三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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名張まちなか再生委員会について、もう少し述べておく。
旧細川邸やなせ宿にかんして、かたをつけておくべきだったふたつの問題をほったらかしにしたまま、名張まちなか再生委員会が解散してしまったものだから、それが心残りというか、悔いが残るというか、反省しなきゃなというか、二度とこういうことが起きないようにもうちょっと叩いといたろかというか、まあそんなところである。
ふたつの問題のふたつめ。
名張市は、旧細川邸やなせ宿に開設二年度目から指定管理者制度を導入する、と約束しておきながら、いまだにそれを実現していない。
名張市は名張まちなか再生委員会にうそをついた、ということになる。
しかし世の中、結果としてうそをついてしまう、なんてのはよくあることである。
たとえば、どっかのお父さんが子供たちに、夏休みには家族みんなで東京ディズニーランドへ遊びにいくぞ、と約束する。
ところが、夏休みに入る前に、お父さんがリストラされてしまった。
えらいことである。
家族で東京ディズニーランドへ遊びにいく余裕など、なくなってしまった。
子供たち、泣く。
泣きじゃくる。
お父さんのうそつき、といいながら泣きわめく。
この場合、お父さんは結果としてうそをついた、ということになる。
子供たちにしてみれば、お父さんにだまされた、ということになる。
しかし、お父さんは、子供たちをだまそうと考えていたわけではない。
不測の事態によって、約束をはたすことができなくなった、というだけの話なのである。
それがつまり、結果としてうそをついてしまう、ということになったのである。
だからまあ、せめて夏休みの一日、卵焼きだのたこのウインナーだの、定番のおかずを詰めたお弁当をこしらえて、家族みんなで比奈知ダムの親水公園にでも出かければいいのではないか、みたいなことはまあいいとして、やなせ宿には開設二年度目から指定管理者制度を導入します、という名張市の大うそはどうであったか。
指定管理者制度の導入を目指し、そのための準備を進めていながら、なにかしらの事情で断念せざるをえなかった、ということであったのかというと、そんなはずねーだろばーか。
名張市は最初っから、だます気まんまんだったはずである。
なにしろ名張市役所のみなさんは、平気でうそをつくのだからな。
涼しい顔をしてうそをつきやがるからな。
息をするようにうそをつく。
苦しまぎれに、一時しのぎに、その場のがれに、とにかく平気でうそがつけるのだからな。
だから、うそをつくのはわるいことだ、という感覚さえなくしてしまう。
なんかもう、感覚が麻痺してしまってるわけな。
わるいことをしても、わるいことをしたとは感じない。
ちかい例をあげれば、たとえばこれである。
な。
あほである。
無茶苦茶である。
公正や公平、あるいは平等なんてものは、ここ名張市には存在しない。
そんな驚くべき事実が、あろうことかあるまいことか、名張市長名義の文書で明かされておるわけである。
公募をおこなうにあたり、機会の平等を保障しよう、なんてことを名張市はまったく考えないわけな。
公募をはじめる以前に、いまだオープンにされていない情報を一部の市民、特定の団体、つまりは乱歩蔵びらきの会のことであるが、そうした癒着結託相手に漏洩してしまうわけ。
で、名張市と乱歩蔵びらきの会だけで、いろんなことをこっそり談合して決めてしまうわけ。
だから、さあみなさんどんどん応募してください、みたいな感じで実際に公募がはじまった時点では、アンダーザテーブルでみんなすっかり決められてたわけ。
みたいなことが、なんと名張市長名義の文書に、堂々と記されてるわけなのな。
あほである。
無茶苦茶である。
インチキばっかかましてんじゃねーぞこの便所下駄。
この文書、どの職員が書いたのかは知らねども、その職員は完全に感覚が麻痺しておるのであろうな。
まっとうな市民感覚なんてのは、とっくの昔になくなっていて、フェアとアンフェアの区別すらつかなくなっている。
自分のこと、自分たちのことしか、みえなくなっている。
市民のことなど頭からきれいに消えてしまっていて、一部の腐れ市民、この場合は乱歩蔵びらきの会のことであるが、ごく少数の腐れ市民と癒着結託し、官民一体で小つまらぬ快を追求することしか頭にない。
そのためには平気でうそをつき、やましさをおぼえることもない。
市民をだます、ごまかす、だまくらかす、それが公務員の仕事である、くらいのことは思ってそうだもんな。
それにしても、話はやや横道にそれるわけであるが、名張市と乱歩蔵びらきの会の癒着結託について述べておくならば、ここまであほで笑える展開というのも珍しい。
