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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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おさなごのみなさんに、「図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています」というたわごとにかんして、懇切丁寧にわかりやすく、人類愛にみちて教え諭してやることとする。

そもそもなぜ、名張市立図書館が乱歩に関連する図書や雑誌を収集しなければならんのか。その一点の説明が、おさなごのみなさんにはできるかな、できないかな。たぶんできないのであろうな。しかし、答えは簡単である。これまでやってきたことだから、ということでしかないのである。市立図書館は開館以来、乱歩関連資料の収集に努めてまいりました、ということでしかない。それはまあ、それでいいということにしても、いうにことかいて「名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが」とはどういうことか。ばかかこら低能。いいかげんにしないとしまいにゃ張っ倒すぞ。

いや、いかんいかん。怒ってはいかん。おさなご相手に怒ってはいかんな。よしよし。中先生はもう怒らんから、おさなごのみなさんは泣かんでもよろしい。それにしても、名張市立図書館の開館は昭和44・1969年のことである。ちょうど四十年前である。四十年の長きにわたって乱歩関連資料を収集してきたというのに、その資料をどうやって活用するべきか、具体的な方針は現在のところございません、なんてしれっとほざいてしまうのは、とても恥ずかしいことである。その程度のことはわきまえておくべきであろう。これが名張市だから、まだいいのである。かりに吉本新喜劇だとしたら、現在のところございませーん、などとおさなごのみなさんがあほなことを高らかに口走ったとたん、舞台にいるすべての人間が思いきりずっこけてしまうのだからな。

前例墨守は、いってみればお役所の伝統である。とはいえ、さすがに近年、お役所の人たちも「見直し」なることばをおぼえてきたではないか。聖域なき見直し、などといっておるではないか。ならば、これまでつつけてきたことでも、前例を無批判に踏襲するのではなく、聖域なき見直しとやらの対象にするべきであろう。それがまあなんなんだこのすっとこどっこい、などということを、考えてみれば中先生、ずーっとずーっと、いいつづけておるのじゃ。めんどうだから、昔の漫才から引いておく。六年前、平成15・2003年6月に発表した漫才である。当時、三重県が「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」などというあほな事業の準備を進めていたのであるが、関係各位があまりにもあほであったので、思いきりおちょくってやった。

名張人外境:乱歩文献打明け話 > 第二十五回 芭蕉さんは行くのか

   
「でも最近では行政の無謬性ゆう神話もすっかり崩壊してしまいまして」
「行政の無謬性といいますと」
「お役所は間違いを犯さないということです。つまりいったん計画が決定されたら親が死んでもそれを実施すると」
「親は関係ありませんがな」
「しかし現実にはとくに何十年もかかる大型事業なんか時間経過にともなう自己矛盾ゆうのが当然出てくるわけでして」
「計画決定したときとは社会情勢その他がいろいろ変わってきますからね」
「ですからいったん決まった計画でもあとで検討を加えた結果白紙に戻すべきだと判断される場合も出てきます」
「長野県の脱ダム宣言をきっかけに大型ダムの建設計画も見直されてますし」
「行政は決して無謬ではないわけです」
「時代に応じてさまざまな要素を検討していかなあかんゆうことですね」
「ところがお役所ではいまだに封建時代さながらの前例墨守体質が支配的で」
「前例をそのまま引き継いでたら時代に即応した検討はできないんですけどね」
「しかしいつまでも前例を墨守していられる状況ではなくなりました」
「どんな状況になったんですか」
「不況が長引いてどこの地方自治体もおおむね財政難にあえいでます」
「名張市も財政非常事態ですし」
「税収が減る一方ですからまず予算の面で前例を維持できなくなってるんです」
「その結果さまざまな事業が厳しい見直しを迫られてるゆうわけですな」
「つまりこの財政難は自治体にとって千載一遇のチャンスでもあるんです」
「税金のつかい道としてほんまに必要なことと必要でないことをきっちり見きわめるええ機会かもしれんですな」
「一方に無謬性神話の崩壊がありもう一方に財政難がある。そのはざまで地方自治体には柔軟で身軽な体質に生まれ変わることが要請されてるんです。現状からの脱皮を図らなあかんわけなんです」
「どないしたらよろしねん」
「じゃーん。しょうもないことに税金つかうのはやめましょうキャンペーン」
「せやからどんなキャンペーンやねん」
「ほんまに必要なことにしか税金はつかいませんと広くアピールするわけです」
「どないしてアピールしますねん」
「『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業を心ある地域住民の手で血祭りにあげましてですね」
「そんな乱暴なことしたらあかんがな」
「三重県が伊賀地域にこんな事業を提案してきたんですけど税金の使途として適正有効ではなく不必要だと判断されましたので叩きつぶしてやりましてんと」
「せやからもうちょっと穏便な表現はできないんですか君の場合」
「芭蕉さんがどこ行こうが勝手なんですけど端的にゆうてこの事業は三重県が伊賀地域に予算ばらまいて住民に媚びを売るためのものでしかないですからね」
「それはもう無茶苦茶な偏見ですがな」
「それでまたそんな事業に飛びついてしまう地域住民の心根もじつにさもしい」
「さもしさは関係ないと思いますけど」
「なんやったらさもしさのつれづれに手紙でもしたためましょかあなたに」
「そんな手紙絶対いらんっちゅうねん」

しかし、三重県もあれだぞ。性懲りもなく「美し国おこし・三重」などと浮かれまくったようなこと口走ってると、またいつなんどき派手に叩かれることになるかもしれんのだぞ。少しは気をつけるように。

そんなことはともかく、名張市立図書館による乱歩資料の収集は、スタート時点では意義のあることであった。乱歩資料を専門的に収集する図書館なんて、日本全国どこにもなかったのだし、東京の乱歩邸に遺された資料が散逸してしまう可能性だってあったのだから、名張市が乱歩資料の収集に名乗りをあげたのは意味のあることであった。しかし、以来四十年が経過して、乱歩の遺産は立教大学に継承された。散逸の心配はなくなったのである。いっぽう、名張市はどうかというと、「名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございません」などとまあすっとこどっこいがなにを血迷うておるのか。しまいにゃ蹴っ倒すぞこの便所下駄自治体。

いやいや。泣かんでもよろしい。要は、四十年にわたってつづけてきた乱歩資料の収集も、ここらできっちり見直してみてはどうか、ということなのである。ちゃんと協議検討して、さっくり結論を出すことはできんのかということである。ちゃんと協議検討を進めたならば、もう収集なんかしなくてもいいんじゃね? とさっくり結論が出るはずだと思われるのであるけれど、しかし、なにしろおさなごだからなあ。ほんとにどうしようもないんだからなあ。いやいや、泣かんでよろしい泣かんでよろしい。
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きのうのつづきを書いておく。とにかく気が重い、という話である。なーにいってやったって理解すらできんのである、という話である。落とし前のつけかたさえ知らんのではないか、という話である。しかしまあ、こんなふうに初手から決めつけて臨んでは、ネガティブな席にしかならぬことは眼にみえている。名張市長ならびに前教育次長、さらには企画財政部総合企画政策室長あたりにお出ましをいただく面談の場の話である。前教育次長は現在、たしか総務部長をお務めで、総務部長といえばいわゆる事務方のトップなのであるから、考えてみればこの面談の場、名張市の首脳の一部がつどう席となる。世間から低能自治体と揶揄される名張市の首脳であるとはいえ、首脳は首脳である。ぷっ、とか思わず吹き出してしまってはいかんのであって、もう少しいわゆる前向きなことを考えるべきなのかもしれない。

