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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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理事会まだぁ〜?
 
理事会もうやんないの〜? インチキがばれたからって、理事会もうやんないつもりなの〜? いったいどうなってんの〜?

しかしなあ、それにしてもなあ、ものごとはちゃんと決めようね、こんなことではちゃんと決めたことにならないんだからね、ムラ社会じゃないんだからね、それくらいのことは理解できるよね、といってやったとたんにこれだもんなあ。たしかにまあ、いくらなんでもそれくらいのことは関係各位に理解していただけたはずではあり、だからこそ、なりふりかまわず、みさかいもなく、一気にはらほろひれはれ状態になってしまって、あすに予定されていた総会がいきなり8月に延期されるような事態に立ちいたってしまったわけなのではあるが、それにしたって困ったものだよなあ。ものごとを民主的にちゃんと決める、という名張小学校のよい子たちにだってふつうにできているはずのことが、名張まちなか再生委員会や名張市役所のわるい大人たちにはまるでできてないんだもんなあ。関係各位、小学校へ行き直すか? しかし、たとえ行き直したとしても、インチキをするようなわるい大人は学校から出ていけー、とかよい子たちにいわれてしまったらどうするよ。出ていけー、とかいわれるなんて、まるで阿久根市役所の自治労じゃねーか。関係各位もほんと、大変だよな。
 
さて、朝日新聞大阪本社版6月20日付オピニオン面に掲載された佐野眞一さんのインタビュー「売れ筋本ばかりの図書館はいらない」からの引用。

   
 「売れ筋本には、館内の活性化、知への入り口として一定の役割がある。だけど蓄積としての蔵書が充実していないと、図書館の強みである『閲覧』という機能が働かない。人気小説の隣に建築学の棚が現れたり、右に曲がると古代の植物の本の一群と出会ったりするのが図書館の面白さ。深度と網羅性を備えた知の迷宮を形づくる。新刊書店やブックオフのように『商品』だけが集まっている場所では『閲覧』はできない」
 ──蔵書を選ぶ図書館側も、その方が断然面白そうです。なぜ難しいのでしょう。
 「今の図書館では、予算削減や効率化が進み、利用者や貸出冊数など、見えやすい数値が指標になってしまいがち。知的な深さや広がりというものが評価されないようになってきた。仮に有能で意欲的な図書館員がいても、館員が選んだ図書を的確に評価する上司、運営者がどれだけいるか考えると、暗澹たるものがある。民間委託も増え、購入図書の基本ラインは、詳細なデータを持つ『図書館流通センター』(TRC)任せ、というところも増えているのではないでしょうか。彼らは、管理番号もふってくれ、カバーもつけてくれる」

日本には、図書館法という法律がある。
 
法庫:図書館法
 
 第三条は、こんなぐあいになっている。

   
(図書館奉仕)
第3条 図書館は、図書館奉仕のため、土地の事情及び一般公衆の希望に沿い、更に学校教育を援助し、及び家庭教育の向上に資することとなるように留意し、おおむね次に掲げる事項の実施に努めなければならない。
1.郷土資料、地方行政資料、美術品、レコード及びフィルムの収集にも十分留意して、図書、記録、視聴覚教育の資料その他必要な資料(電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られた記録をいう。)を含む。以下「図書館資料」という。)を収集し、一般公衆の利用に供すること。
2.図書館資料の分類排列を適切にし、及びその目録を整備すること。
3.図書館の職員が図書館資料について十分な知識を持ち、その利用のための相談に応ずるようにすること。

いまにはじまったことではないが、指定管理者制度が公共図書館のコンビニ化にいよいよ拍車をかけた結果、「土地の事情及び一般公衆の希望に沿い」とあるうちの「一般公衆の希望」だけに重きが置かれるようになり、つまり、佐野さんのことばでいえば「ポピュリズム」一辺倒になってしまって、「土地の事情」ってやつが等閑視されるようになった。地域性にもとづいた資料の収集がおろそかになってしまい、図書館それぞれの独自性や主体性が喪失されつつある。これが全国的な傾向ではないかと判断される。だから、よっぽどしっかりした人間がいないと、ということは、またしても佐野さんのことばでいえば「館員が選んだ図書を的確に評価する上司、運営者」みたいな存在がなければ、全国の図書館はコンビニ化の大波に呑まれてしまうしかないのである。まさに、「暗澹たるものがある」といわざるをえない。お先まっくら、というやつである。
 
でもって、だったら名張市はどうよ、という話になるわけなのであるが、これがまあ、自慢ではないけど、半端ではない。半端ないどころか、もしかしたら日本でもトップクラスかもしれんぞ。なにしろ、なんつったって、これだもんよ。

   
中 相作 さま
    
このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。
 
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。
 
今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。
 
平成20年10月 9日
 
 名張市長 亀井利克

日本図書館協会は、「図書館の自由に関する宣言」を採択している。
 
日本図書館協会:図書館の自由に関する宣言

こんなことが宣言されている。

   
第1 図書館は資料収集の自由を有する
 図書館は、国民の知る自由を保障する機関として、国民のあらゆる資料要求にこたえなければならない。
 図書館は、自らの責任において作成した収集方針にもとづき資料の選択および収集を行う。その際、
(1) 多様な、対立する意見のある問題については、それぞれの観点に立つ資料を幅広く収集する。
(2) 著者の思想的、宗教的、党派的立場にとらわれて、その著作を排除することはしない。
(3) 図書館員の個人的な関心や好みによって選択をしない。
(4) 個人・組織・団体からの圧力や干渉によって収集の自由を放棄したり、紛糾をおそれて自己規制したりはしない。
(5) 寄贈資料の受入にあたっても同様である。図書館の収集した資料がどのような思想や主張をもっていようとも、それを図書館および図書館員が支持することを意味するものではない。
 図書館は、成文化された収集方針を公開して、広く社会からの批判と協力を得るようにつとめる。

だからね、図書館がどんな資料を収集したっていいの。それは全然いいんだけどね、あくまでも「自らの責任において作成した収集方針にもとづき」っていう話なの。「資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが」なんてこといってたら、笑われてしまうわけね。収集方針も明らかにせず、活用の方針もまったくの五里霧中、そんななさけない状態だというのに、えー、乱歩でございます乱歩でございます、名張は乱歩でございます、とか浮かれたようなこと口走ってんじゃねーぞこのすっとこどっこい、という話なのである。だからほんと、大丈夫か? ほんとに大丈夫なのか? こんなこといってて、ほんっと、大丈夫なのか?

   
中 相作 さま
    
このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。
 
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。
 
今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。
 
平成20年10月 9日
 
 名張市長 亀井利克

理事会まだぁ〜?
 
都合により、明朝の更新は休みとする。だから、あしたの分も書いとく。
 
理事会まだぁ〜?

やーい。ばーか。
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理事会まだぁ〜?
 