おれとしてはもう、名張市ならびに乱歩蔵びらきの会のみなさんから、手前どもが昨年度のなぞがたりなばり事業においてぶちかましましたインチキをぜひとも漫才にしてくださらんか、と頼まれているような感じがする。
けけけ。
よろしい。
ご要望にはなんとかお応えしたい、とぞ思う。
できうるならば11月13日の土曜日、これはつまり第二十回を迎えるなぞがたりなばり事業がアドバンスコープADSホールで催される日なのじゃが、この日、ホールのロビーあたりでおれの漫才が掲載された地域雑誌「伊賀百筆」を大々的に販売したい、とぞ思う。
けけけ。
しかし、「伊賀百筆」編集部の意向も確認してみないことにはなあ。
まだ原稿が集まってないかもしれんしなあ。
いやいや、心配はいらんぞ。
まだなにも、必ず漫才にする、と決まったわけではない。
おれの気が変わって、漫才なんか書くのやめよう、ということになってしまうかもしれんのだから、関係各位はいまから涙目にならなくたっていいんだぞ。
けけけけけ。
そんなことはともかく、いったいなにを記していたのかというと、名張市役所のみなさんは平気でうそをつく、ということである。
旧細川邸やなせ宿に開設二年度目から指定管理者制度を導入する、というのもまた大うそであって、しかもそれは結果としてうそになったわけではなく、そもそもの最初からだます気まんまんであったはずである、という話である。
では、名張市はどうしてそんなうそをついたのか。
それはわからん。
しかし、苦しまぎれに、一時しのぎに、その場のがれに、うそをつく必要があったのじゃろう。
以前から記しているとおり、名張市がこんな大うそをかました当時、おれはまだ名張まちなか再生委員会に入会していなかった。
だから、このうそがどんな局面でつかれたものか、まったくわからない。
まちなか運営協議会の発足が決定したあとなのか、あるいはそれ以前なのか、それもわからない。
ここで説明を加えておくと、旧細川邸やなせ宿の整備を主体としたまちなか再生事業で、名張市はなーんにも考えておらんかった。
国土交通省のまちづくり交付金で旧細川邸を改修し、それを癒着結託相手に与えて管理運営させれば、まちなか再生はいっちょあがりである、などというあほなストーリーをぼんやり考えていただけだと思う。
当初のストーリーとしては、NPOなばり、という組織が癒着結託相手として想定されていた。
しかし、仔細は不明ながら、いろいろとすったもんだがあったらしく、このNPOは結成されることがなかった。
だから、NPOなばりの代わりに旧細川邸を管理運営する団体として、名張まちなか再生委員会の内部にまちなか運営協議会が結成されることになった。
ところが、それもまた、いまだ発足していない、ということになるわけだが、現実には、まちなか運営協議会を自称する団体が名張市と癒着結託し、旧細川邸やなせ宿を私物化しておるのである。
前述したとおり、名張市がいつ、どんな必要から、旧細川邸やなせ宿には開設二年度目から指定管理者制度を導入します、という大うそをぶちかましたのか、それはわからない。
しかし、というか、だから、というか、とにかく名張市は事情を説明しなければならないはずである、といったことは、9月24日の臨時総会で発言しておいた。
旧細川邸やなせ宿にどうしていまだに指定管理者制度が導入されていないのか、そして、それはこの先ともずーっとそうなのか、みたいなことを名張市は名張まちなか再生委員会に、というよりは名張市民に、ちゃーんと説明する義務があるはずだぞ、と指摘しておいたのじゃが、名張市には説明するつもりなんてさらさらないはずである。
だから、ここで市民が想像をたくましくして説明しておくならば、さすがの名張市も、ある時点で、NPOなばりであれ、まちなか運営協議会であれ、特定の団体に旧細川邸やなせ宿にかんする便益を無競争で提供するのはよろしくないのではないか、と気がついたのではないか。
これといった目的や方針もないままに一億円の税金をかけて整備した旧細川邸やなせ宿、まったくの無競争で特定の民間団体に提供してしまっては、いくらなんでも癒着結託の度が過ぎんじゃね? ということにうすぼんやりと気がついたのではないか。
いやいや、甘いか。
名張市役所のみなさんには、癒着結託の度が過ぎる、といったことに気がつくことはできんじゃろう。
なにしろ名張市長おんみずから、
──名張市は乱歩蔵びらきの会と官製談合かましてま〜す。
と堂々と公表してしまうほどのレベルなのであるからなあ。
これではまるで、
──名張市はあほどぇ〜す。
と天下に公言してるようなもんだもんなあ。
あほどぇ〜す、とみずから公言してるような自治体にゃ、癒着結託の度が過ぎる、みたいなことは永久にわからんじゃろうなあ。
いくら田舎のお役所じゃとて
