬではないか。だからコンサルになって名張市と契約を結べ、そして静かに仕事をやれ、いちいちぎゃあぎゃあ吠えたてるな、そしたら名張市はどれだけ平和になることか、といった声が最近、とみに寄せられるようになった。一理ある。
それでいったい、なんのコンサルタントになればいいのか。よく聞くのは経営コンサルタントというやつだが、ほかにも建築であるとかマーケティングであるとか、いろいろと思い浮かぶ。しかし、当方に務まりそうなものは見あたらない。だから、せいぜいがまあ、知性派コンサルタント、みたいなことになるであろうか。もうひとつ、ビジュアル系コンサルタントというのも思いついたのだが、ビジュアルを売りにしてるコンサルタントってどうよ、と思わざるをえない。素のばか? みたいな感じで、あまり感心しない。それにだいたい、売りになってねーし。
それでまあ、6月1日、名張まちなか再生委員会の総会があった日を期してコンサルタント業を開業した、ということにして、初仕事がこれである。クライアントは名張ロータリークラブであった。
毎日新聞:江戸川乱歩:知ってるかな 名張ロータリーク、中学生らに「手帳」6000部 /三重(6月27日)
中日新聞:足跡たどる「乱歩手帳」 名張RCが市内の中学生に配布(6月27日)
産経新聞:「少年少女乱歩手帳」3400部、名張ロータリークラブが市教委へ寄贈 三重(6月28日)
世のロータリークラブやライオンズクラブは、6月30日で年度が終わることになっている。だから、この時期にこういう寄贈のニュースが報じられると、はっはーん、予算消化のための寄贈だな、と勘ぐるのが意地の悪い人間というものである。年度末になると道路をほじくり返してがちゃがちゃ工事してるお役所とおんなじだな、とかそういう意地の悪いことをいってはほんとだめだと思う。
さて、名張ロータリークラブの「少年少女乱歩手帳」という初仕事をなんとかこなした新進気鋭のコンサルタントとして、ここに正直な感想を記しておくとするならば、コンサルタントって全然ぼろくねーじゃん、といったところであろうか。先が思いやられる次第である。
こういう声は、最近、周囲からも寄せられていた。なぜか。コンサルになったら少しはおとなしくなるのではないか、という期待が、官民双方に存在するからである。もしもコンサルタントになったとしたら、当方にとって名張市は貴重なクライアントである。コンサルタントたるもの、まさかその名張市に住民監査請求をかましたりはできぬではないか。名張市長にたいして、駅弁大学の御用学者研究室に無駄に税金ふんだくられてんじゃねーぞ、と百五十万円の返還を求めたりはできぬではないか。だからコンサルになって名張市と契約を結べ、そして静かに仕事をやれ、いちいちぎゃあぎゃあ吠えたてるな、そしたら名張市はどれだけ平和になることか、といった声が最近、とみに寄せられるようになった。一理ある。
それでいったい、なんのコンサルタントになればいいのか。よく聞くのは経営コンサルタントというやつだが、ほかにも建築であるとかマーケティングであるとか、いろいろと思い浮かぶ。しかし、当方に務まりそうなものは見あたらない。だから、せいぜいがまあ、知性派コンサルタント、みたいなことになるであろうか。もうひとつ、ビジュアル系コンサルタントというのも思いついたのだが、ビジュアルを売りにしてるコンサルタントってどうよ、と思わざるをえない。素のばか? みたいな感じで、あまり感心しない。それにだいたい、売りになってねーし。
それでまあ、6月1日、名張まちなか再生委員会の総会があった日を期してコンサルタント業を開業した、ということにして、初仕事がこれである。クライアントは名張ロータリークラブであった。
毎日新聞:江戸川乱歩:知ってるかな 名張ロータリーク、中学生らに「手帳」6000部 /三重(6月27日)
中日新聞:足跡たどる「乱歩手帳」 名張RCが市内の中学生に配布(6月27日)
産経新聞:「少年少女乱歩手帳」3400部、名張ロータリークラブが市教委へ寄贈 三重(6月28日)
世のロータリークラブやライオンズクラブは、6月30日で年度が終わることになっている。だから、この時期にこういう寄贈のニュースが報じられると、はっはーん、予算消化のための寄贈だな、と勘ぐるのが意地の悪い人間というものである。年度末になると道路をほじくり返してがちゃがちゃ工事してるお役所とおんなじだな、とかそういう意地の悪いことをいってはほんとだめだと思う。
さて、名張ロータリークラブの「少年少女乱歩手帳」という初仕事をなんとかこなした新進気鋭のコンサルタントとして、ここに正直な感想を記しておくとするならば、コンサルタントって全然ぼろくねーじゃん、といったところであろうか。先が思いやられる次第である。
