忍者ブログ
三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
[76] [77] [78] [79] [80] [81] [82] [83] [84] [85] [86]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

名張市
朝日新聞:的外れても子の成長を
産経新聞:成長願って矢を射る 名張市滝之原地区で若子祭
毎日新聞:
ワーキング・ホリデー:赤目の森で自然に親しんで 参加者募集--名張で3月 /三重
毎日新聞:若子祭:地区出身男児成長の願い、36本の矢に込め--名張・八幡神社 /三重
毎日新聞:感謝状:名張市、マタニティーキーホルダーなど寄贈のボルグワーナー社に /三重
伊勢新聞:名張・青蓮寺地区に憩いの場 「あずまや」間もなく完成

伊賀市
朝日新聞:88歳 子にささぐ一篇
朝日新聞:雨乞い踊り、「指南書」が完成(コミミ口コミ)
産経新聞:全国女子駅伝出場の岩瀬さん、伊賀市役所を訪問
毎日新聞:
全国都道府県対抗女子駅伝:桃青中2年・岩瀬梨沙子さん、今岡市長に健闘誓う /三重
毎日新聞:黒漆塗彩絵厨子:三田禅寺所蔵の工芸品、伊賀市文化財に指定--市教委 /三重
中日新聞:
フィギュアスケート教室盛況 伊賀、県内唯一の屋内リンク
中日新聞:岩瀬さん(伊賀・桃青中)意気込み 都道府県対抗駅伝
中日新聞:天の川やゾウの群れ 伊賀の馬野さんが日本画展
中日新聞:富大生の土鈴 販売チュー 高岡関野神社 上薬にわら利用(富山)

伊賀広域
朝日新聞:周辺ダムの長寿化盛る 三重・川上ダム建設目的 国交省(政治)
毎日新聞:レジ袋有料化:名張市、新年度から 伊賀市、作業に遅れ 同時スタート困難か /三重

三重県
毎日新聞:三重ブランド:長谷製陶の伊賀焼が認定 “本物作り”への工夫評価 /三重
きょうも「名張の民俗」。なんというのか、こういうエントリばかり並べて味も素っ気もないアーカイブをつくりたいと考えているのだが、ブログなど利用せず、もっと本格的なアーカイブをめざすべきかとも思えてきた。もう少し思案してみたい。

とりあえず、きょうの産経新聞の記事。

産経新聞:成長願って矢を射る 名張市滝之原地区で若子祭

引用。

   
名張市の滝之原地区で、昨年誕生した男児らの成長を願って矢を射る正月行事「若子祭」が9日、同地区の八幡神社で開かれた。4人の「若子」の無病息災を願って、地区の6人の男性が神社前で、力強く6本ずつの矢を射た。

同市文化財に指定された祭り。地区の結束を固める意味もあり、700年以上前から続くとされている。

つづいて、『名張の民俗』(昭和43・1968年)の「第2章 祭」から引用。

   
□□若子祭(1月9日 滝之原・八幡神社)