だから、たとえば、これである。

   
このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。

名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。

今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。

平成20年10月 9日

名張市長 亀井利克

活用の方針も決まってないのに資料を収集してどうする、というしかない回答であるが、それをいってしまっては身も蓋もあるまい。こんなばかなことしかいえんのなら資料の収集なんかやめてしまえ、と思うのが一般的な反応というやつであろうし、ばかがこら活用の方針もよう決めんまま細川邸を整備して無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館をつくったあげく日替わりランチののぼりおっ立ててるような低能自治体はやっぱいうことがちがうよなあ、ははは、ばーか、と感に堪えなくなるのもまたまっとうな反応というやつであるのだが、しかし、よくよく考えてみれば、というか、相手の立場に立って考えてみるならば、これはいささか酷な反応であるかもしれない。

なにしろ相手には、資料とはなにか、収集とはなにか、あるいは、そもそも図書館とはなにか、そういったことがまったく理解できていないのである。なにも知らぬ幼児、おさなごのようなものなのである。知識も見識もあらばこそ、読み書きさえできぬおさなごなのである。本棚をみれば反射的によじ登ってしまうおさなごなのである。それをまともなおとな、常識を身につけた社会人、地域社会に奉仕する公務員だと思いこんでいるから、ばかかこら低能こんなこともわからんのか、と罵倒するしかなくなってくるわけなのだが、しかし、おさなごだと思ってみれば、もう少しわかりやすく、懇切丁寧に、人類愛にみちて教え諭してやることを考えたほうがいいのではないか、という気にもなってくる。それが、ひとりの市民として、名張市という地域社会にわずかながら貢献を果たすことにもつながるのではないか。

だから、教え諭してやることにする。ひととおりのことを教え諭したそのあとで、いよいよ名張市公式サイト「市長への手紙」を利用して、市長、前教育次長、企画財政部総合企画政策室長との面談を要請することにする。そこでさっそくながら、上に引いた回答の「江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています」といったあたりをさかなにすることにして、収集した資料をどうすればいいのか、おさなごにはそれがわからんわけである。なにしろ、読み書きができない。したがって、資料というのは、読むものではなく、ながめるものである、という認識しかない。つまり、資料ということばは、展示ということばとワンセットなのである。すなわち、おさなごのおつむのなかでは、資料の活用ということばは、展示のためのハコモノの整備ということばと、わかちがたく結びついているのである。ばかかこら低能、と思わずいってしまいそうになったけど、そんなことはいわない。懇切丁寧に教え諭してやる。だから、おさなごよ、泣かずにあしたも読みなさい。
さきおととい、2月8日日曜、八日えびすの日のことである。午後、名張市鍛冶町の蛭子神社に参詣したところ、社前でかんなくずの親分にでっくわした。親分、防犯関係団体のウインドブレーカーに身を包み、同輩とつれだって市中見廻りの任についていらっしゃる最中であった。このときの模様は、すでにブログ記事になって全世界に発信されている。名張市における顔役として、親分は着実に知名度をアップさせているようである。

永遠のJガール:名張に春を呼ぶ 八日戎(2月8日)

かんなくずの親分とは、ふたことみこと、立ち話をしただけであったが、聞けば、このブログの更新がとどこおっているせいで、中さん最近どーしてんの? と親分に質問する市民があるという。そんなもの、親分に訊いたってわかるわけがない。それにだいたい、たいしたことをしているわけでもない。永遠のJガールさんのブログでお読みいただいたとおり、八日えびすの人出でにぎわう名張まちなかを両手に花でそぞろ歩き、夕刻からは旧蔵持村にある中先生の邸宅で大宴会。子供や犬が大騒ぎしてまったくどんならんかったのであるが、それにしても、子供たちが書斎で本棚をよじ登っていたとは知らなんだ。中先生が別室で機嫌よく酔っ払っているあいだに、あいつらはまたなんというとんでもないことをしておったのか。証拠写真を無断転載しておく。
 
20090211a.jpg

八日えびすも終わり、春のおとずれが心待ちにされる時節を迎えはしたのだが、名張市に春は来るのか。来ないのではないか。どうもそんな気がする。春だとか夏だとかいう以前に、もうぼろぼろじゃねーか。名張市はもう、ぼろぼろになっているではないか。名張市、終わったな、というのは少し以前からの実感であったのだが、年明け以降、名張市の終わりがいよいよはじまったな、という感が否めない。さほど明確な根拠もないのだが、たとえば、2ちゃんねるの名張市政スレを閲覧した印象からいうと、そういうことにならざるをえない。

2ちゃんねる:三重県名張市の市政について語りませんか?Part2

さきおととい、かんなくずの親分と立ち話をしたときには、このブログでなすべきことについて、あとはまあ名張市長をあれやこれや、と今後の方針をごく簡単に説明しておいた。なんの方針か。落とし前の方針である。もう古い話である。昨年、名張市公式サイトの「市長への手紙」を利用し、江戸川乱歩に関連する質問を送信したところ、回答に「今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします」との付記があったので、そのための場を要請した。

経緯を確認しておく。まず、中先生の質問。

   
ご回答ありがとうございました。やなせ宿にかんするお尋ねはひとまずここまでとし、新しい質問を提出いたします。つぎの一点です。

・名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針はあるか。

念のために申し添えますと、展示用資料のことをお尋ねしているわけではありません。市立図書館が開館準備の段階から収集してきた図書や雑誌などの資料のことです。この点につきましては、昨年の2月から3月にかけて、名張市教育委員会の当時の教育次長にお訊きしたのですが、お答えはいただけませんでした。その後、公文書公開請求によって確認したところでも、乱歩関連資料の活用にかんする公文書は存在していないとのことでしたので、具体的な方針はまとめられていないものと推測される次第ですが、念のためにお尋ねいたします。

ご多用中恐縮ですが、よろしくご回答たまわりますようお願いいたします。

2008/09/28

回答がこれ。

   
このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。

名張市立図書館が所蔵する江戸川乱歩関連資料を活用するための具体的な方針につきましては、現在のところございませんが、今後、図書館活動の一環として、江戸川乱歩に関連する図書や雑誌などの資料を、収集・保存に努めてまいりたいと考えています。

今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。

平成20年10月 9日

名張市長 亀井利克

中先生の要請。

   
ご回答ありがとうございました。せっかくの仰せですから、おことばに甘えて、「貴重なご意見・ご提案」を具申したいと思います。つきましては、そのための面談の場を設けていただきたく、ご手配をお願いいたします。面談の場には、貴職のほか、教育長と前教育次長にもご臨席たまわりますよう、勝手ながら願いあげます。面談の日時と場所のご連絡をお待ちしております。ご多用中恐縮ですが、よろしくお願いいたします。

2008/10/10

回答がこれ。

   
中 相作 さま

このたびは「市長への手紙」をお寄せいただき、ありがとうございました。

ご要望の面談の件につきまして、次のとおり予定させていただきます。
なお、今回は教育委員会として、ご意見・ご提案を承らせていただきますので、ご了承ください。

【日 時】:10月29日(水) 午前11時
【場 所】:名張市役所 3階 教育委員会室

ご都合が悪い場合には、ご連絡をお願い致します。
連絡先:63−7402 広報対話室 大西

今後とも、貴重なご意見・ご提案をお寄せいただきますようお願いします。

平成20年10月20日

名張市長 亀井利克

これはこれで済んだ。教育委員会との面談は済んだ。済んだから、ひきつづいて市長との面談の場を広報対話室に要請していたのだが、いっこうに返事がない。そこで、またしても名張市公式サイト「市長への手紙」を利用して、まことに僭越な話ではあるのだが、市長、前教育次長、それから、名張市の提唱で昨年10月31日に発足した乱歩都市交流会議とかいう愚劣な思いつきに釘を刺しておいたほうがいいかなとも思われるので、その担当セクションらしい企画財政部総合企画政策室のスタッフにもお出ましを願うことにして、この三人のみなさんとの面談の場を要請する、という段取りになるべきところなのだが、どうも気が重い。なぜか。名張市になーにいったって無駄だからである。先日、名張まちなか再生委員会の臨時総会について記したエントリから引いておく。