新規開設サイトのお知らせ。先日通知が届いたのだが、うっかりしていて、告知するのがきょうになってしまった。
現代アート販売:Buy Art
村上隆さんのフィギュアが十六億円で売れてしまったりしている現代アートに興味をおもちのかたや、とくにアーティストのかたに、そこはかとなくおすすめする。
現代アート販売:Buy Art
村上隆さんのフィギュアが十六億円で売れてしまったりしている現代アートに興味をおもちのかたや、とくにアーティストのかたに、そこはかとなくおすすめする。
個展のお知らせ。きのうダイレクトメールが届いた。
ものはついで。おなじくきのう届いたダイレクトメールから。
といったところで、通常モードに戻るとする。
長岡国人展
KUNITO NAGAOKA/STEINHÄUTUNG 石の脱皮シリーズ BERLINーKYOTO/1989-2008 堤側庵ギャラリー 三重県名張市新田8 5月18日(日)ー24日(土) 11:00amー6:00pm 今回、2回目となる堤側庵での個展は1980年代中頃から西ベルリンで制作を開始した〈石の脱皮シリーズ〉の旧作品から最近の大型作品などをまとめて展示します。この試みは新たな制作に向けての自己再確認のためでもあります。 伊賀まちかど博物館:名張エリア(【10】中内組紐工房 堤側庵) Gallery kazahana 京都東急ホテル 6月3日(火)ー19日(木) 11:00amー7:00pm(休館日無・無料) 京都東急ホテル:アートギャラリー |
ものはついで。おなじくきのう届いたダイレクトメールから。
W.W.W.展
渡辺啓助、渡辺温、渡辺済・「新青年」とモダニストの影 長すぎた男・短すぎた男・知りすぎた男 Gallery Oculus 東京都港区高輪3-10-7 5月17日(土)ー31日(土) 午前11時ー午後6時30分(会期中無休) オープニング・パーティー 初日午後6時ー8時 |
といったところで、通常モードに戻るとする。
ウェブサイト名張人外境の掲示板「人外境だより」が自動的に送信されてくるスパム投稿の花盛りとなっておりますので、緊急避難的にこのブログのこのエントリを掲示板として代用することにいたしました。ご自由にご利用ください。江戸川乱歩に関係のない話題でも全然OKです。ただしスパムはいけません。
さて、ほんっとにどうするかなあ。
とりあえず、3月21日からの流れで、「市民の非営利事業の範囲を広げることによって、私たちの社会はより豊かになるといえます」という点について述べると、これは理解できる。名張市や三重県で、というよりも全国の自治体でそれぞれにとなえられている協働だの新しい時代の公だのといったお題目も、煎じ詰めればそうした社会をめざしたいというのが主旨なのであろう。すんなり理解はできるのだが、やはり二の足を踏んでしまう。
何に二の足を踏むのか。むろん「市民の非営利事業」に手を染めること、つまりNPOをつくることである。とにかく名張市がやってることは無茶苦茶である。やらなければならぬことはほったらかしのまま、やらなくていいことにとっとこ手を出して、ご丁寧なことに最悪の結果を招いている。細川邸整備の茶番劇をみるだけで、名張市のおそまつさはもはや隠れもあるまい。だから名張市にはまかせておけない、市民による非営利活動の出番である、という話の流れはよくわかる。
したがって、こうなったらNPOをつくるしかないな、という察しはとっくについているのだが、だからといって嬉々としているわけでもない。そもそも組織や団体なんてものは肌に合わない。群れたり集ったりするのが嫌いである。そんな人間がNPOをつくろうかと考えているのだから、どこかに無理があるはずである。ことが勢いよく前進しないのは、そうした事情もあるからだろう。とはいえ、もちろんそれだけが理由ではない。
ならばと理由を考えてみると、まず頭に浮かぶのは、大丈夫か名張市、ということである。NPOをつくってみたところで、名張市という自治体とのあいだに信頼関係が築けるかどうか。それがおおいに疑問である。かりにこちらが信頼関係を築こうと考えても、名張市は癒着関係しか求めていないのではないか。どうもそんな気がする。
NPOと名張市といえば、思い出されるのは昨年7月に提出した住民監査請求である。そこらのNPOが勝手に決めたことに市民の税金がつかわれていいものか、との問いに対して、監査委員からはOKであるとの見解がもたらされた。あきれ返った話であるが、名張市における協働とは要するに官と民との癒着を正当化するための言葉であり、名張市には組織の主体性や自立性といったものがまったく理解できていないのであるということを、監査結果の報告書が雄弁に物語っていたのである。
