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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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江戸川乱歩年譜集成

明治41年●1908 明治43年●1910

 

明治四十二年(一九〇九)

 

年齢:十四歳→十五歳、数え年十六歳

学年:中校学二年→三年

住居:愛知県名古屋市南伊勢町二番

 

平井太郎、中学三年生の春、名古屋市の鶴舞公園の芝生に寝転び、ノートに論文を執筆。ある雑誌の記者が飛行家志望の少年に思いとどまるよう忠告しているのを読み、少年を激励する駁論を書いた。[人類史的一飛び/昭和6年4月]

 

四月十八日(日)

名古屋商業会議所が『名古屋商工人名録』を発行。平井繁男は「き之部」「機械類」の項に掲載される。業種別「諸機械兼仲買現物」、営業税「六五・一五円」、営業所「中区南伊勢町乙二」、電話番号「長一四四〇」、氏名「平井繁男」。平井商店の一ページ広告も掲載。

 

年末

太郎、みずから印刷して雑誌「中央少年」明治四十三年正月号(第二巻第一号)を発行した。巻頭冒険小説「怒濤」と画物語「悲しき思出」を発表。奥付の発行所は、名古屋市中区南伊勢町一丁目二番地 平井商店内 少年会本部(電話一四四〇)。小学校前の文具屋などで委託販売し、かなり売れた。「中央少年」の同人は、もっとも親密だった近所の友人、丹下高福をはじめ、中学同級生の本荘実、ほかに年下の友人数人で、弟も加わった。[貼雑年譜]

 

[2012年5月12日]

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