1月29日:ええじゃないか総会 下

   
だいたいがだな、規約には委員会が意見具申をおこなうとあるけれど、そんなことが可能だと思うておるのか。たとえ意見を具申したところで、名張市にその意見を理解することができなければ、意味なんてものはまるであるまい。もちろん、理解するだけでもだめである。その理解にもとづいて、適切な判断をくだす。さらには、その判断にもとづいて、的確に施策を実行する。それが必要である。だというのに、理解、判断、実行、みーんなペケではないか。名張市にそんな芸当ができると思うておるのか。できゃせんできゃせん。できるわけありゃせん。

名張まちなか再生委員会乱歩関連事業プロジェクトチームの会議について記したエントリからも引いておく。

1月30日:乱歩関連事業PT会議報告

   
むろん、名張市という名の低能自治体には、どんな意見を具申したところで、理解できず、判断できず、実行できない。三重苦である。ヘレン・ケラーか。ウ、ウォーター、とかいってろうすらとんかち。

ほんと、なーにいってやったって、なーんにもできゃせんのじゃ。だからもう、実際のところ、名張市にはなにも期待しておらん。ああすればよかろう、こうすればよかろう、と有能な市民が真摯に誠実に提言し、みずから身をもって見本まで示してやったところで、それを理解することがまったくできんのである。これまでの経験に照らすならば、それはもう火をみるよりも明らかな事実なのである。話にならねーんだよ低能自治体。したがって、以前からいっておるように、要は落とし前である。あとは落とし前の問題なのである。しかし、なさけないことに、名張市は落とし前のつけかたも知らんのであろうな。どうにも困ったものである。ほんとに困ったものであるけれど、関係各位には首を洗って待っていてもらわねばならんぞ。知らん顔を決めこんでればすべてが平穏に過ぎてゆくとかなんとか、そんな虫のいいことを考えておってはいかんのだぞ。ただで済ませることなど、とてもできん相談なのであるからな。ただし、これも以前からいってることなのじゃが、買収ならばいつでも受ける用意がある。ありがたい話であろう。随喜の涙を流しつつ、さあ、どこからでもかかってきなさい。
あっというまに、1月も31日である。ノンバーバル映画「鬼 The Oni」の締切の日である。

1月27日、名張公民館で謡曲を録音して以来、というか、正確には録音のあと、小腹ふさぎにラーメンでも食うかということになって、スタッフ一同で上八町の敦煌まで歩いたところ、休業。しかたないな、と自動車三台で蔵持町原出の天理スタミナラーメンまで伸したところ、休業。こうなったら意地でもラーメン食ってやる、と下比奈知のアピタ名張店まで移動し、一階にある点心飯店にようやく落ち着いた。伊賀市の希望が丘西に本店、桐ケ丘に青山店を置く瑞福祥の系列店である。1月12日の映画ロケの記事が大きく掲載された新聞のコピー四枚を店のおねえさんにみせびらかし、おおいに自慢したところ、ちょっと読ませてください、とおねえさんがコピーをすべて店の奥にもってゆき、点心飯店が全店あげて全従業員で熟読してくれた。せっかくだからサインでもしとくか、とおねえさんに色紙を頼んだのだが、この申し出はリジェクトされた。その点心飯店を出て、アピタ名張店の駐車場で別れて以来、スタッフには会っておらず、メールと電話でやりとりしているだけなのだが、謡曲の録音以降も、編集作業は順調に進んだようである。

吉本興業の新矢由紀さんのブログに、謡曲録音時のあれこれが掲載されているので、リンクを掲げておく。

永遠のJガール:名張能楽振興会の皆さま ありがとうございました(1月27日)

Jガールのあねさんの許諾のもと、このエントリから名張能楽振興会のみなさんの写真を転載しておく。写真をブログなどに掲載することの許可は、撮影時にスタッフが頂戴していたので、おおっぴらに載せておく。「鬼 The Oni」のメイキングをつくるさいには、この日の写真を静止画像で挿入したいものである。

20090131a.jpg

それにしても、ちょうど一か月である。名張能楽振興会に協力を依頼したのは、以前にも記したとおり去年のおおみそか、12月31日午前のことであった。12月30日に脚本の第一稿があがり、その時点でようやく、般若の面をつけた狂女が能舞台に立つこと、BGMに謡曲「鉄輪」をつかうことを決めたのだから、あとはもう一瀉千里、といってしまえば聞こえはいいけれど、いまからふり返ると実際には綱渡りみたいなものであった。年明け以降、名張能楽振興会のみなさんには、1月11日の新春謡曲仕舞大会を終えたあと、翌12日に映画のロケ現場で能の所作指導、つづいて二度ほど集まって「鉄輪」を稽古していただいたあと、27日の録音という運びになった。くどいようだが、感謝に堪えない。

ところで、映画のダイエットはどうなったのか。ご心配なく。みごとに成功した。九分五十五秒の長さだったノンバーバル映画「鬼 The Oni」は、五分ちょうどに短縮された。いまや体脂肪率ゼロの状態である。スタッフからインターネット経由で送られてきたWMVファイルで確認したところ、五分間のうち大阪および近鉄特急車内のシーンは三十三秒、残る四分二十七秒はすべて名張市内で撮影された映像である。名張市のプロモーションフィルムとして、おおいに胸を張れる内容となった。

吉本興業の許可を得て、タイトルシーンの静止画像を掲載しておく。タイトルバックは、日が暮れ、寒風が吹き、大地が凍り、雪が舞う赤岩尾神社での撮影となった。出演していただいたのは、滝之原上出獅子保存会、滝之原中出獅子保存会、滝之原下出獅子保存会のみなさん。これもくどいようだが、やはり感謝に堪えない。

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さて、主役を張ったうちの犬である。映像として登場するのは、五分間のうちせいぜい十秒ほどである。ダイエットの都合上、うちの犬のかわいいお尻にケツつながりで「結」というエンドマークを重ねるプランはリジェクトになったのだが、かわいいお尻そのものは映像として生かされている。しかも、これは脚本になかったことなのだが、エンドマークがわりにうちの犬のアップで作品を締めることになった。小春ちゃんファンに朗報、といったところであろう。ついでだから、最後のシーンの画像もごらんいただく。

20090131c.jpg

赤岩尾神社の神体である磐座と、磐座はいわくらとお読みいただきたいのだが、その磐座とうちの犬の顔が二重写しになっている。きわめて象徴的で、すこぶる秀逸なラストシーンとなった。