八幡神社 滝之原には上出・中出・下出という三つの小場がある。八幡神社は中出、龍性院の横の丘陵の上に建っている。明治41年の神社統合にさいし小場内の全部の神社が村社国津神社に合祀された。その時の合祀目録によれば、この八幡神社も同年10月21日に国津神社へ合祀されたことになっている。だが、地元民の話によれば、表向きは合祀したことにして、実は相変わらずまつっていたという。理由はわからないが、おそらくこの神社に伝わる歩射の神事を保存するためではなかったろうか。事実、表向きの合祀後もこの神事は一年も休まず続けられてきた。土地の人が“おまと”と呼ぶこの神事は1月9日の若子祭の日におこなわれる。若子祭は前年中に村内に生まれた子供(男女とも)が神前に集まり健かな成長を祈願する祭である。
歩射というのは、馬上から弓を射る流鏑馬(やぶさめ)に対し、地上にいて弓を射ることである。主として正月に行なわれ、悪霊除けと年占を兼ねた神事である。風水害・病虫害・疫病等は悪霊の仕業と考えられ、的をこの悪霊に見立て、これを退治することによって五穀豊穣と村内安全を祈るのである。神官あるいは頭屋、とくに選ばれた若者・子供たちが厳しい斎戒や献盃祝言を経て射手となる。滝之原の歩射神事もこの原形をよく伝えている。起源についてはっきりしたことはわからないが、七百年の伝統があると土地の人は言い伝えている。なおこの神事は市文化財(民俗資料)の候補になっているが、いまだ正式の指定はない。歩射はブシャと読む。
準備 行事のはじまるのは午後二時ごろだが、早朝から若子(新生児)の父親が神社に集まり(社地が狭いので龍性院をつかう)、幟(のぼり)を立てたり、的(まと)を作ったり、弓の絃を張ったり、供物をととのえたり、万端の準備に当たる。的は一辺一・五メートルぐらいの方形、竹の骨組みに紙を貼り、筆で大きい三重丸を書く。弓は真弓、絃は麻苧(マオ)で、毎年張りかえる。なお的準備のさい、上出は的立て、中出は藁敷き、下出は榊立てという分担が古来きまっている。

若子祭は昭和45・1970年9月7日、名張市文化財に指定された。この項つづく。
『名張の民俗』(昭和43・1968年)の「第1章 季節のコヨミ」から引用。おとといのつづき。

   
□□1月 承前

〈若水〉 元日の朝、井戸から汲みとった水で雑煮を炊き、茶をたて、残り水で家人が口をすすぎ、また書初めに用いる。若水で煮たてた茶を大福茶といい、梅干しを入れて、家族一同朝祝いに飲む。それから屠蘇・雑煮という順になる。だが、きちょうめんに若水の古例を守っている家は、はたしてどのくらいあることか。名張の町にも三、四年まえから上水道がついた。水道の水では“水の神”とか“若水”とかいう実感がわいてこない。
〈雑煮〉 正月の旧習のなかで、どの家もそろって守っているのは雑煮(ぞうに)ぐらいではなかろうか。汁の“み”は家ごとにちがうが、サトイモ(タダイモ)・大根・ニンジン・豆腐というところが標準だ。イモは切らずにそのまま、大根は七色になぞらえ色々の形に切る。汁は味噌しる、餅は丸い押餅(おしもち)。東京は四角の切餅、東京の人は丸い押餅をみてびっくりするが、当地方ではこれが最もふつうの餅の形である。
〈三種〉 おせち料理ということばは、当地方では一般的でない。(料理教室やテレビの影響で、このことばもだんだん普及しつつあるが)。正月の伝承的な料理といえば、いわゆる三種(さんしゅ)だ。数の子・ゴボウのはりはり・めまき・タツクリ・ボウダラのうま煮などを三重の容器につめ、来客があればこれを肴に酒をすすめる。だが、カズノコは“黄金のダイヤ”になったし、正月の食べ物もだんだん平常化しつつある。正月料理といって前々からさわぐ必要もなく、いまはマーケットでどんなものでも簡単にそろう。
〈年始まわり〉 家族そろって屠蘇や雑煮を祝い、氏神へ初参りをすませてからゆっくりくつろぐ、いわゆる“寝正月”が正月の本来の姿である。だが、年ぢゅう上役の鼻息をうかがわねばならぬ勤め人や、大切なお得意をもつ商人は、寝正月どころか、次から次へ年始まわりの重労働に憂き身をやつさなければならぬ。

拙宅では昨年末、餅もつかなければ、おせちもつくらなかった。前者は、ジャスコかどこかの大型店でパック入りの丸餅を買い、後者は、親戚縁者からわけてもらって重箱につめた。正月も何も、あったものではないと思う。
きのう、仮想世界をテーマにしたポータルサイト「THE SECOND TIMES」で、こんなニュースが報じられた。

