三重県名張市のかつての中心地、旧名張町界隈とその周辺をめぐる雑多なアーカイブ。
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改修工事が終了して、そろそろ新聞で報じられる時節とはなった。きのうは朝日新聞。
朝日新聞:街道筋 再生拠点へ 名張市・やなせ宿
2月6日には毎日新聞で報じられた。すでに削除されているが、これがその記事。
毎日新聞:やなせ宿:旧細川邸改修概要 観光情報発信や交流スペース設置--名張 /三重
ほぼ一か月をへだてたふたつの記事を読みくらべると、あることに気づかされる。乱歩の名前が消えてしまったことである。
2月6日の毎日の記事には、こんなくだりがあった。
ところが、きのうの朝日の記事には、乱歩の名はみえない。
なんともなさけないことである。やなせ宿はどのように運営されるのか。
「地域の案内パンフレットや散策地図を置き、旧市街地を訪れた人が情報集めや休憩ができる場にする」
「史料の展示などに活用する」
「展覧会や催しを開く団体や個人に有料で部屋を貸し出す」
いやはや、6月のオープンまであと二か月という時期にいたって、まだこんなことしかいえないのである。なんの根拠も成算もなく、うわっつらだけの思いつきを並べることしかできないのである。なさけないことである。恐れ入った話である。朝日の記事によれば「総工費約1億518万円」とのことであるが、血税一億円もかけて無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館つくってんじゃねーぞたこ、という話なのである。ほんとうにそういう話でしかないのである。
ここまで来たのだからもう名張市も、なんの役にも立たぬ名張まちなか再生委員会なんかとはすっぱり縁を切ってしまい、仕切り直しを図ってあらためて善後策を講じるべきではないかと判断される次第なのであるが、そんな気のきいた真似のできる柔軟性は望むべくもない。素直にあやまちを認めることなどいっさいせず、すべての批判に耳をとざしてこのまま突っ走ってしまうしかないのであろうが、そのことはきょうの本題ではない。
きょうの本題は、乱歩の名前がとうとう消えてしまったということである。細川邸改めやなせ宿の運営を語る場において、乱歩の名が語られなくなったということである。これはまずい。あきらかにまずい。信じられぬくらいまずいことである。
名張まちなかのとある商業者、かりにAさんとしておくが、そのAさんからお聞きした話である。よその土地から名張を訪れて、まちなかの散策を楽しむ人というのが、とくに気候のいいころにはぽつぽつとあって、道を尋ねるためにAさんの店ののれんをくぐることもあるらしい。Aさんによれば、そのうちの八割ほどは、乱歩生誕地碑への道順を尋ねる人であるという。
それはそうかもしれない。名張まちなかというのは、とりたててこれといったスポットがあるところではない。古いまちなみそのものにそれなりの風情があって、しいてあげるなら新町に江戸川乱歩が生まれた場所がある、といったまちなのである。つまり乱歩は、むろんささやかなものではあるけれど、名張まちなかの観光という観点からみた場合、あだやおろそかにするべき素材ではないのである。
その新町に建つ細川邸をやなせ宿として整備し、朝日新聞の記事によれば「旧市街地の活性化に向け、観光交流の拠点」として運営を進めるというのだから、乱歩という素材はおおいに活用されるべきであろう。しかし、名前が出てこない。とうとう消えてしまった。あの名張まちなか再生プランという名のインチキにさえ、細川邸整備にかんして「市民に何ども足を運んでもらえる歴史資料館とするために、江戸時代の名張城下絵図や江戸川乱歩など名張地区に関係の深い資料を常設展示する」と乱歩の名がみえていたというのに、それが忍者のごとく消えてしまったのである。ニンニン。
名張まちなか再生委員会内に設けられたまちなか運営協議会は、いったい何をお考えなのであろうか。何かを考えることがおできになるのであろうか。ニンニン。
朝日新聞:街道筋 再生拠点へ 名張市・やなせ宿
2月6日には毎日新聞で報じられた。すでに削除されているが、これがその記事。
毎日新聞:やなせ宿:旧細川邸改修概要 観光情報発信や交流スペース設置--名張 /三重
ほぼ一か月をへだてたふたつの記事を読みくらべると、あることに気づかされる。乱歩の名前が消えてしまったことである。
2月6日の毎日の記事には、こんなくだりがあった。