最後に、ノンバーバル映画「鬼 The Oni」で堂々の主役を張った小春という名のうちの犬が、ご閲覧の諸兄姉に神のメッセージを伝えたいというので、ここに掲載しておく。ちょっと必要があって、昨年12月16日に出版された『戸川みゆき・渕上真希のワンダーランドインタビュー』(共編:嶋村吉洋、渕上瑞樹、発行:日本流通産業新聞社、発売:サクセスマーケティング、定価:本体1905円)という本を購入したところ、冒頭にこれが掲載されていた。この本ではマザー・テレサのことばだとされていて、ネット検索で調べてみても、世間ではだいたいそういうことになっているようなのだが、正確にいえば、たまたまマザー・テレサがメッセンジャーになったというだけの話であって、もともとは神のことばなのである。心して読まれよ。

   
あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。
目的を達成するとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。
良い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。
気にすることなく、し続けなさい。
あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。
あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。
気にすることなく、作り続けなさい。
助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく、助け続けなさい。
あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。
けり返されるかもしれません。
でも気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

けっ、たかが神ふぜいがなーに偉っそうなことほざいてやがる、などとお思いの諸兄姉には、たぶん神罰がくだると思うぞ。
1月29日、名張市役所四階四〇五会議室、名張まちなか再生委員会乱歩関連事業プロジェクトチーム会議、午後7時開会。

1.あいさつ
2.乱歩関連事業(資料展示・記念事業)について
3.その他

資料展示と記念事業は、江戸川乱歩生誕地碑広場の供用開始にあわせて催されるらしい。広場は、検査もふくめた整備作業のすべてが終了し、オープンはいつでもOKの状態だという。で、その資料展示や記念事業は名張市が主催するのであろうな、と確認すると、事務局側、つまり行政サイドからは、煮えきらない返事しか返ってこない。こんなことにすらまともに答えられんのか、と激怒した。名張市は桝田医院第二病棟の土地と建物を所有者から寄贈してもらった。その場所に名張市は市民の税金で広場を整備した。その整備が無事に終了したのだから、名張市がみずからの主体性のもと、市民に報告し、関係者に謝意を表するのはあたりまえのことである。けじめというやつである。そんなこともわからんのか。ものの道理やことの本質をいっさい無視し、主体性を完全に放棄してしまうのがそれほど面白いのか。やってらんねーなーこのすっとこどっこい。名張市という名の低能自治体があいかわらず低能なので、不本意ながら激怒した。満面に朱をそそいで怒りを爆発させてやった。こんなあたりまえのことすら理解できんのか。どーしよもねーなーまったく。名張市はいったいどうなっておるのか。こら。責任者出てこい。

こうなるともう、結局のところ、

──市長を呼んでこい。

という話になる。

ならなくてどうする。

ならないわけがないではないか。

だからこの名張市とかいう低能自治体の市長をケータイで呼び出せというのだ。広場整備の完了にともなう市民への報告や関係者への感謝を、名張市がみずからの主体性のもとに進めない、表明しないというのはどういうことか。どういう料簡か。いいかこら。そもそもこの江戸川乱歩生誕地碑広場などというのは名張市が勝手につくったものではないか。市民の意見はおろか名張まちなか再生委員会の意向さえ、この整備事業にはまったく反映されておらん。名張市という名の低能自治体がおのれの都合のみにもとづいてうわっつらだけをとりつくろったのがあの広場ではないか。だからケータイで市長に電話しろというのだ。この名張市という名の低能自治体の市長を呼び出せというのだ。

なにい? 市長のケータイの番号を知りません? 名張市にはホットラインがありません? なんなんだこらこの低能自治体。ならばいっといてやる。宣言しといてやる。プロジェクトチームの会議であれ理事会であれ総会であれ、この名張まちなか再生委員会が会合を開くたび、毎回その席でかならず、最低いちどは、ケータイで市長を呼び出せ、という定番ギャグをかましてやることにする。それでもいいのか、と口角あわを飛ばして詰め寄ったところ、それはなかなか面白い考えだと思う、みたいな場の空気になったので、名張まちなか再生委員会が生んだ初のルーティンギャグとして、ケータイで市長を呼び出せをここに登録する次第である。どこに登録したんだかは、もうひとつよくわからない。

実際のところ、名張市という自治体の無策無能はいまさら指摘するまでもないことであるけれど、そればかりでなく、名張市という自治体における無神経無配慮も相当なレベルに達している。ほんとになんにも考えない。市民の立場や市民の感情といったものにいっさい顧慮せず、そのせいで市民を怒らせてしまう。あるいは、ネガティブな気分にさせてしまう。それはまあみごとなものである。しかし、いいだけぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあいってやったのが多少は奏功したのか、江戸川乱歩生誕地碑広場の供用開始にあわせて、名張市の主催でなんらかの行事をおこなう、ということにはなった。むろん、必要最低限のものでじゅうぶんである。要は、市民への報告、関係者への感謝、これだけである。こんなあたりまえのことを行政サイドに理解させるのに、きのうはえらく時間がかかった。困ったものである。

だいたいがこの名張市という名の低能自治体において、職員教育というやつはどうなっておるのか。市民がいちいち職員を教育しなければならんのか。そんなことでは困る。困ってしまう。あんまり困ったから思わずケータイに手を伸ばしかけたのだが、よく考えてみたら当方、ケータイなどというやっかいなものは所有していない。だからことなきをえたのだが、とにかく困ったものである。いずれ当方が名張市長ということになりでもしたら、その暁にはもう職員教育をびしびしかましてやるつもりである。名張市の全職員にポテンシャルを10%ほど底上げしてもらうだけで、名張市は大きくチェンジすることになるはずである。むろん底上げのまえに、きみたちはいったいだれのために働いているのか、だれに雇われているのか、だれに顔を向けなければならないのか、ということを骨身に徹して理解してもらう。お役所と市民の闘いでは市民に支援せよ。その一事を深く深く肝に銘じてもらう。

そんなことはともかくとして、資料展示と記念事業の件である。しかしこんなもの、名張まちなか再生委員会の乱歩関連事業プロジェクトチームにはなんの関係もない話である。そもそも名張まちなか再生委員会は、なんらかのイベントを実行するための組織ではない。新しい規約にも盛られているとおり、名張市にたいする意見具申を主眼とした組織である。むろん、名張市という名の低能自治体には、どんな意見を具申したところで、理解できず、判断できず、実行できない。三重苦である。ヘレン・ケラーか。ウ、ウォーター、とかいってろうすらとんかち。とにかくなーにいってやったって意味はないのだが、それはそれとして、乱歩関連事業プロジェクトチームが資料展示だの記念事業だのに手を貸さねばならぬ筋合いはどこにもない。そんなものは、名張市が乱歩蔵びらきの会あたりと手を組んで進めればいいのである。

ただし、名張市にほんとうに望まれるのは、先日も記したとおり、ちまちました小手先の資料展示なんかにかまけていないで、名張市は乱歩をいったいどうするのか、それを明確にすることである。むろん、できぬ相談であろう。できゃせんできゃせん。できるわけありゃせん。かんじんのことはなにもできない。なにをしていいのかがわからないからである。だからもう好きにしろ、といってやるしかないのであるが、少なくとも当方は、資料展示だの記念事業だのにはいっさい協力しない。むしろぶち壊しにかかるかもしれんぞ、ときのうは宣言しておいたのだが、よほどのことがないかぎりぶち壊したりなんかはしないから、ちゃらちゃらうわべだけかっこつけてりゃ機嫌がいいというのであれば、気が済むまで好きなだけちゃらちゃらしておれ。