とか毎日おんなじことばかりいってると、自分がばかなのではないかと疑われてくる。しかし、いうまでもなく、ばかなのは名張まちなか再生委員会のほうである。なあばか、そうだろ。痛いところをちょこっと突っつかれたそれだけで、6月28日に予定されていた総会をろくな説明もなしにいきなり8月まで、それも日程を明示することなく適当に延期してこと足れりとしているなどというのは、ばか特有の過剰反応であるとしかいいようがないぞ。なあばか、そうだろ。もう理事会は開かず、したがって総会も開かず、後生じゃからどーかひとつ、名張まちなか再生委員会をこのまま静かに成仏させてやってくれんかね、と不正行為のもみ消しを進めたい向きも少なからずおありなのではあろうけれど、あいにくこちとら坊主でもなければおくりびとでもない。名張まちなか再生委員会をぶっ壊すのはわが悲願ではあるけれど、不正行為をうやむやにしたまま成仏されるのはもとより本意ではないのである。時機がいたれば頼まれなくたって派手にぶっ壊してあげるから、とにかく早いとこ理事会を開こうぜ。
 
さて、横道横道また横道、横道の連続ではあったが、朝日新聞大阪本社版6月20日付オピニオン面に掲載された佐野眞一さんのインタビュー「売れ筋本ばかりの図書館はいらない」の話題である。袖見出しには「深度と網羅性そなえた『知の迷路』、形づくって」とある。とりあえず引用。
 
   
 ──利用者が読みたい本が図書館にある。ダメですか。
 「利用者に言われた通りやってりゃいいの? そこは図書館の選択眼で取捨選択していいと思う。時には『そんな本くらい自分でお買いなさい』と言ってもらいたい。新着図書のコーナーをご覧なさい。今日出来の人気本がずらっと並び、まるでそこらの新刊書店です。しかも売れ筋の本ばかりを扱う非常にチープな書店の棚を思わせる。ポピュリズムの果ての、金太郎飴のような図書館のいかに多いことか。利用者にも『自分らの税金で運営しているのだから、読みたい本を要求して何が悪い』という態度の人がいますしね。図書館も判断停止しちゃってるんじゃないか」

自慢ではないけれど、判断停止や思考停止はお役所の専売特許である。名物である。近鉄大阪線名張駅西口、賛急屋謹製なばり饅頭みたいなものなのである。名張市役所に行ってみな。そこらの壁に「ものを考えることは罪悪である」とか大書した紙がでかでかと張り出されてるから、なんてことはさすがにないけれど、とにかくものを考えない。脊髄反射みたいなことしかできない。ちょっと痛いところを突っつかれただけで、あとさきのことはなにも考えず、脊髄反射のごときその場しのぎに終始してしまう。延期だ延期だ、総会は8月に延期だ、とその場しのぎを決め込みながら、さりとてなにをするというわけでもない。なんの方策もない。学校が火事になんねえかな、とはかないことを考える試験前の中学生みたいに、あーあ、名張市役所が火事になんねえかな、みたいなことをぼんやり考えるのが関の山なのであって、しかしおあいにく、たとえ火事になったって台風が来たって大型地震が発生したって、そんなものは不正行為をもみ消す役には立ってくれんと思うぞ。
 
それはそれとして、佐野さんのインタビューである。公共図書館が「そんな本くらい自分でお買いなさい」と市民に説教するというのは、さすがにできない相談であろう。それをやろうと思ったら、図書館側に半端でない理念や信念、知識や見識といったものが要求される。しかし、ない。ないない。そんなものはない。どこ探したってかけらもない。天下御免の判断停止である。常住坐臥の思考停止である。だから結局、「ポピュリズムの果ての、金太郎飴のような図書館」ばかりが日本全国津々浦々、どの土地に行ってもコンビニみたいに幅を利かせているということになるのであって、記事にはこんな懸念も記されている。
 
   
 今や6館に1館が業務を民間企業などに外部委託し、その流れは拡大している。「官から民へ」という小泉構造改革で、従来、公的団体に限っていた運営主体を、民間に開放した03年の指定管理者制度の導入がきっかけとなった。
 サービス向上が目的とされるが、現実にはコスト削減・効率化に重点が置かれることが多い。サービスを良くして利用者が増えると費用もかかるが、図書館法は対価請求を禁じるなどの問題もある。
 一方、蔵書管理のIT化が進み、蔵書選びから貸し出し管理まで、システムで売り込む民間企業が影響力を強めている。図書館の司書や文化人からは「蔵書の平板化、館の特色の喪失」を懸念する声も上がる。図書館と、地域社会や利用者の関係が改めて問われている。

理事会まだぁ〜?
理事会まだぁ〜?

とかいってたら、きのう、名張まちなか再生委員会から文書が届いた。6月22日付、委員長と副委員長あわせて四人の連名で、委員に宛てた文書である。
 
   
平成21年度名張まちなか再生委員会通常総会延期のお願いについて
 
 平素は、名張まちなか再生委員会へのご支援、ご協力、ありがとうございます。
 さて、平成21年1月25日に開催されました名張まちなか再生委員会の臨時総会で決定されました委員会新規約によりますと通常総会は、事業年度終了後3ヶ月以内(6月末まで)に開催することとなっておりますが、諸般の事情によりまして、期間内に開催できない運びとなってまいりました。
 つきましては誠に勝手ながら、通常総会開催を8月末を目途に、延期させて頂きたく、ご詫びとお願いを申し上げます。
 尚、日程を整え次第、再度、ご連絡させていただきますので、ご協力の程よろしくお願い申し上げます。

ばーか。死ぬほどのばーか。
 
おなじく委員長と副委員長あわせて四人の連名による6月18日付の理事宛文書は、こんな内容であった。

   
平成21年度名張まちなか再生委員会通常総会延期のお願いについて
 
 平成21年1月25日に開催の臨時総会で決定されました名張まちなか再生委員会規約第15条によれば事業年度終了後3ヶ月以内(6月末まで)に通常総会を開催することとなっておりますが、会議運営等の不手際によりまして通常総会が期間内に開催できない運びとなってまいりました。
 つきましては誠に申し訳ございませんが、とりあえず別紙により各委員に通常総会延期のお断りとお願いの文書を送付いたしたいと考えております。ご意見がおありの理事様におかれましては、誠に勝手ではございますが、総会通知期限の関係から6月22日までに事務局までご連絡頂きますようお願い申し上げます。
 尚、今後の予定と致しましては、8月中を目途に総会ができるよう日程を整えたいと考えておりますので、ご協力の程よろしくお願い申し上げます。

この文書では、総会延期の理由が、
 
「会議運営等の不手際」
 
となっていたのだが、きのう届いた文書では、
 
「諸般の事情」

となっている。ばーか。死ぬほどのばーか。ゆうたったろーがゆうたったろーが、「会議運営等の不手際」などときれいごと書いてないで、インチキがばれ、わるだくみが露見し、と正直なところを書いておけとゆうたったろーが。それをまあ、ばかがなにを血迷うておるのか。なにが「諸般の事情」だばーか。死ぬほどのばーか。ほかにもゆうたったろーがゆうたったろーが、総会を延期するのなら何月何日に延期いたします、あしからずご了承ください、あらあらかしこと期日を明確にして延期しろとゆうたったろーが。なーにが「8月末を目途に」だばーか。死ぬほどのばーか。いいかげんにしろばーか。いいだけご詫びとお願いを申しあげてろばーか。やってらんねーよばーか。
 
理事会まだぁ〜?
理事会まだぁ〜?
 