□一方、川蔵は同市出身のミステリー作家、江戸川乱歩に関連する施設にすることなどが検討されていたが、現在具体的な活用法は未定。再生委員会での協議が続いており、市は「遅くても3月には利用法を決めたい」と話している。
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ところが、きのうの朝日の記事には、乱歩の名はみえない。
□開館時間は午前9時から午後10時。地域の案内パンフレットや散策地図を置き、旧市街地を訪れた人が情報集めや休憩ができる場にする。史料の展示などに活用するほか、展覧会や催しを開く団体や個人に有料で部屋を貸し出す。
□市は経費全額を負担せず、日常の管理や企画運営は民間にゆだねる方針。今年度は市中心部の活性化策を検討している官民合同の組織「名張まちなか再生委員会」内に設けられた「まちなか運営協議会」が管理運営に当たる。来年度からは指定管理者制度を導入し、管理者を公募する。 □名張まちなか再生委員会の田畑純也委員長は「収益をどう上げるかも考えないといけない。待っているのではなく、宣伝に攻めていきたい」と話す。地元の文化団体や高校などに働きかけ、催しや日頃の活動での利用を呼びかけている。地元の食材を用いた弁当の販売や青空市などの集客策も検討している。 |
なんともなさけないことである。やなせ宿はどのように運営されるのか。
「地域の案内パンフレットや散策地図を置き、旧市街地を訪れた人が情報集めや休憩ができる場にする」
「史料の展示などに活用する」
「展覧会や催しを開く団体や個人に有料で部屋を貸し出す」
いやはや、6月のオープンまであと二か月という時期にいたって、まだこんなことしかいえないのである。なんの根拠も成算もなく、うわっつらだけの思いつきを並べることしかできないのである。なさけないことである。恐れ入った話である。朝日の記事によれば「総工費約1億518万円」とのことであるが、血税一億円もかけて無駄に立派な公衆便所つきの名張地区第二公民館つくってんじゃねーぞたこ、という話なのである。ほんとうにそういう話でしかないのである。
ここまで来たのだからもう名張市も、なんの役にも立たぬ名張まちなか再生委員会なんかとはすっぱり縁を切ってしまい、仕切り直しを図ってあらためて善後策を講じるべきではないかと判断される次第なのであるが、そんな気のきいた真似のできる柔軟性は望むべくもない。素直にあやまちを認めることなどいっさいせず、すべての批判に耳をとざしてこのまま突っ走ってしまうしかないのであろうが、そのことはきょうの本題ではない。
きょうの本題は、乱歩の名前がとうとう消えてしまったということである。細川邸改めやなせ宿の運営を語る場において、乱歩の名が語られなくなったということである。これはまずい。あきらかにまずい。信じられぬくらいまずいことである。
名張まちなかのとある商業者、かりにAさんとしておくが、そのAさんからお聞きした話である。よその土地から名張を訪れて、まちなかの散策を楽しむ人というのが、とくに気候のいいころにはぽつぽつとあって、道を尋ねるためにAさんの店ののれんをくぐることもあるらしい。Aさんによれば、そのうちの八割ほどは、乱歩生誕地碑への道順を尋ねる人であるという。
それはそうかもしれない。名張まちなかというのは、とりたててこれといったスポットがあるところではない。古いまちなみそのものにそれなりの風情があって、しいてあげるなら新町に江戸川乱歩が生まれた場所がある、といったまちなのである。つまり乱歩は、むろんささやかなものではあるけれど、名張まちなかの観光という観点からみた場合、あだやおろそかにするべき素材ではないのである。
その新町に建つ細川邸をやなせ宿として整備し、朝日新聞の記事によれば「旧市街地の活性化に向け、観光交流の拠点」として運営を進めるというのだから、乱歩という素材はおおいに活用されるべきであろう。しかし、名前が出てこない。とうとう消えてしまった。あの名張まちなか再生プランという名のインチキにさえ、細川邸整備にかんして「市民に何ども足を運んでもらえる歴史資料館とするために、江戸時代の名張城下絵図や江戸川乱歩など名張地区に関係の深い資料を常設展示する」と乱歩の名がみえていたというのに、それが忍者のごとく消えてしまったのである。ニンニン。
名張まちなか再生委員会内に設けられたまちなか運営協議会は、いったい何をお考えなのであろうか。何かを考えることがおできになるのであろうか。ニンニン。
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