以上、きのう開かれた乱歩関連事業プロジェクトチーム会議の報告である。要するに、乱歩関連事業プロジェクトチームが会議を開く必要などまったくなかった、ということである。こんな会議を開くより先に、名張市はもうちょっとしっかりすることを考えろ、という話である。とにかくひどいものであって、たとえば江戸川乱歩生誕地碑広場の担当セクションがどこになるのか、都市環境部と教育委員会のあいだで責任の押しつけあいがつづいているらしいのである。広場を整備する方針が決定して以来、いったいどれくらいの時間が経過したと思うておる。にもかかわらず、そんな基本的なことすら決定できていないのである。唖然としてしまう。開いた口がふさがらない。ほんっと、もうちょっとしっかりしてくれ。1月25日の臨時総会でもおなじことを思ったのだが、これは当方のみならず、臨時総会に出席した多くの人間がそう思ったと判断される次第なのであるが、もうちょっとしっかりしてくれ名張市。

ここにあわせて記しておくならば、乱歩関連事業プロジェクトチームはこれで解散することになる。そのはずである。このチームはもともと、寄贈された桝田医院第二病棟の活用を検討するため、乱歩関連施設整備事業検討委員会として発足した。その検討の結論も出ないうちに、なぜか名張市が広場として整備するという結論を出してしまったため、結果として、検討委員会は名張市からこけにされ、ないがしろにされてしまった。ひどいものである。のみならず、検討委員会は広場の設計に携わることさえできなかった。すべて名張市が勝手に進めてしまった。だからさっきも述べたとおり、名張市という名の低能自治体がおのれの都合のみにもとづいてうわっつらだけをとりつくろったのが江戸川乱歩生誕地碑広場なのである。しかしまあ、その整備も終わってしまったのだから、乱歩関連事業プロジェクトチームもお役御免ということになる。きのうの会議ではチームの解散について協議するよう進言したのだが、時間の都合であったのかなんであったのか、協議は先送りとなった。

さらにあわせて記しておくならば、会議が終わってからプロジェクトチームメンバーとコメダ珈琲店名張店の喫煙席でコーヒーを飲んだとき、江戸川乱歩生誕地碑広場完成の記念事業として、やなせ宿かどこかで市長と当方が乱歩をテーマにトークショーをやってはどうか、との提案が出された。さて、いったいどうしたものであろうか。
1月25日、名張市役所三階三〇三・三〇四会議室で開かれた名張まちなか再生委員会臨時総会、世にいうええじゃないか総会の話題である。

議案第二号「役員改選(案)について」は、原案どおりしゃんしゃんと決まった。改選のビフォアとアフター、それぞれの名簿を掲げておく。

まず、ビフォア。Pとあるのはプロジェクトのことである。

役員
委員長
 
田畑純也
副委員長   川口佳秀
副委員長   福廣勝介
副委員長   木津義明
再生整備P チーフ(歴史) 長川精孝
再生整備P チーフ(水辺) 小野彰則
再生整備P チーフ(交流) 中森久夫
再生整備P チーフ(生活) 田畑純也
再生整備P チーフ(歩行者) 市橋多聞
専門部会 まちなか運営協議会会長 辻本武久
専門部会 NPOなばり実行委員会代表 森口充啓
専門部会 乱歩関連事業検討委員会委員長 的場敏訓
参与
    多田昭太郎
    山村博亮
    柳生大輔
    梶田淑子
    永岡 禎
    森脇和徳

つづいて、アフター。PTとあるのはプロジェクトチームのことである。参与とかいうわけのわからんポストは、今回の規約改正によってなくなってしまった。

役員
理事
委員長
田畑純也
理事 副委員長 川口佳秀
理事 副委員長 福廣勝介
理事 副委員長 木津義明
理事 歴史拠点整備PTチーフ 長川精孝
理事 水辺整備PTチーフ 小野彰則
理事 交流拠点整備PTチーフ 中森久夫
理事 生活拠点整備PTチーフ 田畑純也
理事 歩行者空間整備PTチーフ 市橋多聞
理事 乱歩関連事業PTチーフ 的場敏訓
理事 歴史拠点整備PTサブチーフ 中 相作
理事 水辺整備PTサブチーフ 水谷泰三
理事 交流拠点整備PTサブチーフ 増田成樹
理事 生活拠点整備PTサブチーフ 福山悦子
理事 歩行者空間整備PTサブチーフ 神田昌典
理事 乱歩関連事業PTサブチーフ 辻 孝信
理事   多田昭太郎
理事   山村博亮
監事   辻本武久
監事   岡山博宣

予定されていたふたつの議案の審議が終了したので、名張まちなか再生委員会を解散するための緊急動議を提出した。根拠は、新しい規約のこのあたりである。

   
(解散)
第39条 この委員会は、次に掲げる事由により解散する。
(1)総会の議決
(2)目的とする事業の成功の不能
(3)委員の欠乏
2 前項第1号の事由によりこの委員会が解散するときは、委員総数の4分の3以上の承諾を得なければならない。

(細則等)
第40条 役員等の選出方法について、原則として無記名の書面投票による。その選挙管理は、議長が行う。
2 総会での事前告知されていない緊急動議に関しては、当日の出席委員と表決委任者の過半数をもって決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。

第四十条にのっとり、緊急動議の提出を認めるか否か、賛否が問われた。賛成は、当方をふくめて四人。いちばん前の席にすわっていたので、ほかに挙手してくれたのがだれであったのかは確認できなかった。ま、緊急動議の提出くらいは認めてもらって、そのうえで委員会を解散すべきかどうか、白熱の議論を展開したいところではあったのだが、残念な結果に終わった。いたしかたあるまい。ちなみに、レギュラーなものであれ、イレギュラーなものであれ、このつぎ総会が開かれたときにも、委員会を解散に追いこむための緊急動議はしつこく提出するつもりである。

やなせ宿の話題も出た。やなせ宿を運営しているまちなか運営協議会と名張まちなか再生委員会との関係性がようわからん、いったいどうなっておるのか、という疑問が呈され、もとをただせば名張まちなか再生委員会が発足させた組織ではあるけれど、いまやまちなか運営協議会と名張まちなか再生委員会とは完全に無縁である、という事実が確認された。また、協議会が運営を委託されているのは今年の3月末日までであり、それ以降のやなせ宿がどうなってしまうのか、おおいに気になるところではあるけれど、確たるところはだれにもわからない、という事実も判明した。なんかもう、無茶苦茶なのである。行政サイドの説明によれば、やなせ宿に指定管理者制度を導入することをめざしている、とのことであったが、具体的な動きはなにひとつないみたいだから、どうせその場しのぎのうそっぱちであろうと推測された。なにしろ名張市のいうことである。その場しのぎのうそっぱちでないわけがない。

そういえば、と、これは臨時総会の席で思いあたったのではなく、いま思いついたから書き記しておくのだが、無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館を知の殿堂に生まれ変わらせるやなせ宿連続講座やなせ塾は、はてさていったいどうなったのか。四回連続の講座として企画された催しなのであるが、第三回と第四回はどうなっておるのか。もう開かんのか。昨年6月28日に第一回「名張の歴史を知る」、7月5日に第二回「江戸川乱歩を知る」が開講され、ともに当方が講師を務めて圧倒的な好評を獲得、第三回以降にもおおいに期待が寄せられたものであったが、あれで終わりかよ。どーしよーもねーなー名張まちなか再生委員会。かりにあのままつづけておれば、そこそこ有意義な催しになっていたはずなんだけどなあ。