話が横道にそれてしまった。朝日新聞大阪本社版6月20日付オピニオン面に掲載された佐野眞一さんのインタビューの話題である。佐野さんの名前から伊賀市上野寺町の大超寺で4月26日におこなった講演のことを連想し、そのせいで話が横道にそれてしまったのだが、伊賀市といえば、一か月ほど前のことになるであろうか、伊賀市上野丸之内にある橘という喫茶店で人と話していて、と、話はまたしても横道にそれてしまうわけなのであるが、ところで名張市の乱歩顕彰はどうよ、との質問を受けた。だから、どうもこうもありゃせんがや、と正直なところを答えておいた。ほんと、どうもこうもありゃせんのである。いつもいってることだから、漫才の引用で話を済ませることにすると──
 
   
「乱歩顕彰とかよくいわれますけど」
「それがおこがましいんです」
「なんでですねん」
「顕彰ゆうのは世に知られていないものをひろく知らせることなんです」
「それやったら乱歩は大メジャーですから顕彰なんか必要ないわけですね」
「事実はまったく逆なんです」
「何が逆なんですか」
「乱歩という有名作家の名前を利用して名張市というあまり知られていない自治体を有名にしたいだけの話なんです」
「それが市民要望の本音ですか」
「市民のみならず行政サイドの願望もそうなんです」

ま、そういったことなのである。乱歩と名張はまったくといっていいほど無縁であり、しいてあげるとするならば、乱歩が名張で生まれたという事実、そして、名張市立図書館が乱歩関連資料の収集をつづけてきたという事実、名張市にはこのふたつしか、乱歩にかんして確固たるものは存在しない。で、そしたら図書館はどうよ、と尋ねられたから、とっくにアウトよ、と正直なところを答えておいた。名張市立図書館にも指定管理者制度が導入され、おかげで無料貸本屋路線一直線、いやいや、指定管理者制度を導入する以前から無料貸本屋路線を驀進してはいたのだけれど、制度の導入によっていよいよ拍車がかかった。もう完全にアウトである。乱歩関連資料の活用なんざ夢のまた夢よ、と答えたところ、指定管理者と契約するにあたって、乱歩のことをちゃんとやる、という条件をつければいいではないか、とのアドバイスが返ってきた。
 
ああ、それは気がつかなかったな、と思った。たしかにそうである。発注者側から示された条件とあれば、受注者側の指定管理者、つまり図書館流通センターだって呑まないわけにはいかんだろう。それはなかなか面白い発想だが、しかし、しかしやっぱり、やっぱり無理であろうな、とも思った。名張市立図書館が乱歩のことをちゃんとやる、というのがどういうことなんだか、具体的にどんなことをすればいいんだか、発注者側にはなにもわかっておらんのだからな。なにも考えることができんのだからな。それはもうほんとにひどいものなのであって、名張市役所の人たちと来た日には、なんかもう頭のなかに一年じゅうぼーっと靄がかかっているのではないかと疑われるくらいおつむがあれなのだから、無理無理、とても無理だぞそんな芸当、という結論にいたらざるをえなかった。
 
お役所の人たちといえば、と、話がまたしても横道にそれてしまうわけであるが、遠く離れた群馬県は桐生市で、お役所の人たちをめぐってえらいことが起きてしまったようである。
 
由紀日記 にわやま由紀の議会ノート:2009年06月22日

桐生市議会議員の庭山由紀さんが、桐生市一般職職員の今年度の年収を円グラフで公開するという快挙を達成された。掛け値なしに、これはすごいことである。たったひとりの市議会議員の力で、いやまあ、紙にいちいち正の字を書きつけながらデータづくりに精励した桐生市職員の労も多とせねばならぬところではあるが、しかしほんとにこんなことができるとは、恥ずかしながら思ってもみなかった。なんかもう、日本全国津々浦々、地域社会のあちらこちらで、いやいや、あちらこちらといえるほど数が多くはないけれど、地殻変動とでも呼ぶべきものが確実に起きつつあるという気がする。
 
でもって、だったら名張市はどうよ、という話である。名張市にもひとりくらい、こんな試みにチャレンジする市議会議員の先生がいらっしゃってもいいのではないかと思うのだが、どうなのであろうな。なにしろ名張市議会、来年の夏には改選が控えておる。選挙前に涙目で当落線上のアリアを奏でるような醜態をさらすより、こっちのほうがよほど気が利いているし、市民の支持も得られると思うのだがなあ。しかし、よく考えてみたら、市職員のことをうんぬんするより先に、名張市議会議員の先生がたにはまず政務調査費の使途を精細に公表することが望まれる、みたいなことになるのかな。
 
とにかくまあ、お役所の人たちは大変なのである。お役所の人たち自身も大変なのかもしれんが、お役所の人たちをまともに相手にしようとする市民だってもう大変なのである。なんかもう、わけわかんなくなってくるもんな。こっちのおつむのなかが妙にきな臭くなってきて、導火線をものすごい勢いで火が走ってるようなやばい状態になってくるもんな。ほんと、わけわかんね。わけわかんないながらも、無駄だとは思うけど、最後にもういっぺん吠えとこうか。
 
理事会まだぁ〜?
理事会まだぁ〜?
 
まだなのであろうな。しかし、ずるずるずるずる先送りしてみたところで、なにがどうなるというわけでもあるまい。インチキがばれた。わるだくみが露見した。不正行為が白日のもとにさらされた。そういった認識は、名張まちなか再生委員会の関係各位にもおありのはずではないか。だからこそ、総会をいきなり8月に延期するような暴挙にも出たのであろうが、もう王手なのである。これ以上じたばたしてどうする。わるあがきを重ねてどうする。往生際がわるすぎんじゃね? 一日も早く第五回理事会を開き、総会の議案をさくさくまとめて、総会日程を決定するべきなのである。むろん、総会当日の市長のスケジュールも、がっちり押さえておく必要がある。というか、市長スケジュールの空きを選んで、総会を開くべきであろうな。とにかく、ぼーっとしてないで、さっさと理事会を開こうぜ。
 
しかたないから、きのうのつづきである。亡父がどうして伊賀市から名張市に、というか、旧上野市から旧名張町にやってきたのか、という問題であるが、じつのところはよくわからない。しかし、これまでに人から聞かされたところを総合して、ひとつの仮説にはたどりついている。4月26日、伊賀市上野寺町の大超寺で講演したときには、その仮説を披露しておいた。以下に述べる。
 
亡父の実家は、旧地名でいえば名賀郡依那古村大字沖、現在の伊賀市沖にあった。伊賀鉄道の依那古駅があるあたりである。太平洋戦争がはじまり、亡父はなにかしらの理由で東京から実家に戻って、まだ存命だった父親、つまりおれの祖父といっしょに暮らしていた。祖母はすでに他界していたはずである。この祖父というのがまた結構な遊び人だったそうで、先祖伝来の田地田畑、祖父の代にあらかた売り払われてしまったと聞きおよぶ。
 
戦争が終わって、いわゆる戦後のことである。依那古の家はすっかり老朽化していたので、建て替えるか、という話になったらしい。ならば、名張で材木を調達してこよう、ということになった。名張は古来、森林資源の供給地で、というか、森林資源をいいだけ東大寺に収奪されていたわけなのであるが、最初は名張川から木津川につづく水運を利用して、近代に入ってからは鉄道輸送によって、周辺の材木を集散していた。大正11・1922年、田中善助の手で上野から名張まで伊賀鉄道が延長されるや、終点の名張駅、といってもこれは現在の名張駅ではなく、名張産業振興センターのあたりにあった駅なのであるが、その名張駅の周囲には製材工場が多く立地して、一帯が木屋町という町になったのは大正13・1924年のことであった。したがって、古い家をリフォームするにあたって、名張で建築用材を調達してくるというのは、自然な流れではあったのである。
 