はあどーしたどしたあ
ここまであほではちょいと困る
それからどしたあ
ちょいとどころかだいぶ困る
はあもっともだーあもっともだあ
だから、まことに遺憾ながら、癒着結託の度が過ぎる、ということに名張市役所のみなさんみずからが気づいてくれた、みたいなことはあんまり期待できんだろうな。
むしろ可能性としては、お役所の外部からなんらかのアドバイス、あるいはクレームが寄せられて、それでようようお役所の中の人たちが、え? 癒着結託っていけないことなの? と気がつき、けど旧細川邸を民間に丸投げするのは最初から決まってたことだしなあ、と悩んだあげく、苦しまぎれ、一時しのぎ、その場のがれ、いろんな意味をこめて、やなせ宿には開設二年度目から指定管理者制度を導入しま〜す、と大うそをかましたのではなかったか、と考えるほうがまだ自然だと思う。
とはいうものの、名張市役所の人たちが外部の声に耳を傾ける、なんてことは、やっぱありえないことかもしれんなあ。
なにしろ、名張市役所のみなさんは、
──現段階では乱歩にかんして外部の人間の話を聴く考えはない。
なんてことを平気でいうんだもんなあ。
いついったのか。
平成17・2005年8月2日のことである。
つまり、名張まちなか再生委員会が結成されてまもなくのことである。
この年の2月、名張まちなか再生プランの素案が公表された。
読んでみたところ、無茶苦茶であった。
なにからなにまで無茶苦茶だったんだけど、おれとしてはやっぱり、旧細川邸を歴史資料館にする、なんてことは絶対無理だぞこら、ということと、名張市が寄贈を受けた旧桝田医院第二病棟のことがなんにも書いてねーじゃねーかこら、ということは名張市に伝えとかなくちゃならないと思ったから、その旨を記したパブリックコメントを提出した。
むろん、パブリックコメントなんて制度はただの形骸である。
プランの素案は一言一句の訂正もなく、そのまま決定された。
決定されたのならば、それはそれでしかたない。
インチキと呼ぶしかないそのプランには、旧細川邸を歴史資料館として整備し、そこに名張のまちの古地図や乱歩関連資料を展示する、などと書かれてあった。
まさしくインチキと呼ぶしかないおそまつなプランではあったが、なにしろ名張市である、おそまつさに気づくことなく、それなりの手続きを経て、つまり、市議会の承認と市民のパブリックコメントというハードルをクリアして、おそまつなまま決定してしまったものだから、いくらインチキなプランでもそれなりの重みというやつをもってしまった。
だから、プランを具体化するための名張まちなか再生委員会ができたと聞いて、知らん顔はできず、名張のまちの歴史も乱歩のこともなにも知らない委員のみなさんに、せめて最低限の知識は身につけていただかねばならぬのう、と考え、そのための場を設けてくれるよう委員会の事務局に要請した。
あれからもう五年か、とうたた感慨に堪えぬけれど、平成17・2005年の8月2日、事務局から7月29日に開かれた歴史拠点整備プロジェクト第二回会合における結論が電話で伝えられた。
結論というのは、
──現段階では乱歩にかんして外部の人間の話を聴く考えはない。
という耳を疑うようなものであった。
で、三年後、平成20・2008年5月、おれは思いがけず名張まちなか再生委員会への入会が認められ、6月1日の総会に出席した。
総会が終わってから、歴史拠点整備プロジェクトのメンバーがいうことにゃ、さのいうことにゃ、われわれのプロジェクトでは、
──現段階では乱歩にかんして外部の人間の話を聴く考えはない。
なんてことは決めなかった、とのことである。
事務局の市職員が独断であんなこと回答しやがったのでおじゃりまする、とのことであった。
な。
いったとおりだろ。
名張市役所の人たちってのは、ほんとに平気でうそをつくのである。
やってらんねーよな。
しかも、なおかつ、どぇ〜す、なのである。
名張市はあほどぇ〜す、なのである。
なんとかしてくれんか。
ともあれ、旧細川邸やなせ宿にはこれから先、いつまで待っても指定管理者制度が導入されることはなく、名張市がその件にかんしていっさい説明をしようとせんこともまたたしかであろう。
名張市名物、くさいものにはふた、ってやつである。
だからもうどうしようもないわけなんだけど、お役所がいくらあほなストーリーを思いついてみたところで、そのストーリーどおりに人が動き、ことが運ぶなんて思ってたら大きなまちがいだ、っつーようなことはわきまえといたほうがいいんじゃね? みたいなことも臨時総会では述べておいた次第であるが、ほんとにそうだぞ。
市民を手駒にしようとしたり、だしにしようとしたり、そんなことはもういいかげんにしておいたらどうよ。
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