しかたないから、第一回と第二回のフライヤーを掲げておく。

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しかしなあ、ここに出ている犬っころが、いまや映画で主役を張るまでに成長したのだからなあ。世の中ってのは、ほんとにわかんないものだよなあ。それにしても、せっかく主演したのであるから、やはりいつの日にか、名張市内の会場でノンバーバル映画「鬼 The Oni」の上映会を開きたいものである。とはいうものの、上映時間はわずかに五分しかないのだから、本篇以外にもディレクターズカットやメイキングを公開し、主演女優の舞台挨拶、さらには脚本家による名張市政大批判演説、みたいなものもまじえなければならぬであろうな。

閑話休題。1月25日、午前11時50分をすぎたころの話である。関係性がわからない、といえば、ほんとにわかんないのは名張まちなか再生委員会と名張市との関係性である、とつくづく思い返された。

   
(目的)
第2条 この委員会は、「名張まちなか再生プラン」を指針として取り組む、市民・事業者・行政などの多様な主体協働の各事業を継続的かつ円滑に運営するための総合的執行管理に対し、意見具申又は答申を行い・支援することをもって名張地区既成市街地の再生を図ることを目的とする。なお、「名張まちなか再生プラン」とは、名張市が、名張市総合計画に位置づけられた「まちの顔づくりプラン」の実現に向け、平成17年3月に市民・事業者・行政の共通共有の計画として、策定したものである。

改正された規約の第二条にはこうあるのだが、先日も記したとおり、関係性や主体性が非常にあいまいで、なにが述べられているのかよくわからない。それに、名張まちなか再生委員会がこういった目的のもとに活動をつづけてみたところで、とどのつまりは、ひとりよがりに空回りしているだけということになってしまうのではないか。だいたいがだな、規約には委員会が意見具申をおこなうとあるけれど、そんなことが可能だと思うておるのか。たとえ意見を具申したところで、名張市にその意見を理解することができなければ、意味なんてものはまるであるまい。もちろん、理解するだけでもだめである。その理解にもとづいて、適切な判断をくだす。さらには、その判断にもとづいて、的確に施策を実行する。それが必要である。だというのに、理解、判断、実行、みーんなペケではないか。名張市にそんな芸当ができると思うておるのか。できゃせんできゃせん。できるわけありゃせん。いくら意見を具申したところで、結局は委員会の自己満足に終わってしまうだけの話であろうて。それにそもそも、まともに活動しようにも、名張市はこの委員会に一円の予算もつけておらんではないか。4月からの新年度においても、予算措置などいっさい講じられておらぬことであろう。ほったらかしではないか。生みの親である名張市から知らん顔をされておる。それが、名張まちなか再生委員会の現実というやつなのである。そうした現実に眼を向けようとせず、いくら机のうえで規約を改正してみたところで、そんなものがいったいなにになるというのか。

先述のとおり、時刻は正午に近づいていた。そろそろ閉会である。しかし、この日の臨時総会全体の構成を視野に入れて考えてみたところ、ここはやはり、最後にオチが必要であろうなと結論せざるをえなかった。そこで、手をあげて発言した。これは昨年12月18日の名張まちなか再生委員会次期役員準備会でも述べたことなのであるが、名張まちなか再生委員会は名張市が発足させた組織である。だから結局のところ、発足から四年ちかくが経過したいまの時点で、名張市が委員会をどのように位置づけているのか、名張市はこの委員会のことをどう考えているのか、それをあらためて確認しておかないことには、話が一歩も前に進まないのである。

となると、当然、

──市長を呼んでこい。

という話になる。

ならなくてどうする。

ならないわけがないではないか。

市長の口から直接、名張市は名張まちなか再生委員会をどう位置づけているのか、それを明らかにしていただくのがいちばん手っ取り早い。だから、いまここで、市長のケータイに電話を入れて、市長の意向存念思慮思惑を確認すればいいではないか。できんのかできんのか。市長のケータイに電話はできんのか、とただしたのだが、ただしている途中でさすがに無理だろうなと思われてきたので、最後に、そんなことはやっぱり不可能なのでしょうね? と質問すると、議長がにこやかな顔で大きくうなずき、会場全体がどっと笑いに包まれたので、よし、オチがついた、上々の首尾である、お笑いナンバーワンの責任はじゅうぶんに果たせた、と満足して、とてもとても晴れやかな気分で総会の会場をあとにした。まるでばかみたいである。しかしまあ、ばかみたいでも、ええじゃないか。もうどうだって、ええじゃないか。
名張まちなか再生委員会ええじゃないか臨時総会の話題を中断し、ノンバーバル映画「鬼 The Oni」にかんする報告となる。

昨日、名張公民館の和室で、映画に使用する謡曲の録音がおこなわれた。1月12日の撮影における能の所作指導にひきつづき、名張能楽振興会のご協力をたまわった。たとえおなじ曲でも流派がことなると、うたいかたに差が出てくるものらしい。録音は観世流で進められた。観世流の会派に所属する七人のみなさんに、マイクのまえで「鉄輪」を披露していただいた。通常であれば、前列四人、後列三人、という二列横隊になるらしいところ、全員の声が均等に録音できるように、という録音スタッフの意向により、マイクを囲んで七人が車座になるフォーメーションを採用した。首尾は上々。録音後にイヤホンでお聴きいただいたところ、すごくよく録れている、と会員のみなさんもお喜びであった。

録音中は、いきなりふぁーっくしょん、くっそーッ、などとくしゃみなんかしたりしたらえらいことだと思い、和室の外に出て煙草を喫いながら、屋外にまで洩れ聞こえてくる謡曲に耳を傾けていたのだが、これがまた予想以上の迫力で、映画のなかにどんなぐあいに生かされるのか、おおいに期待されるところとなった。

「鉄輪」全曲をうたうには、二十五分ほどの時間が必要になるらしい。きのうの録音では、時間の無駄をはぶくため、脚本にある詞章だけをうたっていただいた。詞章を脚本から引いておく。底本は新潮日本古典集成『謡曲集 上』。

〈言ふより早く色変はり 言ふより早く色変はり 気色変じて今までは 美女の形と見えつる 緑の髪は空さまに 立つや黒雲の 雨降り風となるかみも 思ふ仲をば裂けられし 恨みの鬼となつて 人に思ひ知らせん 憂き人に思ひ知らせん〉

〈悪しかれと 思はぬ山の峰にだに 思はぬ山の峰にだに 人のなげきは生ふなるに いはんや年月 思ひに沈む恨みの数 積もつて執心の 鬼となるも理りや〉

〈いでいで命をとらん いでいで命をとらんと 笞を振り上げ後妻の 髪を手に絡まいて 打つやうつの山の 夢現とも分かざる憂き世に 因果は廻り合ひたり 今さらさこそ悔やしかるらめ さて懲りや思ひ知れ〉

〈ことさら恨めしき ことさら恨めしき あだし男を取つて行かんと 臥したる枕に立ち寄り見れば 恐ろしや御幣に 三十番神ましまして 魍魎鬼神は穢らはしや 出でよ出でよと責め給ふぞや〉

〈腹立ちや思う夫をば 取らで剰さへ神々の 責めを蒙る悪鬼の神通 通力自在の勢い絶えて 力もたよたよと 足弱車の廻り逢ふべき 時節を待つべしや まづこのたびは帰るべしと 言ふ声ばかりは定かに聞こえて 言ふ声ばかり 聞こえて姿は 目に見えぬ鬼とぞなりにける 目に見えぬ鬼となりにけり〉