そこで亡父、いくらかまとまったものを懐に入れて、依那古の家をあとにした。名張のまちに着いた。材木を調達しなければならない。しかし、きょうのところはいいだろう、と思ったらしい。今夜は名張のまちで酒を飲むことにしよう、と考えたらしい。売春防止法などという野暮な法律が存在していなかったころの話であるから、夜はそこらのおねえさんと布団のなかであんなことやこんなことをし、材木調達はあしたのことにすればいいではないか、とも考えたらしい。で、翌日。あわてる話でもないではないか、と亡父は考えたようである。たしかに依那古の家は古いが、倒壊の危機に直面しているわけでもない、材木の調達が少しくらい遅れたって、どうということもないではないか、とみずからにいいきかせ、その日もまた飲めや歌えの大騒ぎ、宴が果てればおねえさん、といったあんばいで、その日以降もそんな明け暮れがえんえんとつづいたという。要するに、いつづけである。漢字で書けば、流連、である。そしてある日、ふと気がついてみたら、材木調達のため懐に入れてあった金銭は見事にすっからかんのからっけつ、材木どころか爪楊枝一本買う金さえ残されてはいなかった。依那古の家には帰るに帰れず、しかたないから名張に住み着いてしまったというのが、亡父の名張転居にかんするもっとも有力な仮説となっている。にわかには信じがたいような話であるが、あの男ならばやりかねんな、と人に思わせるだけのなにかが、亡父にはあったような気がする。
 
といったようなことを4月26日、頭脳流出とやらの真実の姿として、大超寺本堂にお集まりいただいたみなさんに縷々説明した次第なのであったが、どうしてこんな身内の恥を、あらためて自分のブログで発表しなければならんのか。こんな不幸に見舞われるのも、もとはといえば名張まちなか再生委員会がわるいのである。なりふりかまわず、みさかいもなく、いきなり総会を8月に延期してしまうような愚挙に出るからいけないのである。まったくなにを考えておるのか。とにかく、ほんと、理事会まだぁ〜?
理事会まだぁ〜?
 
とか尋ねてみても、まだなのであろうな。まだまだなのであろうな。名張まちなか再生委員会の第五回理事会が開かれるのは、まだまだ先のことになるのであろうな、という予感がするので、しばらくべつの話題をつづる。というか、このエントリのつづきである。
 
 
おしまいのほうを引用しておく。
 
   
名張まちなか再生委員会がいくら切歯扼腕してみたところで、名張市が現在のようなていたらくではどうしようもない。委員会に「有効な手だて」がないのは当然の話で、そもそも乱歩と名張はほぼ無縁なのである。いわゆる地域資源として乱歩を活用するなどといってみたところで、手がかりなどまるでないのである。しいていえば、市立図書館が収集してきた乱歩関連資料が唯一の手がかりなのであるが、といったことはこのところ連日のごとく記してきたところなのであるが、それでもなおしつこく書きつけておくと、名張市はこのていたらくなのである。

   
中 相作 さま
    
このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。
 
名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。
 
今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。
 
平成20年10月 9日
 
 名張市長 亀井利克

ならば、「江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたい」とかいってるご託の実態はどうよ。先日も掲載したが、名張市立図書館の「江戸川乱歩関連資料一覧(平成20年度受入)」がこれである。
 
20090406a.jpg

昨年度、市立図書館が乱歩関連資料の購入に要した費用は七万五千百九十五円であった。3月25日午後、名張市役所四〇五会議室でこのプリントを示されたとき、中先生は心のなかで頭を抱えた。購入金額があまりにも少ないから、というわけではまったくない。市立図書館が乱歩関連資料を購入するにあたっては、なんの方針も目的もなく、ただ眼についたものを買っているだけである、ということがよくわかったからである。もちろんそれは、無理もないことである。いまの市立図書館には、乱歩のことを多少なりとも理解しているスタッフが、ただのひとりも存在しない。だから、しかたのないことなのである。もうひとつ、だから、という接続詞を連ねることにして、だから名張市は、もう乱歩関連資料の収集なんておしまいにしてしまうべきなのである。
 
といったところで、あすにつづく。あるいは、13日の月曜につづく。

4月11日か13日につづいていたはずが、二か月以上のインターバルを置いてしまう結果となった。不徳のいたすところであろうな、と反省しつつ、遅ればせながら先に進む。

図書館の話題である。朝日新聞の6月1日付ウェブニュースに、こんなのがあった。

要するに、「全国の公立図書館の6館に1館が業務を民間企業を中心に外部に委託し、その割合は今後も増える見通しだ。財政難に苦しむ自治体が運営費削減を狙っているためだが、およそ本とは縁の無さそうな異業種からも参入が相次ぎ、異色のサービスも次々に登場している」という寸法で、「公共施設の管理運営を民間にも開放した指定管理者制度が原動力。あらゆる分野で市場縮小が広がるなか、図書館市場は拡大を続ける。公立図書館は98年から10年間で602館が新設。市街地活性化の目玉として再開発ビルの主要施設として開館したケースも多い。日本図書館協会によると、08年の利用者は、団塊世代の利用増や消費不況もあり前年比4.5%増えた」という。

結局はまあ、全国の公立図書館が劣化の一途をたどっている、ということなのである。この記事によれば、車両サービス、ビル管理、人材派遣などを本業とする企業が、すなわち、図書館のことなんかろくに知りもしないような業者が、指定管理者として図書館の運営に携わっているのである。で、コンシェルジュだかなんだか知らんが新しいサービスが提供されているとのことで、結構結構、それはそれで結構である。しかし、そうしたサービス以外にも、つまり、無料貸本屋としてのサービス以外にも、図書館が担うべき役割は厳然として存在している。そして、指定管理者制度の導入によって図書館事業に参入してきた企業には、そのあたりの事情がほとんど理解できておらんらしいのである。だから、コンシェルジュだかなんだか知らんが、うわっつらのサービスをこれみよがしに展開することのみに汲々とし、貸出冊数や入館者数などといった表面的な数値だけを評価の基準とする、などといった愚劣な傾向があっというまにひろがって、全国各地で図書館そのものの質が急速に劣化しつつあるのである。

現在ただいまの日本における図書館の危機とでも呼ぶべきものは、まさしくその一点にこそ存しているとみるべきなのだが、6月1日付の朝日の記事ではそういった点への踏み込みがみられず、これはおそらく、取材記者自身も公立図書館という公共施設の本質をもうひとつよく理解できていないせいではないのか、とか思っていたところ、おなじく朝日新聞の大阪本社版6月20日付オピニオン面に、佐野眞一さんのインタビュー「売れ筋本ばかりの図書館はいらない」が掲載された。1日付記事との関連は不明だが、全国的な傾向となっている図書館の劣化を懸念する文化人のひとりとして、『だれが「本」を殺すのか』の著者である佐野さんが警鐘を鳴らしている、といったおもむきのインタビューである。

