三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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明治三十一年(一八九八)
年齢:三歳→四歳、数え年五歳
住居:愛知県名古屋市葛町
→名古屋市南伊勢町ぬ百二番
五月十七日(火)
平井繁男の次男・金次が誕生。[貼雑年譜][平井系譜]
太郎、弟ができて乳離れしなければならず、ヒステリーを起こして痩せ細った。母・きくに代わって祖母・和佐が添寝したが、その習慣は小学校入学の前年までつづいた。[彼/昭和12年3月]
年末
繁男、東海紡織同盟会名古屋市事務所を辞め、名古屋市南伊勢町ぬ百二番に転居。家族は、繁男、きく、和佐、太郎、金次。繁男は名古屋実業界の巨頭、奥田正香の知遇を受け、奥田正香商店の法律顧問に就職、奥田が会頭を務める名古屋商業会議所にも勤務した。[貼雑年譜]
この年か
太郎、四歳か五歳の初めのころ、筒袖の着物に繁男のチョッキを着、おもちゃのサーベルをさげた姿で、葛町の家の門に立って往来する人々を睨んで威張っていた。二番目に古い記憶という。[彼/昭和12年3月]
この年か
太郎、五、六歳のころ、同居していたきくの末弟・本堂三木三から絵探しを教えられ、謎というものの魅力を知った。絵を描くことにも興味をおぼえた。[彼/昭和12年3月][貼雑年譜]
この年か
太郎、五、六歳のころ、自身が異端者であることをおぼろげに自覚し始めた。[彼/昭和12年3月]
[2012年5月1日]
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