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三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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12月19日、「快人?面相」名義のコメントで、「桝田医院第2病棟跡地乱歩生誕地碑広場設計業務委託ってこれ何よ!」との質問が寄せられた。

12月19日:無題

何も知るところがないので、もう少し詳しく教えてほしいと依頼したのだが、返答がない。とりあえず察しをつけて、名張市公式サイトに掲載されている、名張まちなか再生委員会の文書を調べてみた。平成19・2007年度総会の資料である。

名張市公式サイト:平成19年度名張まちなか再生委員会総会資料(pdf)

「平成19年度事業計画(案)について」がこれ。

20071221a.gif

ここで、やや話題がそれる。「よってだーこ」の話題になる。

12月5日付コメント「とりいそぎ調べてみました」に、こう記した。

   
名張市役所で調べてきました。名張地区まちづくり推進協議会の台所事情が市役所でどの程度わかるものか、かなり疑問ではあったのですが、やはり「よってだーこ」の運営費といったような細かい費目を確認することはできませんでした。しかし、市役所担当セクションのスタッフの見解もふくめて考えてみた結果、地域交付金でまかなわれていると判断してまちがいはなさそうです。協議会の「ふれあい交流部会」という部会の予算として扱われているようです。金額は、おそらく微々たるものでしょう。

12月5日: とりいそぎ調べてみました

12月6日付のコメント「たしかに釈然としないかもしれません」に、こう記した。

   
「よってだーこ」が名張まちなか再生委員会の事業ではないかとのお尋ねですが、名張地区まちづくり推進協議会から名張市に提出された書類には、「よってだーこ」の設置場所や運営日程が記されておりましたので、やはり協議会のほうが運営を手がけていると判断されます。この点については、名張市の都市環境部市街地整備推進室が名張まちなか再生委員会の担当セクションになっていますから、再生委員会が「よってだーこ」にかかわっているのかどうか、電話でお問い合わせになればすぐわかるはずです。

12月6日:たしかに釈然としないかもしれません

「よってだーこ」と名張まちなか再生委員会に直接的な関係はないだろうと思っていたのだが、総会資料「平成19年度事業計画(案)について」をみてみると、生活拠点整備プロジェクトの計画はこうなっている。

   
学生サロンやまちなか研究室推進事業
・まちなか研究室の新規継続(榊町集議所の活用)。
・学生サロンの再活動化の促進。
・よってだーこ7号店づくり(地元、大学、社会福祉協議会、行政との連携)の推進。
・団塊世代を中心とする有償ボランティア活動の推進。

これをみるかぎり、名張まちなか再生委員会は「よってだーこ」と無関係ではないようだが、「よってだーこ7号店づくり(地元、大学、社会福祉協議会、行政との連携)の推進」
というのが具体的にどういうことなのか、よくわからない。「よってだーこ」の経費は名張地区まちづくり推進協議会から支出されるが、運営面における「地元、大学、社会福祉協議会、行政との連携」は名張まちなか再生委員会が推進する、といったことででもあるのか。以前にも記したことだが、この委員会と協議会はいいだけ癒着しているようで、外部からはうかがい知れないところが少なからずある。

本題に戻る。桝田医院第二病棟の件である。

「平成19年度事業計画(案)について」から、「平成19年度概算事業費」を抜粋する。

   
まちなか案内板設置工事         
10,800千円
細川邸改修工事             
83,200千円
「桝田医院第2病棟」解体除却工事    
7,000千円
「桝田医院第2病棟」跡地整備実施設計  
2,500千円
城下川環境整備・大手橋修景整備実施設計 
1,700千円
御殿外周道測量・実施設計        
1,500千円
まちづくり活動推進事業費        
5,300千円

細川邸改修工事は6000万円程度の予算だと聞きおよんでいたのだが、8320万円が投じられているという。まちなか案内板の設置に1080万円、というのも、いささか解せない。それはさておき、桝田医院第二病棟の解体除却工事に700万円、跡地整備実施設計に250万円の予算が組まれている。

平成19・2007年度総会は6月2日に開催された。その時点で、桝田医院第二病棟の地を広場にすることが決定されていたのかどうか。つまり、名張まちなか再生委員会の協議とはまったく無関係に、名張市が独断で決定してしまった広場整備構想は、6月2日の時点で本決まりになっていたのかどうか。
たぶん決まっていたのだろう、と推測される。

中日新聞の6月14日付ウェブニュースから引用。

   
江戸川乱歩の生家復元計画を断念 名張市長が表明

名張市の亀井利克市長は十三日、本町の旧桝田医院第二病棟跡地に地元出身の作家江戸川乱歩の生家を復元して「乱歩文学館(仮称)」を整備する計画を断念し、跡地は広場として記念碑を建立する程度にとどめる考えを示した。市議会一般質問で明らかにした。

亀井市長は「二〇〇六年度のまちなか再生委員会総会で、生家復元をイメージした乱歩関連施設の整備に向け、施設計画や維持管理運営方針などを検討していくことになったが、その後、住環境面への配慮や維持管理費の在り方などから、市として施設整備計画を見直すことになった」と説明した。

跡地は「広場として乱歩生誕地碑や生誕の証しが分かるモニュメント的な整備にとどめ、乱歩顕彰の場として整備する方向でまちなか再生委員会役員会などと引き続き協議を進めたい」との考えを示した。

6月13日の市議会の記事である。6月2日の総会の時点では、桝田医院第二病棟跡地を広場にする構想が、すでに決定されていたとみるべきだろう。ならば、それはいったい、誰が決めたのか。それにもとづいて、たかだか広場を整備するというだけのことで、跡地整備実施設計に250万円もの予算が組まれていたのである。「桝田医院第2病棟跡地乱歩生誕地碑広場設計業務委託ってこれ何よ!」と尋ねられても困るのだが、それにしてもほんと、これってどうよ。
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