だからいくらNPOをつくったところで、名張市と組むことなんか無理なのではないかと思わざるをえない。名張市は名張市で、癒着を拒否するNPOと組もうとはしないのではないかとも思われる。ゆえにNPOには二の足を踏んでしまうわけである。べつに名張市と組む必要はないではないか、とお思いの向きもあるかもしれないが、組まないわけにはいかんのである。
NPOつくって何をやるのかといえば、いちばんの主眼は、乱歩にかんして名張市立図書館が当然しなければならぬはずのことである。しかもそれは、図書館にとって枝葉末節のことではなく、図書館サービスの根幹にかかわることである。なんのために図書館が存在するのか、図書館はなんのために資料を収集するのか、そういった問題にかかわることである。
図書館による資料の収集は、その活用と表裏一体のものである。ところが名張市は、そうしたことをまったく考えてこなかった。たとえば名張市議会の会議録を閲読し、乱歩関連資料にかんしてどんな議論がおこなわれたのかを調べてみると、収集資料の活用が展示という方向でしか語られていないことが判明する。だからこそ、展示のためのハコモノがなければ資料を活用できないという恐れ入った話になるのである。
ハコモノなんかつくらなくたって、資料の活用は立派にできる。名張市立図書館が収集した乱歩関連資料にもとづいて、全国を対象にしたサービスをくりひろげることはいくらだって可能である。こんなぐあいにすればいいのよね、と懇切丁寧に示してやったにもかかわらず、名張市教育委員会は、ということは要するに名張市は、驚いたことにNOというわけである。それならおまえらはいったいどうすればいいと考えておるのか、と尋ねても、名張市教育委員会は返答すらせんわけである。いくら催促しても返答をよこさんわけである。何も考えておらんわけである。
ならば、収集資料をどう活用するのかという図書館サービスの根幹にかかわることを考えようともしない、というよりは考える能力のない名張市にかわって、こちらがNPOつくってちゃんとしたことをやってやろうじゃねーか、ということになってしまって、はたしてそれでいいのかどうか。そんなことになったらこれはもう、ちょっと乱暴に話を飛躍させてしまうならば、名張市なんて民営化してしまったほうがいーんじゃね? ということになってしまうはずである。行政サービスというものがいったいなんであるのか、それを真剣に考えようとしないお役所なんて、とっとと民営化してしまうしかないのではないか。
というか、わざわざNPOをつくるようなことまでして、名張市という程度の悪い自治体の尻ぬぐいをせねばならんものかどうか。尻ぬぐいというのはもちろん、活用のあてもないのに資料を収集してきたことの尻ぬぐいなのであるが、それとてしょせん市民生活には直接かかわりのないことである。そんなことのためにあえて苦労を引き受けねばならんものかどうか。もうこれまでに十年の余、乱歩のことで名張市にはずいぶん滅私奉公してきた身なのである。これ以上まだやるのかよ、と自問自答の迷い道。名張市さえもう少ししっかりしてくれていたならば、こんな道には迷わぬものを。
といったようなことをくどくど並べ立てていてもしかたがないのだが、しかし実際には、ちょいと先のこともまったく不明なのだから困ってしまう。あえて予告をしておくならば、細川邸改めやなせ宿のオープンに合わせて、やなせ宿開設祝賀イベントを主催しようかなと考えている程度のことである。
2月22日付エントリ「やなせ宿開設記念講演会」に、開設記念講演会の講師を務めてやらんわけでもないのだぞと記しておいたのだが、やなせ宿関係者からはいっこうに音沙汰がない。だからこちらで、ということはやっぱり開設までにNPOを組織してということになるのか、あるいはそうではないのか、そのへんのことはもうひとつ確定していないのだが、とりあえずやなせ宿の開設を祝して講演会とかシンポジウムとか、それも一日とはいわず週一回ずつ四週連続とか、やなせ宿を会場にそれくらいぶちかましてやろうかなと考えている次第である。
しかしまあ、不明といえば不明である。何もかもが不明である。五里霧中とはこのことであろう。なにしろ相手のあることだから、不明であるのもしかたがない。不明なことは不明なままに、しばらくこのブログはお休みとして、あすからはもう一か月以上も放置してあったウェブサイト名張人外境に復帰することとしたい。
それにしても、ほんっとにどうするかなあ。
とりあえず、3月21日からの流れで、「市民の非営利事業の範囲を広げることによって、私たちの社会はより豊かになるといえます」という点について述べると、これは理解できる。名張市や三重県で、というよりも全国の自治体でそれぞれにとなえられている協働だの新しい時代の公だのといったお題目も、煎じ詰めればそうした社会をめざしたいというのが主旨なのであろう。すんなり理解はできるのだが、やはり二の足を踏んでしまう。
