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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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蟻地獄である、とは最初っからいってる。のがれようはない。じたばたすればじたばたするほど、よけい深みにはまってゆく。素直に非を認めていれば、ここまでの深みにはまることはなかった。名張まちなか再生プランがひどいしろものであったこと、市民と市議会を無視してプランに変更を加えたこと、プランでは歴史資料館とすることになっていた旧細川邸を観光交流施設として整備したこと、そうした事実を素直に認めていれば、ここまでの深みにはまることはなかった。

しかし、非などどこにもないらしい。やなせ宿は歴史資料館を主用途として整備された施設であり、こういった歴史資料を常設展示しているのだという。

・「名張城下絵図」の複写版
・新町区百年史部会編纂による初瀬街道・新町今昔町屋分布(明治〜大正〜昭和初期)
・新町の歴史と文化と伝統の複写版
・生人形師亀本安八を紹介した新聞記事や資料
・昭和初期の古地図や古写真

こんなもののどこが歴史資料か。「新町区百年史部会編纂による初瀬街道・新町今昔町屋分布(明治〜大正〜昭和初期)」などというのは、A3サイズ一枚の印刷物ではないか。やなせ宿に置いてある無料の配りものではないか。こんなことでよく、歴史資料館を主用途として整備した、などといえたものである。

名張まちなか再生プランには、旧細川邸を歴史資料館として整備し、「江戸時代の名張城下絵図や江戸川乱歩など名張地区に関係の深い資料を常設展示する」とある。しかし、江戸川乱歩に関連する資料は展示されていない。「市長への手紙」で確認したところ、やなせ宿オープン時には展示したのだが、「展示方法に関して一部関係者の合意が得られず、現時点では展示を差し控えております」との回答があった、ということをきのうのエントリに記したところ、その「一部関係者」からコメントをお寄せいただいた。

9月3日:いよいよいけない秋の陣 > はなしつけに行ってきます。

コメントによれば、やなせ宿オープン時に展示された乱歩関連資料は、「乱歩先生の手紙のコピー1点のみ」であったという。しかも、

「乱歩と名張の関係をほとんど示されることもなく手紙だけがぽつんとおかれていたのです。これではダメだと思いましたので、家族と相談の上、乱歩の扱いについて行政としてちゃんとした方針が出来るまで私どもが所有する品の展示を控えていただくようお願いした次第です。状況が改善されればいつでもOKする用意はありましたし、そのための協力ならいくらでもするつもりでした。ところがその後、何の相談もなく、あろう事か『細川邸は乱歩に関わらない』という方針を打ち出したようです」

とのことである。名張市長の回答は、どうやらおおうそだったようである。回答には、こう書かれていた。

「しかしながら本施設の活用にとって乱歩関連資料は欠くことができないものと考えられ、今後、展示ができるよう関係者の皆様のご協力ご支援を頂き、本施設がまちなか再生に寄与できるよう努めてまいりたいと考えます」

理解できないのは、「展示ができるよう関係者の皆様のご協力ご支援を頂き」という点である。きのうも記したとおり、乱歩の関連資料は名張市立図書館に所蔵されている。ご遺族から拝借した乱歩の遺品だって、図書館の乱歩コーナーに展示されている。やなせ宿に乱歩関連資料を展示するというのなら、まず市立図書館にある資料をどうするのか、行政の内部でその結論を出すのが先決である。どうしてそんなあたりまえのことに手をつけず、関係者の協力や支援がどうのこうのと、例によって例のごとく他人に丸投げばかりかましておるのか。まったく理解に苦しんでしまう。しかし、そんなこと以前に、そもそもがおおうそなのである。

やなせ宿は歴史資料館を主用途として整備された、などとというのが真っ赤なうそなのである。あんなものは、無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館with小判鮫と呼ぶしかない施設であり、ゆえに歴史資料が展示されていないのは当然のことである。同様に、「一部関係者」に相談もなく「乱歩に関わらない」と決定されてしまったのも、当然すぎるほど当然のことである。それはもう、事実として確定されてしまったことである。にもかかわらず、この期におよんでなお、みずからの非を認めようとせず、なりふりかまわず保身をはかろうとするから、うそにうそを重ね、市民を悪者あつかいするような真似までしなければならなくなるのである。話はこじれるばかりであろう。もっとこじれさせてやろうかな、とも思うけど。

ここで、きのうのウェブニュース。

朝日新聞:「ふるさと名張に」乱歩の子息寄付

ひとあし早く毎日新聞と中日新聞でもウェブニュースとして報じられたものだが、この朝日の記事には「同市によると、ふるさと納税について市から平井さんに働きかけ、平井さんが応えたという」と他紙にはみられなかった記述がある。記述がなくても容易に察しのついたことだが、これはもう、はっきりいって、ゆすりたかりのたぐいである。朝日新聞の記事によって、それが満天下に示されたのである。よくもまあこんな、といったようなことは8月28日付エントリに記した。

8月28日:少年少女乱歩手帳のあとに

引いておくか。

   
このニュースにかんしては、あまり多くを語りたくない。悄然とするばかりである。厚顔無恥といおうか、鉄面皮といおうか、名張市には正直もう降参である。このところの名張市が、乱歩にかんしていったい何をしてきたのか。桝田敏明先生のご遺族から桝田医院第二病棟の寄贈を受けたものの、脊髄反射的に乱歩記念館をつくりますとぶちあげただけで、なにしろ関係者には知識や見識がまったくないゆえ、まともにものを考えることができない。だから何もできなかった。広場として整備するというじつに中途半端な結論にいたって、ならばそれだけでいいものを、広場にモニュメントをつくりますなどとまたばかなことをいいだす始末である。考える能力がないのなら何も考えるな。

モニュメントの話は名張まちなか再生委員会の内部で叩きつぶすことができたからいいようなものの、とにかく乱歩のことなど何も知らぬ人間が、乱歩にかんして必要なことは何もせず、よけいなことばかり重ねてきた。それが名張市である。そんな自治体がよくもまあ、いったいどのつらをさげて、ふるさと納税制度を利用して名張市への寄附をお願いいたします、などと乱歩のご遺族に申し出ることができたというのか。ここまでの厚顔無恥、ここまでの鉄面皮には、もはや降参するしか手がないと思う。

ほんと、降参するしか手はないと思う。降参しないための方法はただひとつ、こっちより先に相手を降参させることなのであるが、いったいどうなるのであろうかな。
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