これだけで、八分ほどになった。録音スタッフによれば、このうちの一分三十秒から二分程度が、映画のBGMとして使用されることになるという。

撮影スタッフが「鬼 The Oni」のダイエットバージョンを収録したDVDを持参してくれたので、録音が終わったあと、名張公民館ロビーの大型テレビで視聴した。九分五十五秒の作品を短縮して、ふたつのバージョンができあがっていた。百キロちかくもあった体重を、七十五キロと五十キロとに減量したふたつのバージョンである。五十キロバージョンとなると、およそ半分ということになる。ストーリーを説明するためのシーンが大幅に省略され、いきなりのトップギア、ストーリーが後景にしりぞいたかわりドラマが前景にせり出してくる、といったような印象であったが、これはこれで面白いものにしあがっていた。プロというのは、やはりたいしたものである。

といったような次第で、3月の沖縄国際映画祭2009に出品されるノンバーバル映画「鬼 The Oni」の名張市内における撮影ならびに録音は、きのうをもってすべて終了した。ご協力をかたじけなくした、というよりは、ひとかたならぬお世話になった、というよりは、もういいだけご迷惑をおかけしまくったすべてのみなさんに、あらためて深甚なる謝意を表する次第である。

ここで、名張まちなか再生委員会ええじゃないか臨時総会の話題を中断したかわりに、名張まちなか再生委員会乱歩関連事業検討委員会の話題。案内のはがきから引いておく。

   
乱歩関連事業検討委員会の開催について

みだしの会議につきまして、下記のとおり開催させていただきますので、ご出席賜りますようお願い申し上げます。

日時:平成21年1月29日(木)19:00〜
場所:名張市役所4階 405会議室
議題:
1.乱歩関連事業(資料展示・記念事業)について
2.その他

あしたである。顔を出してこなければならない。内容については、ちんぷんかんぷんである。「資料展示」というのは、むろん乱歩関連資料のことであろうが、どこになにを展示するのか、さっぱりわからない。わからないものの、ちまちました小手先の資料展示なんかにかまけていないで、名張市が乱歩をいったいどうするのか、それを明確にすることがまず望まれる次第ではあるのだが、そんなことはとても無理であろう。無理無理、絶対に無理であろう。無理であることは百も承知でいるのだけれど、あしたの会議ではやはり、こつまらぬ資料展示なんかしてんじゃねーぞこら、みたいな主張を全面的に展開することになると思う。

もうひとつの「記念事業」というのは、もしかしたらあれであろうか、江戸川乱歩生誕地碑広場の完成を記念する事業のことであろうか。たぶんそうであろうな。そうとしか考えられぬ。笑わせてくれるではないか。片腹痛い、とはこのことであろう。さんざっぱらすったもんだしたそのあげく、できあがったのは淫祠邪教の聖地である。その記念事業をかますというのか。もちろん、最低限のセレモニーは必要である。市民に報告し、土地寄贈者をはじめとした関係者に感謝を捧げるための場は、いうまでもなく必要である。しかし、そのほかに記念事業を展開する、ということになると、もしかしたらあれではないのか、へたすると市民のなかから、そんなことしとる場合か、といった声も出てくるのではないのか。名張のまちがこんな状態だというのに、どこまでおめでたかったら気が済むのだおまいら、みたいな。

いずれにせよ、当方、名張まちなか再生委員会に加入したのは、あくまでも、名張まちなか再生委員会をぶっ壊すためである。叩きつぶしてやるためである。それがいまだに、ぶっ壊しも叩きつぶしもできていないのだから、これはもう不徳のいたすところだというしかないのであるけれど、それはそれとして、そういった事情なのだから、名張まちなか再生委員会に協力する気などまるでない。乱歩のことに関連して、名張市に協力する気もさらさらない。名張市長からじきじきに要請があれば、それはまあ考えてみてやらんでもないかな、といった程度の柔軟さはもちあわせているつもりでいるのだが、さていったい、どうなるのかな。
1月25日、名張市役所三階三〇三・三〇四会議室、名張まちなか再生委員会臨時総会。

・臨時総会に出席すべき人の数………………53人
・出席した人の数………………………………19人
・表決状を提出して欠席した人の数…………13人
・表決委任状を提出して欠席した人の数……12人

議案第一号「名張まちなか再生委員会規約改正(案)について」。これはひどいものであった。あんまりひどいからいってやったいってやった。文句をつけてやった。

規約改正案に、こういうパートがある。規約の中核と呼ぶべき条項である。

   
(目的)
第2条 この委員会は、「名張まちなか再生プラン」を指針として取り組む、市民・事業者・行政などの多様な主体協働の各事業を継続的かつ円滑に運営するための総合的執行管理に対し、意見具申又は答申を行い、支援することをもって名張地区既成市街地の再生を図ることを目的とする。なお、「名張まちなか再生プラン」とは、名張市が、名張市総合計画に位置づけられた「まちの顔づくりプラン」の実現に向け、平成17年3月に市民・事業者・行政の共通共有の計画として、策定したものである。

名張まちなか再生プランを指針とする、と書いてある。いったいなんのつもりか。あのプランがとんでもないしろものであったということは、名張まちなか再生委員会、骨身にしみて実感しているところではないのか。細川邸を歴史資料館にいたしましょう、などと気のふれたようなことを記してあったあのプランが、指針になんかなるわけはない。それはまぎれもない事実ではないか。平成17・2005年6月の発足以来、ほかならぬ委員会のあゆみが歴然とよく示しているところではないのか。だというのに、この期におよんでいまさらなーにが、名張まちなか再生プランを指針として、か。

といったような問題は、もちろんある。ないわけがない。おおありである。しかし、臨時総会の席には、それ以前の大問題があった。だからいってやった。文句をつけてやった。名張まちなか再生プランが指針になるのか、という問題はもちろんあるが、指針となるはずの名張まちなか再生プランが臨時総会に提示されていないのはどういうことか。あまりにも不可解である。規約案には、この委員会はあのプランを金科玉条として拳々服膺いたします、と書かれている。ならば、指針であり金科玉条であるところの名張まちなか再生プラン、委員全員に全文を提示することが必要であろう。不可欠であろう。

むろん、委員全員がプランを残りなく暗誦している、というのであれば問題はない。だが、そんなやつはおらんであろう。逆に、プランなんかまったく知らない、というやつがいる可能性は捨てきれない。しかしまあ、おおかたの委員は、プランに眼を通したことはあるものの、内容はほとんど忘れてしまっている、といったところではないのか。かりにそうだとすれば、規約改正案に「この委員会は、『名張まちなか再生プラン』を指針として取り組む」うんぬんとある以上、その指針を確認し、参照することなしに規約改正案の審議など進められるわけがない。したがって、きょうのところは、臨時総会をこの時点で解散して他日を期すか、あるいは、名張まちなか再生プランの全文をコピーして出席者全員に配付するか、そのふたつしか道はないはずである、といってやった。

すると、さすがはええじゃないか総会、議長から、ええじゃないか、との発言があった。そんなことしなくても、このまま総会を進めればええじゃないか、とのことである。のみならず、当方の主張に賛同する委員の挙手を求める、などという流れになった。なにをする気か。そういう話ではまったくない。挙手なんか求めてどうする。あきれ返りつつ、事務局の判断はどうよ、とふってみると、なんといってもええじゃないか総会であるから、ええじゃないか、との見解が示された。このまま総会を進めればええじゃないか。なにをゆうとる。ええことなんか全然あるかい。こんな状態では、とても審議ができない、といっておるのである。どこがええのか。ええことなんか全然ないじゃないか。