何に二の足を踏むのか。むろん「市民の非営利事業」に手を染めること、つまりNPOをつくることである。とにかく名張市がやってることは無茶苦茶である。やらなければならぬことはほったらかしのまま、やらなくていいことにとっとこ手を出して、ご丁寧なことに最悪の結果を招いている。細川邸整備の茶番劇をみるだけで、名張市のおそまつさはもはや隠れもあるまい。だから名張市にはまかせておけない、市民による非営利活動の出番である、という話の流れはよくわかる。
したがって、こうなったらNPOをつくるしかないな、という察しはとっくについているのだが、だからといって嬉々としているわけでもない。そもそも組織や団体なんてものは肌に合わない。群れたり集ったりするのが嫌いである。そんな人間がNPOをつくろうかと考えているのだから、どこかに無理があるはずである。ことが勢いよく前進しないのは、そうした事情もあるからだろう。とはいえ、もちろんそれだけが理由ではない。
ならばと理由を考えてみると、まず頭に浮かぶのは、大丈夫か名張市、ということである。NPOをつくってみたところで、名張市という自治体とのあいだに信頼関係が築けるかどうか。それがおおいに疑問である。かりにこちらが信頼関係を築こうと考えても、名張市は癒着関係しか求めていないのではないか。どうもそんな気がする。
NPOと名張市といえば、思い出されるのは昨年7月に提出した住民監査請求である。そこらのNPOが勝手に決めたことに市民の税金がつかわれていいものか、との問いに対して、監査委員からはOKであるとの見解がもたらされた。あきれ返った話であるが、名張市における協働とは要するに官と民との癒着を正当化するための言葉であり、名張市には組織の主体性や自立性といったものがまったく理解できていないのであるということを、監査結果の報告書が雄弁に物語っていたのである。
だからいくらNPOをつくったところで、名張市と組むことなんか無理なのではないかと思わざるをえない。名張市は名張市で、癒着を拒否するNPOと組もうとはしないのではないかとも思われる。ゆえにNPOには二の足を踏んでしまうわけである。べつに名張市と組む必要はないではないか、とお思いの向きもあるかもしれないが、組まないわけにはいかんのである。
NPOつくって何をやるのかといえば、いちばんの主眼は、乱歩にかんして名張市立図書館が当然しなければならぬはずのことである。しかもそれは、図書館にとって枝葉末節のことではなく、図書館サービスの根幹にかかわることである。なんのために図書館が存在するのか、図書館はなんのために資料を収集するのか、そういった問題にかかわることである。
図書館による資料の収集は、その活用と表裏一体のものである。ところが名張市は、そうしたことをまったく考えてこなかった。たとえば名張市議会の会議録を閲読し、乱歩関連資料にかんしてどんな議論がおこなわれたのかを調べてみると、収集資料の活用が展示という方向でしか語られていないことが判明する。だからこそ、展示のためのハコモノがなければ資料を活用できないという恐れ入った話になるのである。
ハコモノなんかつくらなくたって、資料の活用は立派にできる。名張市立図書館が収集した乱歩関連資料にもとづいて、全国を対象にしたサービスをくりひろげることはいくらだって可能である。こんなぐあいにすればいいのよね、と懇切丁寧に示してやったにもかかわらず、名張市教育委員会は、ということは要するに名張市は、驚いたことにNOというわけである。それならおまえらはいったいどうすればいいと考えておるのか、と尋ねても、名張市教育委員会は返答すらせんわけである。いくら催促しても返答をよこさんわけである。何も考えておらんわけである。
ならば、収集資料をどう活用するのかという図書館サービスの根幹にかかわることを考えようともしない、というよりは考える能力のない名張市にかわって、こちらがNPOつくってちゃんとしたことをやってやろうじゃねーか、ということになってしまって、はたしてそれでいいのかどうか。そんなことになったらこれはもう、ちょっと乱暴に話を飛躍させてしまうならば、名張市なんて民営化してしまったほうがいーんじゃね? ということになってしまうはずである。行政サービスというものがいったいなんであるのか、それを真剣に考えようとしないお役所なんて、とっとと民営化してしまうしかないのではないか。
