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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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昭和29・1954年、町村合併で名張市が発足した当時、市の人口は3万人をわずかに超える程度だった。

この年の国勢調査の数字を『名張市史』にみることができる。
  • 名張市  31,131人
  • 旧名張町 10,905人
市人口のおよそ35%を、旧名張町のそれが占めていた。

名張市公式サイトの「名張市の紹介」によれば、今年9月1日現在の人口はこうなっている。
  • 名張市  83,779人
  • 名張地区 06,996人
名張まちなかの人口は、市制施行時の64%にまで落ち込み、市全体の一割にもみたない。

名張市の人口そのものは、桔梗が丘をはじめとした大規模住宅地が開発され、関西圏からの流入人口がふくれあがって、二・七倍に増えている。

しかしそれも、平成12・2000年をピークとして減少に転じた。

名張市の紹介」から、過去十四年間の市人口を引いておく。いずれも10月1日現在。
平成05・1993年 77,427
平成06・1994年 79,846
平成07・1995年 81,644
平成08・1996年 82,923
平成09・1997年 83,894
平成10・1998年 84,521
平成11・1999年 84,912
平成12・2000年 85,362
平成13・2001年 85,350
平成14・2002年 85,269
平成15・2003年 85,182
平成16・2004年 85,088
平成17・2005年 84,670
平成18・2006年 84,262
21世紀に入ってから、名張市の人口は減りつづけている。

先日、三重県が7月1日現在の基準地価を発表した。

9月20日付ウェブニュースから引用。

朝日新聞:北勢中心に下落縮小 基準地価

   
一方、伊賀、東紀州の2地域では、人口減や高齢化の影響から、宅地、商業地ともに需要が減退し、住宅地、商業地ともに県平均に比べて下落率が大きい。

毎日新聞:基準地価:県内、住宅地2.3%減 商業地2.5%減、下落率は縮小 /三重

   
地域別の下落率が最も高いのは伊賀地区の3・6%で、下落率上位10地点のうち5地点を占めた。その中で、大阪圏への都心回帰から名張市の住宅団地で下落したほか、伊賀市内の住宅団地でも供給過多状態になっている。

中日新聞;“元気な名古屋”波及も 07年の県内地価

   
下落率は、開発後三十年以上が経過し、利便性の悪い鈴鹿市東磯山が最大。松阪、名張、伊賀各市内などが続く。かつては大阪のベッドタウンとして人口が増えた名張市なども、最近の「都心回帰」の流れで、低迷が続いている。

伊勢新聞:商業地13年ぶり5地点上昇 県内地価 平均変動率は下落止まらず

   
北勢と中南勢、伊勢志摩で下落率が平均値を下回った一方、伊賀と東紀州では引き続き下落している。特に伊賀は大阪方面への都心回帰などが進み、住宅団地の需給不均衡が見られるという。

大丈夫か名張市。
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