佐野眞一さんといえば、と、ここでいきなり話が横道にそれるわけであるが、横道にそれたままそれっぱなしになってしまう危険性もあるわけであるが、しかしそんなのはよくあることだから流れにまかせて筆を進めるわけなのであるが、4月26日のことである。伊賀市上野寺町にある大超寺の「歴史講座寺子屋」で講師を務めた。「田中善助翁と資本主義の倫理」と題した講演をおこなったのだが、講演に先立って司会者のかたによる講師紹介があり、亡父からはじまって父子二代にわたるご紹介をいただいた。亡父は旧上野市の出身で、講師のおれよりよっぱど伊賀市に縁が深いから、まあ当然といえば当然の話ではあるのだが、旧上野市の人間であった亡父が名張市に転居してしまったのは上野にとって頭脳流出であった、みたいな話になったのでさすがに気恥ずかしく、講演では開口一番、いやもううちの親父というのはほんとにひどい男で、と事実を述べ、それを論証するために佐野眞一さんの『業界紙諸君!』という著書を例示した。

『業界紙諸君!』は昭和62・1987年、中央公論社刊。タイトルからも知れるとおり業界紙の歴史や内幕を追ったノンフィクションで、なかに「『日本読書新聞』の“戦後総決算”」という章がある。日本読書新聞といえば一時期は左翼系文化人の牙城として出版界に君臨し、かんばしからざる風聞とともに昭和59・1984年に廃刊を迎えた書評紙である。その日本読書新聞を扱った章に亡父のことが、まったくまあろくでなしとしかいいようのない人間として描出されているので、そのあたりを大超寺にお集まりいただいたみなさんに紹介して、こんな男が上野から名張に出ていったからって、そんなものは頭脳流出でもなんでもないということを簡単に説明しておいたのだが、この話に興味を示してくださったかたもあったので、「『日本読書新聞』の“戦後総決算”」からいささかを引用しておくことにする。底本は、平成12・2000年刊のちくま文庫版『業界紙諸君!』である。

   
 「日本読書新聞」の歴史にこうした前史時代があることを知る人はほとんどいない。しかし、同紙の創刊が一九三七(昭和十二)年の三月一日でありながら、第三種郵便物の認可年度がそれより早い昭和八(一九三三)年一月十日となっている謎も、この前史時代に埋めこまれたカギを差し込めば納得がいく。
 編集部は神田小川町の全東栄信用組合ビルの一室があてられた。経営者には、三省堂の子会社である学習社社長の西村辰五郎、博文館社長の大橋進一、有斐閣社長の江草重忠、雄山閣社長の長坂金雄らが交替で就いた。実務にあたったのは、日刊大新聞に対する批判紙として知られていた「新聞之新聞」のスタッフをはじめとする業界紙、出版社、書店出身者からなる混成部隊だった。
 総轄責任者には「新聞之新聞」出身の金田享こと金享粲という韓国人が据えられた。営業部門の責任者には、同じく「新聞之新聞」出身で隻腕ながら営業の辣腕ぶりで業界にこの人ありと鳴り響いていた木下嘉文を置き、編集責任者には、アルス出身で机の引き出しにウイスキーのポケット瓶をしのばせるほど酒好きの中貞夫が就いた。そして最も重要なブックレビュー欄は、東大の出身で牛乳ビンの底のような分厚いメガネをかけた鵜飼某なる人物が担当した。当時のスタッフの一人で、紀伊國屋書店の丁稚小僧から出向した矢田凡久こと矢田保久(東タイ株式会社沼津工場長)はいう。
 「『日本読書新聞』という新しい新聞が創刊されることは、『新聞之新聞』の記者だった木下(嘉文)さんから、だいぶ前に聞かされていました。紀伊國屋は、当時から書籍や雑誌の売り上げ調査店で、そんな関係で木下さんがよく通ってきていました。僕が『日本読書新聞』に行くことになったのは、紀伊國屋で『レツェンゾ』という書評誌の編集をまかされていたせいもあったかもしれません。そのころの『日本読書新聞』は五銭という定価はついていたものの、書店でお客さんに無料配布していました。目立たせようというねらいもあったのでしょう。青い紙を使っていましてね。本の包装紙がわりに使っていた書店もあったようです」
 同紙が創刊されて間もなく「何の気なしに」入社した大橋鎮子(暮しの手帖社社長)によれば、編集長の中をはじめとする編集スタッフは、昼間から酒を飲んでは卑猥な話に際限なく興じていた。大橋は入社一日目にして「エラいところへ入ってしまった」と、急に目の前が暗くなったという。旬刊タブロイド判四ページの「日本読書新聞」は、こうしたいわばあぶれ者の集団によってつくられ、包装紙がわりの新聞としてスタートを切ったのである。

ここに出てくる中貞夫というのが、恥ずかしながら亡父である。家門の名折れとはこのことであろう。一門の恥辱とはこのことであろう。てめーこら昼ひなかから会社で酒くらってうだうだうだうだ猥談ばっかかましてんじゃねーぞこのすっとこどっこい、と叱り飛ばしてやろうにも、『業界紙諸君!』が世に出たとき亡父はすでにくたばっていたからなにもできなんだのであるが、とにかくひどいものである。ろくでなしとしかいいようがない男である。こんな男、どこへ流れていったとて、そんなものは頭脳流出なんぞではまったくないのである。
全六回、これでコンプリートである。
 
【動画】竹原・阿久根市長の本音に迫る!(6・終)ひらがなのみんしゅしゅぎ
[Net-IBニュースチャンネル特別取材]
2009年06月17日 10:15 更新
 
 
YouTubeの関連動画をみていたら、こんなのがあった。
 
橋下知事「竹原信一 阿久根市長、職員給与オープンは納得 検討したい」
 
 
 忘れておった。この動画をみて思い出した。名張市の定例会が6月8日から24日までの会期で開かれておるわけだが、会期中このブログで、例の市議会不人気アンケートを実施するつもりであった。いつかのエントリでその旨を約束してもおったはずなのだが、うっかりしておった。ころっと忘れておった。これからやるのもおまぬけな話だから、今回のアンケートは中止とする。あしからずご了承いただきたい。すまなんだな。お詫びを申しあげる。
 
さて、名張まちなか再生委員会である。まだである。第五回理事会の通知がまだ届かんのである。早く開こうぜ。理事会も理事会だが、総会だってなにも8月まで延期することはあるまい。だいたいが、予定どおり6月28日に開いたとしても、はっきりいって遅すぎるのである。新年度がはじまってすでに三か月、つまり一年の四分の一が過ぎてから総会ってのは、どうにもいただけない話である。これが8月30日になってみろ。平成21・2009年度が五か月も過ぎた時点でようよう新年度総会、ということになるのである。一年が半分ちかく終わってしまっているわけなのである。やってることがあほすぎるではないか。
 
総会の議事は、どんなことになるのか。去年の総会はこんな感じであった。
 
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引き写してみる。
 
   
平成20年度名張まちなか再生委員会総会次第
 
1.開会
2.委員長あいさつ
3.来賓あいさつ
4.議長選出
5.議事
 議案第1号 平成19年度事業報告について
 議案第2号 役員改選(案)について
 議案第3号 平成20年度事業計画(案)について
6.その他
7.閉会

これに準じればいいのである。
 
   
平成21年度名張まちなか再生委員会総会次第
 
1.開会
2.委員長あいさつ
3.来賓あいさつ
4.議長選出
5.議事
 議案第1号 平成20年度事業報告について
 議案第2号 規約改正(案)について
 議案第3号 まちなか運営協議会の設置(案)について
 議案第4号 平成21年度事業計画(案)について
 議案第5号 今後の計画づくりについて
6.その他
7.閉会