というか、わざわざNPOをつくるようなことまでして、名張市という程度の悪い自治体の尻ぬぐいをせねばならんものかどうか。尻ぬぐいというのはもちろん、活用のあてもないのに資料を収集してきたことの尻ぬぐいなのであるが、それとてしょせん市民生活には直接かかわりのないことである。そんなことのためにあえて苦労を引き受けねばならんものかどうか。もうこれまでに十年の余、乱歩のことで名張市にはずいぶん滅私奉公してきた身なのである。これ以上まだやるのかよ、と自問自答の迷い道。名張市さえもう少ししっかりしてくれていたならば、こんな道には迷わぬものを。
といったようなことをくどくど並べ立てていてもしかたがないのだが、しかし実際には、ちょいと先のこともまったく不明なのだから困ってしまう。あえて予告をしておくならば、細川邸改めやなせ宿のオープンに合わせて、やなせ宿開設祝賀イベントを主催しようかなと考えている程度のことである。
2月22日付エントリ「やなせ宿開設記念講演会」に、開設記念講演会の講師を務めてやらんわけでもないのだぞと記しておいたのだが、やなせ宿関係者からはいっこうに音沙汰がない。だからこちらで、ということはやっぱり開設までにNPOを組織してということになるのか、あるいはそうではないのか、そのへんのことはもうひとつ確定していないのだが、とりあえずやなせ宿の開設を祝して講演会とかシンポジウムとか、それも一日とはいわず週一回ずつ四週連続とか、やなせ宿を会場にそれくらいぶちかましてやろうかなと考えている次第である。
しかしまあ、不明といえば不明である。何もかもが不明である。五里霧中とはこのことであろう。なにしろ相手のあることだから、不明であるのもしかたがない。不明なことは不明なままに、しばらくこのブログはお休みとして、あすからはもう一か月以上も放置してあったウェブサイト名張人外境に復帰することとしたい。
それにしても、ほんっとにどうするかなあ。
さてどうするかなあ、というのが口癖になっている。悩んだり思案に暮れたりといったことはめったにないのだが、さて、どうするかなあ。
とりあえず、先日来の流れに沿って、新藤宗幸さんの『新版 行政ってなんだろう』から引用。
これはわからないでもない。というか、よく理解できる。理解できるから悩ましいのである。さてどうするかなあ。
とりあえず、先日来の流れに沿って、新藤宗幸さんの『新版 行政ってなんだろう』から引用。
□私たちの社会には、政府=行政のおこなうことがパブリック(公)であって、人びとに共通の利益をもたらす事業は、行政によっておこなわれるべきだ、との考えがまだまだ強く残っています。それは、近代化のためとはいえ、行政が社会のすみずみまで活動の範囲を広げた結果です。ところが、財政状態のひっ迫とともに、こんどは公共サービスの「市場化」が追求され、人びとの共通の利益の実現が損なわれようとしています。
□政府の活動のすべてがパブリックなのではなく、本来それは、パブリックの一部分にすぎません。政府と市場の二分法に立って公と私を考えるのではなく、政府と市場のあいだには、私たちのつくるパブリックがあると考えるべきでしょう。 □こうした考えに立って市民自らがパブリックな領域を広げていこうとする活動が、一九九〇年代以降、徐々に活発になってきました。一九九五年の阪神淡路大震災をはじめその後の中越地震や中越沖地震による震災復旧には、多くのボランティアが駆けつけました。また、地域の福祉やリサイクル事業などにも、ボランティアがかかわるようになっています。 □ボランティアとは別にNPOということばをよく聞くことと思います。ボランティア活動の台頭をうけて一九九〇年代にはNPO(非営利法人)の設立に根拠となる法律をつくるべきだ、という運動が活発化しました。紆余曲折がありましたが、一九九八年に特定非営利活動促進法(NPO法)として制定・施行されました。これはそれまでの民法第三四条にもとづく公益法人の許可とちがって、都道府県知事への届け出・認証によって、団体の設立を可能としたものです。この法律にもとづくNPO法人は、二〇〇七年一一月現在でおよそ三万団体余であるとされています。これはNPOをもっとも限定的にとらえたときの数字です。NPOとは、広義には非営利の市民活動(事業)団体であって、生活協同組合やワーカーズ・コレクティブなど多様な市民活動団体を指しています。 □ボランティアは、基本的に無償の活動ですが、NPOは労働の対価が支払われる活動です。もっとも、NPOも多くのボランタリーな活動によって支えられており、双方に明確な境界を設定することは、実際にそぐわないでしょう。いずれにしても、市民の非営利事業の範囲を広げることによって、私たちの社会はより豊かになるといえます。 |
これはわからないでもない。というか、よく理解できる。理解できるから悩ましいのである。さてどうするかなあ。