THE SECOND TIMES:2/7(木)にセカンドライフに”忍者SIM”が登場

引用。

   
社団法人伊賀上野観光協会が、2月7日正午よりセカンドライフ内に「Ninja Iga」SIMをオープンする。ギミック満載の忍者屋敷もあるとのことで、参加はもちろん見るだけでも楽しめるSIMになりそうだ。

「Ninja Iga」SIMは、WEB2.0時代における観光協会の新たな取り組みとして、セカンドライフを活用した観光振興やまちづくりを推進しようとする実験的官民共同プロジェクト。
伊賀流忍者発祥の地である三重県伊賀市に因み、チュートリアルや忍者屋敷を備えた忍者一色のSIMを構築し、さらにコミュニティー広場やSNSも用意して訪問者を忍者が“おもてなし”する。

SIMだのSNSだの、さっぱりわけがわからんが、去年の暮れあたり、2ちゃんねるのニュース速報+板において、すでに終わったとされていたのがセカンドライフではなかったか。とか思って調べてみたところ、J-CASTニュースにこんな記事があった。

J-CASTニュース:街並みは立派だが人がいない セカンドライフ「過疎化」進む

引用。

   
日本企業のインターネット上の「仮想空間」サービス参入が相次いでいる。しかし、国内でも大きな注目を浴びた米リンデン・ラボ社が運営する3次元仮想空間「セカンドライフ(Second Life)」では、今仮想空間内にユーザーが見当たらない「過疎状態」が目立ってきている。これから「仮想空間サービス」はどうなってしまうのか?

日本人ユーザーの人気スポット「NAGAYA」もさびれる

はてなは2007年12月13日、「はてなワールド」β版を100人の会員限定で公開した。3次元仮想空間で自分のアバター(ネット上の分身)をつかって他人とコミュニケーションできるというものだ。また、伊藤忠商事、フジテレビ、産経新聞、イオンなどは仮想空間「meet-me」を展開するココアに出資し、07年12月中旬頃に「meet-me」α版が公開される見通しだ。国内企業の仮想空間サービス参入は過熱ぎみだ。

しかしその一方で、日本国内でも多くの企業が出店するなどして大きな注目を浴びた「セカンドライフ」の「過疎化」が目立っている。J-CASTニュース記者が「セカンドライフ」のなかで有名企業の「仮想店舗」「仮想社屋」を訪れたところ、建物は現存しているものの他のアバターが全くいないという現象が相次いでいる。

かつては日本人ユーザーの人気スポットとされた「NAGAYA」。かつては、京都に模した日本的な街並みのなかに、様々な格好をしたアバターが盛んにチャットで会話を楽しむ姿があったが、だれもいない。さらに、07年4月に出店したソフトバンクモバイル、07年7月に出店した三越などにも他のアバターはおらず、12月3日に開設したばかりの神奈川新聞社の「SIM(島)」にも残念ながら記者以外だれ一人いなかった・・・

SIMというのは島のことで、要するにやくざのいうシマ、つまり縄張りのことらしい。セカンドライフというインターネット上の仮想空間に、そこらの企業やなんかがシマをつくり、意気揚々と時代の流れに棹さしてみたところ、いまではそのシマに人影がないというのである。これはしたり。

記事には、野村総合研究所の山崎秀夫さんによるコメントも掲載されていて、いわく、「即効性という点から言えばセカンドライフはダメだったということになるが、長期的に見ればこれからにかかっている」。あちゃーッ。

しかし、えーっとまあ、伊賀上野観光協会もその、べつに気を落とす必要はないであろう。長期的にみればまだまだこれから、とのことではないか。五十年先、百年先を見通して、当面は仮想空間に草としてひそんでおればいいのである。それもまた、忍びの生きる道である。

あるいは、仮想空間内を動きまわるアバターというのは、分身という意味だそうであるから、伊賀流忍法分身の術ッ、とか叫んでアバターをたくさん出現させればいいのである。そうすれば、過疎も一挙に解決し、関係者一同みな笑顔になるであろう。あばたもえくぼとはこのことか。全然ちがうか。ご無礼つかまつった。

Copyright NAKA Shosaku 2007-2012