こんなところであろう。むろん、これ以外にも、委員長とおれの除名処分の件その他、つぎの理事会で詰めなければならぬ案件はあるのだが、議事の骨格はこんなところになるはずである。楽勝ではないか。昨年度の事業報告といったって、なにもしませんでした、というのが実態なのだから、準備はごく簡単に済むはずである。規約改正案は6月5日の第四回理事会ですでに示されているのだから、ちかく開かれるはずの第五回理事会できっちり協議検討し、その結論を議案として提出すればそれで済む。まちなか運営協議会の設置については、設置しません、ということを議決するだけでいいのだから、準備なんて不要である。新年度の事業計画はどうかというと、これもごく適当でOKである。指針であるはずの名張まちなか再生プランから未実施の計画を適当にコピーして、ぺたぺたぺたぺた適当にペーストしておけば、それでなんとでも格好がつく。今後の計画づくりにいたっては、名張市からなにもいってこんのだから準備もくそもないのだが、市長が施政方針で市民に約束されたことである。市長にご出席いただいて、とっくり説明をお聞きするところからはじめねばなるまい。
 
以上である。たったこれだけの議案を準備するために、どうしていきなり二か月も、総会を延期してしまわなければならんのかな。そんな必要があるのかな。なんかあやしいなおい。それにだいたい、きのう届いた「平成21年度名張まちなか再生委員会通常総会延期のお願いについて」という文書、「会議運営等の不手際によりまして通常総会が期間内に開催できない」と説明されているけれど、こんなきれいごとでごまかしてはいけない。ここはもうはっきりと、インチキがばれ、わるだくみが露見し、と正直な説明がなされなければならない。もうひとつ、「8月中を目途に総会ができるよう日程を整えたい」というのもいただけない。8月まで先送りする理由がまるで不明だし、延期するなら延期するで、何月何日に延期いたしますという明確な日程が示されていなければうそである。そんなこともわからんのか。わからんのであるとしたら、やってることがあほすぎるではないか。
 
以上、委員長と副委員長の連名で届いた昨日付の「平成21年度名張まちなか再生委員会通常総会延期のお願いについて」に、「ご意見がおありの理事様におかれましては、誠に勝手ではございますが、総会通知期限の関係から6月22日までに事務局までご連絡頂きますようお願い申し上げます」とあったので、いささかの所感を述べた。事務局職員諸君、よろしく頼むぞ。なにしろ名張まちなか再生委員会の動向は、当ブログコメント覧でおわかりのとおり、遠く群馬県は桐生市議会議員の庭山由紀さんにもご注目いただいているのである。じつにありがたいことである。なんつーか、われらが名張まちなか再生委員会、もう全国区の人気なのである。職員諸君におかれては、これをおおいに励みとしていただきたい。市長もさぞやお喜びであろうし。そんなことはともかく、一日も早く理事会を開こうな。
 待てば海路の日和あり、というか、風雲急を告げる、というか、上を下への大騒ぎ、というか、とにかくなんだか大変みたいである。名張まちなか再生委員会の委員長と副委員長あわせて四人の連名で、きょう18日付の理事宛文書が届けられた。こんなんである。
 
   
平成21年度名張まちなか再生委員会通常総会延期のお願いについて
 
 平成21年1月25日に開催の臨時総会で決定されました名張まちなか再生委員会規約第15条によれば事業年度終了後3ヶ月以内(6月末まで)に通常総会を開催することとなっておりますが、会議運営等の不手際によりまして通常総会が期間内に開催できない運びとなってまいりました。
 つきましては誠に申し訳ございませんが、とりあえず別紙により各委員に通常総会延期のお断りとお願いの文書を送付いたしたいと考えております。ご意見がおありの理事様におかれましては、誠に勝手ではございますが、総会通知期限の関係から6月22日までに事務局までご連絡頂きますようお願い申し上げます。
 尚、今後の予定と致しましては、8月中を目途に総会ができるよう日程を整えたいと考えておりますので、ご協力の程よろしくお願い申し上げます。

いやー、まいった。ほんと、まいった。いくらなんでも、総会がいきなり8月まで延期されるとは思ってなかったなあ。「8月中を目途に」というのだから、8月30日の日曜あたりの開催になるのかな。わるだくみの時間をたっぷりとらせていただきます、ってことなのであろうか。それならそれでまあいいとして、理事会を招集せんというのはどういうことなのかなあ。総会の延期という前代未聞の重要案件、紙きれ一枚の通知で済ませるって法はないと思うけどなあ。早急に理事会を開かなければならないはずだけどなあ。6月5日の第四回理事会では、総会までにもういちど理事会を開くことを確認したはずだし、その発言は議事録にも記録されてるはずだしなあ、とみてみると──
 

まだ第四回の議事録は掲載されておらんのか。このぶんでは、永遠に掲載されないのかもしれないなあ。議事録どころか、総会までにはただのいちども理事会が開会されないかもしれないしなあ。なんかもう、ムラ社会総動員の大騒動、って感じになってきたからなあ。わるだくみのあとはわるあがき、ということになってるのかなあ。困ったもんだよなあ。ほんと、王手をかけたつもりが千日手になったでござるの巻、なんてことじゃ洒落にもならないから、第五回理事会で披露するつもりだったつぎの一手、ここでぶちかますことにしておくか。
 
むろん、まちなか運営協議会にかんする問題である。われわれ名張まちなか再生委員会は、おととしの総会で設置案を承認したまちなか運営協議会を、早急に発足させるという責務を負っているのだが、そのためにはものすっごく面倒な手続きが必要になる。6月10日付エントリに記したことだから、ここではくり返さない。
 

だが、面倒なことはなにもせず、問題をあっさり解決してしまう方法がないわけでもない。たったひとつだけだが、あることはある。それをこれから発表する。一度しか書かないから、気合を入れて読むように。
 
はじめまして。戸塚奈美枝といいます。
35歳、既婚ですが、現在訳あって夫とは別居中です。
3年前に会社を立ち上げて経営しています。

いかんいかん、たったいま届いたスパムメールの文面を、そのまま引き写してしまったではないか。気合を入れ直して書きつづる。
 
実は、前述の通り、
主人との関係はすっかり冷え切っているのですが
色々と事情もあり、離婚は考えられないのが今の現状です。
 
いろいろ大変そうだよなあ、とか身につまされている場合ではない。心を鬼にして書きつづる。
 
そこで、お願いなのですが、
私と秘密厳守の割り切った関係になっていただけませんか?
もちろん、無償でこのような関係になってくださるとは思っていません。
お会いしてセックスしてくださったら
40万程度ですが謝礼も出せますので。
 
だからしつこいっつってんだろーが、と自身を責めながら、三十五歳か、四十万程度か、とかふしだらなことをいろいろ考えてしまうのはほんとに困ったものであるけれど、邪念をふりはらって書きつづる。
 
総会において、まちなか運営協議会は設置しない、と決議する。
 
じつに簡単なことである。以前からしつこくくり返しているとおり、総会で決まったことは総会でしか覆せない。つまり、総会で決まったことでも総会でなら覆せる。そういうことである。おととしの総会で設置案が承認されながら、まちなか運営協議会は二年たっても設置されない。だったら、今年の総会で二年前の決議を見直して、まちなか運営協議会は設置しないことにいたしました、と決定してしまえば、それで話はちょんである。なんの不都合も生じない。ただし、まちなか運営協議会の設置案を承認するにあたっては、それなりの理由というものが存在していた。これである。
 