名張まちなか再生プランを指針とすべきかどうか。それは規約改正における肝要の点のひとつである。組織の根幹にかかわる問題である。規約を改正するというのであれば、そうした問題を直視しなければならない。規約の改正は、いうまでもなく、組織が抱えている問題を是正するためになされるのである。すなわち、名張まちなか再生プランが指針となりうるのかどうか、それが検討されなければならない。だというのに、旧規約をまったく無批判に踏襲して、名張まちなか再生プランを指針とするなどとたわけたことをぬかしているのはどういうことか。要するに、指針とするとかなんとか適当なことをほざいてはおるけれど、実際のところ、この委員会はあんなプラン、意に介してなんかいないのである。これっぱかりも重きをおいていないのである。それがまるわかりなのである。どこがええのか。ええことなんか全然ないじゃないか。

げんに、ほかの委員からも、名張まちなか再生プランを指針とすることへの疑問が表明された。具体的にいえば、江戸川乱歩のことである。プランには乱歩のことが書かれていないのに、委員会には乱歩関連事業検討委員会という内部組織が存在している。プランが指針だというのであれば、この乱歩関連事業検討委員会は存立の根拠を失ってしまうのではないか、との疑念である。もっともなことだと思われたので、手をあげて意見を述べた。名案があります、とまえおきして、その問題を解決するためには、規約改正案に、この委員会は名張まちなか再生プランを指針として取り組む、とありますところを、この委員会は名張まちなか再生プランを指針としないで取り組む、というふうに変更すればいいのではないでしょうか、と提案したのであるが、いくらなんでもこれは過激にすぎたかもしれない。むろんあんなプラン、頭から全否定してやるしかないのだが、そうした強硬な主張が委員各位にすんなり受けいけられることはあるまい。だから、せめて、名張まちなか再生プランを指針としたりしなかったりして取り組む、といった柔軟な表現にしておけばよかったと反省したのであるが、いずれにせよ、この提案はまともに審議されることがなかった。こんなことでええのか。ええことなんかないじゃないか。

ええことないじゃないか、ええことなんかないじゃないか、とひとりで騒いだのが功を奏し、名張まちなか再生プランの全文、コピーして出席者全員に配付されることで決着をみた。とはいうものの、コピーが委員に手渡されたのは、総会が閉会したあとのことであった。みやげがわりに受けとっておいたのだが、結局のところ、第一号議案「名張まちなか再生委員会規約改正(案)について」の審議にさいしては、名張まちなか再生プランが確認されたり参照されたりすることはまったくなかった、ということなのである。ま、名張まちなか再生委員会の総会なんて、しょせんこういったものなのである。茶番なのである。もうどうだって、ええじゃないか。

念のために、名張まちなか再生プランへのリンクを掲げておく。リンク先のページに、プランのPDFファイルへのリンクがある。

名張市公式サイト:名張まちなか再生プラン

規約改正案の第二条については、もうひとつ、ええことないじゃないか、とツッコミを入れておいた。だいたいがこの文章、まともに意味がくめるものではないのである。なにがいいたいんだか意味不明。主体性や関係性というものが、ちっとも明確でないからである。もう少しわかりやすくしてもらえんものか、このままの文章ではとても承認承伏できかねる、と要請したところ、やはり、ええじゃないか、とのことであった。この第二条、むろん完全完璧なものとは思っていないのであるが、新規約では規約の改正についてもはっきり明文化されているのであるから、それにのっとって規約のさらなる改正を進めていただきたい、それでええじゃないか、きょうのところはええじゃないか、とのことであった。もうどうだって、ええじゃないか。

結局、第一号議案「名張まちなか再生委員会規約改正(案)について」には、表決状および表決委任状の提出者もふくめて四十人が賛成、しゃんしゃんしゃんと可決されるにいたった。ここに付言しておくならば、第一号議案の審議において、もっとも多く笑いを取ったのは当方であった。ぶっちぎりで受けまくった。黒いうわさにまみれた吉本興業の名にかけて、お笑いナンバーワンというこのポジションだけは、今後ともなんぴとにも譲らぬ所存である。
昨日、名張まちなか再生委員会の臨時総会が名張市役所で開かれた。会場で配付された資料から、「平成20年度名張まちなか再生委員会臨時総会次第」を引用。

   
1.開会
2.委員長あいさつ
3.議長選出
4.議事
0.議案第1号 名張まちなか再生委員会規約改正(案)について
0.議案第2号 役員改選(案)について
0.その他
5.閉会
6.事務連絡

議事ははたして、どんなぐあいであったのかというと、まさに、まさしく、まぎれもなく、文字どおりのええじゃないか総会なのであった。

一号議案、規約改正案はどうでしょう? ええじゃないか。

二号議案、役員改選案はどうでしょう? ええじゃないか。

その他議案、名張まちなか再生委員会を解散させるための緊急動議提出はどうでしょう? ええことないじゃないか。

その他議案、いまここで名張市長のケータイに電話を入れてあれこれお聞きしてみてはどうでしょう? ええことないじゃないか。ええわけないじゃないか。できるわけないじゃないか。えらいやっちゃえらいやっちゃよいよいよいよい。

名張まちなか再生委員会のええじゃないか臨時総会、概要は以上のようなことであった。

私事ながらあまり時間がないので、けさの報告はとりあえずここまで。
天下の吉本興業が黒いうわさにまみれながらもあっけらかんと世に問う大型企画の話題。吉本興業の所属タレント百人がメガホンをとる超短篇ノンバーバル映画の話題。たむらけんじさんが監督し、山田スミ子さんが客演し、近鉄特急と三交バスが走り、名張能楽振興会の謡曲が響き、滝之原の獅子保存会が乱舞し、うちの犬が堂々の主役を張る映画「鬼 The Oni」の話題である。

昨日、神戸市内にある編集室で「鬼 The Oni」の編集作業が進められた。ちょっと行ってきた。おおざっぱな編集はもう済んでいて、しかし、脚本どおり編集したら九分五十五秒の長さになった、とのことである。さもあろう。てんこ盛りだった素材モチーフに演者の熱演が加われば、それらを残りなく生かすために相応の時間が必要とされるのは当然のことである。とはいえ、今回の企画では、制限時間が五分間と決められている。ほぼ半分の長さに、作品を短縮しなければならない。百キロちかい人間が五十キロまでダイエットするようなものである。きのうの編集は、その苛酷なダイエット作業、いわゆる尺を詰める作業に主眼をおいて進められた。最終的な編集は、1月末までに終了する予定である。

映画になった映像をながめるにつけ、やはり1月12日、あの撮影の日は奇蹟的な一日であったと思い返される。天候をはじめとしたすべての要素が、赤岩尾の鬼神からのなによりのプレゼントであった、とあらためて実感される。しかも、作品が完成すれば、この一本の映画は鬼神から名張市へのプレゼントである、という意味をも帯びてくるはずである。今年の年末、「広報なばり」に発表される平成21・2009年の十大ニュースのひとつに、沖縄国際映画祭で名張市を舞台にした映画を上映、というニュースが食いこむことはまちがいないであろう。

うちの犬の主役ぶりも、じつにみごとなものであった。絶讃にあたいする、とはこのことであろう。年末に発表されるそこらの映画賞で、新人女優賞と主演女優賞をのきなみダブル受賞してしまいそうな勢いである。だというのに、アドバンスコープはいつ取材に来てくれるのか。名張市が生んだ大型新進女優への取材依頼は、いつもたらされるのか。いっこうに音沙汰がないではないか。なにをしておる。CATVが無理だというのなら、FMなばりでもいいのだぞ。なんならうちの犬、やなせ宿にあるFMスタジオまで連れていってもいいのだがなあ。

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