   
【目的】
1.まちなか運営協議会は、名張まちなか再生委員会の中心的立場にて事業の推進を図り、それぞれの専門プロジェクトを見守る中で、事業実施に対しての支援と提案と監査の役割を果たすものとする。
2.プロジェクト事業における拠点施設等整備後は、その管理運営に当たる。
1)細川邸(平成20年度完成予定)

おととしの総会資料には、まちなか運営協議会の目的がこのように記されていた。協議会を設置しなければこれらの目的が達成できない、というのであれば、協議会はどうあっても発足させなければならないところなのだが、実際にはどうなのかな。
 
まずひとつめの目的は、そもそもいってることが意味不明、なにがなにやらようわからんのであるけれど、委員会のなかにこんな組織つくったら意思の疎通や情報の伝達においておおきにさまたげになるのではないか、ということはなんとなく理解できる。だから、個人的な意見ではあるが、というか、個人的な意見しか述べておらんわけであるが、こんな組織は必要ないのではないか。
 
ふたつめの目的は、細川邸すなわちやなせ宿の管理運営にかんするものであるが、こんな組織が必要なのかな。必要ないと思うぞ。名張まちなか再生委員会は発足以来、眼もあてられないほどのすったもんだを重ねたとはいえ、旧細川邸について協議検討を重ねてきたのである。それはまちがいのない事実なのであるから、やなせ宿の管理運営も名張まちなか再生委員会が手がけます、ということでどこがよくないのかな。むろん名張市が、やなせ宿の管理運営にあたって指定管理者制度を導入しているというのであれば、話はまったくちがってくる。しかし、いま現在は導入されておらんのだから、名張まちなか再生委員会がやなせ宿を管理運営しております、ということでいいはずである。それで充分、市民の納得は得られるはずである。手前どもは名張まちなか再生委員会とはなんの関係もございません、などといいはってる団体がやなせ宿を仕切ってるのは、なんとも不可解で納得できないことだからなあ。
 
結論としては、まちなか運営協議会なんてまったく必要がない、だから設置しない。そういったことになる。したがって、8月30日になるのかいつになるのか、とにかく今年度の総会でその旨きっちり決議してしまえば、少なくともまちなか運営協議会にかんしては、わずらわしい規約の改正はこれっぱかりも必要なくなるわけである。それでいいのではないか。それでいいと思うぞ。それでいいとは思うのだが、それはそれとして、つぎの理事会はいったいいつになるのかな。早く開いてほしいものである。というか、一日も早く開くべきである。三十五歳の人妻、戸塚奈美枝さんも心からそれを望んでいらっしゃるのではないか。それにしても、戸塚奈美枝さんがまたを開くのと、名張まちなか再生委員会が理事会を開くのと、いったいどちらが先になるのかなあ。とても気になるよなあ。
まだである。名張まちなか再生委員会の第五回理事会、いつ開かれるのかという連絡が、事務局からまーだ届かんのである。かなりおかしい。というか、これはどうやら、市長公務とのからみでこちらから日程の変更を提案するまでもなく、ほぼ確実に、6月28日の総会開催はなくなった、とみるべきではないのか。
 
名張まちなか再生委員会の規約には、総会にかんして、こんなふうに定められている。
 
「第15条 通常総会は、事業年度終了後、3ヶ月以内に毎年1回開催する」
 
委員会の事業年度は3月で終了するから、総会のタイムリミットは6月末日、ということになる。そして、規約第十六条には、こんなことも定められている。
 
「3 総会を招集するときには、会議の日時、場所、目的及び審議事項を記載した書面(電子書面を含む)をもって、少なくとも開会日の7日前までに通知しなければならない」
 
つまり、本来であれば、遅くとも6月30日の火曜日には総会が開かれなければならず、そのためには6月23日の火曜日に、総会資料が委員全員に届いていなければならない。それがデッドラインである。となると、総会資料は22日の月曜には発送されている必要があり、ならば、かりにきょう17日の夜に第五回理事会を開き、その場で総会のための準備や調整がすべて終了したとしても、総会資料の作成はあすあさっての二日間で完了させる必要がある。むろん、きょうの夜に理事会が開かれる予定はないし、いまの時点で通知がないのだから、あすの夜にもあさっての夜にも、第五回理事会は予定されていないということであろう。週明けの22日月曜は、総会資料発送のデッドラインである。要するに、結論としては、6月30日までに総会が招集されることはありえない、ということになってしまう。
 
苦境である。苦難である。名張まちなか再生委員会、発足以来最大の苦境苦難に直面しているのである。しかし、これはまちがいなく、克服しがいのある苦境苦難である。委員会はいま、どんな局面に差しかかっているのか。ずぶずぶなあなあのムラ社会から脱却し、民主的な市民社会に立脚するための移行期を迎えているのである。変革を体験しつつあるのである。委員会が今年の総会でクリアすべき課題や問題、ないしは困難といったものはすでに記したが、それらを克服することで、名張まちなか再生委員会は変革を遂げることができるはずなのである。行政の手駒でもなければ隠れみのでもない、一人前の自立した組織となれるはずなのである。ジャスティスとフェアネスを重んじ、決定においてはなによりも合議を旨とし透明性を第一義とする、ほんものの組織に生まれ変われるはずなのである。
 
しかし、名張まちなか再生委員会がそんな組織になった日には、いちばん困るのは名張市であろうな。委員会なんてしょせん手駒であり隠れみのである、というのが名張市の本音なのであろうからな。でなくてどうして、委員会の自立性や主体性をここまで無視し、踏みにじることができるというのか。それにまあ、委員会側にだって、いつまでもずぶずぶなあなあのムラ社会でぬくぬくしていたい、という向きも少なからず存在しているものと思われる。ムラ社会ってのはほんとに楽なもので、長いものに巻かれてさえいれば安心安全、自分の考えなんてのが皆無であってもそれなりのポジションに立って偉そうな口を利くことが可能だし、素直にいうことを聞いていれば行政から頭をなでてもらえるし、なんつったって責任とかいうことばとはずーっと無縁でいられるんだもんなあ、ほんと、楽だよなあ、とお考えの向きも少なくないのではないかと推察される次第である。
 
よろしい。そういうことなのであれば、官民双方のムラ社会どっぷり派諸兄姉のために、心からなるアドバイスをひとつ進呈しておこう。このままでは名張まちなか再生委員会、諸兄姉の望まないような組織になってしまいそうな流れではあるから、きれいにぶっ壊してしまうのが賢明であろう。そのほうが、諸兄姉も枕を高くして眠れるはずである。だから、とにかく、総会を開いてしまうのである。予定どおり6月28日に総会を招集し、しょっぱなの議案第一号で、委員会規約第三十九条にのっとって、委員会の解散を議決してしまえばいいのである。ただしそれには、委員総数の四分の三以上の承諾が必要となる。どうすればいいのか。知れたことよ。多数派工作である。委員ひとりひとり、しらみつぶしに懐柔して、解散に賛成させるよう工作を進めればいいのである。いかにもムラ社会的な画策だから、たぶん諸兄姉はお手のものであろう。むろんその場合にも、6月28日の総会にはちゃんとした総会資料を用意する必要がある。とはいえ、どうせ第一号議案で委員会の解散が議決されるわけなんだから、第二号以下の議案はダミーでよろしい。適当にでっちあげておけばよろしい。適当にでっちあげておくように、とコンサルタントに丸投げしておけばいいのである。どうだ。名案であろうが。いつまでもちまちまこそこそばかりしてないで、ちっとは腹をくくってこの程度のわるだくみに走ってみるのも一興であろう。みてるほうも、そっちのほうがずっと面白いし。
 
それにしても、総会が6月中に開会できなくなるとしても、第五回理事会はちかいうちに開かなければならんぞ。6月5日の第四回理事会で、その旨を確認しておいたはずである。おれの発言は議事録にしっかり記録されているはずなのであるが、しかし、名張まちなか再生委員会においては、議事録の改竄など日常茶飯事だといううわさもあるしなあ。いったいどうなってしまうのであろうなあ。
 
どうなってしまうのであろうなあ、といえば、こちらもどうなってしまうのであろうなあ、ということで、6月15日付エントリのつづきをごらんいただく。またしても、桐生市議会議員の庭山由紀さんのブログで教えていただいた。
 
【動画】竹原・阿久根市長の本音に迫る!(4)労働組合は敵?!
[Net-IBニュースチャンネル特別取材]
2009年06月15日 09:49 更新
 
 
【動画】竹原・阿久根市長の本音に迫る!(5)「安心=幸せ」を
[Net-IBニュースチャンネル特別取材]
2009年06月16日 09:55 更新
 
 
ここらでひとつ、庭山由紀さんへの謝意を記しておくこととしたい。
まことに唐突ではあるが、6月28日に予定されている名張まちなか再生委員会の定期総会、日程をずらしてはいかがなものであろうか、と思う。なんでかっつーと、これをみてごらん。

名張市公式サイト:市長の公務予定(平成21年度分) > 平成21年6月下旬

ほら。6月28日の日曜日には、午後1時から「伊賀南部農業協同組合 通常総代会(武道交流館いきいき)」という予定が入っている。いっぽう、名張まちなか再生委員会の総会はいまだ会場も開会時刻も明らかにされていないが、昨年どおりだとしたら、名張市役所一階大会議室で午後1時から、ということになる。要するに、先約あり、という寸法である。これはまずかろう。今年の総会、市長にお出ましをいただかなければ、てんで話にならぬはずである。たとえば、今後の計画づくりとやらのことがある。理事会の席でいくら説明を求めても、事務局サイドからは不得要領な返事しか返ってこないのだから、今後の計画づくりについて施政方針で明言されたご本人から、くわしい説明をお聞きしないことには話が前に進まない。つまり、名張まちなか再生事業の最高責任者として、以前にも記したとおり、「これまで進めてきたまちなか再生事業を検証し、今後の計画づくりの必要性を説明したうえで、委員会に対して協力を要請する」とかいったことをやっていただかなければならん。

まかり間違っても、来賓ではない。当事者であり、責任者である。去年の総会みたいなことでは、ちょっと困るのである。

2008年06月02日:再生委員会総会憶測邪推録

引いておく。

   
さて、開会後、まず委員長が挨拶し、つづいて来賓の挨拶があった。来賓はつぎの六人のみなさんである。

・名張市長
・名張市議会議長
・三重県議会議員
・三重県議会議員
・名張商工会議所副会頭
・名張市区長会長

そして、驚くべし。来賓のみなさん全員が、それぞれに挨拶をお述べになったのである。あれよあれよという暇もない。委員長もふくめれば総勢七人、先発全員安打のつるべ打ちであった。ダイナマイト打線の復活かとみまがう壮観であった。わけても出席者の眼を奪ったのは、県議会議員の先生おふたかたである。当方の知るかぎり、こうした会合におふたりで参加された場合には、どちらかおひとりが挨拶にお立ちになるのが通例である。その通例が破られ、県議おふたかたのおはなしを親しくお聞きすることができたのだから、県議フェチにとってはまさしく至福のひとときであっただろう。そんなフェチが存在しているとしての話であるが。

挨拶はさらにつづいた。ひたすらつづいた。えんえんとつづいた。牛のよだれのごとくつづいた。
 
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うちつづく挨拶のなかで語られているのは、たしかに名張のまちのことであった。だがそれは、現実の名張とは微妙にことなる、どこか別世界にある名張のことのようでもあった。その名張のまちでは、人と人とが支え合い、生活者が能動的主体的に地域の課題に取り組んで、行政はその側面的支援を手がけているという。名張の顔なるものがつくられつつあり、都市内分権なるものも進みつつあるという。そのまちにはこれからも予算がつぎこまれ、やなせ宿という公共施設を拠点に歴史と文化を軸とした素晴らしいまちづくりがスタートするのだという。

それはやはり、現実の名張ではない、もうひとつの名張のことではないのか。現実の名張市に住み、名張まちなかの現状を知り、名張まちなか再生プランの、とりわけやなせ宿の問題に直面している人間には、そうした話はしらじらしさや苦々しさをおぼえさせるものでしかないのではないか。そんなことを考えているうちに、つるべ打ちの来賓挨拶がようやく終わった。大会議室に漂っているどこか割り切れないような空気をかきわけて、来賓のみなさんは足並みそろえてご退席である。あとには、もぬけの殻となった来賓席が残された。
 
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来賓のみなさん、それぞれに公務ご繁多ということなのであろう。

「名張を本気で変える!!」田合たけしの活動日記:5番町2区の説明会・市長自らお願い

北川ひろゆきの近況報告:ホームページ リニューアルしました!

さて、かくも贅沢な来賓挨拶の椀飯振舞は、いったい何を目的としていたのであろうか。おそらくは時間稼ぎであろう。挨拶の時間はできるだけ長く、議事の時間はできるだけ短く、という関係者の苦肉の策であったのだろう。もとよりこれは、なんの根拠もない憶測である。憶測というよりは邪推である。

だが、名張まちなか再生委員会発足以来の三年間、委員会がくりひろげるインチキやペテンをいやというほど見聞きしてきた身としては、こうした邪推に走るのも無理からぬ話なのであるとの弁明を記しておきたい。インチキやペテン、その場しのぎのごまかしや人を人とも思わぬまやかし、そういったものはすでに名張まちなか再生委員会の体質となり、骨肉と化しているとしか思えぬのである。

名張まちなか再生委員会はいまやもう、ほとんど石原産業なんだもんなあ、と思いあたり、いやいや、いくらなんでもそんなふうに決めつけてはいけない、もう少し他人にたいする信頼というものを回復しなければならない、邪推などはもってのほかの大禁物である、と思い返していたその総会の場で、あろうことかあるまいことか、名張まちなか再生委員会はまた新たなインチキの手口、驚くべきペテンの手並みを披露してくれたのであった。

さて、どうすればいいのかな。総会が6月28日午後1時から、ということなのであれば、市長のご出席はまず見込めない。だったら、総会の開会時刻をたとえば午前10時にするか、あるいは、前日の27日は市長の公務予定が白紙になっているから、一日ずらして27日に総会を開くか。それとも、ほかにもっといい手があるのか。いずれにせよ、ちかく開かれるはずの第五回理事会で、唐突ながら総会日程の変更を提案しなければならんであろうな。それにしても、理事会はほんとに開かれるのであろうか。つまり、はたして総会が開かれるのかどうか、どうにもあやしい雲行きになってきたような気がする。なんか知らんが官民双方の関係各位、わるだくみにもいよいよ窮して、そろそろ泣きが入っておるのか?

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